2020年7月12日 (日)

開館記念展 珠玉のコレクション(SOMPO美術館)

チン……いや何でもない。ソンポ美術館ができました。前は損保ジャパン日本興亜美術館とか言ったんで「ジャパン日本」とか呼ばれてましたが、すっきり短くなりましたネ。高層階にあったのが建物も独立し、本社高層ビルの隣にカートリッジというかルーターというか、そういうPC周辺機器みたいな形状の建物です。高層階は、あれはあれで展望台にもなってよかったけどねえ。
コロナの密対策で、ここも日時指定になった。ここはイープラスのシステムを使用。直前に予約して行こうと思ったが、システムを初めて使うには登録や認証などがあり、時間食っていたら買いたい時間帯が売り切れてしまい、次の時間帯になってしまった。
コロナのせいかあるいはもともとそういう予定なのか、コレクション展。まー今なかなか海外から持って来れないし、せっかく持ってきても客が来なかったり、最悪また緊急事態で一時閉館とかなったら目も当てられない。なもんで、持ってるものでしのぐ。

展示室は6階から降りてくるのです。まず6階の最初は「四季折々の自然」で、日本画です。岸田夏子「桜花」、「桜華」。んー、まあ普通。「桜華」の方は色がオレンジっぽいね。次は山口華楊「葉桜」ん? 解説にはあれこれ書いてあるが、あまりどうということは……これ若描きのようで。「幻化」こっちはうまい。動物もの。おおっ、という感じ(説明になってねーな)。「猿(大下絵)」と「猿」。大下絵というのは下絵だけど完成品と同じサイズという大きなもの。つまり今回完成品と並んで出ている。東山魁夷「潮音」おお、さすがに様式がある。魁夷ブルーというんですかね、ああ魁夷の色だなと分かる感じ。平山郁夫「ブルーモスクの夜」これも色合いで郁夫だ。有島生馬「宮の下残雪」地味フォーヴみたいな。吉田博「興津の富士」前に損保ジャパンで個展やった時行って、えらい混んでて人気でしたな。際立った個性がある感じじゃないんだがなんでだろうか。岸田劉生「虎ノ門風景」小さいけれどいいんじゃないか。厚塗りだし。それから美術館の建物案。カートリッジいろいろ、みたいな。

階段を降りて5階。「FACE」グランプリの作家たち、ですって。やってるんだよこういうコンテストみたいなの。なもんで、一気に現代平面アート。川島優「Toxic」あーこれね、女性像だけど実物初めて見るけど知ってたよ。なんか写真をパクってしまったもの。ただ、見た限り、写真をもとに描いたにしても、そう問題はないと思われる。絵画でしか出せない感じ、というものがあるもんでね。写真を写真のように描いた、もんじゃないのだよ。まそう言ってもパクったという人はパクったと言うんだろうなあ。それから青木恵美子「INFINITY Red」うむっ、この手があったか、みたいな。赤い絵の具をタップリ使って花びらを描いたというよりキャンバスの上に作った感じ。これはなかなか、インパクトがあるぞ。庄司朝実「18.10.23」ええと、まあ幻想半透明人物みたいな。嫌いじゃないよ。仙石裕美「それが来るたびに跳ぶ 降り立つ地面は跳ぶ前のそれとは異なっている」大縄跳び。躍動感があっていい絵だ。縄の遠近感ってんですかね、それもいいですね。しかしおじさんは太ももとかに目が行ってしまうのだよ。いかんですな。えーそれから、他にも何人か出ている。

次は東郷青児コーナー。もう何度も見たヤツで。私はあの東郷美女ってんですかね、あの様式にゃ飽きてるというか、そんなにいいと思わんというか、萌えない。よってその様式でない方がよい。「超現実派の散歩」まあこれはよく見る。今回初期の「パラソルさせる女」というのがあって、おお、これは新鮮だお。キュビズムっぽさもある。あとは損保ジャパンこと当時は東京火災で、そことのおつきあい作品。保険案内とか、カレンダーとか、概ね美人画。右から左に読むヤツでもあまり古さを感じさせないのは、なかなか不偏なセンスをつかんでいるからと思われる。やっぱタダモンじゃないんだな。でもあとはまたおなじみの様式美女油彩、「花炎」とか「レダ」とか「望郷」とか、最初見た時は、おおーっ、とか思ったが、さすがに飽きた。あと立体もあったな。

4階へ。「風景と人の営み」で、当館が誇るグランマ・モーゼス。おばあちゃんが始めた趣味絵画が世界を席巻。古きよき農村。うまいのかというと、そうは見えないが、実は結構うまい、「いこい」における空気遠近法とか、なかなかちゃんとできてるじゃん。「夕暮れ」も色よろし。あとは東郷青児の風景、ユトリロが1枚……ユトリロにしては普通な感じ。ゴーギャンの、ここで毎回見てたヤツ「アリスカンの並木道、アルル」。飽きてるが実はいい絵なんだ。

「人物を描く」ルノワール2枚。ルノワールにしては小ぶりでイマイチな感じだけど個性はバッチリルノワールだ。しかも「浴女」は今回修復して色も明るくなって登場。修復を説明したパネルがある。いやー、ちゃんとした修復はまことにありがたいですなあ。先日どこぞで、家具屋にムリーリョをムリに修復させて台無しにしちゃった衝撃のニュースがあり、いや、あれはアカンやつや。そこそこだが無名の画家のキリスト像を猿みたいにしちゃったら笑い話で済むが、ムリーリョだぞ、「無原罪の神宿り」の人だぞ。シャレにならねえ。あとは有名どころの小品が多い、藤田嗣治、宮本三郎、ピカソ……このドライポイントの「抱擁」はなかなかピカソらしい肉弾戦でいいですな。ドニ、シャガール、東郷青児の自画像……おお、意外と男臭い荒っぽい絵だぞ。初期か。岸田劉生の自画像もあり。ルオーの「悪の華」の版画あり。それでいよいよ「静物画 - 花と果物」でセザンヌの名品「リンゴとナプキン」とゴッホ「ひまわり」んー、前は専用ルームがあったが、今は普通に展示。「ひまわり」ケースは豪華にして厳重だが。前と同じく、シートがあって座っても見れます。写真は撮れないが、外に複製があるぞ。

コレクション展でリーズナブル。別に密でもない。売店も広くなりましたな。
https://www.sompo-museum.org/

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2020年7月 5日 (日)

「鴻池朋子 ちゅうがえり」(アーティゾン美術館)

元祖けものフレンズ。いや何でもない。それにしてもこの美術館に行くのは2回目なんだけど、前回はもちろんコロナってなかったんで、こんな常に予約制でいいのかねと思ったんだが、こうしてウィズコロナの時代になると、こっちの方が標準になりそうだ。システムを自分のところで作り込んでいるので、余分な金がかからない。某近代美術館みたいにチケットぴあに丸投げで手数料300円とかだと、ビンボー人は泣けてくるぜっ。それでなくてもここはにゃんと1100円とリーズナブル。この鴻池だけでなく「宇宙の卵」という企画と常設展とパウル・クレーの小特集がついてくる。

いやー鴻池も昔は中目黒のギャラリーとかでやってたけど、今や大規模インスタレーション上等の魅せるアーティストの一人になりましたなあ。前にオペラシティでもやってたよな。6階フロアがガッツリ鴻池ワールドになっている。一応「セッション」らしいんでコレクションのクールベさんの絵とかあったりするけど、まあ特別ゲストみたいなもんかな。

入ったところに「竜巻」という竜巻風のヴィジュアルを集めたパネルっぽい作品……リトグラフか。まあ竜巻はあとでも出てくるけど、魅力的題材ですよねえ。パワフルにして暴力的で回転運動で形も美しい。見てるとワクワクしますねえ。自分ちに来るのは嫌だけど。えーそれから、鉛筆で描いた幻想絵画がいくつも並ぶ。「みみお」はちょっと好みじゃないキャラなんだが、あとはさすが、いいですな。地球断面図と称する円形のイメージとか、ジオラマと称する本にいろいろ乗ってるのとか、あと落雷のイメージもあったよな。あれも暴力的にして美しいけど、自分ちに落ちるのは嫌です。

鉛筆画コーナーが終わって、毛皮がたくさんぶら下がっているインスタレーション。その間に作品がチラホラ。毛皮ったって、毛皮のコートじゃねえど。服なんぞに加工してない「動物の毛皮」そのものだ。ここがポイントですな。服などの加工品の素材として見ているわけではなくて、あくまで野生動物に結びついたものとして見ている。あとで映像作品が出てくるが、ここんところのこだわりは大きい。それから無数のビニールひもがぶら下がっているようなところを通る。こりゃもう体験型ですな。

さらに体験型が続く。骨が……いや角だったかな、それが振り子になっているインスタレーションを横目に、緩いスロープを上っていくと、会場内が見渡せる、その先はなんと「滑り台」だぞ。美術展で滑り台ですかい。楽しいねえ。降りたところは襖絵に囲まれたところだ。この襖絵がなかなか力作で、先と同じ竜巻もある。こっちの方がリアル。カッコイイ。あと地球断面図もあるぞ。それから落雷が使われている壁画があり、その後ろには影絵のメリーゴーランドがある。下からのライトで影絵にするっていいですな。小さいものでも大きく拡大表示できるんだ。

それからクールベさんの鹿の絵があったり、キラキラの小さい山があったり、狼の毛皮の絵があったり、毛皮が木枠に閉じこめられているのがあったり、スナップ写真とか文章のコーナー(読んでない)、「皮トンビ」というでかい変な形状のパネル絵……えっ、これ牛皮なの? 知らなかった。スロープの下の空間に小粋なインスタレーションいくつか。絵がいくつもあったが、何しろインスタレーションが派手なもので、絵の印象があまり残ってない……いや、そういうことでは、いかんのだが。そういえば振り子のところにある「湖ジオラマ」思わずウォッと呻いちゃう。なんでだかは行って見よ。

メイン会場から繋がった部屋に、まだいろいろある。人から話を聞いてそれを絵にして、その人に作ってもらう、だったかな。そういうの。あと映像作品があって、本人(だよね)出演。だいたいは自然の中にいるもの。雪に埋まってドラえもんの歌うとか、ラップランドで遠吠えするとか、雪の中で毛皮かぶって舟引いて歩いてるとか。野生動物へのリスペクト満載。雪景色でドローン使った撮影しているな。最近はこうして鳥瞰が簡単に撮れるんで凄いもんですな。室内で野生動物の声をやるのでふと思い出したのが、歌がそもそも仲間を呼ぶ時の合図で、すごーくプリミティブ(原初的)な行為なんだけど、鴻池はさらなるプリミティブで動物のレベルまで迫っているのだなあと。

んで、ここで他の人がまず書かないことを書きましょうかね。雪に埋まってドラえもんの歌を歌う「ドラえもんの歌 on 森吉山」でね、「♪空を自由に飛びたいな」のあとに「はい、タケコプター」と言わず、「♪あんあんあ~ん、とっても大好きドラえ~もん」と歌だけが続く。なぜか? ふーんそんなもんか、で通り過ぎてもいいんだけど、意外とここにこだわりがあるかもしれんのよ。①ドラえもんがここにいては困ること。つまり、なんだかんだ未来文明のロボットなので。自分は野生の環境にいることを訴えているのであって、いくら渇望していたからといって、道具を出しに出てこられても困る。だからセリフはない。②セリフは歌よりもプリミティブでないこと。セリフでやっちゃうと、歌というプリミティブな要素が抜け落ちて、単に言葉による情報提供になってしまう。つまり、より文明人に近づいてしまうのだ。この場合、それではいかんということが君にもわかるであろう。だから、ここには歌しかないのだ。

そんなわけでインスタレーションいっぱいでエンジョイできるぞ。
http://www.artizon.museum/collection-museum/exhibition/detail/2

えーと同時開催の「宇宙の卵」これは、「第58回、ヴェネツィア・ビエンナーレ」の日本館展示室で出した大規模インスタレーションの90%サイズ再現。あと、これの実現のための資料情報いっぱい。見ていくときりがないし、鴻池展で消耗してしまったので、なんとなくインスタレーション内でボケーとしているだけであった。エアクッション(?)に座れるし。

常設展はおなじみの連中に加え、パウル・クレーを新たに増やすことができたそうで、ドヤ顔で展示。いや、なかなかまとまってますよ。

ボリューム満点だ。全部を余すところなく楽しむには時間と体力が要るぞっ。
http://www.artizon.museum/collection-museum/exhibition

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2020年6月28日 (日)

Chim↑Pom展(ANOMALY)

このギャラリーに来るのは二度目なのだが、前回も同グループの展示であった。このグループはいろいろ物議を醸すが、なんだかんだで今や世界的に活躍しているようだ。今回2つ出ていたプロジェクトのうち1つは完全に海外が舞台で、動画も英語ベースで作っている。表現の軸足を海外にしているのは、我が尊敬する折元立身もそうであって、まー日本の現代アート市場はあかんからねー 文化に金出すの嫌がるヤツラも多いしねー 知らんけど。


「May, 2020, Tokyo」というプロジェクト。何か? コロナで非常事態宣言中の5月2週間ほど、感光する青焼き液を塗ったデカいパネルを、東京の様々な場所に設置して、外光および風雨にさらすなどして、そこの環境における変化を焼き付けたもの。そのパネルと、設置風景の写真や映像を合わせて展示している。街が異常事態になっている間の時間を焼き付けたのだ。パネルには「TOKYO 2020」とか「新しい生活様式」という文字が雑に書かれている。作品そのものはどうということはないが、コロナ禍の背景と合わせて鑑賞していると、なかなかしみじみするものがある。写真を見ると、おなじみ高収入のバ~ニラの広告の隣に設置してたり。そう「三密」の最たる夜の接客業。働いている人のダメージは大きい。その勤め先紹介サイト(だよな。見たことないけど)の広告。その隣に「TOKYO 2020」。おお、なんということだ。あるいはシャッターの降りた飲み屋街に「新しい生活様式」。皮肉か、風刺か、ただのお遊びか、君はそこに何を見る? 私は意外にもある種の切なさを感じた次第である。政治家達がいくら「TOKYO 2020」だの「新しい生活様式」だのぶち上げたところで、コロナ禍の前には、せいぜいこのパネルみたいなもの。苦しい現場、苦しい毎日を前にしては、外におっぽり出すぐらいしかないスローガンだ。あるいは、この打ち捨てられたのが、他ならぬ自分達かもしれない。折しも今、都知事選前で、コロナは無事抑えてますみたいに調子こいている小池を前に東京はこの状態、というのもリアルに感じられる。小池は三密を理由に街頭演説もやらんのだが、要はなるべく盛り上げない方が四年間の不手際のつるし上げを食らわず再選できると踏んだのであろう。姑息だねえ。汚いねえ。でもこれが王者のやり方なんだよな。王者は勝たなきゃいかん戦にゃ手段を問わない。勝てるなら正々堂々なんてやらんのだよ。美しく勝とうとするのは小者だけで、だいたい負けるんだな野党みたいに。話がそれたが、そういえば、この手の作品でよくある定点撮影で変化を記録した動画、がなかった。これは意外だと思うと同時に、アーティストが見せたい物が「変化の課程」ではないということで、これは結構重要なポイントだと思うぞ。


それからもう一つのプロジェクト、「A Drunk Pandemic」。イギリスのマンチェスターでコロナじゃなかったコレラ犠牲者を埋葬した場所(駅地下の廃坑トンネル)でビールを醸造する。ビールの名前「「A Drop of Pandemic」。なぜにビールか? 当時をして一旦煮沸して作るので、水より安全と言われたそうだ。パンデミックがテーマなので、今年のプロジェクトかと思ったら違うんだ。去年の、つまりコロナ前なのである。なんというタイムリーな。つまりプロジェクト後に、世界中が本当のパンデミックに襲われたのである。アーティストの先見性というか、直感の鋭さというか、そういうものがあるのかもしれない。ビールと同時に、なぜか尿を固めて建材みたいなブロックを作っている……というか建材として使ったそうです。「C↑P」のロゴ(?)入りで。それが積まれて展示されている。別に臭いはしないが。あと、流れる下水を映した映像とか、いや、このグループは結構バッチイもの好きなんだよなあ。ゴミとか。初期の渋谷のネズミをとっつかまえてピカチュウ風の剥製にする、からずっとそうですな。いや、私は最初尿でビールでも作ってるのかと思った。色似てるし。さすがにそうじゃないよな。
この醸造所紹介ツアーの動画が流されている。英語で日本語字幕。コレラで最初に犠牲となった女性の肖像がイメージとして使われている。なかなか怖いぞ。他にも動画があって、「PUB PANDEMIC」でみんなで乾杯している様子。今ならさしずめ「密」ですな。ああいうのは当分なさそうだ。このビールは実際会場で飲めるのかな。一応瓶が置いてあったが、誰か飲んでたって様子はないが。


常に時代のできごとに反応し、世界的に通用するコンセプトを持った作品を打ち出せる。たまには世間のヒンシュクも買うが、今後も目を離せないグループだぞ。
http://anomalytokyo.com/exhibition/may-2020-tokyo-a-drunk-pandemic/

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2020年6月22日 (月)

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる(東京都現代美術館)

ここは少し前に読売新聞の「美術館女子」という企画でヒンシュクを買ったところである。AKBのなんとかさん(よく知らん)の魅力で注目を集めて集客しようとしたが、その企画というのが美術館や作品が主役のはずが、写真を見ると完全にそのなんとかさんが主役で、美術館はその引き立て役のフォトスポットでしかない。単なるアイドル写真集みたいなものなのだが、テキストの方にゃ「アートって、すごい」などと書いてあるもんだから、アートファンもカチンときてしまい、ついでに「女性を無知なものとして提示してる」とかジェンダー問題がどうたらとかフェミニストまで炎上。要は失敗をこいたのであるが、そんなに全身ワナワナ震えるほど怒らなくったっていいじゃんねえ……と思うんだが。まあ、これはオレが男社会にドップリ浸って感覚がマヒしてるせいらしいが。うん、してるかもしれんがどうにもならんから諦めろん。

んで、ここはアクセスもあんましよくないし、広いし、日曜朝一なら大して混んでないだろうと思ったら甘かった。結構いる。しかも子連れが多い。しかもけたたましい年頃のガキンチョ連れてきてるのも珍しくない。まあ派手なインスタレーションだしね。子供も喜びそうだと思うのも無理はないけどね。しかーも全部撮影可能。混んでて撮影可れは最悪でそこらじゅうでシャッター音がする。俺の行った時なんかさー、ガキンチョでカメラ持ってて撮りまくるのがいやがって耳障りこの上ない。いや、せいぜい作品一つに1、2枚撮るならしゃーねーなと思うけどさ、何で一つの作品に対し5枚も10枚もカシャカシャカシャカシャ撮ってんだようるっせーなクソガキが。それだけではない。なぜかしゃべくってるのもいる。しかもデカい声で。そこのバカップル、おめーらだっ。
かように客層が悪いのだが、実は波があって、混んでる部屋とすいている部屋ができる。さっきここは混んでいたが今はすいているぞ、みたいなことが起こるのだ。これはなかなか不思議な現象ですな。
そういえば、以前原美術館でもエリアソンやったけど、あの時も「密」でしたなあ。人気を甘く見ていた。

今回の企画はサスティナブルを意識し、作品の運搬を飛行機ではなく鉄道と船を使ってCO2削減に努めたそうです。最初の方に「クリティカルゾーンの記録」という作品があり、これは運搬中の振動を記録したものだそうだ。しかしアレですな、遠目で見ると視野検査の結果みたいですな。俺は緑内障なんでおなじみなんだぞ。それから「太陽の中心への探査」という薄いガラスでできた多面体に光が点っておるキラキラ系の万人ウケもよろしいインスタレーション。繊細なので離れて見て下さい、だそうです。ゆっくり動いたりしているんで、軽いんですかね。え? 光と動きは太陽光の力だって。それからどこぞに流れてくる氷は素晴らしい形だ、それを残そうというコーナーと、青い光が消えるとオレンジの残像が見えるかもしれないぞコーナー……部屋が小さいのでここはちょっと「密」だ。

それから「あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること」という意味深なタイトルだが、部屋の奥からの光で、前に自分達の影が映る。それも何重にも、という自分が動くので影も動くという子供ウケもいい作品。自分の姿+影を誰かに撮ってもらってもよし……ってほとんどフォトスポットじゃねーか。こっちはお一人様なんだぞ。それから「サスティナビリティ研究室」といういろいろ物が置かれているところ。覗いて見る作品が一つあって、並んでた。覗くと向こうまで丸い通路が見える。鏡の反射か何かを使っているね。それから「サンライト・グラフィティ」という手に持ったライトをいろいろ動かして光にダンスさせちゃおう記録もしてるぞ、という作品。こいつぁ参加できる!……が、一組12分もあるので、早々に本日分の受付は終了。楽しそうだが見てるしかできない。混んでる時は5分ぐらいでいいじゃんねえ。二人一組のリア充使用でプチ殺意が沸く。こっちはお一人様ですけん。

次の「人間を越えたレゾネーター」は、丸いガラスを通して円形のいろいろが見える作品。「おそれてる?」は、上から吊された色付き半透明の円形がゆっくり回って、、壁に楕円のさまざまな色が浮かんで動く。なかなか楽しい。これは見たことがあるな。
そしてメインの展示「ときに川は橋となる」。デカいインスタレーションだ。上を見ると円形の光がいくつも並んでいる。満月が並んでいるようだが、その光は水でできているかのように、揺らめいて、時に崩れて、水の模様を浮かべ、そして元に戻る。おお、さすがにスゴい。いや、これはさー、静かに見てほしいよなあ。でもシャッター音、よく響くねえ。あと動画撮ってるヤツまでいてどうがと思うが。動画はシャッター音ないけれど、撮る合図ですかね「ピロリン」みたいな音がして、それがまあ結構そこらでしてる。この作品は、何度か出たり入ったりしていると、たまたま人が少ないタイミングがあり、そこでまあ楽しんだよ。それから隣の「ビューティ」はポスターにもなっている名インスタレーション。霧に当てた光で虹ができる。ここも写真スポット。しかも子供喜んで大暴れ。虹は子供目線のやや低い位置から見た方が、よく見える気がするぞ。がしかし、ここはいつでも「密」だった。
あとはパネルでプロジェクトの紹介とか。氷河がなくなっているところの写真とか、結構エコな視点のものがある。

非常にいい空間のインスタレーションなんで、平日とか人の少ない時を狙った方がいいですなあ。混んでいるとコロナリスクだけじゃなくて、シャッター音にもおしゃべりにも悩まされるぞ。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/
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常設もちょっと見たが福富太郎の戦時中絵画のコレクションがよかった。こんなの集めてたんだ。

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2020年6月15日 (月)

ピーター・ドイグ展(東京国立近代美術館)

本来の予定じゃ6月14日までだったが、コロナ禍でガッツリ延長された。事前予約制。サイトに予約のリンクがある、チケットぴあに飛ぶのでそこでチケットを買う。受け取りをコンビニにしようとするとクロークなるシステムに送られ、そこでコンビニ受け取りを選択する。チケット代の他にシステム利用料など300円もかかる! なんでっ! せいぜい100円ぐらいだろうよ。コンビニ行ってチケットマシンで直に買った方が100円ぐらいじゃないか? クロークってのがチケットを分配したり譲渡したり(?)できるものらしいが、普通に買いたいだけなんだからよけいなシステムをかませないでほしいんだがね。
それで、行ったら検温あり。消毒液あり。おしゃべりは謹んで。まあそれはそうだな。全点撮影自由。えー? もーやだー……シャッター音うるせーよ。なんつって3枚ぐらい撮っちまった(ガラケーなんでボケボケだが)。まあ現代のアーティストなんで、静謐な雰囲気でって感じのもんでもないしな。最近ちょっと慣れてきたってのもあるかも。
ピーター・ドイグは1959年生まれ。思いっきり現代アート。しかし抽象やらインスタレーションなんかが流行の現代において具象の絵画で勝負だ。

「第1章 森の奥へ」ということで一応年代順で2002年までの絵。最初の絵は「街のはずれで」……うーん、ヘンな木だな……以外何も浮かばない。別に写実でもないし、荒々しくもないし、静謐でもないし、色が際だっているわけでもないし。「天の川」木などが水面に映っているが、水面側の方がはっきり描いてあるね。「のまれる」これも水面っぽい。あー、なんとなく抽象だな。モネの最晩年の、庭描いたヤツみたい。おっと、あっちにはちゃんと抽象画があるぞ、と思ったら違う。「スキージャケット」よく見ると、鳥瞰で人が小さく描いてある。抽象じゃないんだこれが。でも抽象画としても見れる。「カヌー=湖」この妙なカヌーの色……というかその上の水面に手を浸している人物……カッパか? うむ、どうやらゴーギャンの影響がありそうだぞ。まあ解説にもそう書いてはあったな。実際の色と違ってもいいんだ。自分の感覚に合えば何をどんな色で表現したっていいんだっ。というナビに従え。「若い豆農家」うむ、前面の木の枝。「ロードハウス」建物かカッチリ描いてあるね。画面三分割。「コンクリート・キャビン」木々の向こうに見えるのはコルビュジェの建物だ。「オーリン MKⅣ Part2」なんかスキーの……モーグルのジャンプみたいのしてる。下が緑なんだが。「山の風景の中の人物(アイ・ラブ・ユー、ビッグ・ダミー)」えー? どれが人物。そのデカいのか? という抽象みたいなの。「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュベレ」タイルで彩られたダムへの道。雰囲気はいいよ。人物は微妙だが。
んなわけで、どの絵も見ているとまあまあ面白い……んだけど、こりゃスゲエってものがない。えー、だって、絶賛されてるじゃん。うん、でも自分にはどうも……で、その理由もボチボチ分かってくる。

「第2章 海辺で」ええと、2002年からの絵だって。「ペリカン(スタッグ)」滝の中央で人が浮いている。「無題(パラミン)」妖怪か。ラフに描いてあるが何か用かい? 「黒い少女」水着姿だけど、なんか怖いぞ。萌えねえ。「ピンポン」卓球の絵だけど、背景が四角を並べたヤツ。「赤いボート(想像の少年達)」あーこれもゴーギャン風か。「夜のスタジオ(スタジオフィルムとラケット・クラブ)」おお、なんとなくバスキア的な雰囲気。確かにバスキアの影響も受けたとか書いてあったような。でもこの絵の解説には書いてなくて、マティスの影響とか書いてある。おお、そうか、だからピンとこないのだ。そういえば全体にマティスの感じに近いしな。そして私はマティスを最も不得手としている。なーんかね、やってることも意図も分かるんだけど、それが素晴らしいとかすごいとか美しいとかの実感を伴ってこない。困ったものだよ。実はゴーギャンもちょっと苦手なんだ。バスキアなら逆にその天才ぶりを実感できる。みんなも主観ではそういうのあるだろ? 皆がいいと言っているものは、例外なく自分もいいと実感する……なんてヤツはおらん。そんなわけで、ドイグにピンとこないのは、マティスに近いからだ。つまり逆に、マティスやゴーギャンが好きだったら、ドイグにも飛びつけるであろう。
えー、さて淡々と続きを行くか。「ラベイルーズの壁」ホッパー風のちょっと寂しい感じ。おや、人物が頭に乗せている傘は、東京オリンピックで頭に乗せる小池トンマ傘ではないか。来年やるのかな。「馬と騎手」文字通りだが、壁が四角。「無題(肖像)」女性、胸出てる。それより傍らのヘンな抽象模様に目が行くが。「壁画家のための絵画(プロスペリティ・ポート・オブ・スペイン)」旗を並べたヤツ。「花の家(そこで会いましょう)」タトゥー人物か? 「ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)」ライオンだじょ。「赤い男(カリプソを歌う)」「水浴者(カリプソを歌う)」同じような絵が並んでいる。いろいろ違うのだが同じという妙なものだ。「影」おお、骨が見える。「二本の樹木(音楽)」中央の影は、木の上の物体はなんだ? 「音楽(二本の樹木)さっきの絵の関連作品。中央の賭も木の上の物体も人物らしい。

「第3章 スタジオの中で」なんか映画サロンみたいなのをやっていたそうで、そのポスターが並ぶ。といってもどれもマティス風というかラフな感じの絵だ。私は以前は映画もずいぶん見てはいたのだが、すっかり見なくなりまして。何しろ映像酔いが酷くなった。もう2年ぐらい前かな「カメラを止めるな」手持ちカメラのゆらゆらで、ありゃあ死ぬかと思った(大げさだが)。3Dなんてじぇったい無理。で、見たことある映画のポスターもあるぞ。「お熱いのがお好き」おお、これはラストの名場面だな。「東京物語」これが東京とな? 「ドッグ・ヴィル」トリアー監督の異様な映画だ。ポスターは悪くない。「ゴースト・ドッグ」あーこれジャームッシュのだよ。もう一度見たいヤツだ。ポスターは、こんなもんか? 「HANA-BI」キタノのだぞ。「羅生門」見たっけ……ポスターは雰囲気出てる。「ピンポン」日本のあれか? ポスターはただのピンポンだ。「真夜中のカーボーイ」だからカウボーイって言えよっ! 水野晴男が悪いんだ。「HOUSE」見てないけど大林のあれか? 「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ジャームッシュだ。結構好きな映画だぞ。
てなわけで、マティスやゴーギャンが好きならイケると思う。
https://peterdoig-2020.jp/
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あと、常設にある北脇昇の小企画も優れものだ。日本にもイカした超現実絵画の描き手がいるのだ。
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/kitawaki2020/

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2020年6月 6日 (土)

神田日勝 大地への筆触(東京ステーションギャラリー)

コロナで一時閉館していたが、いよいよ再開。チケットは日時指定なんだけど無視して乗り込む。なーんつって、オレはパスポート持ちなんだじぇ。パスポートさんは予約不要なのだよ。しかも休館期間中は延長してくれる。5月に切れてたんでありがたい。
実はあんまし期待してなくて、というのもポスターとか見ると、コントラストの強い馬の絵で、遠目でシルエットかと思い、グラフィックデザイン系かと思ってたが全然違った。バキバキの油彩の画家です。いや知らなかった。しかも早世。実力派。画風も意欲的に変化してる。いや、東京ステーションギャラリーの着眼は見事ですな。今回もそうだが、これまでも吉村芳生とか、不染鉄とか、鴨居玲とか、特に知る人ぞ知る日本の画家のセレクションはスゴい。しかしパスポートはしばらく売らんそうで残念だ。今後ハリーポッターとかあるそうだが、そんなのはいらんよ……と言いたいが、ここもまあ台所事情がいろいろあるんでしょうなあ。毎回そう混んでないしな。

神田日勝、1937年生まれ、1970年没。入るとまず「プロローグ」で若い頃の絵が並ぶ。18歳の「自画像」うん、うまいよね。頬のテカリとか。岸田劉生っぽい。この人、絵筆よりパレットナイフを使ってたそうで、その技が後々冴えてくる。「風景」がいくつもあるが、その一つは渋い印象派といったところ。生まれは東京だが北海道の農村で生きて描いた人でもあるので、早くも馬の絵が登場。「痩馬」。痩せてアバラが浮いている。もちっと大きい「馬」も同様。なんか妙に足がガッチリしてるな、とその場はそうとしか思わなかったが、これが何か、分かる人には分かるんだけど、私なんぞ分かりませんでしたよ。あとで説明する。それより、マチエール(質感)の凄さに目が行く。おお、これが、パレットナイフ技か。風格というか、絵に重みがついてるというか、そんな感じの質感になるんですなあ。

「壁と人」というコーナー。文字通りのものが後で出てくる。「家」という油彩の作品。これもマチエールすげえ。ほとんど家の材木じゃん。色も重厚。ここで曹良奎(Cho Yang Gyu)という朝鮮人の画家が出てくる。日本にいて反資本主義の姿勢で描いていて、1960年の北朝鮮帰還で帰ったまま行方知れず……だそうで。うん、まあ社会主義が理想だった時代ですな。今なら帰んない方がよさそうだが。その画家の作品「マンホールB」。そして隣に日勝の「ゴミ箱」うむっ、似てる。雰囲気から何から。日勝は相当影響受けてたそうだ。特に人物は出てこなくて、何か捨てられたようなものを重厚に描くのだ。「ゴミ箱」ではさらにドラム缶の描き方がセザンヌみたいですな。上からと横からを同居させたようなヤツ。コルビュジェなんかもやってなかったっけ? キュビズムの。でも日勝は色や質感が写実風なんだね。それから神田一明という3つ上の兄貴がいて、やっぱり画家。その作品「赤い室内」うん、似てるけど違うみたいな。それから「人」という作品。これ、手足がガッチリしてて、えらく目立つ。顔も相当特徴的だな。「飯場の風景」これも人物の存在感が……うーん一応プロレタリア(労働者)絵画かな。解説にはそうとは書いてないが、雰囲気はやっぱりそうだよね。資本家のくそったれが必死に生きる労働者を見よ、だよな。「板、足、頭」ここで、おや? と気づくのだが、人物の頭がみんな小さい。つまり印象としてクレバーな(賢い)感じがしないのだ。あまり考えず黙々と一生懸命働く労働者達だ。それでね、ここでプロレタリア絵画かどうかの印象が、後に引っかかってくるんだわ。つまり企画者側はそうじゃないと思っているのか、思っているが解説に書いてないのか、そこなんだな。さあ何が引っかかってくるのかな? あおれはあとで。それからまた「飯場の風景」こっちは魚の干物と人物。あとダクトが味を出してるな。「一人」という作品、壁の前でこちらを見ている一人の男。それだけだが結構印象が強い。男の顔が何ともやるせない感じだ。先の曹良奎がやはり壁の前の人物を描いていて「密閉せる倉庫」色合いが日勝と違う感じだし、人物も内省的ってわけじゃないが、普通な感じでもなく、こっちはこっちで味がある。

階段を下りていき「牛馬を見つめる」コーナーへ。農村で生きていたので、牛馬は重要画題だお。「馬」「開拓の馬」いずれもパレットナイフ技で詳細に描く。しかし、この馬達やっぱり足が太い……なに農耕馬ですと? そうっ、最初の方にあった足ガッチリもそうなんだけど、全部農耕場だ。私どもは(オレだけ?)馬の絵というと競馬場のサラブレッドを描いたヤツを想像しちゃうんだけど(ヨーロッパの画家とかでさ)、いや、足がすらっと長いのは確かに美しいんよ。でも違うんだ。農耕馬って足太いんだわ。日勝はそれを全力で描く。馬具で毛がすり切れちゃったところまで執拗に描く。サラブレッドに比べりゃスタイルはかっこ悪い。しかしこれはもうロックだ。ブルースだ。レジスタンスだ。衝撃の馬の絵が君を待っている。まだある「死馬」文字通り死んだ馬をめいっぱい描いてる。それでね、私の目に留まったのは鎖なんよ。死してなお解けない鎖。それは労働から抜けられなかった証だ。解説には「かけがえのない存在を失った悲しみ」とか書いてあるが、どうだろう。これはペットを失ったのとはだいぶ違わなくないかい? ここで前に出た人物の絵がプロレタリア絵画だという印象が影響する。この馬は労働の鎖につながれたまま生きて、そして死んだのだ。そして自分達もまた労働者だ。だから馬はペットではなくて同じ労働の友だ。この絵には、ひたすら働いてそして死んでいく存在を訴える目的もあるんじゃなかろうか。時代的にもそうだし。それから「牛」という作品。これも死んだ牛だが、こっちは腹が一文字に切られ、その中から赤い内蔵が……っていうか赤いだけだけど色のインパクトはなかなかだ。これは絵的なインパクトを狙ったようだ。

「室内/室内風景」コーナー。ここでなんと、画風が一気に変わってしまう。暗く重厚な路線から、急に鮮やかで明るい画面で、いろいろものが置いてある室内になる。これが結構面くらう。一応ものの形は前にやっていたセザンヌっぽいかんじではあるので、全部をおっぽりだしたわけではないが、まあ、でも「なんじゃこりゃ」感が拭えぬ。あるいは今までに溜まっていた何かを放出した感もある。「室内風景」の一つに人物が。でも横尾忠則みたいなピンク顔で、今までの流れからするとケッタイ極まりない。でも次の「室内風景」では少しおとなしくなり、前の「壁と人」との融合みたいになっている。新聞紙に囲まれた人物。で、実はこれがもう死の寸前。この後間もなく過労死してしまうそうな。関連作品として海老原暎の新聞紙ばかりの絵画あり。この「室内風景」のやや前にも、日勝は試行錯誤していてポップアート風に広告の一部などを入れ込んだ絵、「壁と顔」「ヘイと人」を描いてはいるが、やはり重厚路線のインパクトからすると、軽い要素やお色気要素を入れたインパクトは大きくなく、今の時代に何とか合わせてみて、みたいなちょっと残念なところを感じてしまう。まあ本人もそう売れてたわけではないみたいだし、必死だったんでしょうな。
「アンフォルメルの試み」ここでも画風をとんでもなく変えて挑む。アンフォルメルというのが、もう形のない、みたいなもんで、原色線で形であるようなないようなものをめったやたらに描く。フォーヴに似てるが、ちょっと違う……んだよなあ。「人物A」は男女のシーンだが、色の印象はまあまあ悪くない。これはこれでありだよ……まあ好みじゃないが。

「十勝の風景」ここでは風景の小品。さっきのエキセントリックなのと逆に、あまりに普通すぎる風景画。室内装飾用として売るためかな。でも「離農」というテーマを描いたり、「扇ヶ原展望」では、それこそヴラマンクみたいなフォーヴ風にしたりと、らしい工夫はある。

そして最後「エピローグ - 半身の馬」前半分しか描かれなかった「馬(絶筆・未完)」を展示。ポスターになっているヤツだが、こうして全体の展示を見てからこの作品を見ると、その衝撃はひと味違う。前半分しか描かれていない馬は、明らかに今までの馬の描画と違う、バージョンアップされたものだ。道半ばで途絶えてしまった、という事実がいやが上にも感じられる。なんということだ! これと同じで、新型コロナで志村けんが亡くなったが、新たに俳優としてドラマに出ていてこれも道半ばだった。そして奇しくもこの絵を見た日には、横田滋氏が娘の奪回叶わず道半ばのままに亡くなっている。道半ばでこの世を去るしかない、この無念あふれる世界と対峙し、訴え続けるのがこの一枚の絵とすれば、どうであろう、今だからこそ、君が行かない手はないではないか。

パスポートがなければ予約してGO。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202004_kandanissho.html

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2020年5月31日 (日)

「物語の庭 深井隆」(板橋区立美術館)

コロナ第一波がおさまっているようないないような状態で、いよいよ東京も自粛していた美術館が復活! 第二波に襲われる前に見ておこうぜっ……いや第二波なんぞ来ないでほしいんだが。
この美術館はリニューアルして、実は初めて行きました。前のちょっと古い感じの展示室が、バッチリホワイトキューブになっていた。うーん、現代的になっていい感じじゃん。コロナ予防でスタッフはフェイスガードを装着。客は……少ない。今日から始まったばかりだし。
駅から遠くてアクセスがアレなんだが、今日はコロナで最近やたら乗るようになった自転車を使用。家から50分ぐらいかかるんだが、いい運動になる(帰りはさすがに疲れたが)。美術館に自転車置き場……がないじゃん。しゃあないんで隣接の公園に置いておいた。

深井隆。知らなかったが、彫刻家。彫刻はそんなに見ないんだけど、何しろここんとこの自粛で美術展に飢えてますし、でもよかったですよ。彫刻作品というより、展示空間にテーマがあるインスタレーションという感じ。空間演出がいい。撮影可能。作者手描きの解説コピーももらえる。

入ったところの空間。「栖」シリーズ……って、これ何て読むのだ? 木へんだから、何かの木だよなあ、と思っていて、帰ってから調べたら……って実はこれ書いてる時なんだが。「すみか」って読むんですって。なるほど、モチーフは切り妻の家の形なんだよね。それがいろいろ演出をかけられている。水色の家が水色の台に乗っているのとか、金色の小さいのがいくつもあるとか、あと一見オベリスクっぽいんだけど、上に乗っているのがこの家だとか。そうっ、この家の形、ちょっとワクワクするんだよね。何でかな。ボードゲームのモノポリーってありますよね。あれに家やホテルとして、この形状が使われてる。なんか楽しいよなあ。あと家の形のチョコレートケーキなんてのもありましたな。今でもあるのかな? とにかくこの形状に目を付けたのは面白い。

右の展示室へ。「月の庭」という展示空間となる。円形のもの、あと馬、木……っと、馬に足がない。切断されている。でも壁の馬の絵を見るの、足はあるよ。何か水に浸かっているような感じか。でも床はそのまま。ただまあ、足が切断されていると、ダックスフントみたいな印象が出てくるね。ちょっと愛嬌があるみたいな。あと「木」という作品。これがなんかすげえんだ。分岐する木の幹なんだけど、多分太い柱から削りだしてわざわざ木の形状を作っている。木を削って木を表現する。うむ、やるな。
さらに奥。「月の庭 - 月に座す -」。また足4本切断された馬がいる。あと金の鉛筆みたいなものが立っている。
どちらの庭も、なかなか詩的な空間になっていてイね。庭感覚で歩き回ってヨシ。

中央を挟んで反対側の展示室。椅子が並んでいる、座れない。まあそりゃ彫刻作品だし。背もたれとかに翼がついているが、椅子の上にいろいろなものも置いている。リンゴとか、本とか……これ材木一つから椅子とか本まで一緒に削りだしたのかな? うーん、よく分からないけど、隙間が見えるからあとから置いていると見える。でもあくまで一本から削り出すのにこだわるアーティストいるからねえ……なんつったっけ専門用語で……ええと調べたら「一木造」ですか? なんか仏像用語らしいんだが。えーそれから「王と王妃」みたいに二人で一つ、みたいなもの。どの椅子も翼付き。この翼がまた、無駄にたくさんあって、それはそれで楽しい。この印象はなんだろうと思っていると、ふと思い出す、ケルビムという天使ね。赤ちゃんっぽいが、翼が多い。翼にくるまれているみたい。ええと、調べたら別にあかちゃんでもないな。あとセラフィムというのもいる。どっちも大天使より階級が上なんだじぇ。それにしても空気力学とか運動学とかを全く考えてない無駄に生えてる翼ですなあ。飛べる感じが全くしないんだが。いや、まあ、その翼は象徴なんだよね。

その奥の展示室。「青空2020」という空間。クラインブルーみたいな翼の造形の彫刻。大きな魚の尾鰭にも見える。椅子の展示室から、こっちに来ると、ちょっと驚きががあるよね。色のインパクトが結構あるしな。

それからもう一つ細長い展示室があって、「円形の庭 -覚醒-」と「幻想の闇より」、いずれも長い棘というのかな、そんなのが上に向かって生えたようなもの「幻想の闇より」はベッドから生えている。うん、確か、古代生物とか、深海生物にそういう感じのがいた気がするし、あれを見ると、結構同じようなインパクトを受ける。

こうしてみると、深井隆の彫刻は、家とか翼とか足のない馬とか、まず感覚に訴える形をモチーフにできているので分かりやすいぞ。空間もいいしね。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/
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2020年5月25日 (月)

染井霊園

また霊園訪問。よほど行くところがないのである。ここもどうにか自転車で行けるのです。んー、先週の雑司ヶ谷霊園よりも手入れされている墓が多いようですな(気のせいかもしれんが)。あと、観光客も散歩してる人もちらほらいるようです。雑司ヶ谷はほとんどいなかったんよ。

ここもそうそうたる人が多いんで、豊島区の案内マップがある。でもそれにも載ってない人がいる。で、それに載っていない人こそ、今回のメインの行き先である。誰か? 司馬江漢である。そうっ、司馬江漢はここに眠っているのです。江戸時代の画家にして、当時ほとんど誰もやらなかった腐食銅板画や油彩をやり、蘭学を身につけ、エッセイも書いた驚異の人物。そして、私の筆名「紀ノ川つかさ」は司馬江漢から取っているのですよ。紀州出身の江漢は、故郷の紀ノ川を「江漢」と称した。そして私の「つかさ」は司馬の司だ。だからこの筆名だ。はい、私は和歌山県とは関係ありませんのです。で、それだけではない。江漢の命日と私の誕生日は同じなのですよ。
そんなわけで、誰の墓を見ても大して何とも思わなかったが、司馬江漢の墓には感激を禁じ得ない。おお、ここに眠っておったのですね。生まれ変わりの(と勝手に言っているだけの)私が参りました。墓そのものは、墓でした(?)。これだけは写真撮っちゃった。それから芥川龍之介の墓があった。こちらも普通の墓だった。ちなみにこの二人は染井霊園ではなく隣の「慈眼寺」という寺にあるのだ。

で、染井霊園に戻る。明治のサブカル編集者宮武骸骨がいるはずなのだが、いるはずのところに見あたらず断念。何種何号何側という番地というか、呼び方には慣れたものの、結構現場にいると「ここはどこだ」状態になって見つけづらい。二葉亭四迷を発見。何か読んだかな。もしかして何も読んでない? 墓に長谷川何とかとか書いてあるみたいだがなじぇだろう。岡倉天心を探して見つける。美術教育家で東京芸大の設立者。これもちょっと庭園っぽい。大きな木が植えられてるし(はじめから生えてたのか?)。高村光太郎と高村智恵子、はい、ここに眠っていたんですねえ。光太郎の詩を自分で作ったバックトラックを用いて朗読し、安達の智恵子の家に2回行った私は、浅からぬ縁ではありませんか。ボイスロイドを使って作った「千鳥と遊ぶ智恵子」は自分で作った中でも結構お気に入りだぞ。

他にもいるんだけど、疲れたんで撤収。
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2020年5月18日 (月)

雑司ヶ谷霊園

またまた週末に行くところがなくなってしまった。いいかげんにしやがれコロナよぉ……まあ下火にはなってきたようだが、東京の美術館の再開が遠いのう。哲学堂公園もあれだけ行くと「もういい」という感じなのである。
で、この雑司ヶ谷霊園、自転車で行ける距離だが、行こうかどうしようかと思って、前に簡易地図の印刷をしておいたものの……なかなか行くテンションが上がらない。だってぇ、墓なんぞ見て面白いのかぁ? 人によれば、ああこの人がここに眠っているんだとシミジミするみたいですが、多分私はそういうタイプの人間ではないのです。墓地だってなあ、墓が並んでいるだけなもんなあ。でもとうとう行ってみた。
墓の鑑賞と言えばね、寺山修司の絶筆「墓場まで何マイル?」というのがある。病床の寺山が、世界の墓の写真集を見ていて、頭の中にジョン・ルイスの「葬列」というジャズが流れていた、というもの。だんだん高まっていく華麗な曲なんだそうだ。私は雑司ヶ谷霊園の行き帰りにこのことばかり考えていた。他に考えるものが特になかったもんで。ちなみ私は寺山修司読みではない。福島泰樹の「短歌絶叫コンサート」でこの作品に接している。つまり福島泰樹経由です。また行きたいよねえ。吉祥寺曼荼羅は無事なのか?

自転車を停める場所がなくて困ったが、何とか見つけて中へ。早速出向いたのが竹久夢二。写真撮っていいのかな? うーん、いいのかもしれないが、あまり撮る感じでもないな。人もおらんし。そこは簡単な石みたいなのに「竹久夢二を埋む」と書いてある。竹久夢二の評価は揺るぎないんだけど、私は夢二はそんなにこだわりはない(と言いつつ岡山の美術館も行ったが)。同時代なら高畠華宵の方がなんか理想化の狂気を感じて好きなんだがね。
にしても、霊園って墓だけがあるわけじゃないんです。休憩所みたいなのがあって、キャンプで使うようなテーブルセットが置いてあって、花で飾られてたりする。ちょっとしたランチでもできそうだ。まあ墓に囲まれてランチもないでしょうなあ。あと「下げ花置場」という、多分枯れかかった花などを墓から下げて置いておく場所が所々にあって、そのノボリが水色で結構目立つ。いや、目立つ必要があるから目立つんだけど、霊園全体の雰囲気からするとちょっと浮いているよな。
泉鏡花の墓……は普通。何か読んだかな。そうだ「外科室」って映画見たぞ。吉永小百合が出ていてな、短くてありゃなんだったんだみたいな映画だったが、覚えているということは結構印象的だったのかもしれん。
小泉八雲ことラフカディオ・ハーン。日本文化研究で確か……民話か怪談か何かまとめたんだよな。いや、読んだよ。墓はプチ日本庭園みたいな感じ。
羽仁もと子。自由学園の創立者。池袋の自由学園明日館は、フランク・ロイド・ライトの名建築で見学もできるし(今は多分できない)いい雰囲気だぞ。また行きたいねえ。墓には何かオブジェが置いてある。
夏目漱石。知らん人はいないだろうが、墓はここにあるのだ。文豪らしく堂々たるデカい墓だ。日本風……だけどちょっと変わった形だな。漱石はね、後期三部作は読んだな(あまり覚えてないが)、前期のは「三四郎」を青空文庫で読んで「それから」が文語だったんで挫折(挫折するなよ)。
東郷青児もいる。画家だ。墓は大きくない。でも年表付き。東郷青児を所蔵する損保ジャパン日本興亜美術館……が、なんちゃら美術館になって開館待ちのはずだ。東郷青児の女性像ね、独特だよね。最初はなかなかいいなと思って絵はがきも買ったりしたが、あまりにどれも同じ雰囲気と人形っぽさで、なんとなく嫌になっちゃった。最近じゃ展示されててもスルーしてるし。
その隣にジョン万次郎。東郷青児に比べて広いスペースだな。名前はよく聞くけど、何やった人かあまり知らんの。江戸時代の通訳? 昔住んでた高円寺に「ジョン万次郎」って居酒屋がありました。入ったことないですが、ちょっと旨そうな名前だなと思った。
他にも有名人、何人もいるんだけど、この辺で疲れてしまった。

それで、並んでいる墓を見ると、いろんなタイプがあるんだね。高いとか低いとか、形が違うだけでなく、自然石を削ったようなのとか、キリスト教の十字があるとか、仏像がついてるとか、どこぞの女医さんの墓には傍らに女性像がついてるとか。それから手入れの具合もいろいろで、きちんと手入れされてるのとか、雑草が生えかけとか、中には雑草でボーボーになっていて、墓がその中に埋まっているのもある。そんなわけで、並んでいる墓の間を歩いていくと、これが結構「にぎやか」なんだ。故人の霊が自分の墓や隣の墓を見て「いや、おたくはいいですな。うちなんか草ボーボーですわ」とかやってるみたいで、寺山修司ならずとも、何となく陽気なジャズが似合うような空間でもあるみたいだ。病床に伏したら、ドローンを使って墓場巡りでもするか。

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2020年5月10日 (日)

哲学堂公園(6)

いよいよ最後の「哲学を深く学ぶ」ゾーンです。ただ、もう思考のプロセスの後なので、そんなにあれこれないです。
「認識路」つまり理論的思考から上ってきたところに出くわす白い建物、これが「絶対城」。
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いや、すごい名前ですな。名前に劣らず、建物の印象もガッチリな感じがする。場所としては「時空岡」の広場内、つまり哲学世界に帰ってきたことになります。
「絶対城」は読書室であり、書庫だったそうです。ガイドブックには(万象の推究だけでなく)「万物の書物を読み尽くせば、やはり絶対の境地に達する」そうです。まあ、行き着いた先が書庫、つまり知の結集した場所、というのもなかなか象徴的と思いますな。この絶対城には傍らに四聖人の碑がある。また、中にいろいろ部屋があるんだけど、見てないもので説明は割愛。ガイドマップや解説ビデオなどを見てね。今は入れない建物の中に入ってるから(入りたいね)。
ちなみに、「直覚径」の方から上ってくると目の前には「四聖堂」がある。この四聖人、カント以外の三人は、著作が無くて、弟子とかがその思想を広めたんじゃなかったかな。直覚系の人はあまり著作とかやらんのでは……いやいやニーチェは「ツァラトゥストラ」とか書いてるな。

もう一つ「宇宙館」という建物がある。
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これは講義堂だそうです。哲学は宇宙の真理ですからね、この名前でよいでしょう。この中に「皇国殿」という斜めにレイアウトされた一室があるそうです(もちろん今は見れない)。世界の中で「もっとも美なる日本」の表現だそうです。いやあ、これはちょっと日本アゲが過ぎないかと思うが、ただ東洋でありながら西洋を吸収。神道、仏教、儒教というこれも異なる世界をも吸収。それらの調和をとりつつ学問を進めれば、これは無敵と言えましょう。井上円了が目指しているのは、そういう数多の考えの共存と調和であるなら、これぞ美しい世界だっ、とぶち上げるのも分かる気がします。この建物は出入口が角のところについているもので、四角い建物というより、斜め四角の建物、という感じがして見かけもなかなか面白い。「宇宙」のちょっとした特別さを表現できている感じがする。

「相対渓」という無水溝があって、それを渡る「理想郷」。
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自ら掴んで確信を持った宇宙の真理をもって、絶対城に至ったが、最後にこの相対(いやー、人間の考えなんて人それぞれっすよ、というミもフタもない話)を、理想を胸に乗り越えられれば完璧だ。「理外門」を通って哲学世界(理の世界)から外に出ようではないか。こうして人は哲学の世界に入り、真理を掴んで一つ成長して日常に帰っていくのです。

これが、この哲学堂公園の流れ。えー、当説明は七十七場全部は網羅してません。情報も一部です。主観的な話も相当あります。従いまして、ガイドマップもしくは紹介ビデオも見ましょう。
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最後に「哲学の庭」というワグナー・ランドールの作った偉人の彫刻が並んでいる場所がある。場所としては「唯物園」から「観賞梁」(橋)を渡って、「数理江」(妙正寺川)を越えた「星界洲」(対岸)にあります。うん、星になった人々と言えば何となくそれっぽいけれど、星界洲が唯物園から繋がった、あくまで唯物的に把握した星の世界だとすると、ここに置いてあるのはどうかなと思わないでもない。まあ、他にいい場所もなさそうですが。
輪が三つあります。

第一の輪は宗教の祖 老子 キリスト 釈迦 アブラハム エクナトン
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うーん、エクナトンだけなじみがないな。エジプトのアメンホテプ四世で、宗教改革を行ったそうな。アブラハムだけ体伏せてる。

第二の輪は悟っていて社会で実践した人 達磨大師 聖フランシス ガンジー
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聖フランシスはフランシスコ修道会の創設者だそうです。

第三の輪は法の主流を作った人 聖徳太子 ユスチニアヌス ハムラビ
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ユスチニアヌスはローマ法大全を作ったそうな。「目には目を」ハムラビが入っているところが面白い。でも最古の法典なんだね。

この庭の解説も、ガイドマップに付属してるよ。詳しくはそちらで。

以上で哲学堂公園についての書き物はおしまいなのだ。

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