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2005年9月30日 (金)

はははは

阪神が優勝したんだけど、今年は道頓堀ダイブが前回より大幅に減ったそうな。というのも、橋んとこにフェンス作っちゃったし、警官も厳戒態勢だったんだって。

そもそもダイブして何が悪いんだ?

溺れようが水飲んで病気になろうが全ては自己責任ではないか。不潔とか、危険とかいうのは多分建前で、このダイブによって不利益をこうむる人がいるから禁止されているはずなのだ。周囲の店にダイブ後の不潔な人が来てほしくない、というのはあるかもしれないが、そもそも暴徒化した阪神ファンのために周囲は既に店を早じまいしてるのではなかったか。

ここでわたひが推測するのは……もしかしてヘンな人道主義者が役所に文句をねじ込んできたのでは? つまり飛び込んで病気になったりする人がかわいそうなので、禁止するようにしてほしいと……いや待てよ。そうそう、あれを見て「子供が真似したらイヤ」という親心はあるかもしれない。でも君ぃ、そう思ったらその時点で「子供だったら真似しそうなほど面白い」と認めているようなもんだよな。世の中から「面白い」ものを無くしちゃいかんよ。イヤならテレビなんか見せないほうが良い。うちは見せてないぞ(そもそも親がてんで見ないのだが)。

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2005年9月29日 (木)

おおおお

オクダのバカヤローっ!

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2005年9月28日 (水)

ああああ

今日もアウト

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2005年9月27日 (火)

ううう

今日は疲れた

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2005年9月26日 (月)

まだ整骨君

今日整骨に行ったら、「体が前より硬くなってるなあ」などと言うのです。なんでだーっ! すっかり気分はロウに。いったいなにがいかんのや。寝っころがって本を読むことか?(最近よくそんなことをしている……という妻の指摘) うん、確かにそりゃ悪そうだが。

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2005年9月25日 (日)

愛知万博が

黒字ですってよ! 累計入場者2200万人突破。予定1500万人を大幅クリア……なんでだ? 絶対失敗大赤字だと思っていたのに。

名古屋だ……名古屋といえばトヨタだ。トヨタといえばオクダだ。オクダといえば大企業至上主義の悪党。政治献金奨励その相手は自民党。先日の選挙で自民党大勝利……こりゃあ万博にも人が殺到するわけじゃわい。ものごとの背景とか実態とか裏とか後の結果とかは考えず、ただ目先の雰囲気で投票したに違いないから、自然破壊とか商業主義とか言われても、万博へGO! なんだろ。このノータリンで軽薄極まりないバカの見本のような愚民どもがっ! ……まあ東京でやってたらオレも行ったと思うが。だってー、なんか楽しそうじゃんねー 名古屋じゃ金がもったいねー 

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昨日は

整骨の先生にすっぽかされた。朝9時からのはずなのに9時20分ごろ行ったら開いてねえ。9時40分になっても来ねえ(通いなの)。もう帰っちまったぜチョームカツキ。先生、体の姿勢はいいけど、社会人としての姿勢はいけませんなあ。

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2005年9月23日 (金)

ユトリロ展(日本橋高島屋)

昨今の「ユトリロ教育」は見直したほうが良い。ユトリロと言えば、アレだな、モンマルトルの白い町並みでな、ええ感じの絵で、インテリアにもピッタンコだわな。でも、あれを描いていた時期はあんまり長くないんだ。いい絵はアル中で「自己救済」のために描いていた時期に集中する。

さて、ユトリロの母は、画家(割とうまい)でモデルのシュザンヌ・ヴァラドンと言うのだが、これがひでえヤツで、だいたい誰がユトリロの父か知らんとか言うのだ。しかもパチスロに手を出して幼いユトリロを車の中に放置。哀れユトリロ君は若くしてアル中になってしまった。ただユトリロ君、絵は天才的にうまかったので、いわゆる「ユトリロらしい」絵を描いていた若い頃にもうブレイクしてしまった。母は息子ほどは売れない。しかも再婚するのだが、これがまあなんと、ユトリロより1歳下の若いツバメちゃんである。そいつはユトリロのマネージャになり、絵をガシガシ描かせる。収入は自分とヴァラドンで使い豪遊、高級車買って六本木ヒルズの最上階で贅沢三昧。一方ユトリロはアル中のため檻に閉じ込められて絵を描くしかなかった。しかしまあ後にユトリロも晴れて結婚。ところが妻も結局金づるとしてしか見てくれず、一番評判がいい若い頃の絵を模写して売れとか言うのです。アルコールも水割りワインしか飲ませなかった。まあサンザンな人生(本人はそう思ってないかもしれないが)だったが、とりあえず結構長生きしたんだ。

さて、展示は天才的な若い頃の絵からある。「モンマルトルの眺め」で既にバランスの良い落ち着きが見える。まあ、ひたすら自分が落ち着くために描いてるんだからさ、そうなるわな。そして「白の時代」、おなじみのユトリロ風景。白いのは漆喰なんだってさ。おなじみったって、意外とヴァリエーションがあり、ラフに描いたのやら、くすんだ感じまである。「パリのサン・セヴラン教会」はかっちりした硬い印象で描いている。なかなか器用だ。「サノワの風車」は空が暖色系で、これもちょっと意外だ。「ラパン・アジル」の落ち着きっぷりは傑作中の傑作といえよう。この時代のヤツは十枚以上は展示してあるから堪能してくれ。なお「白の時代」は4年ぐらいしか続かない。

じゃあ「白の時代」のあとはなんなのさってことになるが、「色彩の時代」なんだって。そんなんがあるなんて初めて知った。「ムーランの大聖堂」。うむむむ青空だっ。しかも建物の壁も色付きだ……うーん、なんか普通にうまい絵でしかない感じだが。その後たくさん絵が展示してあるが、なんかどうでもいい感じのが多いなあ。いや、とりあえず「色彩の時代」はがんばって描いてはいる。しかし結婚してからはマジヤベエ! なんか「ユトリロのまねをした」ようなテンションの低いヤツばかりである。うーん、ただこれ、具体的に何がどう違うのかってのを明らかにしようと、初期と行き来してみたんだが、結構分からんもんだな。「先入観」でそう見えてしまうんだったら、絵画鑑賞者としては失格であろうな。とりあえず「白の時代」の方が絵に奥行き感があるようだ。

10月10日まで。それより練馬区立美術館の佐伯祐三展に行きなさい。

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2005年9月22日 (木)

ああ連休

連休明けは山ほど仕事が待っている……まあ休日出勤しなくていーだけマシだわな……

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2005年9月21日 (水)

♪行儀よ~くまじめなんてできやしなかった

♪夜の会社窓ガラス壊して回った……あはははは絵にならねえ。やっぱこういうのやるのは少年に限るな。

♪部長、あなたはか弱き大人の代弁者なのか? ……オレも大人じゃねえか。じゃもっとか弱いんじゃないか。ダメじゃないか。

♪とにかくもう、会社や家には、帰りたくない~ ……あははは、これはいるぞ。きっといる。い、いや、わたひは赤子がおりますんでそういうわけには……

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2005年9月20日 (火)

尾崎君

図書館に尾崎豊のベスト版があったので、mp3に変換して出社したりした。今さら何が「15の夜」なのか。こっちはもうすぐ38だ(悶)……ダブルスコアどころじゃない。享年でも10歳以上下かよ。いやー、大人もイロイロ大変なんだよ尾崎ぃ。「♪人を愛すまっすぐさを強く信じた~」いいのか?ストーカーでも。「♪盗んだバイクで走り出す~」普通はかぎかかっているから無理だろう。 という茶々はいかん。若者諸君は一度は尾崎にはまるがよい。オレもはまった。渋谷に行くと、「17歳の地図」の歩道橋があるんだぜ。君がもし二十歳未満であり、「Scrambling Rock'n'roll」を聴いても何とも思わなかったらオレはケイベツする。

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2005年9月19日 (月)

佐伯祐三展(練馬区立美術館)

なんと練馬美術館が……混んでいる! 初めて見た。それもそのはず、この企画はかなりすごい。よくこれだけ集めた!

年代に従って東京美術学校時代から開始、自画像とか、裸婦像とか、風景が並ぶ。まだ佐伯風味ではない。人様を描いた肖像もあり。しかし「彌智子図」って、こりゃなんじゃ。目がぼんやり、口鼻がねえ。こええよ佐伯。次の「婦人像」も目だけぼかしている。なぜだ。もっとも後年、自分の顔を気に入らなくてぼかしちゃった激しい自画像とか出てくるんだが。顔を描くのが怖かったのかもしれん。

第1次滞仏期の絵。大正13年から15年だって。ゴッホの絵で有名なオーヴェール教会とか描いている。もっとも佐伯自身はブラマンクに近づきたかったような。はてブラマンクってどんなヤツだったかな……フォーヴか。まだ「パリの街」っていうより「風景画」だね。全体的にダークな雰囲気だ。「オワーズ河周辺風景」の暗さは良い。この絵は少し遠くから見た方がいいぞ。というか、佐伯の絵は全般的に近いより遠目の方がいい感じだ。おお、「クラマールの午後」の空の色よ。こりゃええわい。あと、ダークなノートル・ダムが何枚か。この中の1枚の裏面に、顔を潰した自画像があるのだが……両面展示にしていない(キャンバス両面に描いた絵が何枚かあるのだが、ちゃんと展示されているのは1枚だけ) それにしてもユトリロの描く白く乾いた明るいパリに比べ、なんと暗く沈んだ、じめっとしたパリじゃのう。あと佐伯は、広告ポスターや看板の文字を取り入れて風景を演出する技を覚えた。

さて一時帰国「下落合風景」なんて絵がいくつか出ている。下落合ったって、当時は田舎です。田舎風景じゃ。「テニス」なんてのも田舎の広場でやっている日本風景。「上板橋の橋の付近」。うーん、これはどこだ? 橋の下だけど何か日本じゃないみたいだ。この絵も離れて見るべし。いいぞ。あと「滞船」という船の絵がいくつか。

第2次滞仏期。いきなり佐伯節全開。広告文字の演出はまさに佐伯風景に完全に溶け込んだ。いや、それだけじゃない「リュクサンブール公園」の樹木の描写を、あるいは歩行する人々を見たまえよ! 全部「佐伯祐三」しているじゃないか。これはすげえ。驚異だ。この辺から風景は「佐伯のパリ」として完成されていく。「オプセルヴァトワール付近」おっとこれは鳥瞰だ。「ピコン」おっと店の看板を主体に見事に描いている。「ガス燈と広告」壁に並ぶ広告を使ったこれは有名な絵だ。「レストラン」おっと佐伯、室内はこう描くのか。うーん、ガン! ガン! ガン! ガン! (連打を浴びている)……しかしなんだなあ、時に1927年。印象を極め、もう佐伯の芸術は完成されちゃってて、どうにもならないところまで来てしまったねえ。あとは抽象に走るか、いや、それではパリでも風景でもなくなっちゃうねえ。悩んだ佐伯はそれでも1928年も描き続ける。しかしなんだかパワーダウンしているぞ。そしてとうとう悩み抜いて自殺未遂、そのまま精神病院送り、やがて亡くなってしまう。享年30歳だった。合掌。

そんな最後まで分かるこの展示。点数も多い。500円と安い。行くべし! 月休10月23日までだ。 一食抜いても行けっ!

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2005年9月18日 (日)

「明日の神話」完成への道(川崎市岡本太郎美術館)

岡本太郎最大の絵画作品(壁画)が発見されたというニュースがあり、この美術展企画を知り、その壁画そのものは出ないと知り、行かんでいいかと思ったが、壁画の原画が展示されて、そのサイズもかなりのもんだと知り、どしても行きたくなったべな。

その壁画「明日の神話」はメキシコの巨大ホテルのメインホールに飾る予定だった。でもホテル建設が頓挫して、完成した壁画はそのまま行方不明。去年あたりにやっと発見された。縦5.5m、横30mの巨大作品だ。

メキシコというのがミソだな。リベラやシケイロスの「壁画運動」の中心地ではないか。そこで壁画として依頼されるってなあ、とんでもない偉いことである。「明日の神話」を見た現地の人は、現地にもない原色の使い方に仰天したそうな。

その「明日の神話」の一番大きい原画No.4というのが、横10メートルぐらい。展示ではこれを見ることができるぞ。これでも結構な迫力である。太郎の絵というのは原色でバリバリ描いているだけ見えるが、結構奥行きを計算して描かれている。

この絵のテーマは広島の原爆なんだそうだが、原爆の悲惨な状況よりも、原爆を乗り越える人間の生命力、というものを描きたかったそうな。「哄笑」と描いてあったな。太郎氏は当時激しかった学生運動を支持したり、自らもデモなんぞに参加したりしてたらしい。昨今の、くそバンド装着自民党支持のお子達はどうだか知らんが、若者とか若さといやあ、まず反体制だったのよん。理論とかそういうのより、現体制という「システム」に抵抗する生命エネルギーだったと思うんよ。してみれば、原爆ってのは、灼熱悲惨無残放射能というおどろおどろしい世界でありながら、その現象自体はシステム側ではないか。つまり、ある人間(敵)の荒々しい憎しみが凝縮して原爆となって炸裂したのではなく、非常に理性的なシステムが原爆投下を選択させたということになるんだ(つまり「誰かのせい」ではないの)。「原爆は戦争を止めるために落とされたから正しい」と言うと、落とされた側は当然納得しがたい(「誰かのせい」にしたいの)。でも、もしかして、実際にそうなんじゃないか? だからアメリカはてんで反省しないんだ(「誰のせいでもない」の)。同様に、日本がいくらアジアの解放と称して、大東亜戦争は正しいことをしたんだって言っても、それは広島同様、殺戮にあった現地人にゃ納得できねえってもんではないか。

それはさておき、そんなシステムに対する荒々しい人間の反逆、というのが太郎は好きであった。そのエネルギーってのは実は人間が普遍的に、大昔から持っていて、それが今、ちょっと調べているんだがキリスト教に対するグノーシス主義とかだったりするんだけど、長くなるからもうやめよう。

9月25日までだぞ。

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2005年9月17日 (土)

その文学賞だが

「子供から大人まで楽しめるエンターテインメント」がお望みだって。うーん、わたひの書きたいのは暗いし殺伐としてるし暴力的で悲劇的なんだぞ。ポプラ向けのいい題材が見つかるかねえ……小説は気分がノらないと進まない(プロならいざ知らずアマチュアなので)。この「ノってねえ」の見極めが難しい。自分では意欲的に書いているつもりで、ノート一冊分プロットを組んで書き始めたはいいが、50枚ぐらいで断念とかいうのが実は結構ある。断念するヤツをムリヤリ進めても、ノってないからつまらんのだ。こういうのはやめるに限る。さて、どうしよぉ

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2005年9月16日 (金)

来たぞっ

定率減税廃止に消費税アップ。増長したオクダの魔の手か? いやいや、腹黒いオクダの陰謀はこんなもんじゃないはずだ。 選挙で自民党入れちゃったヤツ、分かってて入れたんだろうな。まさか公約違反とか話が違うとか言い出すなよ。始めっから分かってたことだぞ。

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文学賞

ポプラ社で賞金2000万円という文学賞の作品を募集しているのだ。よーし、じゃあちょいと取りに行くか~ 2000万円の使い道考えなくっちゃなー。世界一周でも行くか。いや家でも買うか……家にゃ足りないな。んー、何に使うかねえ、あーっはっはっはは……(今まで常に予選落ち)

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2005年9月15日 (木)

憲法9条

なんか憲法が改正されっちまう予感。自民党があんだけ勝っちまい、改憲派は大多数を占める国会。国民投票があるじゃん……いやー、今の、なんかマスコミの勢いだけに流される「ふわふわ民族」だと実にヤヴァい。過半数行っちまうだろう。改憲された日に、この国の「何か」が確実に終わる。

憲法9条は変えるべきではない。自衛隊はほとんど軍隊だから憲法と矛盾してるって? いいんだ矛盾してたって。少なくとも好き勝手に軍隊が出て行かない歯止めにはなっている。しかしそれだけでなく、私ども戦後教育世代は憲法9条ってのは平和の象徴として刷り込まれている。変えたら何かそういう心理が崩壊するのだ。「刷り込み」をバカにするなかれ。「靖国で会おう」なんてもの戦時中の刷り込みだ。だから私としては首相や天皇陛下が8月15日に参拝したってかまわんと思うし、むしろそうした方が、あの世代に対する何よりの慰めとなろう。周囲国にはゴリ押しじゃなく靖国が何なのか、きっちり説明すればよい。

世の中には「右」か「左」でしか考えられん人がいて、「憲法9条を守る」人は「靖国参拝はダメ」でなければならないとか、その逆に「靖国参拝賛成」の人は「改憲派」に違いないとか、であるべきとか、そんな関係無いものが結びついたカラーで思考が統一されている。でも、それは実は単に、世代間のギャップに過ぎないんであって、世代ごとのこだわりを見ていけば、その全体像は全く違うものが出てくるであろう。

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2005年9月14日 (水)

麦茶

その牛肉と一緒に妻が入れてくれた麦茶を飲んだのだが……妙に薄い。氷も入っていたので、もうほとんど溶けちゃったのか早いなあと思って、その場はそのままだった。

ところがですよ、わたひが風呂上りに麦茶を飲もうとすると、容器に入っているのも薄々なのです。なんだこりゃ? と思って訊いてみたら「(麦茶パックを)2度出しした」 ……なに―――――――――(゚△゚;)―――――――――――――っ? ででで出るわけないじゃないかっ! (そんなセコいヨメをもらった覚えはにゃい) なんでも昔団地に住んでいた近所のおばさんが2度出ししてたんだそうで、うちでもやってみようと思ったんだってさ。そのおばさんに騙されたんじゃ!

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牛肉

妻の実家から焼肉用の牛肉をいただいた。値段が出ている……メンタマポ―――――――(゚O゚;)――――――――――――ン!

強火で焼くこと1分足らずでOKよ……ううううみゃい! うむ、これだけ霜降りになっていると、いかように焼いても柔らかいに違いない。しかしこれを毎日食ったりすると、脂肪がどどーん! だよなー 

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2005年9月13日 (火)

さらにホワイトバンド

今日、仕事で渋谷や新宿を歩いたりしたが、そんなに恐れているほどあのくそバンドは流行っていないようじゃ。そりゃーまー、あれつけてるのがうじゃうじゃいたら世も末だぜ。

本来あれは、社会運動で政治的効力のための意思表示として使うものらしいんだ。白い輪を腕に巻いて、選挙の候補者の演説などに行くわけよ。候補者側は、聴衆に白い輪をたくさん見つけると、「こりゃ飢餓問題をなんとかしなきゃいかん」と、何らかの方針を考える。だから、別に買わなくても自分で作っても良いはずなの。

ところが何でもゼニ儲けにしないと気が済まないオクダみたいな屑野郎が、こりゃええビジネスになるわいってんで、ブランド化、ファッション化させたり、限定品作ったりする。また、これがブランド志向の日本人のメンタリティに実に合うんだな。かくして、善意(のようなもの)をダシにしたヤバい流行ができあがった。運動がどうかじゃなくてブランドかどうかで、他のものは全てロックオンだ。

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2005年9月12日 (月)

ホワイトバンドだって

なぜ自民党が勝ったか? 「今回の選挙は郵政民営化が争点。賛成か反対か」「えーと、じゃあさんせーい」っていうような程度の認識で投票したんじゃなかろうか?

話変わって、最近腕に白いバンド巻いてるヤツをチラホラ見かける。何かと思ったら「ホワイトバンド」といって、「世界の飢餓を放っておかない」という意思表示アイテムとして売られているんだそうだ……HP見ると妙におしゃれを前面に出して有名人なんか使っちゃって、なんか嫌なビジネスの臭いがプンプンだなあ。

ちなみに、こいつを買っても募金にはならない。「飢餓問題をPRする活動費」に使われるんだそうだ。建前は「お金を送っても飢餓問題は無くならない。体制を変えないといけない」からだそうだが、早い話、広告業界の収入なんだろ。それに募金だと「いくらいくら集まっていくらいくら募金しました」ってやらないといけないけどさ、PRのブツだったら「こういうのを作りました」でおしまい。あとはギョーカイの遊興費にでも使われんじゃねーの。

それはそれとして、このクソみたいな白バンド付けてるヤツに訊きたいんだが、道端に飢えたホームレスがいたら、あんた助けるのか? きっと助けねえだろ。「服が汚れるのがイヤ」とかいう理由でさ。あるいは指差して「あいつは自業自得」などと言ってのけるかもしれん。要は単にお前は「飢餓問題に感心のあるおしゃれな善人に見られたい」だけで、問題解決なんてさらさら考えていないに違いない。

いやいや、ビジネスだろうが、自己満足だろうが、ヤツらは開き直ってこう言う。「少しでも考えるきっかけになったからいいじゃない」……うん、「きっかけ」か。便利な言葉だな。「きっかけ」さえ手に入れればOKなんだな。「きっかけ」でしかなくて、ビジネスでも自己満足でも結構です、という「浅さ」がどういう下らない、つまらない、もっと言やあ罪深いものか、考えることも無いだろう。

そこで最初の話にもどるんよ。「争点は郵政民営化」と言われればそれ以上考えないヤツらの「浅さ」ってのも似たようなもんだ。それだけでフラフラと投票して何か立派なことをしたんだと胸を張っているヤツら、白バンドつけりゃあ飢餓問題解決の力になると思っているのと同じ「浅さ」なんだ。この国の連中はもうダメかもしれんよ。なんかさ。「軽い」というか「薄い」。

マザー・テレサは偉かった。世界を幸福にするには、まず近くの、隣人を幸福にしろと言ったのさ。外国よりもまず自分の国の問題に関心を持てと。白バンドでいい気になっているヤツらは、マザー・テレサの爪の垢でも煎じて飲むがよい。

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2005年9月11日 (日)

自民圧勝ですと?

知らんぞぉ

よーしわたひは予言する。一ヶ月以内に、諸君にとって「なんだこりゃふざけんじゃねえ!」というようなバカな法案が提出されるであろう。むろんオクダの圧力によるものである。

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2005年9月10日 (土)

池袋東口駅前

民主党が演説中であった。人ぎっしり。マスコミカメラずらずら。上空をヘリコが飛び交う。岡田さんも来てた。妻は岡田さんについて「なぜフランケンシュタインに似てるのか」といことをやたら言うのです。なぜって……?

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2005年9月 9日 (金)

まだまだ整骨(泣)

いつまで行きゃいいんだ~ 体がまだ右に曲がっているんだって。確かに会社のパソコンが、右にあったんだよ長いこと。うーん、その期間1年や2年じゃなかったかもしれんなあ。いったいどんだけ曲っとるんや。でもまあ、腰や肩は調子がいいぞ。あとは体の向きだけだよな。そうだよな。

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2005年9月 8日 (木)

タケフジがだね

サラ金のタケフジが盗聴だのなんだので処分されたが、最近CMが復活したってのは記憶に新しい。(TV見てないんだけどね)。ほとぼりもあまり冷めないうちになんでさっさと解禁しちゃったのかっていうと……これもオクダが許可したんだってよ。消費者金融って確か違法スレスレというかグレーゾーンの金利じゃなかったっけ。それがまず経団連に入れたのもオクダのおかげで。ついでにCM解禁も同様だとするとこいつらヤバイほどつるんでんじゃねえ?

CM復活の時、ほぼ全部のマスコミは批判しなかった(確か)。その理由が、サラ金とマスコミがつるんでいるから……だけではなくて、実はオクダまで背後にいるからじゃないのか? トヨタ様である。莫大な広告料が使われている。広告が無くなったらえらいことだから、何をやっても批判できないのだ。こりゃあ怖いぞ諸君。

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2005年9月 7日 (水)

もちろん

「かんばん方式」がいかに過酷であれ、それによる差別化で十分な売り上げがあり、その利益をちゃんと下請け会社に還元すればまだ悪くはない。ところがあの搾取野郎の守銭奴は利益還元どころか、よりいっそうのコストダウンを迫るのだ。下請け会社だけではない。会社が莫大な利益を出していながら社員への還元は無し。給料のベースアップはゼロ。なんで日本の大企業はこうなのだ? 大半の経営者の頭はおかしいんじゃないのか? だからその頂点にいるオクダが調子に乗るような一票を投じるということは、自分の首を絞めるということだ。

ウエノ・ポエトリカンジャムにて、福島師匠はコイズミ首相に対して怒りをぶちまけていた。まあ、あの人はライブの時にいつもああなんだけど、コイズミよりも真の敵はオクダだ。政治家は財界の犬みたいなもんですよ。

ポストに共産党のチラシが入っていた……冴えねえ。残念だ。今さら憲法9条も無いだろう。一貫して戦争反対だったと。分かったからそんなことより原点に帰って労働問題を前面にぶち上げてくれよ。

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2005年9月 6日 (火)

世界に冠たる有名な

「トヨタ生産方式」の中に「かんばん方式」というのがある。これは親会社が製品を作るにあたり、工場ラインに必要な部品を、いつまでに、どこに、どれだけの個数持って来い、と下請けに指示する方式である。その内容を書いたもんが「かんばん」としてぶら下げられていたんで「かんばん方式」と呼ばれている(あるいはジャスト・イン・タイム方式)。これにより親会社は余計な在庫を一切持たずに済むので、無駄が無く高い生産性を維持できる。トヨタはそうやって世界的自動車メーカーになっていったわけだ。さて、じゃあ下請け会社は? そりゃあもう、余分に作っても引き取ってはもらえない。持って行くのが早すぎても遅すぎてもダメ。足りない間に合わないなんてもっての他。だから泣く泣く在庫を持つ。しかも下請け同士価格競争させられ、足元を見られ、そりゃあもう地獄さながら。親会社だけがウハウハ儲かっている。この血も涙も無い「かんばん方式」は当然他の企業も真似し始め、親会社だけがすこぶる好景気で、日本経済回復とか胸を張っている。中小部品メーカーは休む間もなく低収入で働かされ悲鳴を上げている。どうだい。これが近頃の日本なんだよ。そしてそのトヨタの元社長にして会長が経団連のオクダ様だ。この守銭奴野郎の要求を政治家に飲ませるな。まだ自民党に入れるか?

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2005年9月 5日 (月)

なに? 自民圧勝だと?

どの世論調査でも自民圧勝などと言っておる。なぜだ? 郵政民営化なんて諸君にほとんど関係無かろう。絶対リーマン増税やるぞ。やらないと言ってもきっと何かしら増税やるぞ。あと経団連のオクダが調子こいて(自民を支持してやったとか言って)、残業代カット合法化をねじ込んでくるぞ。いいのか諸君? この国のリーマンはマゾヒスト(被虐性愛者)だからいいのか? それは経団連の「愛」だと言う気か諸君。経団連に愛されていると思っているのか? 経団連が一般庶民サラリーマンを愛しているからいじめているんだと言う気か? オクダがそんなに魅力的なのか? オクダにそんなに色気を感じるのか? オクダのためなら死んでもいいのか? 死ぬならトヨタの車の轢かれて死にたいか? 誰だ今自民党を支持してるヤツは?

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2005年9月 4日 (日)

ウエノ行ったよ

UPJ3に行ったが、さいとういんこ夫妻が赤子連れで来ているのを発見するなり、わたひの関心は、ほとんどそっちに行っちゃったんだ。だってうちの娘と誕生が5日違いなんだぞ。

オオトリの福島泰樹師匠、やっぱりダントツだ。間違いない。出だしからカッコイイ。いきなり「バリケード一九六六年二月」からの短歌を連打で浴びせ、次は得意の岸上大作の遺書。そして寺山修司が明日のジョーの力石徹に捧げた詩をボクシングスタイルを交えて読む……しかし途中からファイティング原田に捧げた詩「戦士の休息」にオレ様アレンジ。これは、ものすごい、いい詩なのだが……力石に捧げた詩じゃないっすよ師匠……まあいいや。最後に中也の、「ゆやゆよ~ん」で締める。

晩メシはケンタッキー……こんなに塩分が強かったのかと驚異。(最近ファストフードとか食ってないんで)

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2005年9月 3日 (土)

アジアのキュビズム(国立近代美術館)

ちょうどギャラリートークに行き当たったので聞いていたのだ。キュビズムはヨーロッパじゃあ20世紀始めにあったわけで、一応その波はアジアにも来ていた。しかしながら、アジアではほとんど戦争があって、戦後になって何も無いところから再びキュビズムが復活してきたという。だから50年ぐらい経ってアジア各国それぞれのキュビズムの波がそれぞれに再来したってわけですな。

展示は最初にピカソとブラックがある。ブラックの絵はショボいんだけど、キュビズムがどんなのかっていう説明にはなってるんだ。静物の細かい直線切り刻みモノトーンだ。1912年はキュビズムの転機だったそうで、絵の対象(静物とか)を直線で切り刻んで描いていった「分析的キュビズム」が限界に来た。さあ、そこからどういくのか? 対象を持たない抽象画家になるのか? いやいや、ここは「総合的キュビズム」になるんだね。文字を入れたり、物の形を入れたり、色彩を追加したりするんだね。

で、アジアのキュビズムというのは、そういう分析的なんじゃなくて、曲線も使ったり、色彩も使ったりして、いろいろな「物の結合」といった要素が強い。あるいは具象との組み合わせであったりする。また、キュビズムが現代の都市における建物のように、対象物に対する「無個性化」の表現だとすれば、アジアの絵画においても、無個性的つまり人物の顔に特徴が無いとか、そんなもんはキュビズムと言ってよいってんで、そういうのも展示されているぞ。まあつまり、顔の同じような人物のいる風景みたいなの(あんまり面白い絵ではないが)。あと、女性像においても、ヨーロッパのキュビズムでは女性であれなんであれ、単なる「形(フォルム)」としたのがキュビズムなんだけど、アジアでは女性の個性や神秘性なんぞもキュビズム的手法を使って描写されたりする。あと宗教も、ヨーロッパでは無個性つまり当然「無宗教化」を目指していったが、アジアでは、これまたキュビズムの手法を使ってキリストの磔刑図とか描いていたりするんだ。つまり、アジアのキュビズムは、ヨーロッパにおけるフォルムの追求ではなくて、キュビズム的手法を使ったメッセージ表現ってなとこですな。

さて展示品では、フィリピンのマナンサラの「静物」がハデハデでよいね。インドのシャハンギール「調和する坪」は装飾的で丁寧に描かれて、実にいい感じの作品だ。石垣栄太郎の「鞭打つ」はダークなメッセージにバランスの取れた力強い描写がいいぞ。シンガポールのチェン・ウェンシイによる「博物館にて」の不気味なパワーを発散する骨がホネホネだ。インドネシアのアフマッドにとる「セントラルパーク」は明るいこじゃれたキュビズム的風景だ。山本敬輔の「ヒロシマ」はピカソの「ゲルニカ」の超パクリ。いいのかこれ? 鶴岡政男「重い手」は重い手にのしかかられる人物。傑作だ。古賀春江の「縁側の女」はまるでユーレイだな。マレーシアのサイド・アハマド・シャマルの「バトッパハッ川(メモに自信無い)」はアジア的派手異様な色彩が目を引くぞ。フィリピンのアンキューコックの「磔刑図」はガツンとパワフルなキュビズム的やや装飾的な磔刑図だ。こういうのは確かにヨーロッパにゃ無いねえ。

月休10月2日までよ。

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明日はウエノだよ

明日はここ数年で最大のポエトリーイベント「ウエノ・ポエトリカン・ジャム3」だ~! 水上音楽堂だ。無料だ。全国から朗読のつわものが集まってくるんだぞ。どれくらいのつわもの達かというと……出場者に応募したオレを、落選させたぐらいだぜ。わはははは。あははははは……あ~あ。

ともあれ諸君。行きなさい行きなさい。オレも夕方頃から行くぞ。なんたって、師匠がオオトリじゃけん。

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2005年9月 2日 (金)

整骨君

先生曰く「ありゃ、またなんか戻ってきてるよ。心当たり無い?」と言う。うーんそういえば、今会社の机の上にパソコンが2台置いてあり、マウスの位置がはなはだ悪い。右肩引かないと操作できないのだ。そう言うと先生は大ウケ。「あはははは、素直に体に出るもんだなあはははは」 笑いごっちゃないぞ。このままでは永久に通うことになるではないか。札束に羽が生えて飛び去っていく幻想を見つつ今週もおしまいでございます。

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2005年9月 1日 (木)

うーん防災の日だ

ぜひともスピルバーグの「宇宙戦争」を見よう。宇宙なんか一度も舞台にならんでひたすら宇宙人が襲来した町の一家の行動を追う映画だぞ。災害時の人間模様。家族のため以外に何の活躍もしないトム・クルーズ! さしあたって「宇宙人襲来という災害時における人々の行動及びその傾向と対策」映画だ。良く言えば防災の日にお勧めのアンチハリウッド映画。悪く言えばなんじゃあのラストはテメー客をナめとるんかあんな終わり方ぜんぜん期待しとらんわいやスピよやりたいことは分からんでもないが冒頭にあれだけ煽っといてなんじゃありゃあどこが宇宙戦争だ金返せこらぁ!

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