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2008年11月28日 (金)

さいばんいん

裁判員制度の開始が近いらしいんだけど、何がなんだかサッパリ分からない。一般庶民の一般的な感情を持って裁くべしという方針だと思うので、あえて何をしようというもんでもないが。それにしても、裁判員に選ばれたってブログに書いちゃいけないんだって。でも、直接書かなくても書きようはいくらでもあると思うんよ。「国家の重大なプロジェクトに選抜された」とか書いて、分かる人は分かっちゃうと思うんだな。それに匿名の不特定多数が集う掲示板じゃ、いくらダメったって防ぎようが無い。なーんか、この制度、すぐ終わっちゃうんじゃないかって思うんだけどねえ。

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2008年11月26日 (水)

ひさびさに

口内炎が2つもできちゃって痛いでちゅ。

夢の話を書こうと思っていた。だいぶ前は、夢に出てくる文字情報を読もうとしたらうまくいかない、という話だったが、最近は夢の中でこれが夢だと分かると、大体外に出ようとしている。あと、概ねそのまま飛ぶことができる。体験したはずの無い、飛翔の加速度が体感できるというのは不思議だ。それと、上空から鳥瞰した時の街、建物一つ一つが分かり、つまり全てがデザインされているではないか。一体誰が都市一つ分の建物をデザインしたのか? 人間の脳の作用にしては妙ではないか。あと、私だけか分からないが夢でしか行ったことのない場所、建物が多数あるのだ。 自分の経験を元に夢が生まれてくるにしては変だと思う。神秘だ。

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2008年11月23日 (日)

アンドリュー・ワイエス(Bunkamura)

実のところ、今までこの人はノーマークだった。名前だけはよく聞いてはいるんだな。90歳でまだ現役なんだそうです。しかし、それにしても、今回のこの企画はあまりに習作が多い。習作と完成品、または習作だけとかいうのもある。習作を見てから完成品を見る、というプロセスはあまりよくないと私は思いますな。その絵に出逢った時のインパクトが分散されてしまう。やはり完成品をまず見て、その印象をちゃんと消化してから、さてこの絵はどうやって出来たんだろうか、と言って見る方が良いと思う。また、そうでなければ習作に感動はできん。習作をいきなり見て、それに感動できるなんてのは、よほど絵を知っている人じゃないと無理だと思います。少なくとも、私は無理だ。

それで、「クリスティーナの世界」という絵があって、これは私も知っている。この絵の習作がありました。それはいいんだけど、そこの解説に「障害をものともしない不屈の精神を感じる」なんて書いてある。この絵の女性、クリスティーナは手足が不自由で、それでもがんばって這って家に帰る途中なんだって。しかし、この絵が好きな人で、ここに「不屈の精神」を感じた人なんて、私はいないと思うんだなあ。絵だけ見たって手足が不自由だなんて分からない。この絵に表現されているのは、望んでもなかなかたどり着けない、着くのが困難な「家(ホーム)」であり、この女性(鑑賞者)は力尽きるほど歩いてそれを望んでいるというのに、という郷愁というか渇望感というか、それが人の心を打ち、共感を呼ぶわけだ、と私は思う次第です。従って、この解説を書いたヤツの胸倉をとっつかまえて聞いてみたいのだ。あんたは本当にこの絵に「不屈の精神」なんてのを感じたのかい? 画家がそう言ったから右から左に流しているだけなんじゃないのかい。絵は描かれたものがその全てであって、作者が何と言おうと与えた印象は修正できないし、また、されるべきではないのだよ。だーから、ダメな企画ほど解説が多いってんだ。鑑賞者によけいな情報をねじ込むような解説はやめなさい。あとイヤホンガイドなんて聞いてると絶対審美眼なんて育たないし、絵そのものを楽しめるようにはならないぞ。その金でもう一つ美術展を観に行きなさい。

では軽く、今回の良い作品。「火打ち石」さすが完成品です。これは習作もかなりのデキですね。「ネルソン家の終焉」は完成品は凄くいいんだけど、パネルでした。習作いくつか。「雪まじりの風」絵はシンプルながら、それなりに大きいサイズで、しかしこれは必要な大きさだなあと思います。「ジャックライト」いい絵なんだけど、後ろの白い壁が、絵のガラス面に映ってしまい台無しですなぁ。「747」「三日月」なかなかよし。「三日月」はちょいクリスマス気分。

12月23日まで。ワイエスの通人は行くとよい。初心者では元が取れん。

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2008年11月22日 (土)

石田徹也 -僕たちの自画像- 展(練馬区立美術館)

大槻ケンヂのエッセイの表紙だったか、男の子が飛行機の遊具みたいになっている妙なインパクトの絵があった。なんじゃこれは? そう、これが石田徹也の絵であった。以前の佐伯祐三展といい、練馬区美術館は時々すげえ好企画をやるが、これもその一つ。めったにないことだが図録を買ってしまった。
石田徹也は、既に故人で31歳で亡くなっている。マグリットやヴァロのように明確なイメージを持ったシュールレアリズムと言っていい……というわけでもないな。むしろ、フリーダ・カーロに近い。自画像というか、自分をモデルに心象を描いている点はよく似ている。フリーダがラテン系な自己中心性とメキシコの民族的スケールを持っているのに対し、石田は日本の、社会に埋もれて抑圧された若い「僕達」であり、その絵は風変わりで妙なイメージでありながら、切なくも共感を呼ぶはずだ。その「僕」の表情も、フリーダの強靭さとは対照的に弱くて物悲しい。
「飛べなくなった人」の切なさはどうだ。「物色」のエッチな本の上を這い回る顔がくっついた指は気色悪いが、なんか身につまされる。「接触」でビールを注ぐ重機は、嫌な相手に酒を注ぐ時の心境そのままだ。「トヨタ自動車イプサム」の滑稽な宣伝部隊。見ていると情けないが、働いている我々の魂の姿だ。どんなに明るく宣伝したって製品を誇ったって、このオヤジ達のような魂から離れられない。働くということは、こういうことなんだよね。
そんなわけで、前半はあるあるネタっぽく分かりやすいが、後半になり病院や死の影がちらつき始め、何か不安な雰囲気が漂い始める。「待機」の何かを予感させる雰囲気。「彼方」は傑作だ。壊れた車が示すのは老いなのか、病なのか、分からないが、別にどうでもいい。様々な「僕」のメタモルフォーゼが切々と迫ってくる。
行きなさい。割と分かりやすいはず。絵画鑑賞の初心者にも大いにおすすめする。
月休12月28日まで。

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2008年11月21日 (金)

あーここも最近

書く気が失せています。最近、仕事と育児以外何をしているかというと、例のmp3ウォークマンの中身をいじくっています。プリペイドカードで音楽も買っているぞ。私がガキのころから聞いていた、マエストロ・オブ・エレクトロニカことジャン・ミシェル・ジャールのアルバムがあったんでダウンロード。1000円だった。まあまあ安い。ジャールのCDはHMVとかにもほとんど無いの。ちなみにフランスワールドカップで小室先生と共演したんだぞ。あと、Art of Noiseが好きなので、2曲ばかり買いました。池田綾子の「数え歌」は無いんだなあ。それより、データを転送するとウォークマン内でアーティストの並び順が変わってしまう。CDから入れたら、日本語とアルファベット分けてくれるんだが、ネットで買ったヤツはなぜか日本語のコードの中に混ざってくる。どうなってんじゃえええ? あと曲順もパソコン内と。ウォークマン内で違っている部分が発生。まったくクソッタレだなソニーは。ipodにすりゃ良かったかな。でも、クリップ止めできるくらい軽いから、毎日持ち歩いて、寝る時も音楽聴いていたりするんだぞ。大いに使っているのさ。

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2008年11月15日 (土)

今唯一の活動

はい、例のフリーペーパー「モテる美術鑑賞」のVol.24を中野「タコシェ」と新宿3丁目「模索舎」に置いてきました。もうこれだけです。これだけしか創作活動してません。だから冊子版も、まだ買ってない人はぜひ買ってね。

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2008年11月10日 (月)

ああ今年はもう終わっている

そうか昨日は「文学フリマ」だったのね。出すつもりだったが落選したので行かなかった。というか、あの落選をもって今年の創作活動はほぼ終わりです。唯一「モテ美」フリーペーパーだけが、今年あと1回(か2回)残っています。今は仕事以外、育児と美術鑑賞にしか生きていないです。今年はもう人前に出ることも無いでしょうねえ……

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2008年11月 8日 (土)

大琳派展(東京国立博物館)

客寄せパンダみたいに風神雷神図4組勢ぞろいが売りで、あれが無けりゃあもっと空いていたろうにと残念だ。確かにあれは琳派の代表4人が「継承して」描いているが、私はあの作品を「琳派」という様式の範疇には入れていないので、あれらが無くたって「大琳派展」としては成立する……って言うか、宗達や光琳であれば、何でもかんでも集めて展示するなよぉ。誰それの肖像画なんて「琳派」じゃねえだろ。

とにかく大規模すぎる。いつでも混んでいる。主催者にとっちゃあ嬉しいだろうが、観ているこっちは早く出たいのでメモもあまり取っていない。以前の「大北斎展」でも散々な目にあい、名品が多かったはずなのにほとんど記憶に残っていない。

とはいえ、宗達の漠然とした作品群から光琳が様式を生み出し、抱一と其一が洗練させる、という流れが分かって面白い。本阿弥光悦もあったたが、書や茶道具は分からんちん。あと乾山も器系だけど、こっちは流水模様などが面白いのでまあ見れる。そんなわけで、これから見に行く人は、始めの方でキバって後でバテるのはもったいない。後半の方が「琳派」としての様式がはっきりして美しい作品が多いのだ。

宗達の「桜芥子図襖」なんてのは、いかにも「源流」。あと扇のレイアウトの絵もいいね。「風神雷神図」は3作に再会。やはり宗達のは風格があって一番よい。光琳のはがんばっているがイマイチ。抱一のはマンガレベルで彼のよさが全く出ていない。其一のは今回初めて見たが、抱一のよりだいぶいい。それから宗達の唐獅子と白象もいい感じだ。伊勢物語だか何だかの色紙はこりゃ琳派じゃないよな。むしろ「牛図」のたらし込み技法に琳派の源流を見たい。

光琳はあまり名品が出ていない感じ。まあ、時期により展示換えが激しいので、例の国宝「燕子花図屏風」も2週間だけ出ていたらしいが(根津で見たよ)。そうだなあ「秋草図屏風」の浮き出た花なんかいいね。確か再会だなこれ。「立葵図」も金地に草花をレイアウトという琳派様式になっている。「光琳意匠」は江戸の当時からブランド柄みたいに有名だったそうな。その着物とかが展示されてたけど、確かにデザインとして凄いよ。現代においても古さが全く無い。

それから抱一。光琳をすげーリスペクトしてたんだって。いいものが並んでますぜ。特に「兎に秋草図襖」の板目による風の表現なんか、おおっ! と思う。抱一の弟子というか行動を共にした其一もいい作品が多い。こっちは「流水千鳥図」のビシッと洗練した琳派流水表現が冴える。あと最後の方の「夏秋渓流図屏風」この濃密な色彩は傑作だ。まるでゴーギャンのタヒチだ。それでいて水流デザインやたらし込みなど、琳派の表現をちゃんと使っている。

もっと期間が長けりゃ、あるいは夜9時ごろまでやってりゃあ、こんなにゴミゴミした環境で見なくて、もっと落ちついて鑑賞できるんだけどねえ……出光美術館で「琳派展」見た方がだいぶマシだよ。とほほほほ……

月休の11月16日まで。

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わすれてた

3.イニシャルが「T.K.」

前も書いたかも知れないが、小室先生が華原朋美に入れ込んだのは、純粋に音楽的理由だと思っている。少なくとも始めはそうだったと思うんよ。先生は完成されて安定したヴォーカルに魅力をさほど感じなくて、もっと不安定で、危うくて、それでいて時にそれを超えるメチャメチャいい声を出す、という潜在性っていうのかな、そんなのに憧れていたと思うんよ。シンセはコンピュータ制御の機械だから、安定しすぎてるんだよね。そういう潜在性を100%出すために、恋人同士っぽくもなった。でも華原がラブラブ気分でいい気になり過ぎ、音楽活動にジャマなので非情にも捨てちゃったのだ。いや、そういう非情なのは、芸術家にゃ結構いるぞ。ピカソなんかそうじゃなかったっけ。

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2008年11月 7日 (金)

しょうげきのじじつ

小室先生と私の共通点2つ。

1.譜面が読めない   私はピアノロールで作曲してるぞ

2.ズゴック好き  逮捕時のTシャツがウニクロのズゴックTシャツだって。私はズゴックプラモでマンガを作っていたズゴ好きじゃ。やっぱシンセ男はズゴックだぜ。あのTシャツはもちろん知っていたが、ズゴックが水面でバシャバシャやってるだけで全然目立たないので買わなかった。もっとドーンとズゴ君が描いてあれば買ってたぞ。

「またボクの時代だ~」

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2008年11月 4日 (火)

こむろおおおおっ!

小室哲哉、詐欺で逮捕。そりゃないぜ。事業が失敗して金策に走るうちにやってしまった犯罪を。ああ、もったいない。あんな才能があるのに……

江戸浮世絵の世界に、歌川国貞というのがいる。あまりにたくさん作品数があるために、粗製乱造ととられ、いわゆる「六大浮世絵師」にも入っていない。しかし、しかしですよ、浮世絵絶頂期に最も売れた絵師であって、その名品だけを集めて見てみたらやっぱり凄いんよこの人は。私は以前からこの国貞を「浮世絵界の小室哲哉」と呼んでいた。小室先生はカラオケ絶頂期に、最も歌われた音楽を作った人である。何かヒットする要素をツギハギして作ったようなことを言うヤツがいるが、それは違う。違うぞ。やっぱ音楽の才能あったんよ。TMネットワークの頃、「セルフ・コントロール」を聴いて、ああ、なんかこれすげーいいっ、新しいっ、と思ったし、マイコンMSX2の自動演奏でコピーした曲のいくつかはTMだったり渡辺美里だったりしたのです。今使っているmp3プレーヤーにもTMとかglobe入っているぞ。ああ好きだな小室サウンド。オレシンセ好きだもんね。ああ悲しいな、もったいないな。

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2008年11月 2日 (日)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ(西洋美術館)

明日で終わっちゃう府中市美術館の企画展に行きたかったが、やっぱ遠いっす。今は電車乗っている時間に、少しでも多くの絵を見たいのさ。ハンマースホイって知らなかったが19世紀末のデンマークの画家で、日本じゃまだほとんど知られていない。しかし、こいつぁ行って良かった。さすが西美、企画にまず外れは無い。

「Ⅰ」は初期のコーナー。出だしは妹のアナ・ハンマースホイの肖像で、普通にうまい。初期でその先のエッセンスがチラホラ出始めている。後姿の人物、影のような木立、誰もいない室内など。でもまだ、「こんなのがいいかなー」という感じで描いているようだ。

「Ⅱ」では、風景と建築。人のいない建物風景を好んで描く。これはエドワード・ホッパーなんぞがよく描いたりしているが、ホッパーは強いコントラストが多いので、もっと寂しさひしひしみたいな感じだね。ハンマースホイの方が印象は柔らかくて、感じもいいようですな。クレスチャンスボー宮殿を描いた大き目の絵2枚が傑作。ローマのなんたら聖堂内部の絵は、柱と床が付いてないようにも見える妙な印象の絵。霧のロンドンいくつか、木立の風景もいくつか。木の描き方は独特だ。

「Ⅲ」は肖像。知っている人しか描かなかったらしい。妻イーダを描いた作品が顔色が緑色で病的に悪くて困る。そしてこのあたりからがハンマースホイの本領発揮なのであった。

「Ⅳ」の人のいる室内。ここが山場。たくさんあるぞ。自分ちの室内を描いているが、置いてある物も装飾も最小限にして、色彩はモノトーン、人物(ほとんど妻らしい)も黒い服で、なおかつ思い切り後ろ向き、という絵を連発。同じ場所から見たほとんど同じ絵が2枚並んでいたりして、間違い探し状態。人の格好とか、壁の絵が違っていたりする。あと、片方に壁のストーブがあるとか。完全に自分なりの演出をかけているんだな。3DCGで室内のレイアウトが分かるモニターあり。それにしても、なんでこんな絵をたくさん描いたんだろうかね。印象は妙で、冷たい絵ではないが、まず温かみが無く、寂しい絵ではないが、およそ楽しくも無い。黒い物体が行き交う絵といえば、デュフィ晩年の黒い船たちである。明るく楽しい色彩を得意とするデュフィがいきなりやり始めたのは、死の影ではなかったか。なんか、それと同じようなものを感じるハンマースホイ。

階を下がると、「Ⅴ」で同時代の画家の紹介ってことなんだけど、あるのはハンマースホイと交流があり影響も受けまくったイルステズとホルスーウ。室内、人物後ろ向き、というほとんど同じような画題でありながら、色彩が明るいし物をあれこれ描いてあるので、国内とアカデミックにウケたんだって(ハンマースホイはあまりウケなかった)。二人とも悪くは無いが、別に普通の絵でしかない。

上の階に戻って、今度は「Ⅵ」で誰もいない室内。この画家の場合、人がいるより普通かなとも思ったが、「二本の蝋燭」という絵が怖いね。誰もいない室内を淡く照らす蝋燭2本。細長くて、なんとも不安定だ。

これらの絵画世界はいったい何か? というモヤモヤした印象が残る。しかしこれこそが「絵画」という世界でしか表現し得ないものであるはずだ。あと、こういうのはまとめて見るべきだ。何かただならぬものを感じるために君も行ってみよう。
月休12月7日まで。

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2008年11月 1日 (土)

ジョットとその遺産展(損保ジャパン)

「大琳派展」に行きたかったが、混んでるだろうし病みあがりだし新宿で髪を切るので今日はこっちにしました。でも、そこそこ人がいましたな。会期も終盤だからかな。

ジョットは13~14世紀にイタリアで活躍した画家で、それ以降の画家達に大いに影響を与えたってんですが、まあ当時だから題材が全部キリスト教で、展示も全部キリスト教関係で、題材からすると私は全然興味が無い。あと、そのジョットは4点しか来てません。あとのジョットはパネルです。でもまあ、印刷がパネルパネルしてないからまあいいです。4点のうちの1点「聖母子」は、一応完成された大作ですが、うまいかというと、うーん、そうでもないな。うん、もちろん当時としてはその陰影法とか描き方とかで画期的だったのかもしれないけど、今の肥えた目で見ると「プリミティブ」という感じです。うん「素朴」なんだな。あーそうそう話変わるけど、「素朴」って言葉が、どうも私の感覚は辞書と違ってたって最近分かってきた。なんか私の感覚だと「素朴」って「のどかな田舎風景」みたいな感じなんだよね。うん、違うんだろうなあ。だから「素朴派」って分類されている絵画に違和感が出てくるんよ。それをそのままに「モテ美」でいろいろ書いていたが、今思えばなんか違うような気がしてきたぞ。さらに脱線するけど、新宿の模索舎でやっと「モテ美」が売り切れたので、また納品してきました5冊。買ってね。絶対損はしません。だってたった300円だもの。話戻して「聖母子」は、そんな、辞書どおりの「素朴」な絵なんです。むしろパネルのスクロヴェーニ礼拝堂の絵の方が凝っている。そして驚くのは、これの原寸大再現が阿波の鳴門の「大塚国際美術館」にあるとのこと。この美術館は全部が陶板の複製なんだけど、ありとあらゆる名画が揃っていて……一度は行きたいんだよなあ。

あとのジョットは大したこと無い絵2つと、ステンドグラスだったな。それからは同時代からその後の画家のが色々で、本物が来てます……ったって有名じゃないけど。っていうか、イタ公の画家は無名だってかなりのレベルだよね。っていっても題材が全部聖母子とかで、見ていると退屈になってくる。うん、面白かったのはね、14世紀のフェッラーラの「嘆きのマリアたち」で、この顔は、今時のアートな顔表現として見れなくも無い。いや、ちょっとヘンな顔なんだけどね。あと、ビッチ・ディ・ロレンツォとかいう人の「降誕図」はいろいろ描いてあって面白かった。カラフルな天使の羽とかね、ファンタジックだよな。

はい、11月9日までです。キリスト教画が好きなら行こうぜ。

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