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2009年9月23日 (水)

ベルギー近代絵画の歩み(損保ジャパン)

ベルギー近代っすよ奥さんっ! また、あのBunakamuraみたいに幻想的な絵画がドバドバあるっすよ~……という期待をしていったら見事なカラブリをする。ウィーン美術=世紀末、ではないが、ベルギー美術=幻想絵画、ってできあがっちゃってんだぜオレはっ! で、要するに近代の印象派とか後期印象派などがベルギー美術にどういう影響を与えたかを紹介するわけですが。何か「劣化コピー」みたいなのも多くて、どうでもよくなっちゃうわぁ~ まあ、オリジナルのフランス画家の展示もあるので、損はしないよ。

最初はバルビゾンです。フランス本国はともかく、ベルギーでは受け入れられ、人気があったそうな。一応コローがありますが。ちょっと小さいかな。ああ、海の絵は初めて見た。コロー=暗い森、ぐらいの認識しかないので。ブーランジェがなかなか力作。あとテオドール・ルソーががんばっています。ベルギー人はブーランジェだけだよな…… 次にレアリズムコーナーで、要はクールベさんです。これもベルギーでウェルカムだったって。クールベが3枚ぐらいあり、あとはそれを真似したのがずらずらっと。そうそう、クノップフが2枚。「ヴァン・デル・ヘクト嬢の肖像」は、髪の毛が背景に溶けて見えるような幻想的(おおベルギー美術)なヤツ。これはなかなかいい。マクシミリアン・リュスの「サンブル河岸」も工場風景なんだけど、ちょっと幻想っぽい。それからフランス印象派の影響。シスレーとかルノワールとか、あって、ベルギーの印象派は……ラフだ。ここでアンソールが3枚……でも2枚は普通に印象派みたいな絵だな。初期か? 「バラの花」だけはアンソールらしい描写がいいね。これは目玉よ。それから新印象派……って要するに点描法。私はあまり好きではない。どの絵も同じに見えるんで。その次は「光と親密さ」とかいうコーナー。エミール・クラウスの、港の鳥瞰水面がキラキラ、のこだわり、はなかなか。最後のフォーブのコーナー。ワウテルスとかエコーとかがフォーブしている絵はいただけん。何か劣化コピーに見える。もっとヴラマンクを見習ってくれ。マティスが1枚。あとボナールの「逆行の中の裸婦」は儲けものですね。

月休11月29日まで。幻想絵画を期待するなよ。

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ウィーン世紀末展(日本橋高島屋)

おなじみクリムトとシーレです……って、他にウィーン美術ってやりようが無い感じがしますが、ともあれ、やれば足を運んじゃう私のようなヤツがいるんだからしょーがない。ウィーン世紀末って他にもマーラーとかフロイトとかがいたそうですな。

最初はレビーツキって人の宗教画みたいなのと、マカルトって人の「子供たちの絵」……って子供が一人なんだけど、うーん、そうだねえ。ウィーン美術って全体的に「茶色系」だよな(と、その時点では思った)。シンドラーって人の「森の小道」ってのもコローを茶色にした感じだしね。……ああ、大した絵がねえなあ。いや、別にヘタとかではないんだけど、よっぽど強力な個性とかテクニックでもないともう何とも感じないの。シャルル・ヴィルダ「ランナーとシュトラウス」はどこかで見たような気がするんだけど思い出せん。パステル調の明るい色彩の舞踏会というか、そんな感じで(どんな感じだ?)。……って全然「茶色系」じゃないじゃん。ハルテンカング?(メモ帳が小さすぎる&字が汚い)の「我が妻」は後ろからの横顔の肖像でちょっと面白い。グラニッチュ?の「自画像」……ん? これ何だっけ、あーそうそうルブランみたいな女性画家の自画像だったな。

クリムトコーナー。「寓話」とか「牧歌」を見ると、アングル並のキレイキレイな裸婦を描けることが分かりますね。プロポーションはちょと違うけど。弟のエルンスト・クリムトも、なかなかうまい。「パレス・アテナ」とは3度目ぐらいの再会。この絵は、保守的なヤツラを挑発する要素に満ちていて、傑作とされ、展覧会の目玉とかになっているんだけど、クリムトの絵としては、そう大したもんじゃないんじゃないか? ゴーギャンの例の大作と同じで、含まれているものが絵よりも高く評価されすぎ、のような。

シーレのコーナー。最初に誰か(メモが読めん)が描いたシーレの肖像画がある。やりたいことは分かるがヌルい。シーレはもっととんがってんじゃね? 「ヒマワリ」とは幾度目かの再会。傑作だが何度も見ている。自画像は小さいがなかなかいい。「裸の男」なんかはシーレらしいね。

ん? まだ前半も終わってないぞ。クリムトとシーレをやってあと何があるのだ? はい「分離派」の展示。「ウィーン造形美術家協会(キュンストラーハウス)」というのが美術界を保守的に牛耳っていて、そこから「分離」して活動したクリムトとかが「分離派」だって。まあ、アカデミックなサロン対印象派みたいもんか。日本の浮世絵の、装飾性なんぞも影響があったんだって。でもクリムトなんかが装飾的にやりすぎて、そこからまた自然主義とか表現主義(人間をちゃんと表現しよう)というシーレやココシュカやオッペンハイマーが出ていっちゃったそうです。それで展示の方は、そんなに面白くなかった。シュテラの「踊り子」とかはがんばってますが。ああ、これ全裸だな。踊り子なのか? あとはシェーンベルクが絵も描いたとか、オッペンハイマーがシーレ像を描いてるが、これはなかなかいい。あと自傷のポスターがショッキングだぜ。
10月12日まで。無料券もらったら行ってみよう。

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2009年9月22日 (火)

ひさびさにえいが

「リミッツ・オブ・コントロール」を見てきた。最近めっきり映画を見なくなったが、ジム・ジャームッシュ監督作品だけは無事にキープ中。嗚呼そういえば、ブラザーズ・クエイの新作を見落としていた。さておき、この作品は、例によってジャームッシュ……という言い方しかできないんだけど、なんかどうでもいいことをダラダラというかタラタラというか、今回は殺し屋の謎めいた暗号のやりとり、というのを延々とやるんだけど、これがもう退屈極まりない……はずなのになんかハマってしまうのがジャームッシュ。前回の「ブロークン・フラワーズ」も話が進んでいるようないないような結局何も分からんで終わるとか、そんな状態で。でも毎回音楽がイカす。今回も「Boris」という(日本人の?)グループで、すげーいい。前回のエチオピアジャズも妙で面白かったが。客は少なかった。無理もないと思うが、もうちょっと入ってほしいな。

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2009年9月17日 (木)

それで

えーとなんの話書いてたんだっけ……あーそうそう、「人は優れた者のみが生き残るべきである」というのと戦争が関係あると思っているキミ。まさか戦争は自然淘汰の一種だと思ってやしないよね。戦争に真っ先に狩り出されるのは若くて体力もあって頭もいい人間だし、勝とうが負けようが、双方そういう人を大量に失う。だから、優生学者達は戦争は逆淘汰になるので絶対反対だったって話です。むしろ「お国を守るために戦う」と胸を張っていた人は、この国に生きる強き者も弱き者も、誰もを同じ仲間として守るべく戦っていたんじゃなかったっけ。ところが世間で弱肉強食とか死ぬのは自己責任とか劣った者どもは死んでいいとか言っている連中が、あの戦争は正しかったとか英霊達は素晴らしいとか言っている時点で何か間違っている。え? 言ってない? 

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2009年9月15日 (火)

せんそうのし

私はかつて、いくつもの戦争の詩を書いていた……んだけど、まあ、今となっちゃあ、ありゃあロクなもんじゃないな。「亜鉛少年」に入っていた「靖國」ぐらはまあ、比較的ちゃんと書かれてはいるんだけど、それにしたって、資料的な背景というか、知識というか、認識というか、が、かの「日本はいま戦争をしている」には遠く及ばない……が、しかし、自分が適当な認識で直感的に書いたものは、そう的を外れてはいないんじゃないかな、って気もするのだ。

何度か書いているんだけど、何か非常な極悪人がいて、邪悪な欲望を満たすために戦争を起こしたわけではないはずだ……って話はいいや。何度も書いてるし。

もう一つ、戦争を起こすか起こさないかというような複雑で規模の大きい問題、全ての社会問題、あらゆる人の争いの、突き詰めればたった一つの、非常に単純な問題に行き着くと思っている。

「人は優れた者のみが生き残るべきか否か」

まあ、これも何度も書いてるね。自分の創作にとって一生もんのテーマがあるとすれば、このことであるということも……

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2009年9月13日 (日)

きのうきょう

昨日は東京駅から近い三菱一号館美術館、というところのプレオープンの展示に行った。この建物、明治のジョサイア・コンドルの設計したもんのほぼ忠実な再現で、レンガ積みである(耐震強化もしてある)。部屋がたくさんあって通路も長くて、なかなか楽しい。ただ、目玉の吹き抜けんところはカフェで、入らないと堪能できない……入らなかった入ればよかったな。でもなんかさー、一人じゃ入りづらい雰囲気なんよー、しかもー、俺の格好ヨレヨレだったしー  あと、ミュージアムショップで大村さんの出産祝いを買う。子供が初めて使うクレヨン、というなかなか面白いものがあったのです。

今日は奥主さんの詩集の「日本はいま戦争をしている」の批評会。パネラーはいたけど誰でも発言できる場所だった……んだけど、特に何も発言しなかった。いろいろ考えていることはあったんだけど、発言できるほどまとまるがつかなかった。でも、聞きながらいろいろ考えてた時間は楽しかった。

金曜に、例の会長が朝礼に来た。今年間の自殺者は3万人を超えるが、戦争中は自殺するやつなんかいなかった、という。平和になったから人間が弱くなったのか。要するに戦争中のようなタフな心を持て、と。まあ会長にゃうつ病なんて存在すら理解できんと思うが。それより戦争中に自殺者が減るというのは、どうも本当にそうらしい……なんでだ? 兵士として期待される働きができず、うつになって死ぬヤツなんていなかったのか? そういう人は敵にやられて既に死んでいたのか? 「人を殺すくらいなら自分は死にます」なんて美しいやつも、いなかったのか……いるとも思えんが。

先週の会長との接近遭遇は、私の中にもある種のインパクトを引き起こした。こいつが、というか、こいつを動かしている価値観というのが、多分戦争の原動力になっているはずだ。「俺のようになぜお前は生きないのか?」「人生は一度だけ。なぜ全力でぶつかっていこうとしないのか」「豊かに幸せに暮らしたかったら、とにかく戦うことである」……戦時中に「贅沢は敵だ」という標語があったが、その向こうには「戦争に勝ったら贅沢してよい」というのがあったはずだ。そうそう「欲しがりません勝つまでは」ってあったな。いやいやいやそうじゃない。何かもっと、人を動かす明確で合理的なヴィジョンがあったんじゃないか。戦争に勝った暁に、約束されるものが。よく、「戦争の真実」とかいう言葉で、戦争が人殺しであり、いかに悲惨なものであるか、ということが語られるが、それは真実の片方でしかない。もっと素晴らしく高揚感と達成感にあふれたもの、その面もまた真実じゃないか。あ、そうかこれはパネラーの松岡宮さんが指摘していた「魔力」であったはずだ。人々が戦争に向かうようになるのは「セル・オートマトン」のようなものだ、ということを、ふと考えついた。一人一人はものすごく単純明確な思想(規則)で、動いているが、それが人々の間を行き来することで、複雑な戦争が引き起こされる。単純な、「俺のようになぜお前は生きないのか」とか。えーと、つまり、うまくまとまらんな……まとめる必要も無いか。そうそう、その中に含まれるのの一つは「真面目さ」というものだろうと思う。少なくとも「不真面目に」戦争はできない、はずだ。多分、多くの詩人が、というかある程度敏感な人間は「時代が時代なら自分も加害者側になったんじゃないか」と思っているはずだ。それで、人を加害者たらしめる、ものは多分「真面目さ」の中にあるんじゃないかと思い、うーん、そうだな、真面目なことを真面目にやる恐怖というかな、そんなものがあって、だから私は自分の創作物は不真面目なんだと思ったりする。ユニットの「オルタナティブ3」であれ、美術鑑賞のフリーペーパーであれ、真面目にやろうと思えばできる、でも、やらない。そこには真面目なものを真面目にやった時の恐怖がある。「オルタナティブ3」は音楽は真面目に作っていても、テキストはそれと逆のベクトル、少なくともそういう印象になるようにしている。美術鑑賞の方も「モテる」などという、これも真面目さとは逆のベクトルだ。これが走っていない、となんか嫌なのだ。でも真面目にやっちゃうときもある。

まあ会社務めなんぞをしていれば、今は人を殺さないということだけで、既に戦争をしている、という認識を持つことは難しくないと思う。それが人を殺す戦争になるのは、ほんの少し、向こうでしかないだろう。

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2009年9月 7日 (月)

ほそぼそとかつどうちゅう

それで、まだ土曜日の話なんだけど、「モテる美術鑑賞 Vol.29」をおなじみタコシェと模索舎に置いてきた。冊子はタコシェで4冊売れてました。まことにまことにありがとうございます。

前々から次のVol.30でやめようと思ってたんだけど、なーんかまだダラダラ書きそうですな。ええ、これが無くなると、もうなけなしの創作活動が全部無くなってしまうのです。冊子の在庫もタップリ残っているぜっ……ううう。

冊子はVol.1-15をまとめたものなので、数的に言えば次回で冊子の続編ができる分量が揃います。どうしようかなー これ以上CD書籍の不良在庫が増えるのは嫌でござる。

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2009年9月 6日 (日)

みっくみく

昨日、Bunkamuraに行った際、パルコでヴォーカロイド初音ミクの展示をやっているというので、ついでに行ってみた。通路でやってるイラスト展だった。しかし……ミクの妹分の鏡音リン(&レン)を所有している私としては、ミクばっかしこんな有名になりゃあがって、と思う次第です。ミクは歌詞をベタ打ちでも割とちゃんと歌ってくれるらしいが、リンは子音分解(「と~」と歌わせたい時は「と」「お~」と分ける)が必要な場合が多いとか、声が篭る時があるとか(マジであるんだが)、コントロールが難しいのだ(ちなみにVer.1よ)。うん、今や私もバックコーラスにしか使ってないんだが。でも先日のライブでも相当箇所に使っていたぞ。ミクの声は鼻声で好きになれねえなあハッハッハ……でも、いいな有名で。それより、展示見てたらストレートに「オタク風」な人が何人も来た。大丈夫だ。ちょっと年食ってるけど、私も似たような雰囲気だからなあ。ユニクロ服にジーパンにショルダーバッグだったし、きっと埋没しちゃってたぞ。

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2009年9月 5日 (土)

ベルギー幻想美術館(Bunkamura)

何年後か分からないが、次に海外に行くならベルギーだと思っている。マグリット、デルヴォーをはじめ、スピリーアルト、アンソールなど、私の好きな画家はベルギーに集まっている。やっぱりこの企画のごとく、ベルギーといえば幻想絵画でしょう。姫路美術館のコレクションだって。いい趣味ですなあ。前に姫路城には行ったんだけど、その日美術館が休館日で行けなかったのだ。

ジャン・デルヴィルという人は、聞いたことはあっても初めて知ったようなものであった。「レテ河の水の飲むダンテ」は淡い色ながらダンテに水をあげる女性が女神のごとく輝いて見えるもんだ。クノップフが何点あるが、小物だけだった。「女性習作」の肩の部分は洋服のしわだけど顔に見える。いや、顔じゃ。顔を描いておる、アルフレッド・ステヴァンスという人の「オンフルールの海辺の若い女性」文字通り海辺で遠く絵を見つめる女性の絵で、幻想絵画じゃないんだけど幻想的に印象に残る。空の光の使い方などがうまいのだ。これはおすすめよ。レオン・フレデリックってベルギーだったのね。以前小田急美術館(今は無い)で見た少女天使の絵をよく覚えている。絵葉書も持っているが。今回もキリスト教的幻想絵画、なんだけど、小田急で見たのを超えないなあ。解説によれば幼児性愛の傾向があるんだと。ロリコンか。でもそう見ると、智内兄助と同じ傾向って感じもするなあ。スピリアールト3点。暗い自画像はまずまず。でも隣の「オステンドの灯台」の冷たく寂しい風景画の方が彼らしい。いつか行くよオステンドに。その隣のエミール・ファブリって人の「夜」も不気味に怖い顔だけどいいね。

次にフェリシアン・ロップスのコーナー。見たことあっただろうけど忘れてる。ほとんどがエロティックでデカダンな版画作品なんだけど、ビアズリーよりマンガっぽくないのが、まあヨーロッパ美術って感じぃ? でも「生贄Ⅰ」なんていう生贄の裸の娘に悪魔のイチモツが伸びて襲いかかってるなんて、ビアズリーより立派なヘンタイだよな。「サテュロスを抱く裸の若い娘」なんてのもまんまヘンタイだと思う。

ジェームズ・アンソールのコーナー。そういえば群衆をよく描くんだね。一人一人の表情を滑稽に描くサマは、浮世絵の、北斎や国芳がやってた群衆ものに近いものがあるね。「天使と大天使を鞭打つ悪魔」なんかは、妙なモンスター的描写もあり、まともに描いたらボッスか。それから「キリストの生涯」32点が出ています。リトグラフです。ささっと描いた感じですが、そこはアンソール流で、聖家族や使途の顔が、これでいいのか? これでいいのだ。アンソールだもん。という感じです。

マグリットのコーナー。見た絵も多いんだけど、エッチングなどの小物があまり見る機会がなかったのでよかった。「9月16日」という木の暗い姿を通して三日月が見える、というのは印象的。タイトルも謎めいていていいよね。あと、「マグリットの捨て子たち」12点は、リトグラフだけど色鮮やかでマグリットの代表作を集めたようなもの。私の好きな「光の帝国」もあるぞ。

最後にデルヴォーのコーナー。これも見たのが多いが、姫路で見たかった大型の3枚が見れてよかった。「ささやき」という絹織物作品があったけど、見る方向を変えるとハイライトが無駄に反射するので、絵の演出に効果的かというとそうでもない感じ。油彩では傑作「海は近い」と何度目かの再会……って10回ぐらいじゃないか? リトグラフやエッチングがたくさんあったが(これはデルヴォー展なら大抵そうなる)、悪くないが油彩ほど好きになれん。ささっと描いて女性のプロポーションが適当になっている感じがする。やっぱガッチリ描いた油彩がいいな。

10月25日まで。この手が好きな人にはおすすめ。

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2009年9月 4日 (金)

かいちょうとかいしょく

弊社はなんちゃらホールディングスの一社で、またそれがなんちゃらグループの一つで、そのグループの会長サマがシモジモの社員を12人ばかり集めて昼メシを食う、という定例の企画に参加するハメとなった。私は、せいぜいこの会長サマが若い連中の顔でも並べてみたいんだろうとタカをくくっていたんだけど、その認識は甘かった。弁当食って各自の自己紹介して会長の話があるんだけど、自己紹介で結構、今の仕事はいかなるものかみたいなツッコミが入る。経営の権化みたいな相手なので緊張することこの上ない。会長の話がまた、出来ない社員はいらんみたいな話で、おいおい若い連中の顔を並べて喜んでるどころか、こりゃマジに「現場からの意識改革」みたいな意気込みでやってるんじゃないか。さすが(良くも悪くも)カリスマ経営者にふさわしい。この会長のワーカホリックぶりにゃ脱帽だ。本人はもういいトシで、「ハッピーリタイヤができるかなと思ったがもう一仕事のようですな」とか言ってたが、多分この人にハッピーリタイヤなど無いだろう。走り続けなけりゃあ死んじゃうような人だ。うむ、今は亡き我が祖父がそうであったな。小さいながら会社を経営し、町の防犯会長なぞをやっていて、やっている最中は「お年に似合わずかくしゃくとしている」というような評判もあったが、仕事をやめ、防犯会長もやめたら急激に衰えていった。どこかに出ていたが、こういう人は大体人類の5%いるんだそうな。

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2009年9月 1日 (火)

みんしゅかち

選挙は民主党308議席。今までの自民の評判が悪いこと悪いこと。麻生ちゃんの漢字読めないとかは別にどうでもいいと思うが、前の2人の突然辞任はやっぱまずいだろ。とはいえ、ちゃんと考えて民主党入れたというより、なんとなく勢いがそっちの方だったから、とかいうのも多そうだ。

子供手当ては子供を持っているのでありがたいが、なんかさー、うまい話にゃ裏があるって感じがするなあ。財源どっから持ってくるんだ? 何かの税金が上がるに違いない。組閣したら最初内閣支持率は高いだろうけど、半年ぐらいしたら落ちてると思うぞ。

ただ、これを期に自民党にじゃんじゃん献金をしていた連中には政治から退場していただきたい。どうせ民主党に献金するようになるんだろうけど、その頃にゃまた政権交代で自民が勝つってわけさ。

どうでもいいけど政治の話題は苦手だ。結局のところよく分からん。

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