« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月28日 (木)

こいぞらのじょう

ケータイ小説を本にした「恋空」の上巻を読み終わり、さあ下巻を読むかと思ったら、中巻があるんだって。知らんかった。入手してない。

内容は高校生の恋愛もの。なんで読んでいるかというと、こっちもケータイ小説に手ぇ出してんだから、いったいいかなるものが受けているのか、人気作品を読んで見ようじゃないか、ということです。

上巻を読んだ限り、面白いかというと面白くない。上手いかというともちろん上手くない。なんというか、「青春小説」という言葉に象徴されるような爽やかさなど微塵も無く、恋愛関係は不安定で、友達の性格は陰湿で、嫌な事件が多く、友情は脆くて、主人公に至っては冷たくされようが別れようが「だってそれでも彼が好きなんだもん」的感情をウジウジダラダラ書いているだけで、しかも文章が稚拙なので読んでて気分が滅入ってくる。

じゃあ、なんで読まれているんだ? 近頃の女の子達は刺激が足りないから、ケータイ小説で刺激を得ているのだ……というのはちょっと違うと思う。ケータイ小説がゴマンとある中で、なぜ「恋空」が選ばれたか? たまたま適当な口コミで、も違う。口コミにたまたまも適当も無いと思う。何か理由があるのだ。あるに違いない。それは小説の上手さとは別の次元だ。

ここで諸君に問いたいのだが、君が若かりし頃、君が置かれた環境は「青春小説」のごとく明快であったか? 多分NOだと思う。君の環境における登場人物のキャラクターははっきりしていたか? 多分NOだ。好きだ嫌いだの不安定かつ不可解な人間関係をなんとか安定させるために、手探りになってやしなかったか? 私が思うに「恋空」はそれをそのまま書いたのだ。人物設定が不安定なのは、現実がそう見えているからだ。この小説には、いかなるラブラブのシーンの最中でも、割り切れない、霞がかかったような、灰色の不安定さがある。

小説を上手く書くヤツは、こういう書き方はしない。まず登場人物を設定し、こいつはこういう性格で、こういうことをするのだ、というのを決めてからかかる。たとえ実話が基で、現実には不安定に見えていたとしても、そこは想像で補って設定を作る。そうしないと、人物が分かりにくくなるからだ。「恋空」はどうもそれをやっていない。しかし、やっていないからこそ、作られたものではなく、何か生々しく現実とリンクする。それが読まれている理由ではないか。

……というような独断的考察。中巻と下巻を読んだ結果はいかに? えー まだ2/3あるのかよ。おじさんはもうおなかいっぱいだぞ。

|

2010年1月27日 (水)

ボルゲーゼ美術館展(東京都美術館)

コンタクトレンズの紛失で作り直すために会社を半休してて、時間が余ったので行ってきた。まだ空いてていいぜ。しかし、なんかもールネッサンスとかこの時代のもんは鑑賞対象から外しちまってもいいんじゃねーかなと思う今日このごろ。美術鑑賞でも既に焼き物彫刻古代文明は対象外だ。興味範囲外というか、そろそろこの辺もいいんじゃねーか。うーん、でもラファエロが、カラヴァッジョが……

全体に点数は少ない。最初の「ボルゲーゼ・コレクションの誕生」では、モザイク作品が緻密でいい。肖像とか建物図はどうでもええ。

次の「15世紀・ルネサンスの輝き」は見どころ。目玉のラファエロ「一角獣を抱く貴婦人」がある。状態がいいのは修復したんだって。修復前は一角獣じゃなくて車輪を抱いてたそうだ。とりあえずきれいどころの絵である。しかし、私的には隣のダ・ヴィンチ作品の模写「レダ」の方が驚異的だ。やっぱダ・ヴィンチは先を行っている。立体感がググッと迫ってきますな。遠近の表現や、木々の表現もアーティストしている。

支倉常長がどうたらという展示コーナーがあったが、知らん。

「16世紀・ルネサンスの実り」は、あまり見るものがない。なんかこう、アーティストの個性や感情が迫ってくる、ガツンとくるもんが見たいんだけど、やっぱり「巨大な挿し絵」という感じでしかない当時代の絵では、そういう期待もできんか。「眠るヴィーナス」の大きめボディや、ギルランダイオとかいう人の「レダ」と「ルクレツィア」の対作品が、まあまあいい。ちなみにどこも裸女満載なので、その手が好きなら行くとよい。

「17世紀・新たな表現に向けて」で、もう一つの目玉、カラヴァッジョ登場。「洗礼者ヨハネ」うん、いいよ。体の皺とか。これを持もって他のヤツとは違う、というのも何だが。それより「スザンナと老人達」がありますぜ。いつもは水浴を見ているだけの老人達だが、ここでは手を出しちゃってる。うへへへへ……いいのかこんなん展示して。最後の「巫女シビラ」が一服の清涼剤。

点数が少ない分、ビデオやパネルの類も多い。4月4日まで。

|

2010年1月24日 (日)

えいが

「Dr.パルナサスの鏡」を鑑賞。さすがギリアム監督。先週観た「かいじゅうたち……」よりこっちの方が面白い。ただ、体調万全で言ったにもかかわらず、終わりまで観てたらやっぱりそこそこ酔っていた。どうも、自分が弱くなったというより、最近の映画がどうも酔いやすいらしい。まあ、CGをがんがん使って、あり得ないほど高速で巧みなカメラワークができるわけで、そりゃ酔いますわな。

|

2010年1月23日 (土)

あーっ?

自分のケータイ小説を自分のケータイで見ていた時にふと気がついたのだが、もしかしてお子達は常にスクロールしながら読んでるんじゃねーか? だから1行が少ない上に妙な改行があるのだ。

……と思ったが、1ページが少ないヤツもあるので、そうでもないらしい。

サイトを見ると、人様の小説でアクセス数何十万というのもあり……この差はなにで決まるのだ?

ともあれ、ケータイ小説で映画化もされた「恋空」というのがブッキュオフにあったので読んでみることにした。何がウケているのかな?

|

2010年1月20日 (水)

おもわしくない

勇んでケータイ小説を発表したものの、ほとんど反応が無い……というか、そもそも誰も見ていないようじゃ。ええ、カウンターが50ぐらい行っているが、ほとんど自分がメンテナンスで見ている分です。掲示板にゃ他者様の宣伝がいくつか。うむむむ、なんだ、もっと日々女子中高生がざっくざっく読んでいるものかと思ったらそうでもないですな。

というか、このサイトのケータイ少説の数はなんと75万だそうです。あはははこれじゃあんた、ほとんど宝くじじゃあないか。現代詩フォーラムにも出した方がマシかもしれん。

|

2010年1月18日 (月)

ついに小説に帰還

かねてから準備中だった小説を、ケータイ小説サイトにアップ。2001年頃同人誌に出していた作品の完全リメイク。ついに、あの由香里が帰ってきた!

「ダイエット魔法少女」

ケータイでも読めるように行間などを多少工夫しております。全10話中の3話をとりあえず出しています。みんな、暇つぶしに読んでみよう。文学だなんて思わんように。

|

マッキアイオーリ展(東京都庭園美術館)

フランスの印象派より先に、知られざるイタリアの印象派があった! ということなんだけど、知られていない、ということは、別に知らなくてもいいということでもある。簡単に言うと、あんまし面白くない。

何しろ絵の一枚一枚に丁寧な解説がある。がんばっている。しかし、裏を返せば、そうして解説しないと、何がいいのかよく分からないってことですよ……ってこれ「モテ美」に書いたよな。

「マッキアイオーリ」ってのは、画家の名前じゃなくて、そうした印象派風の絵を総称してるとか何とかで、当時としては、フランス印象派と同じく、アカデミックに対して「前衛」「意味不明」のポジションであったようです。

が、しかし、フランス印象派をこってり見てしまっている我々からすると、ちと刺激が足りん。そうだねえ、トラとかライオンとかを見慣れた我々に、「知られざるほ乳類出現」と言って、ネコを見せるようなもん? 違うか。

マネに近い感じのが多いが、主題はマネの方がはっきりしている。こっちの主題はバルビゾンみたいなのが多いからなあ。あと水辺はシスレーに勝てず、積み藁はモネに勝てん……って、まあ時代はずっとあと……だよな。

でも、いくつか挙げると、チュチョーニって人の「カフェ・ミケランジェロ」の様子は一番面白い……漫画だけどな。このカフェからマッキアイオーリが始まったんだってさ。アッバーティの「回廊の内部」は、石材のブロックがナウいじゃん……って感じか。レーカの「お勉強」と「母親」はいい感じのファミリーもの。まあこれもルノワールの姉妹ピアノレッスンとか見ちゃうとかなわないが。最後のジョーリの「水運びの娘」はさすが広告使用、一番まとまっている。逆光がいい感じだな。

帰りに出口でアンケートを行っていた。ほとんど「満足」と答えた。個人的な満足度はさておき、知られざるもの達の企画は、大いにされるべきである。ツボに入る人もいるかもしれん。3月14日まで。

|

2010年1月16日 (土)

かいじゅうたちのいるところ

を観てきた。映画は悪くなかったのだが、映画開始前に30分ぐらい時間があったので、マクドでキャフェラテを飲みながらポメラをいじくっていたのがマズかった。開始30分程でゲロゲロ(吐いたわけではなく映像酔い)。どうにか途中で出たりはしなかったが、終わった頃には半死半生であった。うううう、コーシーじゃなくてキャフェラテだから大丈夫だろうとタカをくくっていたが甘かった。私が映画をマトモに見るには何かキビシー条件がある。
1.観る直前にメシを食わぬこと
2.観る直前に飲み物でカフェイン類を取らぬこと
3.観る前にトイレ「大」に行っておくこと
ちなみに、今日は3.もやってなかった。うええええええ、どうでもいいけど、

弱すぎる

これじゃ「アバター3D」なんて体調が超万全じゃないと……っていうか調万全でもダメじゃあないか。

|

さんせいけん

いくら友愛でも、さすがにマズいんじゃないかというのが外国人の地方参政権(国政はあり得んらしいが)。それこそ、帰化をやりやすくしたほうが良いと思う。いや、日本にいる外国人、特に中国人や韓国人が、そんな地方参政権を使って排他的な自治区みたいなものを作るはず無いよ、みんないい人達なんだよ。という性善説を言う人もいるかもしれないが、いやー分からんよコレだけは。あと「私は地球市民になりたい」なんていうのはタワゴトだ。島国の平和ボケが過ぎる。気になるのはオランダがこの参政権を導入しちゃって、移民問題で大変なことになっているらしい……んだけど、ネットだけの情報じゃ分からん。記事らしいものもあるんだけど、どこかの引用だけでできていたりする。でも何となく、本当にマズいことになっているらしい、感じがする。少なくとも、この制度のおかげでオランダは素晴らしい国になりました……ってのは見たことが無い。さあ真実はどこかな?

|

2010年1月10日 (日)

ポメラDM-10はヤフオクに

出すことになった。なぜか? DM-20を買っちゃったからです。去年の10月に買って、3ヶ月あまりで次の機械買うなんて異例の早さ。しかし、最近は小説はもちろん、美術展ネタでも現地でほとんどを書いているし、北京の出張では議事録を取り、ほとんどポメラが無いと外出できない、ぐらいの状態なのです。一応DM-10でも満足して使ってはいたが、DM-20の字数強化や、フォルダ管理、画面サイズなどを見てたらもうタマラなくなり、DM-10をオークションで売るのも今しかないというので、速攻購入。愛機にもかかわらず、3ヶ月でお役御免となった。次の持ち主で活躍してくれ。

|

2010年1月 9日 (土)

ウィリアム・ケントリッジ(東京国立近代美術館)

南アフリカ出身の、現在美術家。なんといっても有名なのは木版のドローイングによるアニメーション。今回の展示もアニメーション作品が中心なので、まともに全部見ているとえれえ時間がかかる……上に、それぞれの作品がバラバラな時間な分けで、一作品の始めから終わりまでを見て、また次の作品の始めから、ということが難しい。要するに映画館とかで連続してまとめてやってもらうのが一番いいのだが。

作品は最初の方にある。「プロジェクションのための9つのドローイング」がやっぱりよい。これが木版画だけのアニメーション作品だ。ブラザーズ・クエイ並のインパクトがあるぞ。ビルが崩れたりと結構スケールのデカい描写もやる。次点で「ユピュ・真実を暴露する」で、社会派的視点とテンポのよさがいい。あとは、「やがて来るもの(すでにそれは来た)」で、これは歪んだ絵を円筒の鏡に映して見ると普通に見えるという、騙し絵でのアニメーション。これは凄え。

他に影絵だったり、本人が出てきたりっていうアニメーションは、面白くはあるがそんなに凄くはない。複数のスクリーンでの映像インスタレーションも、アリンコのだけ面白かった。

かなり面白いのだが、全部は見切れなかった。半日ぐらいかけてじっくり見るのもおすすめよ。月休2月14日まで。

|

2010年1月 6日 (水)

けーたいしょうせつ

今書いている小説をケータイ小説サイトに出そうと思っているのだが(ちなみにケータイで書いてるわけではないです)。試しに自分のケータイにテキストを送ってみたが、ゴチャゴチャしててえれえ読みにくい。うむむ、そうか、パソコンからケータイ小説サイトを見て、作品を見たりしているが、改行がバカスカあって、なんじゃこりゃアホかと思ったが、そういうわけなのね。こりゃポエムより難しいぞ諸君。ナメてるヤツは書いてみよ。

現在10話中の9話ができている。あと少しだ……と言いたいんだけど、ケータイ用に改行と簡素化をしないと読むに耐えないな。

|

2010年1月 3日 (日)

きたねんがじょ

年賀状が何枚も来ている。前に一言手書きコメントも無いヤツがどうの、とか書いたが、最近その一言コメントでも困ったのが増えてきた。

「元気ですか?」

これがなんか多いのだ。まずこれ、返事で何か答えろというのか? いや、でもこっちからもう出しちゃった人だったりするとどうしろっての? あと、人にこう問いかけておいて、自分はどうなんよ、というのが何一つ書いてないのがほとんど。しかも、こう書いて来た人は、概ね次の年もこう書いてくる。毎年毎年「元気ですか?」「元気ですか?」「元気ですか?」って、こっちは一応近況書いてるじゃねーか。失礼だな。要するにこういうことなんだろう。

「あなたは私の人生にさほど存在感も無いのでよく分からないしあなたに特に興味も無いし、こちらから伝えたい事も特に無いのですが、とりあえず年賀状のやり取りは続いてますね。印刷だけだと失礼だから一言書きますね」

こんなコメントなら無い方がマシ……というほどではないが、「私は元気です」ぐらい書いておいてよ。

|

2010年1月 2日 (土)

国宝「土偶」展(国立博物館)

遮光器土偶を見る限り、太古の昔に日本に宇宙人が飛来したことは間違いないことのように思われる・・・・・・と言いたいが、まあ違うだろう。正月2日に土偶見るヤツもおらんだろうと思ったが。そこは国宝展で、そこそこ混んでいる。ただ、展示は部屋一室なのです。そこにごちゃごちゃ展示されているわけですな。土偶なんて通常はノーマークなんだけど、今読んでいる「カムナビ」という小説に遮光器土偶が出てくるんでなんか見たくなった。

冒頭の「仮面土偶」からして顔が逆三角で愉快だ。「ハート型土偶」の顔は見事に整ったハート型。「遮光器土偶」ことシャコちゃん(出土現地での愛称)とは再会。「縄文のビーナス」というのが意外と整った女性型で、お尻の大きい安産型。そうか、要するに子孫繁栄のお守りか、安産祈願の品か。そういえば、なんで人間様の出産はこうも苦痛で命がけなのかと思うのだが、そういう要素があるからこそ、祈祷や祈願や神だのみつまり、文化のようなものが発展してきたんじゃねーかなとも思う。何のストレスもなかったら、ただ食って寝て産んで死んで終わり、で何を願う必要もないもんなあ。

土偶以外だと「深鉢型土器」というデカいのが見事縄文の、あの「炎」の装飾。

会場変わって平成館に「日本の考古」というコーナーがあって、常設なんだけどこっちでは流れに沿った展示を見れるぞ。まあ、弥生土器になると急につまらなくなるが。なお、こっちはガラガラ。これも平成館のソファで書いてるのさ。他に常設展には虎の絵特集とかやっている。

2月21日まで

|

2010年1月 1日 (金)

ちいさいおうち

賀正。初詣に神田明神へ行った。てやんでえべらんめこんちくしょう神田の生まれよ! 寿司食いねえ(おいなり)、酒飲みねえ(アレルギーが出ない範囲)。

というはなしはさておき、子供のために「ちいさいおうち」という有名な絵本を買ったんだけど。まあ、下の子はまだ分からず、上の子は興味無さそう。私はこの本を小さい頃、何度も何度も読んだ、という記憶がある。この話は、四季の自然あふれる場所に建っていた「ちいさいおうち」が都会化の波に襲われ、季節も無いビルの谷間でボロボロになって、最後に引越して元のような場所に戻って終わり、というもの。ただ思うに、私はこの本を読んで、自然は素晴らしいとか、都会が怖いとは感じていなかった。むしろ田舎が都会化していく風景のダイナミックな変化が面白くてこの本を読んでいた。作者は多分、自然が壊されていく過程に、怖さと悲しさを感じてほしかったんだろうけど、そんなものは微塵も無かった。だいたい都会で生れ育ったもんでね。でも、この本は面白かった。この本を好きな子供達に聞いてみたいんだが、この本を読んで、都会化は悲しいとか怖いとか感じただろうか? いやぁ、私のように愉快に感じていたるのも、少なくないと思うぞ。

しかし……本のレビューを見ても、そんなこと書いてる人はいないみたいだなあ……みんなええかっこしーじゃないのー?

|

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »