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2010年5月30日 (日)

語りかける風景(Bunkamuraザ・ミュージアム)

期待もそこそこだったが近頃見た中では最も面白かった。「何たら美術館展」というものは有名どころの画家よりむしろあまり知られていない画家の名品に出くわして驚いたりするものだ。

最初の「窓からの風景」コーナーでは、ドニの「内なる光」というまずは手堅いスタート。窓からってことではバルテュスの作品が欲しくなるなあ。会場内にも窓(というか壁の隙間)があったりして面白い。

「人物のいる風景」コーナー。カンペンドンクって人の「森」はシャガールみたいだけど、うん、ちょっと違う。あっちに慣れていると物足りない感じもするが、別の味もある。ヴァロットン「水辺で眠る裸婦」。文字通りの絵でアンリ・ルソーみたいなんだけど、稚拙さは無くてその代わり天才的な印象も少ない。ただ、裸婦を使った変わった風景を作り出そうという意気込みを感じる。ピカソの「闘牛布さばき」はルオーの南国ものみたいな感じ。

「都市の風景」コーナーではユーブレシュトって人のちょっと寂しい風景「イル川にかかる橋」がいい。スピリアールトに近い印象があるが。隣のアンリ・マルタン「雪化粧のパリ」もなかなか。ゴッホが狂ってなくて上品かつ丁寧に描いたらこんな感じ? その隣に私の好きなヴラマンクがあったがイマイチだった。

「水辺の風景」コーナー。プラデルという人の「月明かりのボート遊び」がダークで良い。これは遊んでいるのか? クールベさんに絵の技法教わったんだって。コローとドービニーの似たような風景が並んでいて、この比較が面白い。コローらしさ、というのが分かる。シスレーがあったがイマイチ。シニャックは……うん、なんか点描法は好みじゃないんだよな。カリエール「大河のある風景」は小さいながらも優れもの。あの「母子像」のカリエールだぞ。霧の向こうのように自然ながら幻想的。しかし、すぐ隣にエルンストの「暗い海」。シュールレアリストの巨匠。作意的に妙な演出がカリエールと対照的にまた別の幻想的な絵が迫る。この対比はいい。

「田園の風景」コーナー。ジュベール「ヴューフェレット羊の群れ」……デカいけど普通だ。シスレーはまたイマイチ。ピサロも……うーん。それよりヴァロットンの風景が面白い。「家と葦のある風景」なんだこの不調和な緑色は。田園でありながら妙な風景として魅せる。ヘタウマか? 隣にはデュフィの、まったくデュフィらしくないフォーヴみたいな「3つの積み藁のある風景」があるが……面白いけどデュフィらしいデュフィが好きだからアウト……というか、これは単にうまくないんじゃないか? その隣のアンリ・マルタンは先と同じ。厚手の絵の具で丁寧に描くいい感じ。少し先に行き、ジャントルイユ「太陽が朝霧を飲み干す」は大画面で理想風景風の正攻法で迫る。美しくまとまった日没(夜明けか)の風景と鹿。この人、コローの弟子だって。しかしだ、隣がクールベさんだ。しかも若い頃の。ニクい演出だねえ。クールベさんは若くして現実主義、思うに「大自然にゃかねわねえよ」を表現するクールベさんの「ルー渓谷の雷雲」を見よ。この暗い風景を、雲を、木々を。やや小さい絵ながら隣の理想風景と対等にデキるヤツ。この対比はぜひ見てほしい。

「木のある風景」コーナー。カンディンスキー「サン・クルー公園」後の彼の絵を知っていると何じゃこりゃみたいな後期印象派風。しかし、ここにみなぎるある種の「欲求不満」。後の抽象表現がいかに彼にとって開放的だったか、感じちゃわないか? それからデュフィ……うん、これもあかん。

そんなわけで有名画家のは、「とりあえずあるから持ってきた」という感じもあるが、名があまり知られてない方々ががんばっている。それから「コローvsドービニー」「カリエールvsエルンスト」「ジャントルイユvsクールベ」という対比できて面白い場所がいくつかある。
7月11日まで。マネやらボストンやらオルセーやらがあって影が薄いが(空いてたし)、この企画はおすすめできるぞ。

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2010年5月23日 (日)

ルーシー・リー展(国立新美術館)

オルセーが始まる前にこっちを片づけておこうと考えた。うむ、焼き物なんて分からん……のだけど、この企画は私の周囲ですこぶる評判がよいのだ。美術鑑賞は簡単にして難しい。見れば見るほど先入観との戦いとなってくる……というのが、私の思うところ。ルーシー・リーも20世紀陶芸の巨匠という情報だけで感動できるならそれはアンタ違うだろ。私は焼き物は不得手だが、食わず嫌いってこともあるかもしれんしやっぱり行ってみようじゃん。

で、出だしから茶道具みたいな釉薬焼き焼き系(?)うーん、つまり「焼いたらこんなんでました」といういわゆる焼き物の「炎の芸術」たるゆえんのところの「器」とか「鉢」が並んでいるのを見て「うああ来るんじゃなかった」と思ったりしたが、でも、バウハウスタイプと呼ばれるデザイン系もあってやれやれ。一応こっちなら肌が合う。

しばらく鉢とか器とかでどうでもよく。「薬味入れ」とか「茶釉手付鉢」というデザイン的なやつもあるが、まあ普通。「線文」(線の模様)が入ってくると面白くなってくる。自分は線による表情の方が反応するのだ。「線文」ものはいくつもあって、線によるデザインが楽しめる。格子状にして帯みたいにするのがいい感じだ。

リーはボタンを作っていたそうで、ボタンだけの部屋がある。かわいいヤツラがずらっと並んでいるのはなかなかの見物。

ウエッジウッド社のためのカップとソーサーも楽しめる。これ、例の、あの色だよな。
次の釉薬の変貌、何がどう変貌したのか分からないけど、花器にスパイラル模様が出てきたのは面白い。

やはりおすすめは、最後の円熟器の作品群。最初にここ見てもよかったねえ。幅広の縁にスパイラル模様の花器は、シロートでもその洗練っぷりが分かるはずだ(オレがシロートだし)。幅広縁の花器では「線文花器」も見事だ。いいデザインじゃああーりませんか。あと「ピンク線文鉢」のピンク色とこげ茶色の取り合わせの妙もいいぞ……って、これチョコとストロベリーじゃね。あとポスターになっている青い器もここにある。

火休6月21日まで。

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2010年5月15日 (土)

国宝燕子花図屏風(根津美術館)

リニューアルして初めての訪問。「燕子花図」よりも「琳派コレクション一挙公開」に期待。それにしてもえれえ混んでいる。着物のご婦人が多い。

光琳の「燕子花図」とは再会のはず。リニューアル前の根津だったが、こんなに混んではいなかったよな。確か「斜めから見てもよし」とか書いてた気がする(誰かに聞いたたんだっけ?)。今回は……混んでいるので手前のガラス面にびっしり人がはりついている。いや、ちょっと待てよ。琳派作品は、全体の感じを見ないと見たことにはならないと思うぞ。かぶりつきで見たって、普通の絵にしか見えんと思うが。で、それを分かっている人もいて、少し離れて立っている。うーん、しかし今回見て思ったことは、そう、花はともかく葉と茎が全く同じ色、というか、どこが茎だか分からない。いや、そもそも光琳は、どの葉がどの花のものか、描こうとしていないのだ。つまり形状を描きたかったわけではなく、印象を描きたかったってことでだな。うむ、そうしてみると、印象派というか、抽象画にも近いってことで、すごいね。隣の「夏草図屏風」は全く違う。バッチリ形状が描いてある。

しかし、私としてはもう一つ、鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」を押したい。これぞまさに私が思う琳派。風景を描きながらも装飾的であり、なんじゃこりゃ的でもある。この意味不明な金箔はどうだ。笹の葉の丸っこい形はどうだ、渓流の流れの模様、色はどうだ。やーでもこれも再会だったな。確か「大琳派展」で見た。

他に光琳の絵とか、あったんだけど、確かこれらも前に見たような。いずれにしても、ガラス面から絵までの距離が近い。近けりゃいいってもんでもなく、こう混んでいると無駄にかぶりつくか、離れても下半分は人の影、とかで、ちょっと残念。

他に部屋が4つもあるんだが、いずれも興味外で困った。特に茶器は全く、何がいいのか分からん。そこの茶碗は近所のセトモノ屋で売っているのと何も変わらんじゃないか。あとなんだ、竹を切って花を挿すヤツ……そこらで売っているのと何か決定的に違うのだろうか……まあ見る人が見れば分かるに違いない。「古代中国の青銅器」も困ってしまう。はあ、確かに青銅器ですな。(最近私は、美術なら何でも見ます、何でも素晴らしいです、と言ってるような人が怪しくしてしかたない。人により合うジャンルと合わないジャンルがあると思うのだが、あんた本当に作品の「美」に感動しているのか?)

日本庭園があるので出てみたら結構広い。茶室がいくつかあるようだ。それより、光琳の絵とほぼ同じように燕子花が咲いていた。こりゃもうけもの。そうか、それで今公開してるんだな。

月休5月23日まで、庭がよいぞ。作品は……燕子花以外は多分どこかでまた会える。

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会田誠「絵バカ」(ミヅマアートギャラリー)

タイトルは平井堅の「歌バカ」のパロディ。ギャラリーなもので部屋一つ。でも作品はデカい。

「灰色の山」が圧巻。巨大画面にスーツを着たサラリーマンの死体をびっしり描いて琳派風(?)の山にしてある。有名な「ジューサーミキサー」に匹敵する。まだ途中らしい。

あと「1+1=2」をフォーヴみたいな油彩で描いたの。もう一つは……何とも言えないなあ。とにかく「灰色の山」が凄いので。

ビデオ作品は……書いていいのかな。何でも美術男子学生の伝統コンパ芸(?)だかに「よかチン踊り」というのがあって(事実かどうか知らないが)、酒ビンをイチモツに見立てて妙な踊りをするというもの。今は女子学生が増えてきたんで無くなったらしい。しかし、ここで、会田は作ってしまった「よかマン踊り」。女子学生が全裸でザルを持ってやる。多分自ら志願したであろう女子美大生が実際にやっている映像。うーん、まあ面白いんだがしかし、これをウヒャウヒャ笑って見れる人は幸せな人達かもしれん……と思う。何となくいたたまれないような気分になるのは、この手のものは「立場の弱いものがイヤイヤやらされる」ものだという先入観があるからか。

日祝休6月5日まで。

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建築はどこにあるの 7つのインスタレーション(東京国立近代美術館)

ほぼ朝イチで行ってきた。建築家の作るインスタレーション。建築系は模型と図面と解説ばっかりでつまらーん、という君もオッケーの愉快なヤツラが待っている。あと、フラッシュ使わなきゃ撮影もオッケーよ。

・中村竜治
紙でできた細いフレームがびっしりという物量もの。視点の移動で向こうが見えたりする。うおっすげえ、と感じてしまうが手法としてはよくある。単純に面白い。

・中山英之
高原のカフェの1/3模型。テーブルセットの模型を蹴ってしまいそうだ。座布団……シートか、には座ってよし。

・鈴木了二
建物みたいなの。ある建築物が変形したものらしい。これだけデカいのに、中に入れないのが残念だ。解説文がポエム調……うーん、私は一応建築学科だったんだけど、「建築家は詩人たれ」みたいなことを言う教授は多かったような。それで「レポートは詩でもよい」というので、詩を書いていた私は実際にレポートを詩で出したりしたが、だからどうということはなかった。今思えば出した作品もしょーもないやつだったが、どうも建築の方々の、ポエム好きというか、ポエムコンプレックスというか、そんなのがあって。でも建築でポエジーを出すのは、多分建築家諸子が思っているより難しいと思うんよ。

・内藤廣
暗い部屋で上からの平行で光るレーザー光いっぱい。人が歩くと、レーザー光が人に映る。うーん、人がいっぱいおれば面白いかなあ、と思ったが、実は部屋の入口にある白い布がミソ。持っていってレーザーを映して遊べるし、そうするべきものである。おすすめはふわっと投げて落ちていくのを見ることかな。レーザー光が動いて楽しいぞ。

・菊池宏
上から吊したW型の壁の模型(木なども植わっている)の周りを光がぐるぐる回る。なんじゃこれは? 模型の影が壁に映っているが、それが動いて変化するのか面白いですよ、というのかな。いやー、そんなに面白くないぞ。模型にも電線が天井からつながっているが何か動いている様子も無し。次の部屋では、壁があって、明るくなったり暗くなったりする部屋らしき映像が映っている。なんかおもろないのう……しかし、かなり時間がたってから気づいた。映像は実は模型に仕掛けられた小型カメラなのだ。おおっ、そうかぐるぐる回る光は太陽光で、中から見てこう変化するというわけか。おうおう面白いじゃないか……っていうか、気がつかないでスルーしてたら相当イタいぞ俺は。これ、先週行った練馬区立美術館の寺田真由美の写真を彷彿とさせるね……あっちの方がよかったかな。

・伊藤豊雄
垂直な部分が無い建築物の、入れる模型。普通に面白い。

・アトリエ・ワン
外にある。竹を組んだ構造物。目を惹くぞ。

月休8月8日まで。多分いつでも空いている。

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2010年5月13日 (木)

しをかいていたりする

小説ネコ刑事は思ったように進まず、架空戦記は巨大戦艦を出したいのだが、今の時代にどうしても巨大戦艦の必要性が無さそうで、構想段階で足踏み。なぜか、今は詩を書いていて、現代詩フォーラムに出したりしている。しかも、ひらがなばかりのヤツを。ひらがなばかりで何をしたいのか、というと、そんなに難しいことではなく(作るのは難しいのだが)、要するに同音異義語のどっちでもとれるようなものを使って、それがどっちなのか、どっちでもさそうだがよく分からない、境界がはっきりしないものを作ろうと思っているのです。あとは文の切る場所で意味が違うとか。そこにどんな漢字を当てたらいいか、パッと見分からないんで、流し読みはできません、なんてもの。ポエケットで冊子にでもするか……って、まだ参加するか分からないが。

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2010年5月10日 (月)

PLATFORM2010(練馬区立美術館)

子連れだったんでメモは取れなかったが、この練馬区立美術館は何気にこないだから現代アートものにこだわっている。今回は、寺田真由美と若林砂絵子の2名。寺田真由美は、ほほー室内写真かと思ったら、なんとミニチュアを作って室内写真風にモノクロ撮影したそうな。実物のミニチュアも1つだけ置いてあって、ガラステーブルにレモン(だったかな)が3つ置いてあるもの。どの写真も無人の部屋なのだが、あまり寂しさを感じさせないのが不思議だ。無人の風景といえば私にとってはエドワード・ホッパーだったりするが、あっちの寂しさの方が強力だ。色のせいか? あるいはミニチュアが微妙なスケール感やピントを持っているからか、そうそう、俯瞰写真のパースを全部加工して、遠近感を無くし、ミニチュア風写真にした人は誰だっけな? あれの逆って感じもするね。あ、待てよ、無人の都会の街を撮った写真家もいるな。あれも別に寂しさは感じないので、やっぱりホッパーが特別なのか?

もう一人の若林砂絵子は、もう若くして故人らしい。抽象画だけど、私的にはイマイチ。何度も書いてるけど、私の基準はザオ・ウーキーであり、彼の作品を超える抽象画はそうそうお目にかかれない。

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2010年5月 6日 (木)

まだツイッターが使えん

いや、一応ツイート(いわゆる140字までのつぶやき)はちょくちょくしているし、美術鑑賞ブログへの誘導には多少の役に立っている、みたいなんだけど、それだけといえばそれだけ。別に誰かとコミュニケーションをするわけでも、何かの話題で盛り上がるわけでも、情報が効率的に集まるわけでもない。現在の人様のツイートを表示するタイムラインも、主にケータイから見ることが多いんだけど、フォロー15人もすればいっぱいいっぱい。フォロー相手を分けた「リスト」はケータイから使えるような使えないような分からん。大量のフォローにゃ専用クライアントがいいっちゅうけど、それじゃパソコンからしかできないじゃん。ケータイからスマートフォンに変更すればいいかもしれんが、手間も金もかかる。結局今の状態じゃ使っているとは言いがたい。

「リツイート」という機能があり、他人のツイートを持ってきて自分のところに表示するってヤツ。それをフォローした人が目にして、興味があればそれをまた自分のところに「リツイート」できる。つまり、これがツイッター最大の「口コミ」の機能ってわけなんだけど……自分にとってどうでもいい方面のリツイートがウザい。いや、あなたはそれに興味を持ち、それを多くの人に広めていきたいってのは分かるんだけど、こっちにゃ興味が無い分野なのと、それで限りある現在のタイムラインが埋まるのは困る。とはいってもリツイートがウザいとか言ったら、ツイッターの特徴そのものを否定することになるんじゃないか?

というわけで、どうしたもんかねえ……

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2010年5月 3日 (月)

ロシア構成主義のまなざし(東京都庭園美術館)

ロトチェンコとステパーノワ、だそうで、ロトチェンコはともかくステパーノワって人は知らなかった。妻だそうだ……って年表に結婚したとも書いてないが。でも子供がいるようだ。で、構成主義ってのがイマイチよく分かってないんだけど、要は簡単な形を並べたって(構成したって)芸術じゃん、ってものかな。

最初の広間にロトチェンコ&ステパーノワの写真と自画像があります。どっちも骨太。ロトのはアレだ、ビュッフェみたいなんだけど額によけいな丸いもんが描いてある。ステのは……うーん、どっかで見たぞ。あれだ、亡き中尊寺ゆつ子が描くお局OLの顔(?)……って書いて何人分かるかな。ホールから部屋に入って、初期からの絵画の流れ。最初はキュビズムっていうか、まあ具体的な物の形を単純化みたいな……あ、抽象化か、していく流れ。特に二部屋目にある。単純形状のコンポジションがいいね。黒い背景の「コンストラクション106番」なんぞ見ていると、カンディンスキーのいいヤツを見ている感じがする(というか、カンディンスキーの絵だと言われればそうかと思っちゃう)。一つ「溶解(平面の分散)」という絵だけがちょっと異彩でいわゆる抽象画(?)っぽい。次のグラフィック(線描画)の部屋では、ステパーノワの人物画がいいぞ、「チャップリン連作」とか「ダンサー」なぞ、見ても楽しい絵になっている。

上の階へ。ホールには得意のポスターが並んでいる。ソ連も最初の頃は芸術的にも最先端を突っ走っていたなあ、と感じるな。スターリンが出てきておかしくなっちゃった。まあ、あのリアリズム系も味はあるんだけどね。最先端って感じはしないよなあ。

部屋に入って、まず、ロトチェンコの建築デザイン……気持は分かるが、なんか建築はやめた方がいいんじゃないか。特に「協会会館 公共施設のデザイン」なんか、こんなゴテゴテしたの建ってほしくないなあ。次の間はデザイン。ロトチェンコの茶器はちょっとこれも落ち着かない。作業服とかもあるよ。ステパーノワの生地デザインはなかなかいい。演劇の部屋。衣装は……なんか作業服とかとみんな同じに見えてきたぞ。次はポスターとか。ロトチェンコは直線や幾何学形状をバリバリ構成。色使いと併せて時代の雰囲気を一人で作ってしまった感じがするね。ステパーノワは手書き文字でやや柔らかめ。あとは写真と空間構成の紹介。写真はいくつか面白いのもあるが、マン・レイなんぞの方が刺激的な感じがするね。空間構成、という麻雀パイがあって、ちょっと面白い。

前に、ワタリウムだったかな、ロトチェンコ展やったけど、あの時より展示が分かりやすくていい感じだ。第2・第4水曜休。6月20日まで。普通に面白いので行ってみよう。

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ユビュ 知られざるルオーの素顔(パナソニック電工汐留ミュージアム)

道化師であれキリスト教であれ、静謐な印象のあるルオーなんだけど(初期は違ったかな)、アフリカンスタイルで荒々しく描いているシリーズがある。それが、画商ヴォラールから依頼された「ユビュおやじの再生」シリーズなんだって。最初の第1章にその完成された版画集が並ぶ。モノクロでパワフル奥が深いそして見慣れたルオーとはひと味違う。「バンブーラ踊り」の裸の黒人ダンスのファニーフェイス、「飛ぶ魚」という妙な生き物、「結婚」などに見る黒人の肉体やら原始文明への憧れ、ルオーは元々フォーヴ(野獣派)……だよな。とすれば原始的なヤツとはウマが合うはずだ。

第2章がまたイケる。「大海源に向かって」「行列」「植民者ユビュ」と並んだ油彩ものは新鮮かつ見事。特に「植民者ユビュ」の太く、荒く、黒い描線に唸るべし……黒人の体を表しているんだよな。「クルトゥール(文化)という野獣」は、妙な生き物みたいな絵だが、むしろタイトルが気になる。あのラヴクラフトが生み出した「クトゥルー」と関係あるのか?

第3章は下絵とかで、これは同じテーマをがんばって何度も描きましたというコーナー。下絵の習作の太線だけザザザっと描いてあるのが見物だが、まあここまで略されると分からんものもある。

第4章は類作とかで、ここで油彩ものもチラホラ。「二人の裸婦」の肢体やら「アフリカの祭り」は、アフリカンテイストがなかなかいい。「ユビュおやじの再生」を元にした油彩もあるが、これはイマイチ。「バンブーラ」とか、いわゆるルオーらしさがパワーを落としている。これは終盤の、割と大きめの油彩もそうで、ルオーの絵として安定した色を持ってはいるが、やはり第2章にあったものが失われている感があるね。

ルオーが少しでも好きなら行ってみなさい。月休6月13日まで。

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