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2010年7月31日 (土)

ブリューゲル版画の世界(Bunkamura ザ・ミュージアム)

夏なんでってことか、ゾクッと涼めるヒエロニムス・ボッス風のモンスターが売りのブリューゲル展、何が面白かったかというとやはりそのボッス風のもの。ボッスの何十年か後に活躍して、ボッスの後継者などとも言われていたそうな。

とにかく寓意画も多いもんで解説が多いし、絵も細かいし版画だから数もある。まともに見たらえらい時間がかかる。各人それぞれじっくり見ようとするもんで、人がなかなか流れない。困ったな。時間が無限にあるヤツはいいけどさ。

会場の内装が凝っている。版画の一部を拡大したのでディスプレイとか(この方がデカくて本物より迫力があったりする)、上からモンスターが糸で吊ってあるとか、見る角度で絵が変わるヤツとか、ちゃんと見てないがアニメーションも作っている。出品リストにクイズも付いていて、多分夏休みの子供向けなんだろうけど、子供にゃちと怖いのでは。いやそれより、版画だから絵が割と小さいんだけど、展示してある高さは大人の目の高さ。子供にゃ見にくいぞきっと。この辺がハズしているぜBunkamura。

で、モンスター群は確かに面白いんだけど、見ているうちにイマイチな感じがしてくるのは、一体ずつが小さいもんで、生物かけあわせキメラ的な造形の面白さはあるんだけど、モンスターの作り込みとしては室より量。やっぱり質感が欲しい。ギーガーのバイオメカノイドやらベクシン廃墟と死体的な感じがほしいな。何彼らは現代だって? いやいや例えばブレイクの、いやいやいやこないだ見た中国の人面犬みたいなヤツラでもいい。一体にそれなりに時間をかけてほしいのう。「こんなんおもろいやろ。ほらこんなぎょうさんおるでぇ」というのは面白いんだけど、だんだん物足りなくなってくるのさ。

有名な「バベルの塔」の版画版があった。ほぼそっくり。となりに別の人のがあったが、やっぱりブリューゲルの方がうまい。

ブリューゲルの描くガレー船がいかにすばらしいかという展示コーナー……あんまり人気無いようだ。まあただの船だからなあ。

後半になるとボッスじゃなくて諺だの教訓だの風俗画だのが多くなり絵的にはそんなに面白くない。もちろん人物群像、表情はいい感じなんだけど。モンスターのが好きだ。そういえば1枚の絵にいくつものことわざを入れ込むのは国芳もやってなかったっけ。

モノクロ版画は図録などとそんなに印象が変わらない……もんで、これ、わざわざ美術館で本物を見る必要があるのか、というミもフタも無いことを考え始めてしまう。まあ内装やアニメーションも楽しめるんで、夏休みにじっくり時間をかけて涼みに行くのにはいいと思うよ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_10_brueghel.html

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2010年7月26日 (月)

誕生! 中国文明展(国立博物館)

今まではノーマークだったが行ってきた。青銅器なら先週、根津でいくつか見ている。

今回の展示は河南つまり黄河のすぐ南が中心。古代から北宋という時代まで。

「殷(いん、ポメラで変換できねえ)」の前に「夏」という王朝があったらしい。その「動物紋飾板」が目玉の一つ。うーんトルコ石とはいうが……紙とプラスティックでできていると言ってもいい印象だなあ。

やはり殷から西周の青銅器がいい感じだ。まだ仏教なんて来ない頃なもんで器そのものに「呪力」を備えようという気概が見える感じ。うむ、これは日本で言う縄文土器のあのパワーに似ているな。春秋時代になり、ど迫力の「鼎(てい、脚が3つある釜)」がある。凹凸が少ないものは、なんか普通の器みたいになってくる。ゴテゴテした楽器の「編鐘」がいい。

前漢時代になって、王の死体を玉で包んだら腐敗しないといういわれで作った玉の板で全身包むヤツが見もの。でも腐敗するよな。あとは後漢の「七層楼閣」がデカくて見ものだけど造形は普通。飲食の器が並んでてウワサの「唐三彩」がある(単に今までオレが知らなかっただけなのだが)。ちなみに唐三彩なら表慶館のアジアンギャラリーでも見ることができる。あと、明の五彩とかも。

後半、まずアクセサリーがあり、次に「神仙の世界」という神面やら神獣が並ぶところ。プリミティブな面のパワーがいいね。「鎮墓獣」の武装人面犬みたいなのもいい。次に仏教が入ってきて……普通の仏像だ。唐時代のデカいのも置いてある。「半跏思惟像(ポメラでまるっきり変換できない)」があるが……あれ「しゆい」か「しい」かどっちだ? 唐の白磁と黒ゆうの器が並ぶ。北宋の三彩の舎利容器。人と動物のコーナー……は普通にうまいだけだが……でも犬のヘンなのはよかった。書画の源流として、石やら竹やらに刻んだもの。漢字がびっしり刻んである石とか。あと棺の石とかも。

あまり混んでないようです。
http://tanjochina.jp/

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2010年7月18日 (日)

いのりのかたち(根津美術館)

企画展として仏教美術を集めたものということで、前回の琳派では、興味があるところ以外は何も見てなかったが、美術検定対策に日本美術史と東洋美術史の本に目を通した後なんで、ひと味違うぜっ……と意気込んで行ったものの、どの分野も奥が深いもんで、本一冊(しかも極めて概要的な)もの読んでから行ったところでてんで歯が立たない。

「展示室1」平安時代の象に乗った普賢菩薩は劣化しててかすれていて、どんな絵かよく分からん。新兵器単眼鏡を使ったところで大きくなるってだけで、かすれたのがハッキリするわけないじゃんねえ。阿弥陀二十五菩薩来迎図は、文字通りのもので「ありがた感」がよい。確かこいつは鎌倉時代に流行ったはずだ。高麗時代の阿弥陀如来像とか、本を見たらば胸に逆卍があるって書いてあったけど、本当にあったよ。どれ見てもある。衣装は赤系でちょっとねっとり感があるようだ。「大日如来像」は平安時代のものにしては劣化してなくて普通に見れる……うーん、しかし何がどうなっているから平安、とか言えないんだよね。言えるようになりたいんだけどな。「愛染妙王像」の赤い体は愛欲だそうです。「金剛界八十一尊曼陀羅」は目玉。見応えあり。人がうじゃうじゃ描いてあるぞ。「五大尊図」はモンスター四匹って感じで好きだ。

「展示室2」は毘沙門天像がよいですね。立体もので結構単眼鏡が活躍。鎌倉時代の仏像は「写実性が高い」と言われているが何がどうだから、というのだろうか。運慶か快慶みたいなヤツか。

「展示室3」というのはホールのこと。常設展。中国の北斉時代の仏像とかあって、ほほー特徴は本の通りですな、と思ったものの、まあそれだけ。あー、でもガンダーラ仏像が一つあったよ。ギリシャローマ風で興味深い。

それより「展示室4」の古代中国の青銅器に驚く。前回はちゃんと見てなかった。紀元前で仏教など入ってくる前のこと、青銅器の表面にゃ妖しい文様がびっしり。メカニックな印象もあるので、何かSF映画に出てくる宇宙船みたいだ。いや、これをみて、「古代中国には宇宙船が飛来していた」とか言うヤツがいてもおかしくないんじゃね。いやでもそう言うなら話は逆だよ。これを見て、あーこんなのが宇宙船だったらカッコイイよなって思って映画に出したのかもしれん。

「展示室5」の大皿。おお、アジアの焼き物は読んだばかりだぜ、と喜んだものの、中国の明時代のが並んでいても、本にでていないような青磁のヤツがあったりして、え? 何がどうなっているの? 状態。これはもう見ただけで時代が分かる、なんてとても無理。

「展示室6」の茶器でもうお手上げ。

前回の琳派かきつばたに比べたらすいている。
http://www.nezu-muse.or.jp/

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2010年7月15日 (木)

たんがんきょう

単眼鏡を買った。要するに双眼鏡じゃなくて片目のヤツ。なぜか? 先日国立博物館の常設に行ったら鎌倉時代やら平安時代の日本絵画が暗くて薄くてしかもガラス越しなもんで、何が描いてあるんだかサッパリ分からなかったのです。今まで、美術鑑賞の単眼鏡ユーザはチラホラ見かけても別に興味は無かったが、こうなると要る、と思った。

なんたらキャメラで購入したが、ガラスケースに入った単眼鏡を見ていると店員が来ておもむろに「美術館で絵を見る場合などは4倍ぐらいでいいですよ」とまさにその通りのことを言うのでやや驚いたのだが、まあ考えてみれば単眼鏡を使おうなんてヤツはその用途が一番多いんじゃなかろうか。スポーツ観戦やバードウォッチングにゃ持って行かないよなあ。

ツァイスというメーカーの、恐ろしく軽くてレンズも高級なのがあったが、さすがに40000近くするので高かった。ニコンも高い。3番目の安いのにしました。それでも7000円近くするのだ。ガンガン活用しなければ。

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2010年7月13日 (火)

ツイッターてんまつ

一応まだ続けている。(以降、専門用語多数) ケータイから見たりしているが、リストごとにタイムラインを並べてみるような器用な真似ができないので、フォローもそうそう増やせない。ただ、増やした方がいいとは思っているので、かなり選んでフォローしている。そんなにガンガンツイートしていなくて、話題も割とまとまっている人、特に美術鑑賞系を追うようにはしている。

そうなると、ツイートする側としても逆のことを考えて、私としては美術鑑賞系のツイートを多くしている。またブログリンクも美術展について書いた時に、@tokyomuseumに投げ込んでいる。話題のジャンルを固めた方がフォローする側にもいいんじゃないかなと思ってね。でもまあ、フォロー数はあまり増えてはいない。

今後もまあ、この方針で行くと思うが。

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わかりにくいほんばかり

これだけ美術鑑賞人口が多いのに、分かりやすい美術史の本というのが少ない。西洋美術史は先の「鑑賞のための西洋美術史入門」がかなりよくできている。日本美術史は有名な「カラー版」というのを読んだが、学者センセイがナチュラルに難解な文章で書いてて困るし、今読んでいる「すぐわかる東洋美術史」も「すぐわかる」というフレコミの割には難解さが抜けていない。まず「である調」でやるとすぐ硬くなるからやめた法がいいと思うんだが。あと、せっかくカラーなのに、文章だけで説明してある部分も相当多いし、何より歴史そのものの話が半分ぐらい。そりゃあ美術史の背景だから重要なんだろうけど、もっとさらっと書けないもんかねえ……

とまあ、いずれ自分がその手の、サルでも分かるようなものを書こうともくろんでいる次第なので、今からいいヤツが出てもちょっと困るのだが。

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2010年7月11日 (日)

ポエケットてんまつ

新作の冊子を24冊持っていって100円で売っていたが、悲しいことに半分も売れん……デキが悪いのか? ……っていうか、3年ぶりのブース参加だったが、ポエケットって、あんなに客いなかったっけ? いつの時点でもブース人口の方が多い。純粋に何か面白いものを探していて、見本誌で発見してブースで買ってくれる、というのが理想形なんだけど、そうして売れたのは1冊だけ。あとはまあ知り合いなのでーというのがほとんど。いずれにしても買って下さった方には熱く熱く御礼申し上げたいです。ひさびさに人前に出ただけに。

いやー、客は一応いたぞ。でも誰それさんと誰それさんと誰それさんが出ているのでこんにちわー……あとの人は知ーらないっていう感じじゃね? いやーそうでもないと思ってはいるが、そうなるとやっぱりこっちのデキが悪いんじゃないかってことになるな。でも、CDを試聴させてくれも今回は誰もいなかったし。

来年は多分出ないか、一度はやりたい食べ物釣り作戦。ビスケットの包み紙はポエムだぞ、とかいうの。あそこ近くにコンビニとか無いじゃん。小腹すいてるヤツ絶対いるぞ……俺がそうだったし。

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2010年7月10日 (土)

シャガール展(東京藝術大学大学美術館)

シャガールだけではなく、ロシアのナターリャ・ゴンチャローワとミハイル・ラリオーノフなども一緒に展示。

最初の部屋は初期。見たことないシャガールすなわちシャガールらしからぬヤツラが集まる。フォーヴみたいなのとか。「父」の白い顔は後の作品にも出てきたと思うが。ゴンチャローワは、当時の最先端を吸収した感じのが並ぶ。「ジャガイモ農園」や「収穫物を運ぶ女たち」はナビ派(ゴーギャン好き)みたいだし「葡萄を搾る足」は、未来派っぽい運動線(?)があり、「婦人と騎手たち」は素朴派(アンリ・ルソーみたいなの)のようだ。ラリオーノフは……ゴッホっぽいと思ったがよく分からん。

次の部屋はパリ時代のシャガールとロシアに残った二人。やっぱりシャガールの「ロシアとロバとその他のものに」が目玉にふさわしくガン!と展示されている。うーん、いい絵だなあ。先週のパルミジャニーノもそうだけど、優れた絵には絶対的な力があると思うんよ。この赤い牝牛の鋭い目つきはどうだ。首が飛んでる強力な印象。ポスターとは迫力も違う。私としては後のラヴラヴ絵画よりもこっちの方がシャガールらしい……と思う。隣の「詩人マジン」も不気味な顔がいい。で、他の人は……うーんキュビズム風にがんばっているが、ガツンとくるのは無いなあ。

3階に行って、ロシアへの帰郷のコーナー。「恋人たち」の絵が2枚。「墓地」の空が微妙にアヴァンギャルドでよい。カンディンスキーの初期かと思ったらそうでもなくて、カンディンスキーらしからぬ抽象じゃない絵が並んでいる。ジャン・ブーニーって人のコンポジションみたいなのが並ぶ。あと変な建築模型みたいなの……誰だっけ。

「魔笛」の舞台美術コーナー。うーん……オペラ見ないからなあ……美術好きはクラシック聞かなきゃとか言われるとケッとか思うが、こういう作品に出くわすと苦しい。とりあえず衣装よりも舞台の方が絵として見れる。

シャガール独自の世界、コーナー。ここでいかにもシャガールらしい、優れた作品が並ぶ。やはり色彩が見事。「家族の顕現」の赤から青への変化、「空飛ぶアトラージュ」のように落ち着いた絵もある。「赤い馬」もいい。「彼女を巡って」の左の逆さ顔の男は妙だ(ベラを失って失意のあとだったようだが)。「村の魂」にも左側に女幽霊みたいなのがいる。無難にこなせば普通にいい感じの絵、なんだけど、こういう妙なモンがあるのがシャガールであり、その原点はあのパリの絵ってわけだなと思う。

シャガールを見慣れてても「ロシアとロバとその他のものに」だけでイケる。月休10月11日まで。

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2010年7月 8日 (木)

むらかみ

現在村上隆の「芸術起業論」を読んでいる。何が書いてあるかというと、要するに世界で成功するには欧米のスタイルでやらなきゃダメだぜ。ちゃんとニーズにあった作品を作ってプレゼンして価値を語るんじゃ、ということ。村上氏はそのための努力をアメリカで、必死に、血のにじむ思いで、激しくやってきて、それで作品が高額で売れた。

こういう話は芸術家や芸術家の卵にゃ重要だろうけど、私は鑑賞者側なのでお気楽である。どういう意図で作られようが自分にとって面白ければ面白いし、つまらなければつまらない。村上氏の、日本美術界に対する怨念と、自らの努力と、思考の果てに生まれたものがアレらだ……アレらかよ! アニメ美少女の誇張した等身大フィギュアの化物より、四谷シモンの人形の方が相当のインパクトがあるし、アニメっぽいパーツを並べた作品も目新しいかというとそうでもない感じだ。でも欧米のアートセレブにゃ「クール」なのだ。なぜかというと村上氏は欧米のアートのあり方を必死に研究し、その結果、あっちでは西洋美術史における立場を明確にしたものしか受け入れられないと分かる。そして村上氏がその西洋美術史の文脈に叩きつけたのが例の「スーパーフラット」で、それは見事に成功した。西洋美術史の文脈を持っていない私ども日本人には、単なるオタクイメージの表面的なパロディにしか見えないのも道理。

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2010年7月 5日 (月)

にほんびじゅつし

先の「日本美術史ハンドブック」を読み進めているものの明治以降は特急という感じか。でも工部美術学校の設立やら、その後の東京美術学校やら東京美術学校騒動(デカい事件だったそうな)っていう学校の流れは初めて知る部分だ。しかし、なんか浮世絵派のその後はほとんど書いてないじゃん……っていうか無視か。絵が載っているのは暁斎だけで、清方や松園、あるいは夢二は名前だけ。深水や華宵は名前すら出てこない。清親はどうした? 芳年はいないのか? ……とまあ、1冊で歴史全部を解説するような本だから、他の部分でも「誰それがいない」とかあるんだろうけどさ。

美術検定のサイトがあり、オンラインのサマースクールがあるらしい。ほほーと思ってみてみたら、例題「絵画『モナ・リザ』を描いた15世紀イタリアの画家は、次のうちのだれでしょうか。1.ミケランジェロ 2.レオナルド・ダ・ヴィンチ 3.ゴッホ」……いくらなんでも、こんなん間違えるヤツいるのか? これが4級レベルだそうだ。絶対受けない。落ちたらあまりにみっともないじゃん。

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2010年7月 4日 (日)

カポディモンテ美術館展(西洋美術館)

ルネサンスからバロックまで。西洋美術史の本を片手に見るなんてお勉強ですかい……えええもう好きなもんだけボケーと見ている時代は終わったのだ。

さて冒頭からマニエリスムなヤツラが炸裂。要するに「ちょっとヘンなんじゃないか」みたいな。ブロンヅィーノの「貴婦人の肖像」この首、この顔。だうどう。建築家でもあったらしいヴァザーリの「キリストの復活」はファンキーだ。復活したキリストがVサイン出して踊っているように見える……しかし下に倒れている連中はなんなんだ? グレコの「ろうそくをともす少年」はグレコにしちゃ普通。ちなみにグレコは個性が強いので「マニエリスムの画家」ってだけでおさまらんと思うが。

しかし圧巻は目玉品パルミジャニーノ「貴婦人の肖像(アンテア)」。うぉっっ……と思わず唸っちゃう。細密にして美女にして何か言いたげな表情と、腕のアンバランスがただならぬ雰囲気。見ていると息苦しくなるような緊張感。うむっ、こりゃすげーぞ。パルミジャニーノってのはマニエリスムでもインテリにしか分からん謎かけ的な寓意表現を得意としたんだってさ(本による)。まあ鈴木春信の見立て絵みたいなもんか。とはいえ、この絵の年代はマニエリスム前なので、本番はこれからか。しかし、このくらい抑えている方が強力でもある。そうそう、この絵はぜひ真正面で見るといい……いや、見るべきじゃ。真正面で対峙し、美女にヤラれるべきである。脇から見るなよ。

ヴェネツィア派(いきなり色彩で描くんだと)のティツァーノ「マグダラのマリア」これも有名な絵で傑作なんだけど、先のパルミジャニーノに比べるとユルく見えてしまう。そういえば、前に見た「ウルビーノのヴィーナス」もユルめだった気がするな。

次はバロック。イタリアンバロックはカラッチとカラヴァッジョが2大巨匠で、今回はカラッチが2つ。うーん、しかし、この人のバロックってなんなんだ? カラヴァッジョやルーベンスみたいなヤツったらまあ「あんな感じ」だが……うーん、マニエリスムで妙なことをやりすぎたので、表現はともかく言いたいことを少し整理しようぜってことかねえ。でもこの時代っていろんな画家が出たもので、様式で一くくりにゃできんでしょう。今回はグイド・レーニの「アタランテとヒッポメネス」が目を惹く。シンプルで人体躍動で普遍的にしてなんとなく近代的印象もあるね。スケドーニのキューピッドは普通にかわいい(最近知ったがキューピッドと天使は違うんだぞ)。パダロッキオの肖像はいかにもバロック……だよな。この訴えと、光と陰。

次は素描……ごめん、パス。

ナポリのバロック絵画。こっちのコーナーの方がいかにもイタリアンバロックで、ジェンティレスキの「ユディトとホロフェルネス」の、女が野郎の首を切り落とす絵なんてカラヴァッジョかと思った。画家は女性で、これ描く前に暴行受けてたんだと。こりゃ復習の絵みたいなの。あと、グァリーノの「聖アガタ」は殉教の女性なんだけど、乳房を切り取られる瞬間……って刃物刺さってんじゃん。でも顔が平然としてんじゃん。痛いな。絵は普通だ。あと、ストーメルがろうそくの火で照らすとかいう絵を描いている。フランスのジョルジュ・ラトゥールほど光オタではないようだが。ラトゥールはカラヴァッジョよりこっちの影響を受けてるんじゃないか……って感じ。

あとは17世紀ナポリの絵画なんだが……あまり大した絵がない。光と陰とインパクトのある宗教的訴えというイタリアンバロックがデキ上がってしまい、そこから先に進めなくなった感じ。「聖アガタ」がまたあるし(乳房を切られた後、布を当てて平然としている。でも痛い)、「ユディト」もあってこれが首を切り落とした後のヤツ(うえええ生々しいぞ)。ヘンに繋がる展示かな。それにしても子供連れもいたが大丈夫か?

今回地下展示室が使われなかった。

とにかくパルミジャニーノだけでイケる。かなり大判のチラシも出回っているが、本物の迫力は全く違うぞ。行って正面から見よ。

月休9月24日まで。

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屏風の世界(出光美術館)

近頃日本美術史の本を(今になってやっと)目を通したので、日本の歴史的大画面絵である屏風が見れるのは嬉しい。

日本美術は中国の影響を相当受けているが、中国とは違う絵の表現として、「やまと絵」と呼ばれるのがあるんだけど、その屏風が2つ出ている。一つが土佐光信で、えーと、土佐派ってやまと絵系なのか? 宮廷の絵所預なんだってさ。とはいえやまと絵ってえのは水墨には無い落ち着いた色合いでも、なんかのっぺりした印象がある。シャキっとせんなあ。ちなみに中国風の表現は「唐絵」な。

狩野派は室町時代に出てきたが、永徳が武将好みの巨木を描きまくるまでは水墨中心だった。というか狩野派ってのは、水墨とやまと絵を融合したんだって……って、まだ本の知識だから実感なーい。うん、永徳が見たかったな。今回出ているのは狩野派初代の正信に次ぐ2番手で登場した元信で。水墨の鳥瞰が見事キマっている。あと水墨では雪舟があり、太めの墨線でガシガシ描いている。

岩佐又兵衛が2つ見れるのは嬉しい。一つはいかにも元祖浮世絵で、濃ゆいデカい顔の連中が登場。もう一つの三十六歌仙は意外や洗練されたデザインで驚く。

桃山時代に大流行したという「南蛮屏風」が一つ。外国の船だゾ、という絵。

一番仰天したのが「世界地図・万国人物図屏風」ほんとに世界地図(古いから不正確。しかも地図帳のあの色合い)うわあ、屏風に似合わねえ~ 落ち着かねえ~

クライマックスが江戸名所図屏風。山ほど人が描かれているが、この辺でもう疲れちゃったのでおしまい。

月休7月25日まで。

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2010年7月 3日 (土)

いきながらえて

2年ばかり出ていなかったポエケットに出ることにした(詩のコミケ。規模は大きくない)。

なぜ出るのか? 最近詩をチラホラ書いたのと、「縦打ちホッチキス」の存在を知ったからです。この「ホッチくる」があれば、ちょっとした冊子が簡単にできるではないか。

というわけで、9編の詩が入った「いきながらえて」というミニ詩集をひっさげてひさびさに人前に登場。この詩集の詩は全てひらがなです。なぜか? 理由はちゃんとある。文章や言葉の輪郭を曖昧にして面白がるのだ。ここは何の漢字かな、こっちかな、いやこっちでもいいんじゃないか……ってなもんです。

もちろん今までのCDとか、「モテる美術鑑賞」とかもちょっと持ってきます。出るんだから買ってね。

……にしても、この「ホッチくる」。思い通りの場所に正確に打ち込むのは結構難しい。冊子の背なんてちょっとずれたら変になっちゃうのだよ。詩集は24冊できたが、それ以外に2級品が6冊ぐらい発生した。これは近所に配るかのう。

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りんぱ

今読んでいるのは「日本美術史ハンドブック」という本なんだけど、その中に玉蟲敏子というひとの琳派のコラムがあり、目からウロコった。「琳派」と呼ばれるようになったのは大正頃からで、宗達、光琳、抱一が時代を超えて築いているといわれるが、それはたまたま三人が「風神雷神図屏風」を書いているからで、実際は同時代の横の結びつきの方が強いのだ、という。うむ、そうだな。

確かに宗達と光琳と抱一の良さは全部違うではないか。「風神雷神図」のつながりが琳派の象徴だとしたら、宗達の「風神雷神図」だけがあまりに傑作で、あとの二人の(実際は其一のもあるが)のイマイチっぷりはどうも「象徴」には相応しくないデキだ。特に抱一のは、光琳のを見て描いたらしいが、抱一のよさがまるで無いという、わたしゃかねてよりあれは駄作だと思ってたんよ。そう、実際「琳派」なんてもんは、そう明確にあるもんじゃなかったのだ。影響はある程度受けてるとしても三人三様にやってきたということではないか。

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