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2010年9月25日 (土)

稲垣仲静・稔次郎兄弟展(練馬区立美術館)

急に寒くなって体調ガタガタ。なんとなく評判なので行ってみた。ここの美術館は駅から近いし割とすいてるし穴場なのだ。

兄の仲静は25歳で亡くなった日本画家、弟稔次郎は染物(型絵染ですって)の人間国宝だそうです。1階は仲静、普通だなと思ったらなんとまあ、スケッチの描写力にまず驚く。「雉」や「籠」の正確で細かいこと。うーん、あれだ、高島野十郎系かな。あとは枯れた植木や花や死んだ鳥とか、決してキレイキレイではないものを、正確無比に描き、その生命の名残を残そうという感じか。鶏頭(花ね)の描写、「軍鶏」のモンスター的迫力がイケる。写実ではなくデフォルメしているが「猫」には独特の妖しさがある。あと「三羽の鷺」もいいぞ。

2階は弟稔次郎から。染め物なんでややアウェーだ。型染めの「梅の図屏風」はやや琳派が入っている……っていうか琳派作品が元ネタか。「型絵染野草笹匹田着物模様」や「もみじと秋草模様着物」などもいいですな。模様の分け方がセンスありありですな。しかし「虎」が面白い。なんとなくアフリカンに見えるじゃん。「野草村落模様着物」の漆色(?)もいいね。

2階後半はまず稔次郎の版画作品から。うむ、悪くはないがこれは普通。それから兄仲静も再登場「鶏頭」が兄弟+ゲストで並ぶ。ここでも仲静の暗い写実描写が冴えている。兄強し。あと兄の自画像とか人物画が並ぶ。兄描く「太夫」。うむ京都だなと言わせる正攻法デカダンデロリンガールの登場。あの、ほれあいつみたいなの誰だっけ……と思っていたら。そのあいつこと甲斐庄楠音が2枚ゲストで出ている。デロリンではない普通の裸婦だ。おお君の絵に逢えるといつだって嬉しいぜ。普通ながら左側のは太めでボリュームありありで艶めかしい。ルノワールも太目が好きならこういうのを描きゃよかったなあ。あとゲスト木村斯光って人の女性像がうえええデロロロロン。それから兄のスケッチいろいろ、なんだ風景スケッチかと思って油断していると「深淵」とか「夜桜」とか深いヤツを見逃しちゃうから最後まで油断できない。

それにしても、ここでもポメラ使用を止められた。ノートパソコンと間違えておるのじゃ。光も電波も出さないってのに。バックライトがあるから干渉の邪魔あるいは作品保存上よろしくないってんなら分かるけどさ。監視員にゃバックライトの有無を判断基準にしろなんて指示は出てないだろうなあ……
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/

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2010年9月20日 (月)

ウフィツィ美術館自画像コレクション(損保ジャパン)

おなじみフィレンツェ、ウフィツィ美術館の「ヴァザーリの回廊」には自画像がずらっと並んでいるそうな(遙か昔に行ったはずだが回廊なんか行ったかな)。美術館ではずっと自画像コレクションをやっているそうで、最近じゃ寄贈キャンペーンもやっていたらしい。ヴァザールといやあルネサンス期の美術家列伝を書いた人ですな(試験に出る)。

作品いろいろ。ヴェネツィア派ティントレットの娘ティントレッタの自画像。どってことないが、腕の太いのとか見てると、なんか有元利夫みたいだなあ、と。次、ベルニーニ、バロックと言えばこの人で、明暗の何とも分かりやすい個性の自画像。対して巨匠レンブラントは暗く渋く深い。

ヴィジェ=ル・ブラン、今回の目玉。マリーアントワネットの数々の肖像を描いた美貌の女流画家の最も有名な絵であり自画像がやってきたぜっ! 画像やポスターで見るとすっげー若い美人だと思うけど(ちなみにこの絵35歳ですって)、実物と対面したところ意外と「年相応」に見える。もっと言っちゃうと、髪も白髪っぽく見える。いや、もちろん美人ですけどね。ほんのわずか頬がたるんでる感じがするんです。画像とかでは分からんよ。うん、そうか、ル・ブランは思い切り美化して描いたわけじゃないんだなあと思った次第。

おなじみアングルの自画像はピカソみたいな貫禄と風格。フィリッポ・バルビの絵で、バルビが国芳の「人が集まって人になる」みたいなのを描いている。解説には「浮世絵の寄せ絵を思わせる」となっているが、はてこの手を描いたのは国芳だけだったと思うが。

「死の島」でおなじみのベックリン(を息子が描いた)、レイトンの自画像ときて、いやそれよりウォルター・クレインって凄い格好だな。絵筆を持っているが思い切り正装じゃないか。こんなんで絵が描けるか。あ、そういえばマグリットって背広で書いてたんだっけ?

アンソール、ドニときてエリザベートシャブラン17歳うふふ。イタリア未来派のルイージ・ルッソロのちょい前衛な自画像。彼は騒音楽器「イントナルモーリ」の考案者だって。おお今は無きセゾン美術館で聴いたぜ本物。ジャコモ・バッラも有名な未来派。でも自画像は普通。カルロ・カッラも同様。なんだ未来派、もっとトンがってほしいな。

デ・キリコやフジタの自画像。それよりウンベルト・ブルネレスキの自画像がカッコよすぎる。この年にして、鮮やかな水色のガウンがイカす……ってそのしたYシャツとネクタイだな。あとシャガール。そして現代になってオルブライトの顔が怖すぎる。それからこのたび日本人から3人寄贈。草間弥生。あの草間があの雰囲気のまま自画像になっている(イラストみたいな顔ではあるが)。すげえ。キメエ。隣の横尾忠則は中央に立体の顔……どうもやっぱり横尾は肌に合わん。杉本博司も光るめがねが見事。

年間計画のようなものが貼ってあったが、今回のは「ヴァザーリの回廊展」となっていた。ほほー、より集客できそうな名前に変えたのかな。
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

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2010年9月19日 (日)

そして10年

で、何をしてきたかというと、例えば当時生まれて初めて読んだものの一つを読むとか、最新の冊子である「いきながらえて」からの朗読とか、用意は一応したのだが、結局即興一本勝負となった。なぜそうしたかと言うと大した理由じゃなくて、外人の客のグループがうるさかったのです。そりゃ外人にとっちゃ日本語での朗読イベントなんて雑音かもしれないけどさ。もうちっと小声でしゃべってほしいよな。そんなわけで、テンションにおいて外人どもに押されるわけにはいかないので、こっちも押し返すべく即興を選んだ次第です。後半のまったり時間に指名されたらまた違っていたと思う。

さて観客からのタイトル「キャタピラー」…うん、例の映画ですな。でも私は見ていない。だから、というか詠んだものはかの映画のテーマである戦争とは関何の係ないものになったが、まあそれもまた即興。ひさびさだったが、まあどうにかまとまったでしょう。

10年前、2000年9月に初めて朗読に手を出したが、11月には既に即興に手を出している。当時、即興こそが最高のポエトリーのパフォーマンスだと信じていたが、今はそんなこともない。達人稀月真皓女史の言うところの「即興は飛び道具」というのが一番的を射ている。

それより主催の服部剛氏が昨日入籍していた、というニュースにゃ驚いた。あとアウトノ宮氏(そういえば今もそう名乗っているのだろうか)にひさびさに再会したのだが、「モテ美」を読み続けていてくれたのは嬉しかった。

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2010年9月18日 (土)

明日はひさびさにイベント

今年はほとんど人前に立っていないのですが、明日、ひさびさに高田馬場Ben's Cafeのオープンマイクに参加予定。

そう、あれは今からちょうど10年前。2000年の9月第3日曜日、その他ならぬBen's Cafeにて人前で初めて詩の声を放ったのであった。おお10周年! それまで独り黙々と小説だの詩だのを書いてパソ通をやり、アパートでの騒音に悩まされ不眠症と軽鬱になり引越しをして、自分が生きている感覚を取り戻すために必死で人前に出て、かつてない緊張を乗り越えたあの日を境に人生は一気に別方向に動き始めたのであった。おお、その記念に再びあの場に立とうではないか。

さて何をしようかな……

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上村松園展(東京国立近代美術館)

仕事帰りに駆け込む。よくこれだけ集めてきたな、というくらい山ほど松園が見れる。若い頃から晩年までの流れが分かって、私の印象である「松園=情念」はその一部に過ぎないのであった。

それにしても17歳ぐらいでほぼ完全な描写力を持っているのは驚く。これが20歳の絵かよ、というぐらいすげー。「義貞勾当内侍を視る」の複雑な構図のまとめ方、「一家団欒」の孫をあやすじいちゃんの姿は、とても若描きという感じじゃない。

美人画も20代30代の頃は、男が引いちゃう情念系(?)なんてやる前で、すっきりした感じのキレイなものを描いている。「花見」「長夜」「花」などはもう完璧だ。「よそおい」なんぞも鏑木清方がこんなの描きて~と叫びそうな絵だ。いや、それより「楚蓮香」という中国美女の直球ド真ん中みたいな美人画は凄いではないか。ただまあ、こんなのばかり描いてたらきっと飽き足りなくなる(というか「完璧」というのはまあ「人形っぽい」というもんでもあるな)。そこで出たのが「花がたみ」や「焔」という情念噴出ものであろう。この手は一時的みたいだけど(調べたらこの2枚だけかもしれんのだが)、でも、やはり松園の松園たるゆえんのところは、こういう感じかなあと思ってしまう。完璧な美人画なら勝川春章だって描いているし、後半の感情表現を抑えたものなると、どうしても伊東深水と比較してしまうのだ。いやいやいや、そうは言っても、そこは後半の円熟期、深水にゃ描けそうもないのもあるぞ。「草紙洗小町」……はまあ分かりやすいな。「天保歌妓」はどうだ。このさりげなく美人だけど、ちょっと血の通った感じは男が描くものとはひと味違う……と思う。

終盤になると安定しちゃって、どれがいいとか、そういう感じじゃないんだけど、でも「初夏の夕」だけ印象が若々しいな。

前期後期あって、後期にゃおなじみ藝大所蔵の「序の舞」が出る。ただ、展示室に高さがちょっと足りないんだよね。今回も「草紙洗小町」はちょっと苦しかったし、多分「序の舞」もキツいぞ。しかしともあれ混まないうちに行った方がいいと思う。
http://shoen.exhn.jp/

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2010年9月12日 (日)

三菱が夢見た美術館(三菱一号館美術館)

この企画は、こんな美術館にこんなの置きたかったんだぞ的なもので、何か大作とか超目玉とかがあるわけではない。三菱の自分とこのコレクションでがんばる企画なのです。最初にコンドルの「丸の内美術館」計画の図面があります。

第一章、三菱のコレクション:日本の近代美術。山本芳翠の洋風日本画という感じのが3枚。確か工部美術学校だよな、ええとフォンタネージ門下で黒田清輝より前に五姓田義松と同じくパリに行った第一期の留学生ですって。次の黒田清輝もさすがおフランス仕込み。裸体婦人像は顔と髪型以外を見なけりゃフランス絵画だ。工部美術学校の浅井忠もあり。ただまあ、当時はヨーロッパに激しく追いつけという姿勢だったもんで、今の、洋画特に印象派を見慣れた目にはどってことない絵ととも言えますな。でも岸田劉生の「童女像(麗子花持てる)」あたりになるとやっと際立った個性が出てくる感じ。児島善三郎はフォーヴ風。ニッポンフォーヴの梅原龍三郎の「霧島」はちょっと地味だな。

第二章「岩崎家と文化:静嘉堂」チラシで見てたぜ見れるぜ国宝曜変天目! ……と思ったら曜変天目は9月6日までの展示だってよ。そのかわり井戸茶碗があった。そうだ。これがウワサの「井戸」か。全部で何点確認とかいう数少ないものだ。貴重だ。名前も写真も知ってるぜ(試験勉強で)。でも何がいいかイマイチ分からんちん。ごめん。やっぱ曜変天目見てえなあ。これは9月25日から静嘉堂文庫で展示ですって。

第三章「岩崎家と文化:東洋文庫」で一気につまらなくなる。いや、もちろん「東方見聞録」とか「ターヘルアナトミア」とか「解体新書」とかその書物の存在、おお、これが実物かというのは面白いんだが、その開いた1ページだけ見て面白いってもんじゃないし。あと昔の地図とかもあるよ。

2階に降りて、日本郵船とキリンビールのレトロポスターが並ぶ。「冬飲むビール キリンスタウト」ほほー当時から冬ビール企画があったのね。

このままじゃヴィジュアル的になんだから、最後にゃ派手に洋画コレクション。ミレーやドガ、シスレー、ピサロの小ぶりちゃんが並ぶ。100mlだけど発泡酒じゃなくてビールだよ、みたいな絵。ルノワールの「麦わら帽子の若い娘」なぞも小品ながらなかなかよい。あとルノワールでは最晩年「パリスの審判」がある。いかにも最晩年の裸婦で、どうも私的には好みじゃないんだけどね。手前にその絵の、梅原の模写があるんだけど、バリバリ梅原流で模写というかアレンジだよね。あと、モネがあってこれはまずまず。しかしどこにでもありますなモネは。あとはルオーとかシャガールとか。最後にまた美術館の話。

展示替えが多いので、ここに書いたことで今後見れないものもあるかも。ここの記述は少なくとも9月26日までは有効。それにしてもこの美術館、無駄に歩く距離が長い。建物の雰囲気はいいんだけどね、この手は庭園美術館の方が無駄無くまとまっている。新築なのにほとんどリノベーション(本来の施設から転用して美術館としたもの)だもんなあ……
http://mimt.jp/

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2010年9月11日 (土)

陰影礼賛(国立新美術館)

人がずいぶんおるなあ、と思っていたら、工藤静香の二科展に行く人らしく、こっちはえれえすいている。そうそうマン・レイもまだやってるね。

美術館の名品って去年やんなかったっけと言っているアナタ、去年のは公立美術館、今回のは国立美術館で国内に5つしかないのです。その5つから集めて展示。時代も様々で写真もある。

入るといきなり写真です。ううむ、アウェーだ。それで絵はまず近代洋画安井曽太郎「ポーズせるモデル」うむむむ、古きよき日本娘のヌードだな。太めだ。有名どころでクールベさんの「静物」と「もの思うジプシー女」があるけどイマイチだな。国立美術館はもっとズガッとクるクールベさんを持っていないのか? 西美にあったじゃん……って、そうか陰影礼賛だもん何でもいいわけじゃなよ。モランディの「静物」もあるが、色のないバリバリストイックではなく、多少色が付いているもの。印藤真楯という人の「夜桜」これどこかの教科書で見たな。浅井忠も、えーと、黒田君と一緒にフランス行った人だっけ? いや違う。うむ、調べたら二人とも工部美術学校フォンタネージ組だ。浅井が行ったのは黒田のあとらしい。次、平山郁夫「入涅槃幻想」うむ、これは今回の展示のコンセプトに似合う、陰で人を表す優れもの。なんだうまいじゃないか平山。

ゴヤの版画があるが、もっと見たいよ。黒田清輝「落葉」、おおこれも教科書系。日本に帰った後だよね。普通の印象派みたいな絵だ。浅原清隆「郷愁」は私好みの具象幻想絵画。青い色が冴えている。隣の浜田浜雄「ユパス」……思いっ切り「ダリ」。おおダリがあるぞと思っちまったよ。甲斐庄楠音「幻覚」うひゃあ、あいかわらずキてるぜ甲斐庄! 脚と、足を照らす妖しい緑の光がいいね。北脇昇の代表作「クォ・ヴァディス」に何度目かの再会。でも北脇なら「明暗三裸婦」の方が新鮮。

陰や影が特徴の写真がずらっとある。ロトチェンコあたりはホームな感じがするが、あとはアウェーだな(要するによく知らない)。でも宮本隆司の廃墟の写真、畠山直哉の「アンダーグラウンド」は面白い。まさに都会の「陰」だね。

デュシャンのレディメイドがライティングで影が出るように演出されている。そういえば最近村上隆が、ヴェルサイユ宮殿で展示をするんで保守派にヒンシュクを買っているようだが、村上のしていることはデュシャンとそんなに変わらないと思うよ。嫌いな人にゃ不本意だろうが、美術の教科書に名が残るだろうし、死んでも価値は下がらないだろう。現代美術はえてして、そのものの技術的デキではなく、コンセプトが価値だからだ。欧米美術世界に対するプレゼンをちゃんとやったから価値が生まれたのだ(と、本に書いてあった)。美術は最初にやったもん勝ち。あとから、村上の等身大フィギュアはデキが悪いったって、そんなのはあまり意味は無い。デュシャンの「泉」に対して、「こっちの便器を使った方が形が面白いぞ」と言っているようなものだ。「オタクやフィギュア・ファンへの愛がない」ったってあるわけ無いじゃないか。ピカソの「ゲルニカ」にも岡本太郎の「明日の神話」にも、被害者への愛は無かろう。ウォーホルの作品にマリリン・モンローファンに対する愛など無い。芸術家そして芸術鑑賞者ってのは残酷なのだ。

さておき、高松次郎の「影」はきわめてよく計算されたバーチャルリアリティな感じがいい。設計図的な習作もあるぞ。あと杉本博の「数学的形態」の1枚。無駄もなく見事にキマっている写真。このぐらいだとオレにも分かる。それからウォーホルやリキテンスタインがあり、最後はクシシュトフ・ヴォディチコって人のインスタレーション「もし不審なものを見かけたら」これは暗い部屋の壁面に擦りガラスの映像を映して、その向こうが見えるというもの。単純にだまし画像みたいで面白いぞ。

http://www.nact.jp/exhibition_special/2010/shadows/index.html

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2010年9月 6日 (月)

有元利夫展 天空の音楽(東京都庭園美術館)

最終日に駆け込んだ。目黒駅からの道中暑苦しく、水分補修をしながら行くも、中に入った温度差でふらつき気味で、もうヤバいぜこの気候。ちなみに「目黒のさんま祭り」を開催中で、なんかそこらじゅうで長蛇の列。「目黒のさんま」の落語と、焼きさんまをもらえる列のようだったが、この暑さで長時間並び続けてまでもらうもんか。

そのせいか会場もそこそこ混んでいた。なぜ有元の絵はああいう感じなのか、という秘密が分かっちゃう解説。でも見ても分かる。時間が経って剥落したフレスコ画の風格に影響を受けた、顔料を使ったマチエールがその全てと言っていい、まさに音楽にたとえるなら静寂に似合う雅な旋律って感じか。

画面内の人物はほとんど大抵女性が一人だけ出てくる。ガタイがデカくて、とにかく色気がない。胸とかお尻がデカいわけじゃなくて、腕がまず太いのだ。そして体全体もデカい。この色気のなさは何か? いやこれはもうグラマー美女だったら、雅な旋律に、いきなり熱いロックを流すようなもんではなかろうか。そういえば脚もロングスカートで隠れている。解説では「何をしているか分かっちゃうから」となっていたが、実は「セクシーな脚線美が出たらじゃまだから」じゃないのかなオホホ。あと一人なのも二人以上の場合の「ドラマ(関係)がじゃま」だからです。

ふと私はゴーギャンに似てるなと思った。ぜんぜん違うじゃねーかと言うかもしれんが、ゴーギャンも古いステンドグラスの、あの風格を出したかったんじゃなかったっけ。そこで太い縁取りのある「クロワゾニスム」が生まれた。そしてだね、ゴーギャンのタヒチ女も裸だけどなーんか色っぽくないと思いませんか? 私が日本人だからかな?

各作品、入口ホールにあるのはいずれも有名な名品。「花降る日」のはげ落ちっぷりはまさに予定通り。「テアトルの道」は珍しく脚を出したヌードで階段を下りている。しかしこの人物、まるで人形って感じだ。初期の「運動する人」は、まだ人物の主張が強い。「花吹」の女性は変に太くない普通の女性像で、いい感じなんだけどこの後も人物画このままだったら、ここまで有名にはならなかったんじゃないかと思える。

2階のホールにある「雲を創る人」や「雲のフーガ」は、空を背景に空の絵を持つという、ちょっとマグリットなんだけど、マグリットの影響ではないだろうなあ。様式を重視した有元は、雲が浮かぶ空も様式。ついでに「一人の夜」やら「花降る森」といった夜ものがいい感じで、夜に浮かぶ木々の枝までも様式美を持っている。「一人の夜」は代表的傑作と言っていいぞ。

小学生の時のゴッホの影響で絵を始めたんだって。

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