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2010年10月24日 (日)

超驚愕現代アート展(森アーツセンターギャラリー)

ブリキのおもちゃコレクターでおなじみの北原照久による現代美術コレクション、なのだがある種の共通属性がある。うん、そうだねえ、子供の頃、初めて出会ったおもちゃから受けた驚きを、大人になっても味わえるもの、という感じかな。分かりやすい造形ものがほとんどで、平面作品は少ない。

最初の方、山下真一の精巧な美少女フィギュアがかなりのテクニックで、これは驚きもの。大きさはリカちゃん人形程度なのだが精巧にして精密。ロボットを想定してて顔が開いて内部メカを見せたりしてるのもあるが、何しろ皮膚に浮き出た血管まで再現されている。ほとんど裸体。少女人形は球体関節しか知らんって人にも見てほしい。量もかなりある。少女ではないが和風のもある。ポスターにもなっているがやはり実物がいい。

有名どころで奈良、村上作品もあるが、まあ、おまけ程度。空山はセクシーロボ路線じゃないイラストが1枚。石坂浩二が意外とというか今回の中で一番アートっぽいのが不思議だ。荒木博志というロボ造形(?の人の関連でジョン・レノンの「イマジン」が延々繰り返し流れているが少々ウザい。絵画系はあとで出てくる横尾忠則っぽいのが多い。私は好みじゃないのだが。

次の部屋で山本高樹という人のレトロな町の模型。ゴールデン街、銀座、有楽町ガード下など。それから堀哲朗という人の精巧なドールハウスが並ぶ。これらは、ああこういうの作ってみてえなあ、という誰にでも分かりやすい魅力がある。

絵画では松井えり菜という人の、2つの顔がくっついたものとか(ややキモい)、柳生忠平という人の妖怪ものとか。岡本博の普通の顔イラストとか。フィギュアや模型などの造形系とはちょっとコレクションの毛並みが違う感じ。

鴨沢祐仁という人のイラストなどの作品。ガロ出身で故人だそうだ。ガロ風味(?)で普通のCMなども手がけていたので、その映像。それから横尾のポスターずらずら。北原氏は大いに尊敬しているそうな。それからアンクルトリスでおなじみの柳原良平は船の絵も描いているそうで、初めて見た。うん、なんか普通だ。武藤政彦の自動人形ステージ「ムットーニ」は動いていてナンボなもんで(見たことあるよん)、置いてあるだけでは何だか分からん。

「現代アート」の展示といっても職人的手わざで魅せるのと、横尾風の視覚的インパクト作品が多いので、コンセプチュアルな現代美術を見ている身には少々物足りないかもしれない。私とて手わざは大事だと思うんだけど、それだけでは面白さは今一つなんだよね。何かその手わざで誰もやらなかった、普通でないことをやってほしいというわけだ。
http://www.roppongihills.com/art/macg/events/2010/10/macg_kitaharateruhisa.html

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2010年10月22日 (金)

ゴッホ展 -こうして私はゴッホになった-(国立新美術館)

ゴッホがいかにしてああなったかが分かる企画……というかやっぱりいわゆるゴッホ展。平日午前に行ったが当然のように混んでいる。ゴッホ展の常としてネコもシャクシも来るので、シロートは前半の大量の素描を一生懸命見てしまい、後半から終盤の、いわばゴッホの一番面白いところで疲れちゃう、というのがあるんです。素描なんぞ適当に流しておきなさい。

最初にある「秋のポプラ並木」と「曇り空の下の積み藁」の対比が面白い。並木はシンメトリーで色も落ち着いた、言うなればゴッホらしからぬ色。対して積み藁はいかにも「ゴッホ」でオレ好みの派手な(というか明るい)厚塗り。横に倒しても抽象画として通用する表現だ。そして感じたのは「絵」というよりゴッホ作品という「もの」なのだなあ。当然「積み藁」の方が後なんだけど10年も違わないんだって。

他の画家で有名どころもチラホラ展示。クールベさんとかあるから見てあげてね。

前半は素描が多いながら、静物や肖像など油彩もいくつか。ドラクロワから色彩を学んだそうで。なるほど当初はミレーのような農民のテーマをドラクロワの暗くもドラマチックな色彩でやりたかったのかーと思った。

パリに行ってからいわゆる「ゴッホらしく」なってくる。印象派の影響で画面が明るくなる。「セーヌの岸辺」はまだシスレーと言われてもそんな感じのもんだが、「ヒバリの飛び立つ麦畑」など、ゴッホらしい「もの」存在がこのあたりから出てくるぞ。それから花などの静物がいくつか。ファンタン・ラトゥールが静物の達人ってのは初めて知った。ゴッホの静物では全部が黄色い「マルメロ、檸檬、梨、葡萄」がいいね。しばらく行ってポスターにもなっている「灰色のフェルト帽の自画像」。うーん……イマイチ感があるのは退色しているせいか、あるいはちょっと冷静分析的に描いているせいか。その隣にゃ理論派の、つまり丁寧な分析的点描「新印象主義」のスーラとかシニャックがあるのだが。

それからおなじみ「アルルの寝室」……うーん、どこかで何度も見た気がする。今回、その部屋の実物が再現されていて、企画としては面白いんだが美術鑑賞的にはどうだろうねえ、というのも、ちょうどこの時代あたりから「絵画には絵画世界というものがある」というのに気づいて、ゴーギャン、セザンヌから後に抽象画のような世界に進んでいくわけだから、明らかに絵画世界持つゴッホ作品に対し、こうして必要以上に現実風景に結びつけちゃうのはいかがなものか。まーシロートにゃかんけーねーか(偉そうでナンだが。ゴッホ展は特にミーハーが多い感じでね)

それからお待ちかねゴッホの油彩ズラズラ。裏返った蟹さんいいよな。「種まく人」の浮世絵の雰囲気を真似たのは、やはり広重あたりにゃとてもかなわない。浮世絵も並んでいたが、ぜひ「梅屋敷」あたりを持ってきてほしかった。

最後の方はやはり、傑作が多い晩年の油彩(でも短期間で大量に描いたのよ)。ずらっと並んでおるので、ここでの体力を残しておけよ。うーん、ずらっと……といっても気に入ったのは「渓谷の小道」と「アイリス」だけだな。渓谷の線描はセクシーだ……なーんつって、でも、ふと思ったが、このころのゴッホの描線には性的なテンションがあると思いませんかね。ビョーキかつビンボーだったし性格もアレだから、モテなかったと思うし。アイリスは退色してるらしいが、それでも黄色との対比がイカす。

場内はかなり混んでいたが、平井堅の歌が流れている部屋だけには誰もいなかったグプププ。やっぱり合わねえよ平井堅は。ゴッホにゃパンクが似合うと思うぞ。
http://www.gogh-ten.jp/index.html

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2010年10月17日 (日)

円山応挙 -空間の創造-(三井記念美術館)

ううむ、あらためてうまいな応挙。江戸時代の平面的な絵から一歩抜け出た立体感、それでいて画題や画風はビシッと日本画だ。

最初に遠近法にこだわった眼鏡絵の展示。版画かと思ったら一枚ものですって。それにしても我が司馬江漢よりも自然ではないか。眼鏡絵の性質かもしれないが、江漢のはパースがキツすぎるのだ。

応挙の言葉があり、風景は「三遠」を考えろと。解説によれば三遠の法って3次元のことだそうだが、そうなのか? 中国の水墨の描き方のはずだが。あと、遠見の絵の話。少し離れて見た方がいいように描くって。でも応挙の絵を見た人は概ね気づいていると思うよ。画家本人に言われるとあらためて納得だ。

それから屏風とか襖絵とか大作いくつか。「雪梅図襖・壁貼付」の雪をかぶった枝の立体感はおなじみ。それより何も描いてない空間の取り方に唸っちゃう。壁貼付三幅の一番右などまさに紙一枚がマッシロで……(ここでまたポメラを止められた。電波も光も出さないってのに。でもとにかくキーボードがダメなんだと。合理的な理由じゃないじゃんよーぶーぶー。電子機器だからか? 何となくマナーに反するのか? 音声ガイドはよくてこれはダメなのか? ええいくそ世の中にゃ内覧会にご招待され写真撮影まで許されているヤツラもいるというのに、なんで身銭切ってる方がこう冷遇されるのだ。ギャードマンに外に連れ出され、そっちで書いて再入場しろだと) 。さて「老梅図襖」も中央下に空間があいている。こっちは筆さばきありありだけど、雰囲気が明らかに琳派と違う。「竹雀図屏風」は竹の濃淡で遠近を表現。しかしむしろ雀の配置の方がミソかもかも。

淀川両岸図巻は川の中心を挟んでそれぞれ見下ろす鳥瞰を描く。実験的だが、うまくいっているかというとそうでもない。しかし山の立体感とかいいですな。

最後の部屋の応挙二大最高傑作はさすが。「松に孔雀図襖」は横に広いスケールと孔雀と木の立体感。「雪松図屏風」は再会。これも遠目で見ると仰天の立体感。絵も明るく鮮やかだ。

見ごたえあり。11/7までのと11/9からので展示替えがありますよ。でも早めに行ってみよう。
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html

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2010年10月12日 (火)

諸国畸人伝(板橋区立美術館)

美術展は主に「ぴあ」でチェックしているんだけど、こういう優れた企画をスルーして載っていないのが残念……というか、ムカつくぅ~。だいたい古賀春江を女だと思っている時点でダメなんだよ。でも、美術専門雑誌は高いし美術しか載ってないからなあ。がんばってくれ「ぴあ」よ。この企画はツイッターが無ければ見落としていた。今日(既に昨日か)が最終日だ。

菅井梅関:ぶっとい梅の絵がインパク大ト。ヨレヨレの鵞鳥も味があるぞ。
林十江:墨の勢いで描いたトンボやウナギもいいが、やはり墨だけで昆虫のごとき雰囲気で描写した「龍図」がいい。指とか爪で描いたんだってこういうのは他では見たことない。
佐竹蓬平:「山水図」の描きたい所を描きたいように描くわけのわからなさ。空間が壊れている。しかしある意味セザンヌみたいなことをしているわけだ。
加藤信清:一見普通の仏画なんだけど、輪郭も色もお経の文字で描いちゃうすごいヤツ。もう少し近くで見たかったのだが。あー単眼鏡持ってくるんだった(実は貸し出してた。うむむ……)。
狩野一信:五百羅漢図。迫力の掛け軸3幅。100幅描くつもりが90幅で亡くなったそうな。濃い、しかも鮮やかだ。こういうのが知られずに眠っていたとはもったいない。来年、江戸東京博物館で全部公開されるらしい。これは絶対「行き」だぞ諸君!
白隠:禅画の人。仙厓とはまた別のユルさがある。また、仙厓と同じく布袋が活躍。スタスタ歩いたり、口に布袋をくわえて広げたり。禅の世界での人気者か。
曾我簫白:インパクトのある人物が話題になるが、ここではその人物を浮き立たせる背景がよかった。銀色で汚れてかすれた感じはわざとかな。
祇園井特:六枚も出ていて嬉しいぞ。人物画のインパクトはかねてから書いている通りだが、甲斐庄などと比べるとちょっと雰囲気が違うね。「デロリ」というかとにかく「濃ゆい顔」だ。英泉をもっと濃くした感じか。ここでは「美人図」がよかった。濃いので雑に描いてるのかと思いきや、極めて細密で丁寧。特に目の描き方が見事。
中村芳中:光琳に惹かれて真似して描いた絵師らしいが、光琳とは似ても似つかん。たしかに「たらし込み」とかやっているけど、ユルい丸でできていて気が抜けた感じ。菊の花なども単なる「丸」なのだ。光琳はこうじゃないぞ。
絵金:祭りの芝居絵出身なんだそうだ。見せ物的血みどろ画。斬った首とかゴロゴロ。でも見せ物絵ってこんな感じなんだろうなあ。

最初にある絵師のトピックもおもしろかった。いやー、第二段もやってほしいね。
http://www.itabashiartmuseum.jp/art/schedule/e2010-04.html

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2010年10月 9日 (土)

フランダースの光(Bunkamura)

昨日の夜に行った。同じ作家が何枚も出ていて、割とまとまって見れるのが嬉しい。20世紀の始め、ベルギーのゲントの近くのラーテム村に芸術家が集まったそうな。三部構成だよ。

象徴主義
ミンヌの象徴的人物、彫刻がいくつか。しかしやはりサードレールの無人の風景がいいね。「ある暗い日の黄昏時」や「冬の平原」その他。印象派の明るい風景を見慣れた目にはこのシャープで薄暗い屋外風景は新鮮だ。ブリューゲルから人物を無くしたような、といえばそんな感じか。ウーステイスは人物画多し。顔が目立つ連中。あと「悪しき種をまく人」のミレーのパロディみたいなの。普通に女性を描いた「実り」なんてのが好みだったりする。セルヴァースの「聖なる夕べ」も神秘的に暗くてなかなか。

印象主義
屋外の作品は普通……というか先駆けのエミール・クラウスが上質の印象派で、主題はバルビゾンと同じ明るい農村で。このあたりがポスターだし、一般ウケしそうなところかも。手堅いクラウスがずらずら。中盤にはラーテム村に来た日本人、児島虎次郎(黒田正輝のいたグレイ村にも行ってて、大原コレクションの収集をした人だって。試験に出そうじゃの)と、太田喜次郎もいる。うん、絵は普通。しかしなんだな、印象派は光を描くので黒色を使わないのがほとんどで。これがいいのか悪いのかっていうと、画面がかなり白っぽくなって気が抜けたサイダーみたいになっているのがある。あーそうそうオレはシニャックの青と赤のテカテカな点描は好きじゃないんだよなあ。ありゃあ新印象主義ってヤツだけど。それから後半の室内ものはちょっと面白い。レオン・ド・スメットの「読書」など、印象はらしからぬ暗い赤系の色彩。デン・ベルグの「小さなイヴ」はボナールのアレみたいだな。ほれ裸の娘のヤツ。「庭の少女」の叫んでいるような娘の解説はムンクと比較しているがちょっといただけませんな。ムンクの「叫び」は叫んでいる絵じゃなくて叫びを聞いて震え上がっている絵なんだぜ。大丈夫かここの学芸員……ってか、まあ分かってて書いてんだろうけど。

表現主義
ベルメークの地味なフォーヴ(ってのも変だが)。印象派から転向したデン・ベルグの表現主義的……っていう定義もよく分からないんだけど、マンガっぽくデフォルメもあり、みたいなの。ギュスターヴ・ド・スメットのこれも表現主義的なの。あれ、さっきのレオンとどういう関係なんだと思ったら兄なんだって。見ると印象派のところにも出ていた。普通の印象派の絵だったからノーマークだった。要するにこっちも転向組だ。

ピサロみたいな手堅い印象派が好きなら行きだと思う。象徴派好きにはイマイチか。表現主義好き……は分からん。これで満足するのかな?
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/shosai_10_flanders.html

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2010年10月 3日 (日)

仙厓 ―禅とユーモア―(出光美術館)

同じ場所で同じ企画を割と最近やったような気がするのだが、2007年だった。もう3年ぐらい前なのか。今回も絵を見るというより解説が多く(解説の多さは前回以上か)ほとんど「禅入門」みたいな感じなのだが、そこは仙がい、分かりやすくて面白い。ちなみに全て水墨画。

最初は仙厓の生涯について「馬祖・臨済画賛」の師匠の怒り顔、自画像画賛の後ろ向きダルマみたいなのが愉快。この人、非常に厳しい修行をしてきて、禅に対する姿勢はなかなか激しく厳しいようだが、絵のユルさがそのあたりを感じさせない。

禅画いろいろ。おなじみ「座禅蛙画賛」座禅だけなら蛙だってできるじゃん。「一円相画賛」悟りなぞさっさと食って次へ行け。「○△□」これは何だ? など禅の意味を含んだ絵が冴える。普通の書である一行書も多く出ている「富とは足るを知ること云々」は、おお、あくせくギラギラ働く現代人に知らしめたいですな……っていうか当時(江戸時代)からそんなヤツは少なからずいたんだろうね。それから達磨とか仏とかの絵が並ぶ。

次に布袋図が山ほど並んでいて、その年代的変化が分かって面白い。若い頃は写実的に描いてた、これが結構うまいんで基本はバッチリなんだね。だんだん描写が崩れてきて「ヘタウマ」になってきて、最後の「指月布袋画賛」の布袋の傍らにいる子供だか生きものだかわからんが、なんかカワイイものになっている。ピカソも晩年にゃ筆でザザザザっと描いたのをよくやってた。このコーナー最初の七福神も凄い。

それからまた絵がいろいろ。「親子虎画賛」「虎画賛(猫もようなもの)」のこりゃ虎かいな的魅力。絵を依頼する奴が多すぎて嫌になり書いた「絶筆碑画賛」。実際その後も書いちゃうけど、あれだな、司馬江漢の死亡通知ばらまき事件を思い出す。「龍虎画賛」は普通にヘタウマで面白い。「老人六歌仙画賛」では一時流行った「老人力」を既にやっていたようだ。「朝顔画賛」「牡丹画賛」で晩年の悟り……って、見ている方はなんかもう疲れてしまった。時間があるならじっくり接して禅の世界に浸るもよし。
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

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