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2011年2月20日 (日)

曽根裕展(東京オペラシティ)/曽根裕「雪」(メゾンエルメス)

曽根裕展(東京オペラシティ)

点数が少ないのですぐに見終わるが、展示はかなり凝っている。何しろ大きな部屋全体に背の高い植え込み(本物の木だ)。その間を進むと白い大理石の彫刻に出くわす。

作品としては大理石の植物やら観覧車やら、階層状の植物アパート(?)やらがあるが、やはり「リトル・マンハッタン」の力技が素晴らしい。マンハッタン島をそのまま大理石ミニチュアにしている。建物一つ一つ、無数にあるのを地図通り無数に作っているぞ。競技場とかもちゃんと作ってあるのだ。それが巨大な台座と一体になっている。こりゃあ凄い。あと「木のあいだの光#3」は、一見透明な木の根本……なんだけど、よく見ると分割されているようで、間に面状の境界が見える。

ビデオ作品は、大きな部屋に同時に二つ上映。誕生日パーティの、ハッピーバースデイの歌でひたすら曽根氏がろうそくを吹き消しているシーンが続く。場所も仲間もインターナショナルでうらやましい。あとは疾走するバスの中から外を撮る(人に撮らせたらしいが)。何か面白いものが撮れるかな、というところ。でも二つから受ける印象は日々疾走する人生と、つかの間のバースデイの歌、というところか。
http://www.operacity.jp/ag/

曽根裕「雪」(メゾンエルメス)

雪の結晶を巨大化して水晶の彫刻にしている。オペラシティで見た「木のあいだの光」も水晶だったんだな。で、面状の境界というのがこちらの作品にもあって、つまりはそんなに大きな水晶の塊が無いということか。

1階の入り口でわざわざボーイ(?)がドアを開けてくれるというセレブ対応のさすが天下のブランドショップのエルメスだ。こっちは汚れ皮ジャンにジーパンによれよれのノーブランド肩掛けバッグだじょ。エレベーターは油断してると首が挟まるシンドラー製。こういうブランドショップで油断するようなヤツは店に来るなってか~……って、冗談冗談。そんな危険なエレベーターのわけないでしょ。

展示のメインは雪の結晶の拡大水晶彫刻。水晶だから透明だ。「リトル・マンハッタン」と同じで、土台付きにして彫り出してるのね。雪の結晶なんで全部形は違うぞ。あと雪の結晶の大型デッサン。これがいいんだ。形を忠実に描いてるだけなんだけど、形そのものがデザイン的な力を持っているのだ。それからちょっと別室に行って、リフトの大理石彫刻。そう、スキー場のリフトをね、木とか支柱とかと一緒に作っているんだけど、もちろんロープなんて作れないからリフトもろともまとまった塊にしている。しかし、それが面白い造形になっている、というのが意図でしょう。しかし水晶といい大理石といい、金持ってんなあ…… あと、アクリルの絵が一枚ある。

無料ながら見どころあり。セレブ気分で寄ってみようじゃん。ビンボー人でも遠慮無く入れるぞ。でも客にもキメたファッションの女性とかが来るじょ。
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/7FPktW9nxZ5qSsfDrvHA

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2011年2月18日 (金)

シュルレアリスム展(国立新美術館)

ポンピドーセンター所蔵作品群。相当の数で来ている。大きなコーナーの中にさらに細かくコーナーが分かれているが面倒なんで全部は書かない。書籍などの資料もいろいろ。

・ダダからシュルレアリスムへ
いきなりエルンストが「ユビュ皇帝」でトバす。建物みたいなヤツだ。マン・レイの「ミシンと雨傘」って写真があり、これは例の「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい」のアレだよな。でも写真は単に文字通りなのだが。デュシャンの「瓶かけ」は何度か見た。デ・キリコもあるが、既にいろいろ見ている身にゃ普通。「シュルレアリスム宣言」の本がうやうやしく置いてあり、映画もあるよ。

・ある宣言からもうひとつの宣言へ
ピカビアの「スフィンクス」はおなじみ一画面二重描き。イブ・タンギーの「夏の四時に、希望……」は例の調子だがちょっと違う感じだ(って書いても分からんよな)。エルンストの「キマイラ」は鳥女みたいなヤツ。ヴィクトル・ブローネル「空気の威信」キリコをちょっとヒワイにしたような人体がイカす。うむっ、今回、この画家を知ったのが最大の収穫。かなりの数出ているがどれもいいぞ。巨匠エルンストに匹敵する愉快な奴だ。ポスターにもなっているマグリット「秘密の分身」はデカくていいぞ。紙を折ってよってたかって描いた「甘美な死骸」はイマイチ。

・不穏な時代
マン・レイの「数学的オブジェ」は、まるで杉本博司のアレではないか。こっちが元祖なのか。おっとここにもブローネルがある「光る地虫」。モンスター人体じゃ。ダリはなかなか出てこなかったが、ここで2つ。特に「部分的幻覚:ピアノに出現したレーニンの六つの幻影」が傑作。レーニンの顔が光って並ぶ。屠殺場や闘牛だののコーナーがあったが、闘牛にこだわったピカソはおらず。ウィルヘルム・フレディの「聖アントニウスの誘惑」は、立っている金魚ちゃんがポイント。ブローネルの「欲望」シリーズ。彫刻はアウェーなんだが、今回出てきたジャコメッティ作品群はいいね。「テーブル」の女の不気味さや。「喉を切られた女」の抽象的表現。アンドレ・マッソンはあまり知らんのだが今回かなり出ている。前半はイマイチ、後半で色が派手になってくるとなかなか好みになってくる。「迷宮」ぐらい派手にいきたい。ここで短編映画が二つ(疲れるので映画は見てません)。一つがおなじみ「アンダルシアの犬」な。

・亡命中のシュルレアリスム
マッソンの「巫女」が色ギトギト系でよい。マグリットおなじみ「陵辱」は顔が女体のヤツ。同じくマグリットの「ストロピア」は珍しくラフな感じで。ピカビアの「ブルドッグと女たち」の具象というかなんというかの裸女。なぜか印象がアメリカン。

・最後のきらめき
マッソンの「鳥たちの血」はいい感じでスッキリ……ったって鳥の羽根と血痕だけどな。ドロテア・タニング「かくも幸福な絵画」は……ダリ風というか、説明しづらい。エルンスト「最後の森」は、彼こだわりの森。今回はブルーだよ。ここで我がデルヴォー「アクロポリス」。例の裸女軍団。中央の女がやや雑な気がする。完璧にキメてほしいぜ。マッタの「ロゴスの透過ー仮象」はひたすらデカい。ジャン・ドゥゴテクス「ハガクレBⅡ」は日本のあの感じを目指しているようだ。最後もマッソンで終了。

おなじみピカソも1枚だけあったし、ミロも何枚かある。しかし、やはり今まで知らなかったブローネルやマッソンが新鮮だし数も多い。見ごたえあり企画だ。行ってみるべし。
http://www.sur2011.jp/

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2011年2月14日 (月)

琳派芸術 ―光悦・宗達から江戸琳派―(第2部)(出光美術館)

琳派展の後編。酒井抱一と鈴木其一が充実しているので、江戸琳派が堪能できる。

最初に其一の「三十六歌仙」と抱一のおなじみ「風神雷神図屏風」。ええええええい抱一のは誰がなんつっても劣化コピーだっ! 全部並べて見りゃ分かる。琳派の系譜の証とか、抱一ならではの工夫とかユーモラスな表現とか、解説にイロイロ書いてあるかもしれないが。オレは認めん。

宗達の物語絵とかが並ぶが適当に流す。「伊勢物語図屏風」は伝宗達だがちょっと雑だな。それより「八ツ橋図屏風」だじょ。これも基は光琳ので、並ぶ燕子花に橋が大きく斜めに描かれている仰天作……で、抱一のは、劣化コピーってほどではないが、工夫した橋のたらし込み模様(水でぶわっとさせたとこ)がかえってシマらない。パネルに出ていた光琳のは、割と単一な感じで、それで引き締まった印象があるのだが(実物も見たはず)。燕子花を間引きしてスッキリさせたところはいい感じだ。

しかしながら、次の間から抱一の得意な草木が炸裂。銀屏風「紅白梅図屏風」はその枝ぶりも文句無しの傑作だ。しかし、黒変はしていないが銀の劣化が惜しい。あと、これ鑑賞のベストポジションは、多分少し離れた方がいいのだが、そこにゃ他の展示ケースがあるじょ。ちょっと残念だ。離れて見たい。その展示ケースにゃ「四季花鳥図屏風」。これは見たところ屏風のミニチュアなんだけど、これが非常にいいですな(実は危うく見逃すところだった)。普通に見ても全体が見渡せる。鮮やかながら不自然さの無い見事な色構成が分かるはず。この裏が「波濤図屏風」なんだが、銀面でちょっと何が描いてあるかよく分からない。それから其一の「秋草図屏風」が惜しいことに背景の銀が黒化。それから「芒野図屏風」(「すすきの」と読むらしい)がいい。一定の調子で描かれた草に霞が漂う。この霞がね、いいね。これも一応銀屏風。

次のコーナーが「抱一の美」。「十二ヶ月花鳥図貼付屏風」。六曲一双なんで六面のが二つあるのよ。つまり十二面。一面で一月。十二ヶ月それぞれの花鳥が描かれる。表情の違う抱一ワールドが楽しめるってもんだ。部屋の対面には「其一の美」コーナー。「桜・楓図屏風」では、桜を木の花だけ、楓は葉を少しと根本だけ、というエキセントリックな構図で魅せる。こういう意外な物を一つの画面に並べるのは、後のシュールレアリズムではごくまっとうな手法(「デペイズマン」だったっけねえ)なんだ。だから其一の絵を見た君は「やあ、これってシュールだねえ」などとチャラチャラした感じで言ってみよう。あながち外れじゃないんだぜ。「四季草木図屏風」これは……再会か。いや、この手でもっと凄いのを見た気がするが、ハデハデで妙な色彩画面を作る其一のナイスな草木図だ。

ええと、陶器も尾形乾山とか、あるよ。またロクに見てなくて悪いが、試験終わったんで。ナニ工芸も見なけりゃ琳派を見たことにならんと? そんなの関係ねえっ!
そんなわけで、前期を見逃した君も後期は行くべし。
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

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2011年2月11日 (金)

ひさしぶり

2年ぶりぐらいに友人に会った。彼はもうすぐ父親となるのだ。彼の親と同居しているし、奥さんの実家も近いようなので、結構いい環境だ。育児において祖父母が近いというのは非常に助かる。ウチもそうなんだけど非常に助かっている。

にしても彼が既にスマートフォンを使っているのに驚いた。うううむ、オレauなんだよね、ホント遅れているよ。しかし、昨日仕事先で聞いた話、実はケータイが絡んでいるのだが、ガラケー(日本独自の携帯)が巻き返すかもしれない、というのだ。というのも日本にはガラケーに特化したウェブサイトが数多くあり、そっちを表示するほうがスマートフォンで通常のウェブサイトを表示させるより速くて軽いというのだ。スマートフォンを使えないと感じ始めたユーザが、ガラケーに帰ってくるという。うむっ、これは一理あるぞ。

それから野郎二人でひさびさのカラオケ。この2年ぐらいで覚えた曲をいくつか歌った(初めて)。角松敏生の「DESIRE」が想像以上に難しかった。いい曲なのだが。角松で3曲は歌っている。

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2011年2月 6日 (日)

生誕250年 酒井抱一 -琳派の華-(畠山記念館)

ここには初めて行った。なんでかな、と思ったら、半分ぐらい茶器とか陶器なのね。茶室もあるし、有料でお茶を飲めるコーナーもあります。日本庭園とかあって、あそこに似てるよ根津美術館。

前期後期分かれてて、目玉は「風神雷神図」(掛け軸だよ)みたいだけど、後期だった。今は前期よ。うーん、しかし、抱一は例の「風神雷神図屏風」があまりに光琳の劣化コピーなので、シャレで描いているのかと思ったが、こうして掛け軸まであるってことはマジなのか? 抱一にしろ光琳にしろ、草木や花を描くのはえらい優れている。抱一なんてそりゃあもう神技なんだが、人物になると、ごく普通になる、と思う。今回も「乙御前図」というオカメちゃんや「富士見業平図屏風」なんて特にどってことないが、草木はやっぱいい。「十二ヶ月花鳥図」が6枚あったが、こいつぁスゲエ。この枝の巧みな描写はどうだ(これ「大琳派展」で全部見たような気がするが、あん時はあまりに膨大で疲れていたと思う)。あと「四季花木図屏風」も傑作。光琳や其一、宗達光悦のコラボとかもあったが、そんなに凄いもんでもない。

あとは陶器とかで、尾形乾山がそこそこある。あとよくわかんない器とか(試験勉強で多少覚えたがもう忘れた)。

それにしても抱一の神技っぷりを見るに、やはり光琳のデザイン化された良さとは違う。其一のエキセントリックな構図や色彩とも違う。どこかで読んだが「琳派」という一くくりは、後に行ったことで、宗達、光琳、抱一、其一はやはりそれぞれの時代の絵師であったことが重要だということ。ということは「琳派」ってナンだ? まあ美術にゃ「エコール・ド・パリ」とか「素朴派」とか、まるで違う作風でも時代やら手段で漠然と一くくりってものがよくあるけどね。

http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/

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2011年2月 4日 (金)

いーる

ひさびさに読み応えタップリの本を読んでいる。「深海のYrr」なのじゃ(ブックオフで嬉しいバカ安)。上中下巻で全部分厚い文庫。昨日も名古屋出張だったが、行きの地下鉄と新幹線で延々読み、帰りの新幹線と地下鉄でもひたすら読み、もう下巻だけどまだ終わらんアヒャヒャ。早く先読みたいが、終わりたくないというジレンマも。

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