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2011年5月24日 (火)

パパはまほうつかい

昨日、「こどもの城」の前でパルメザンチーズを配っていてもらったのだが、一緒に「パパはまほうつかい」という絵本が入っていた。一見子供向きなんだが、この内容というのが、ママが急に出かけることになって、パパが3人の子供の分の食事を作ることになるが、いつも作っているカルボナーラの材料で生クリームが無い。でも牛乳と粉チーズでできちゃった、まあパパすごいね魔法使いみたい、という他愛の無い話。レシピが出ていたので見ると、粉チーズを80g全部ぶち込むぐらいタップリ使っている。

……あざといな

いや、チーズの販促グッズなんだから、チーズを大量に使用して然りなんだが、なんでここでパパなんだ? きっと「普段料理をしていないパパもこれ見てカルボナーラでも作ってね(どうせ粉チーズがどれくらいで十分かなんてワカラネエだろドッサリ使ってくれやあはは)」って感じじゃねーか。パパだって粉チーズが無駄に高いことぐらい知っとるわい……生クリームも高いのだが(ホイップクリームは安いけど、カルボナーラには難しいよな……って、ああそうだあんまり作ったことないや)

この件についてパルメザンチーズを調べていたら、「パルメちゃん」というキャラクターが出てきた。普通にカワイイのだが……おい、これスタジオジブリじゃないのか? ジブリとはどこにも書いてないので違うみたいなんだけど、じゃあ、誰だこれを描いたのは?

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2011年5月16日 (月)

ろーてんしょん

昨日は、我が想い出のベンズカフェが閉店になるというので、最後のオープンマイクだったのだが、結局行かなかった。初めて詩の朗読というのに立ったのもあそこで、10年半ぐらい前で、それから幾度となくあの場所で何かを行ってきたもので、這ってでも駆けつけてよさそうなものだが……

昨年9月に、まさにあのベンズカフェにて朗読活動開始10年の記念として人前に立って以来、あらゆる詩のイベントに顔を出しておらず、人前で何かをやったこともない。家の中が忙しいのもあるのだが、それより何か異常なほど人前に出るテンションが低い。なぜだ? 紀ノ川つかさは、もう終わっちまったのだろうか? いずれは朗読等にも復活と思ってはいるが、このまま思っているだけなんじゃないだろうか。今は亡き祖父を思い出す。祖父は油絵を描いていて、まあ今思えば印象派っぽいどうということの無い絵なのだが、それでも活動には違いない。で、ある日から描かなくなった。私が訊くと、いずれ大作を描くとか何とか言うのだが、結局そのままもう絵筆も持つことなく他界。自分もそんな感じになっちまうのを非常に恐れている。

創作活動にはテンションが必要で、それが失われればそのまま朽ちていく。テンションがあれば、たとえ時間が非常に限られていても必ず何かを生み出すことができる。創作に関して、時間が無い、という理由は実は存在しない。復活の日はいつなのか?

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2011年5月15日 (日)

アール・ブリュット・ジャポネ(埼玉県立近代美術館)

最終日に駆け込み。昨日金券屋で格安券をゲットだぜぇ。
しかしなんで私はアールブリュット(アウトサイダー・アート)展というとノコノコ見に行くんだろうか。決してこのジャンルを評価しているわけではないのだが。第2のダーガーでも探しているのか。でもとにかく、普通の美術展とはひと味違う、何かエキサイティングな作品に出会える予感というものはある感じだ。前からよく「力技」という表現をしている、細かい物を大量反復なんていうのは、アールブリュットでは割とよくある。作品としての完成度はともかく、なんかこういうパワー溢れる表現活動を目撃することで、何かこっちの気持ちもワクワクしちゃうんだな。

今回も玉石混交(みんながんばってるからどれもいい、なんて言わないぜ)。反復系と描き殴り系と、顔が目立ちます系は見ててもそんなに面白くない。でも意外とよかったよ。以下は目に付いた人々。

石野敬祐、紙の箱みたいな人形いっぱい。丁寧に作ってあり、統一感があってなかなか面白い。
舛次崇、色といい描線といいベルナールビュッフェ風。
荻野トヨ、青系の構成でスタイルあり、普通に整った作品として見れる。
秦野良夫、淡い感じで人のいない茶の間を描く。不正確なパースが異世界っぽいが、まあ浮世絵にはよくあるな。
水谷伸郎、紙で作られた精密な電車。中の座席シートまで作ってありこいつぁ驚き。
魲万里絵、乳房だのキモい顔だの女性器だのをモチーフにしたエロ気持ち悪い作品。表現力もテクニックもあり現代アート系のギャラリーに並んでいてもおかしくない。今回最大の収穫。
澤田真一、前も見たトゲトゲ人形。プチ草間みたいだけど、焼き物の質感がいい感じだ。個展に行きたいほどではないが。
佐久間祐一、文字の貼り絵。
田島征三、ドングリの笠とか使った公園みたいなの、画面から生えてるの。サイズが大きい。これは個展もイケそうだ。
山崎健一、グラフ用紙に船とも回路とも装置設計図ともつかない線。気持ちは分かる。ほらアレだ、電子機器の基盤ってよく見るとなんかハイテク未来都市みたいで凄いだろ。
本岡秀則、前も見たびっしり電車。さらに増殖。

それにしても妙に子供が多かったな。なぜだ? 子供にゃ刺激が強すぎやしないかと思ったが、見てるとそうでもなさそうだ。楽しそうだったのは表現が子供の感性に近いからか。
埼玉では今日で終わりだけど、7月に新潟に行くそうです。
http://www.art-brut.jp/

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2011年5月 8日 (日)

PLATFORM(練馬区立美術館)

昨日行きました。この企画は去年のにも行ったのですが、地味ながらなかなかいいのです。会期中に解説とかパフォーマンスもあり、いい感じに続けてほしい。

鮫島大輔:天球義のように球体に風景を描く。なるほどこの手があったか。あと、シートをかぶせた車の絵など、日常的ながらちょっと風変わりな、そうそうエドワードホッパー風といえばそんな感じなんだけど、あの寂しさがない、あくまでも日本の身近な住宅風景。

浜田涼:写真にすりガラスをかぶせたようなはっきりしない作品。写真に絵の具を使ってあえてはっきりさせないことにこだわる。人物も風景もあるようだ。

小林耕平:パフォーマンス「運送としょうゆよかぐやひ姫と先生とライオンと吉田くん」の最中。テーマに沿って装置を作るというディスカッションとも試行錯誤とも即興詩とも言える内容をひたすら続ける……という感じかと思う。というのも11時半から3時半までやってる長丁場で私はほんの一部しか見ていない。しかしこれ、私などがしていたパフォーマンスは、短い時間の間にいかにエネルギーを集中させるか、ということでテンションを上げて行っていたのだが、これは逆に、微弱な電波を探すように、ひたすら考え続け、試し続ける。これはこれで面白いのだろうなあ。嗚呼やってみたいみてみたい……時間があればね。他にも映像インスタレーション。

イベント参加でおすすめしたいがほとんど終わってしまったな……
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/platform2011.html

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2011年5月 4日 (水)

特別展「写楽」(国立博物館)

「大北斎」やら「大琳派」やら、国立博物館のこの手の大規模企画は、混む上に物量で疲れるので、あまり好きではないのだが(行っちゃうけど)、それでも今回の「これでもか写楽」みたいなのは滅多に無い。かつてない恐るべき充実度で迫る。中でも同じ役者の同じ芝居での比較や、版ごとの比較なんて見たかった人にはたまらんはず。貴重な写楽作品を二枚も三枚も集めて並べる贅沢企画に仰天。オレ的には、あまり見る機会のない2期~4期が見れたのが嬉しい。

最初にイントロで写楽作品が数枚並ぶ。それから写楽以前の役者絵、ここで菱川の歌舞伎屏風などが出てるぞ。春章の扇役者絵なんてのもうまいね。あと写楽に影響を与えたか、もしかして本人じゃねーかという説もある上方の流光斎如圭の一枚が嬉しい(私は写楽は上方絵師じゃないかと思っている。江戸に来て描いたが、蔦重の要求がうるさくてさっさと帰っちゃったのだ)。

それから版元蔦屋重三郎の紹介。蔦重といやあ歌麿だよなってんで歌麿いくつか。あと春朗だったころの北斎の役者絵も。

ここからいよいよ写楽登場。まずは同じ役者で他の絵師と比較のコーナーだ。勝ち負けってわけでもないが、写楽が常に勝ってるとは限らないぞ。豊国の方が程良いクセがあり安定した技量がある。「坂田半五郎の藤川水右衛門」は写楽がいいが、「坂東三津五郎の石井源蔵」は豊国の方が全身像でキマっている。「佐野川市松の白人おなよ」は写楽圧勝。これは人柄まで出ている写楽大首絵の中でも傑作。「沢村宗十郎の大岸蔵人」は、これは写楽対豊国で互角。おなじみ「大谷鬼次の江戸兵衛」これはインパクト大の写楽の頂点作。まあ、あといろいろ。豊国の「役者舞台之姿絵」はかなり洗練されていて、「かうらいや」など、キメ姿はさすが当時の人気ナンバーワン絵師だ。

それからまたお楽しみ版比較。版で着物の色まで違うヤツもいて驚き、オレ的には「尾上松助の松下造之進」のやつれヒゲがいい。

第一会場を出ると、売店があるが、そこに「江戸兵衛VS一平」の解説ビデオあり。舞台を再現してて分かりやすいぞ。江戸兵衛はやはり写楽全作品の中でも一番インパクトがあり有名。しかしこれまさに岡本太郎の言う「今日の芸術」であり「うまくあってはならない」「ここちよくあってはならない」「きれいであってはならない」、という当時にあって「なんだこりゃ!」という衝撃作だったのだ。江戸のBE TARO。ただ、続かなかったことと、上方で同じことをやっても、そうウケなかったかもしれない。これは上方役者絵のファンに訊いてみたいところだ。

さて後半はセオリー通りに第一期から第四期の展示。ビデオで短くストーリー解説もあるのがいくつか。一期はよく見るが、二期三期はマイナーなので、そんなに見ない。特に三期は枚数も少なかったようだし。大首絵はパワーが落ちている。それでも全身像のまとめ方は結構うまいものがある。

二期では一画面に二人が描かれているものがうまい。一人でも全身での表現みたいにいい感じのもチラホラ。一期の大首インパクトと同じ魅力を見いだすのは難しい。三期は一般的に評価も低くなってくるが、それでも二人の禿を対称に描いた「切り禿の所作」の二枚なんてどうだろう。いいじゃないか。初めて見たけどなかなか侮れない。四期はもうさすがに全体的にパワーダウンしている。

相撲絵などはまあまあよく見る。武者絵はこれ本当に写楽か、という感じで、下手ではないが、写楽的な良さはない。

そして「写楽の残影」、として、長喜の絵で写楽の団扇持っているのとか、国政二枚とか、豊国の写楽風のものとか。豊国としては写楽を見たとしても「あんなもんはオレでも描ける」という感じだったろう。

第一期に関しては浮世絵界の岡本太郎と言ってもいいが、それを意図的に狙ったのはやはり蔦重。なぜ続かなかったんだろうか。いや、粋なインパクトは一度だけということで、蔦重が続けさせなかったのかもしれない。第二期、第三期と趣向を変えたが、狙ったようにはウケなかった。そこでもう四期でやめ、というところか。君もいろいろ考えてみよう。
http://sharaku2011.jp/

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2011年5月 2日 (月)

こどもむけはむずかしいぞ

青山スパイラルでやっている「アートママの休日」というのに5歳の娘を連れて行ったが、何かイマイチ感が強い。去年の、現代美術館の「こどものにわ」でもそうなんだけど、どうも子供向けと称しているもので子供が満足するように見えないものが多い、いや、なんていうか「鑑賞者が子供」ということに対する配慮というか考えというか、そんなものが足りないのだ。

去年の「こどものにわ」では、カーペット一面の花が日数が経つうちにすり減ってくる、というのがあったが、私どもが行った時はほとんどすり減って何も見えない状態。もちろんすり減る前のカーペットが壁に飾ってあったりしたが、そんな、日数に思いを馳せるなんて子供はしねーよ。単なる広い部屋として通過したぞ。

スパイラルのは、セミがずらっと円形に並んでるのや、背景の光で絵が浮かび上がるのは、まあ見て面白がったが、「託児所」と称する囲まれたエリアがあって、そこは時間が決まってて最初入れなかった。スタッフの計らいでちょっと入れてもらったが、それにしても子供向け企画で、展示会場真ん中に立ち入り禁止区域があるのはまずいでしょ(しかも楽しそうな)。あと、絵本朗読のビデオがあったが、なんか外人が日本語でやっているようで(ちゃんと見てないが)、気持ちは分かるがうまくない。子供に見せたきゃ、ちゃんとはっきり読んだのにしてちょーだい。子供は気持ちなんか分からずスルーするぞ。床に「自由に描いていいですよ」風なものが敷いてある。ペンはあったが、粘土が固まったような塊と、棒は何だったんだ? あんな細長い棒をうかつに置いてちゃ危ないぜ。階段には不気味な人形。テレビ番組「シャキーン」の不気味に愉快センスとは違う単なる不気味なの。少なくともウチの娘は喜ばなかった。

アーティストが「これは子供にウケる」と思っているのは、結構外れたりする。センスがいいと思っているもんは特にそうだ。あと、子供は目の前にある物を何でもいじりたいとか、はっきりしてないものは分からんとか、ちょこまかして時間の進み方が大人とは違うとか、そういうとこまで考えて企画してくれい。あと、傍らに高いカフェとか平然と営業してないようにな。金無いんだぞ(あの辺の人はあるのか)。営業しててもキッズセットぐらい用意しといてくれ。

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