永遠の華宵展(弥生美術館)
日曜に行ったがやっと今記述。
我が人生において「2次元萌え」があったとしたら、それは華宵の乙女において他にない(まあ今後無いとも限らないが無さそうだが)。あれから十余年が経ち、過日の魔力は片鱗を感じる程度で、ほぼ失われてしまった。あれはなんだったんだ……と画集でやなせたかしも書いている。失われると思っていなかったんで、やなせは何を書いておるのかと思ったものだが。
弥生美術館は華宵が常設してある。でも今回はストレート直球に華宵特集なのです。今回は個人蔵の華宵便箋原画が出ていて、それがよかった。ただ、ガラス越しで遠いのも多く。技にはイマイチ唸れない。例によって解説が充実。美術鑑賞というより、レトロ気分の満喫という感じか。お年を召した女性が「んまあ懐かしい、いいわぁ~」などと騒いでいたのが印象に残る。
さて展示は当時の叙情画家紹介から始まり、ブレイクした「中将湯」広告いくつか。ニューヨーク住まいの日本人マダムも愛飲という記事風広告が面白い。話を聞いている男も飲んでるって。男にもいいらしいゾ(今も売っているのかな)。それから挿し絵があり、便せんがあり、着物の柄があり、ポスターがあり、2階に行って美少年画があり、日本画、おなじみ美女軍団屏風大作「移りゆく姿」あり(毎度複製だが)。最後に晩年と、弥生美術館の鹿野館長との交流……って、鹿野氏は2009年にお亡くなりだそうな。本人に一度だけ会ったことがあるのです。
いつもは華宵がある3階には……ありゃ、誰だっけ、忘れた。隣の建物が夢二美術館で2階でつながっている。夢二も美人画特集だゾ。
唐突だが、子供の心を持った者にしか見えない、というのはなんでしょう? その一つが華宵画にあるような理想美に萌えることができるか、というのがあると思うのです。当時の少年少女は華宵画に熱狂した。現実離れした理想美を魂のリアルな描写に感じ取れるのは紛れもなく子供の心であろう。要するに君の近くに「少年(少女)の心を持った大人」を自称するヤツに、華宵の絵を見せてみよう。無反応だったらそいつはきっとニセモノだゾ。美術鑑賞なぞやり始めるイイ年の大人達は既に子供の心を失っているため、華宵の絵を見ても(懐かしいは別として)無反応だったりします。それで、アーティストとしての知名度がイマイチなんだな。
対して夢二の絵は人生の、特に美人画となりゃあ女のスイもアマイも知った者が描く絵ですね。若くして人生経験が豊富な奴が書く恋愛エッセイか。とにかく玄人も好む。言うなれば、華宵の理想美の女は、ある意味女を知らん奴が描いた絵ともいえるか。でも、私は華宵の方が好きである。理想美の方がヴィジュアルがシャープでいいというのも無いではないが、やはり華宵画にはある種の現実を破壊しそうな狂気がある(夢二は恋に狂うとかあったかもしれないが、絵はあまり狂っていない)。優れたものは必ず少しは狂気を含んでいる。これは持論ね。ピカソもゴッホも北斎もフリーダもデルヴォーも、みんなどこか狂気めいたものが絵に含まれているのさ。挿絵画家などとバカにせず、君も華宵に逢ってみてくれ。そう、夢二ではなくね。
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/
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