« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月24日 (土)

メタボリズムの未来都市展(森美術館)

以前は建築系の企画なんて解説と図面と模型が並んでいるぐらいで地味だったんだが、それが森で企画できるぐらいの派手さを持ったのは、ひとえに3次元CADとCGアニメーションの発達のおかげか。計画中やらかつて計画していた建物やあるいは都市丸ごとまでCGアニメで見せられるようになった。この企画も、かつて構想図でしか見たことがなかった「東京計画1960」が、CG化されていて、あたかも空を飛んで見ているかのごとく大画面で見ることができて驚きだ。まあ、あと震災からの復興ムードで、ここは一つ建築の勢いがあった頃のヤツを見せるべってところか。

ところでタイトルの「メタボリズム」はいわゆる「メタボ」ではないんだな。なんか「無駄に膨れあがった現代の都市」だとか「無駄に膨れ上がった未来への妄想」についての展示かと思ってたヤツ……は~い! うーん違うんだな。正解は1960年代の日本のイケてる建築家達が提唱した運動「建築も生物のように増殖して新陳代謝するべきだ」という意味で「メタボリズム」と言ってたんだって。知らんかったね(元建築学科だけどな)

今見ると、予想図も実在物もなんかレトロフューチャーな感じがする。それにしても展示はいきなり年表だの解説だので、見て楽しいアート系を期待していた向きは面食らう。広島の原爆記念の建物が丹下段平が手がけた傑作で……あーいや丹下健三だな。その建物が一部アラン・レネの映画「24時間の情事」に出てくるという紹介。おっとこの映画は見てないぞ「去年マリエンバートで」を見て以来、難解な映画も見るようになったが、今は映画そのものをサッパリ見ていないの。しかしやはり都市ごと計画したのをCGにしちゃったのが見物。先の「東京計画1960」や「築地再開発計画」、「丸の内計画」、黒川紀章の「東京計画1961」の二重螺旋都市にゃあまり住みたくないな。ともあれ、SF映画の未来都市みたいなのをいくつも見ることができてワクワクしちゃうぜ。

しかし思うに、なぜ21世紀にもかかわらず、現在の日本の都市はこうも計画的じゃないんだろうね。多分、いわゆる未来都市が実現しなかったのは、権力が足りなかったせいでしょうな。土地を手放さない地主のせいで成田は滑走路が一本だし(今もそうなのかな)。大規模で統一感のある都市を造るなんて、予算はもちろんなんだけど、推進する強大な権力が必要ではないか。でも1960年代って、確か学生運動とかで「権力者をぶっとばせ」みたいな感じじゃなかったっけ? これらの未来都市を一種の偉大な夢と見るのはいいが、権力はけしからんと言っておきながら、権力が無いと実現できないものを夢見るなんて、何だかなあ、という感じじゃないか。

それから、メタボリズムのコンセプトで実現した建物いくつか、建築の勉強ではおなじみ静岡新聞や、みんな知ってる代々木の吊り構造体育館とか。東京カテドラルとか、中には東京都児童館なんて意外なものも紹介されている。あれはその部類だったのね。今は震災で壊れかけたのか閉鎖してるけど。あと広告にもなっているのが菊竹の集合住宅だって。あと代官山ヒルサイドテラスがある。おおバブルの象徴みたいなところだ。メタボリだったのか。

あとは、1970年の大阪万博。やっぱ近頃の万博より面白そうだな。なんたって建物が凝っている。それからグローバルな活動の紹介。じゃあ今は……? よく分からなかった。
建築に詳しくなけりゃCGメインに鑑賞か。模型もいくつもあるけどね。普通に行って面白いよ。
http://www.mori.art.museum/contents/metabolism/index.html

|

2011年9月20日 (火)

モーリス・ドニ(損保ジャパン)

ナビ派でもあり、象徴派でもあったドニが、子供好きであり、子だくさんであり(五女四男!)、子供の絵もいっぱい描いていて、それがたっぷり見れる企画。ナビ出身なので表現も実に「アート」していて子供好きにもアート好きにもイケる……が、しかしドニさん、あんた育児してないね。子供のいいところばっかり描いちゃってこのぉ、実際は「うんこーアキャキャキャ」とか言ってるに違いないじょ。まー当時のあちらじゃ大家族だし乳母とか家政婦とか当然のようにいるからなあ。実際、人手は十分であるような絵も多い。最初の子が四ヶ月で亡くなって、その絵「ジャン=ポールの死」だけがもの悲しく浮いているが、あとは概ね明るい家族や子供の絵。

しかし私自身はどうも、子供の絵にそんなに興味が無いと分かった。理由は……うん、もういいよ騒々しい実物が2匹もいるんだからさ。なので、面白かったのは終盤の象徴表現での子供であった。

絵では「フラ・アンジェリコ風」とか「フィリッポ・リッピ風に」とかで描いたり、点描法も使えるし、ナビナビな感じ(?)でも描ける。子供の絵以外では「バラを持つマルト」とかこれ奥さんだけを着飾って描いているよ。天使がいて花もいっぱい。「バルコニーの子供たち、ヴェネツィアにて」なんて絵になりますなあ。「スパニエル犬のいる浜辺(1)」は、これ象徴表現かヌーディストビーチか、裸の大人が多いのだが。「光の船」は丸いキャンバスに息子3人。うむ、子供いっぱいなんで、描きたい絵に応じてチョイスできるよな。象徴派の絵では「聖母賛歌」の雰囲気がよい。「聖母マリアの接吻」はステンドグラス用の下絵だけど、これだけで完成作と言ってもいい。「泉」も私好みだ。

まあ手堅くいける。
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/

|

2011年9月19日 (月)

ぽえけっとなど

今日はポエケットつまりコミケのポエム版であった。まあスケールはコミケの……何十分の一かな。去年はブースを出したが今年は行くだけ。しかしながら、そう詩は読まないもんで、つい絵葉書なんかに目が行ってしまう。春日はるなさんという人の「手作り絵はがき」というのがかなりいい。幅が広く、抽象から幻想からスケッチ画など、表現方法も多彩でペンのイラストみたいなのから水彩まである。どれもうまい。ブログがあって見たらこれで3万枚も売ってるそうな。ううむ凄いな。あと、いくつかCDなど仕入れ、ごぶさたな方々に会うも、そう長い時間いたわけじゃないんで、会えなかった人も多数。

その後、もはや季刊以下になって書けずに苦しいがこれが無いともう何の活動もしていない「モテる美術鑑賞」のVol.38を印刷して、例によって新宿の模索舎と、中野のタコシェに置きに行く。タコシェで冊子版の在庫確認をしたら、何とあと1冊だった。細々、超細々だけど売れ続けているぞ。嬉しいな……って、在庫入れなきゃ。

|

2011年9月18日 (日)

「あこがれのヴェネチアン・グラス」(サントリー美術館)

まだ暑いねえ。やっぱ暑い時にはガラスっしょ。

最初はヴェネチアン・グラス誕生から。といっても冒頭から大きな飴細工みたいな「船形水差」とか既に技もの炸裂。それからダイヤモンドのような硬いもので細かい絵を描いていく「ダイヤモンド・ポイント」の作品。一旦水に浸けてヒビを入れ、それを溶かして模様にする「アイスグラス」。ゴブレットの持つところがガラスを曲げた龍である定番「ドラゴンステム」などの技の美を堪能できる。しかしやはりヴェネチアンの定番にして至高の技は「レースグラス」だよな。今回は緻密なものからデカい皿のもあり、レースグラスは充実。

次はヴェネチア様式が他の国にも渡った、という展示。レースグラスやドラゴンステムなど。しかし驚いたのはイギリスの「エアーツイストステム・ゴブレット」。うおっ、ステム内に空気でツイスト模様を描いている。どうやってやったんだこれ?

次は和ガラスとの関係。日本にもヴェネチアングラスが来てたぞっていう破片の紹介とか(資料的価値はともかく鑑賞にゃイマイチだ)、日本でもテクニックにチャレンジしたとか。「ツイストステム・ゴブレット」があるじょ。しかしなんと、ステムをねじってツイストにしただけやん。これではいやが上にも1年経たず発売中止となった某社のタブレットを思い出す。
・ヴェネチア「ツイストステム・ゴブレット」→ipad2
・日本「ツイストステム・ゴブレット」→GALAPAGOS
ダイヤモンド・ポイントは日本では「ぎやまん彫り」と呼ばれていたんだ。あと、異なるガラスを混ざり切らないうちに練って作っちゃう渋い「練上手」もあり。

19世紀イタリアのヴェネチアン復活キャンぺーんコーナー。「花形ステム・ゴブレット」が繊細で美しくてよい。
次は最後ヴェネチアン技を生かした現代のコーナー。意外と見応えある。レースの線びっしりとか。日本人も活躍。江波冨士子の「花の庭」は文字通り小さい花(みたいなガラス?)入り、三嶋りつ恵は、透明ガラスの大きいオブジェ。いやー実用品のあとにいきなりこれ見ると「何に使うの?」とか思ってしまうがの。

ヴェネチア技に酔える展示だぞ。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol04/index.html

|

2011年9月12日 (月)

岡本信治郎展「空襲25時」(渋谷区立松濤美術館)

なんか評判なので行ってみた。戦争やテロをテーマにした作品群で、作家は幼い頃、空襲を体験したそうな。大抵の美術展で「目が点になる作品」は、あまりお目にかからないが、今回の作品群、中でも地下の大作は最初見てなんじゃこりゃと思った。大作「ころがるさくら・東京大空襲」。これは球体も合わせたインスタレーションで、釈迦の手と足が爆弾となって降ってくるようなユーモアと、デパートの図と、文字情報と、抽象化された血などが全面明るい色彩でこまごまと描かれる。「植物的要素 ピカドン図」もテーマが原爆ながら装飾キノコ雲といったところで、草木とも装飾線ともいえる一本一本はおそらく死者達だろう。これも暗さがない。丸尾夫妻の「原爆の図」なんぞとは対極の表現だ。要するに、なんちゅーか、何か楽しそうなのだ。なぜこうなのか? 見る者の多くは恐らく戸惑うはず。戦争って悲惨で暗いものじゃなかったっけ。私個人的見解でなぜかというところで、思うところが2つ出た。

唐突だが、水爆実験のキノコ雲映像で心底震え上がれる人は幸せである。造形美に魅せられることがないからだ。あのスケールの大きい、巨大な輪が広がる様は何とも美しい。繰り返してはならない戦争を美しく楽しく描いてはならない、という常識というか良識が世間にはある。だから戦争をテーマにしたものは、何か嘘っぽい。「ひめゆりの塔」の軍人は、実際にあんな戦争狂いのがいたのかもしれないが、何か別世界の人みたいだし、「原爆の図」も実際ああだったのかもしれないが実感がついていかない。就遊館も戦争画も、かの戦争での日本人は勇ましく戦った、だけではなさそうだ、という意味で嘘っぽい。かといって戦争はバカバカしいよマンガだよと見下す態度も何か嘘だ。要するに本当の戦争を描いたと思えるもの特に美術は存在しない。で、この作者はその嘘っぽさを逆手に取ったと思える。あえて嘘っぽい明るさの中に真実を織り込み、毒を持って毒を制すみたいな手段で真実をイメージさせるのだ。明るい虚飾を取り払ったあとに残るもの、それが実は戦争だ……という線が一つ。

もう一つ、今回の震災でもよく聞くこと、「泣いてばかりいちゃあ、死んでいった者達に申し訳がないから明るく笑って生きましょう」多分、戦争中もそうだったに違いない。どんな状況であれ、生きる者はたくましく、明日を信じて、泣いてばかりじゃいかんよ上を向いて明るく行こう。こうした気概というものがある。しかし……その気概は残酷にも試されるのだ。B29が爆弾を落としにやってきた。人が次々死んでいく。しかし人々はその気概ゆえ血まみれになって家族を失ってなお笑っているような状態。開き直って死ぬのが何だ日本人なら桜のごとくパッと咲いてパッと散ろうじゃないか。タイトル「ころがるさくら」。死者と生者が入り乱れる地獄絵の上を桜が球体となって花びらをまき散らしながら世界を埋めるがごとく転がっていく。戦争はあたかも狂ったように明るく、桜色に染め上げられる。……という線。地下階の作品は他に「銀ヤンマ」東京地図の上に銀ヤンマ……つまり爆撃機。

2階に行って「BIRDMANテロのデッサン」というシリーズ、「積み木倒し」とかいう絵、「ニューゲルニカ」という、いずれもユーモラスな、それでいて戦争の意味がにじみ出る(ような)表現が冴える。中でも「笑うモービーディック」はいくつものキーワードを散りばめている。ポパイの手、マリリン、ベティ、エノラ・ゲイ、BIRDMAN、東京3.10など。絵としての鑑賞よりも、それは全てを含めて「読み解かれたい」と待ち構えている。

行けば思うところが何か出てくるはず。
http://www.shoto-museum.jp/05_exhibition/index.html#A001

|

2011年9月 9日 (金)

ちかごろざばだっく

子供が図書館で借りてきた「おかあさんといっしょ」のCDに、ガキンチョの歌に混じって「にじ・そら・ほし・せかい」という歌があった。これが、なんか他とは異質のクオリティを持っている。誰だこれ作ったのは、と作曲者を見ると「吉良知彦」とある。これを調べると出てきたのが「ザバダック」というユニット。おお、名前は知っていたが今までちゃんと聞いたことが無かったぞ。以降、図書館で2枚借り、CDも1枚購入。ううむ、私の知らんところで、まだこんないい音楽があったのね。と、最近ではそればっかり聞いている次第。

|

2011年9月 6日 (火)

草間彌生展(ワタリウム美術館)

ブツブツ作品の人、ぐらいの認識しか無いそこの君……というかオレも、行けば分かるいったいなぜああなのか、もう一つ、60年代に何をしていたのか。いや、ニューヨークであんな活躍をしていたとは知らなかった。

水玉模様は「自己消滅」なんだそうで、自分も水玉、背景も水玉なら、自分は消えてしまえる、で、その映像が2階の壁面に大映しで流れている……うーん60年代だなあ。なんかヴェルヴェット・アンダーグラウンドのドキュメンタリーを見てる気分だ。なんかあの時代の映像って、「2重映し」でストーリーも無く画面を混沌とさせるの好きなんだよねえ……ってのは気のせいか。あーそれから馬と一緒に水玉とか水に水玉作るとか屋外水玉パフォーマンス映像もあった。

水玉と同じぐらいよく使われる無数の柔らか突起は何か? そう、なんと、というかやっぱり、というかイチモツだって。あんなのが自分に入ってくるのはイヤっ、イヤイヤイヤイヤもう絶対イヤ……なんで山ほど作って克服しようとしたそうな。あれは「ソフトスカルプチャー」と呼ぶそうな(柔らか立体はみんなそう呼ぶようだが)。ボートにびっしり生えさせて、ついでにその写真を撮って壁じゅうに貼って(壁じゅうに同じパターンを並べるのはウォーホルがパクったらしい)、そのボートに乗ってGO! あーちなみにこの作品は写真だけね。実物作品は突起生えまくりの箱があり、箱には覗き穴があり、それを覗くとうぎゃああああっ……ってやつ。

それから「ハプニング」と称するパフォーマンス紹介写真があり(当時の流行りだよな)。テレビのなんたらショーにも出たが、派手にやりすぎで生放送中止の放送事故になったそうな。この辺が神聖かまってちゃんみたいな小物と違う(例の放送は見てないが)。Chim↑Pomもそつなくこなすんじゃなくて、このくらいかましてほしいね(鑑賞する側はお気楽だが)。

3階には最近の草間さんの映像。カメラ目線で歌を披露するのがあるが何かヤバい婆さんみたいで、若い時とは違うインパクトがある。ある意味超カッコイイ。目つきがどこかで見たような、と思ったら岡本太郎だ。4階には部屋中使った水玉インスタレーション。それ以外にも文章があり、私には芸術しかない、ようなことが書いてある。なるほど太郎に似ているわけだ。

草間彌生の偉大さが分かる企画。黄色と黒のブツブツTシャツが欲しかったが、最近着る機会がないからなあ。
http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html

|

2011年9月 2日 (金)

イケムラレイコ うつりゆくもの(国立近代美術館)

最近何を見ても鑑賞時間が短い。時間に余裕が無いのかと思ったが、余裕があっても結構スタスタ見てしまう。

さてイケムラワールド、なんて言い方をしたら陳腐なんだけど、やはりそういう感じがする。なにしろ作品脇の解説が無い。作品だけで空間を構成しようというコダワリだ(解説書がもらえるよ)。部屋がいくつも分かれていて、個々の部屋でそれぞれテーマがあるんだけど、それらは皆底で繋がり合っている感じだ。なんていうか、女性アーティストによくあるあの「ざらっとした感じの何か」でもある。

最初の「青に浮かぶ顔」を見て、はてどこかで見たぞと思ったら、アレだ、マン・レイのアフリカ面と一緒の女の顔ね。なんかあの顔を見ると、何ともモデルモデルしてて、うんいやいや顔というものはだね、もっと生々しいのよ、生気があるものなのよ、とイケムラが思ったかどうか、でも、そこが出発点じゃないかと思えるのです。次の部屋で「真珠の女」という絵があって、ハハァつまりソフトなフランシス・ベーコンをやりたいのね、なんてタカをくくってるのは間違いだろうなあ。ちなみにこの部屋のテーマは「山水」。次の部屋は普通目の人物。しかしその次がまさに、イケムラの思想というか人間観?を明確に表している部屋だ。そうか、この人はなんか立体の方がいいな、というか分かりやすい。大地に横たわる少女達、頭が無かったり、空洞の体は大地に吸い取られてしまったのか。いろいろ想像してみよう。次の部屋は写真。ここも横たわる人物だけど、顔がはっきりしないのがポイント。次の部屋「うみのけしき」うむ海だな、紙での解説は意味深。次の部屋「樹」。おっとこれも赤で描かれるのがいいね。大地には実は血が流れていて、それを吸い上げた樹が成長していくのです。樹にはたまに人間の顔ができたりするのだ。おお大地よ。だから生ける少女達を横たわらせ脳髄を吸い取るのだな、と勝手に想像。次の部屋「成長」もいいぞ。何とも明瞭でないまるで生まれかけの者達の立体。顔だか体だか人間だか動物だかも判然としないか、確かに生きている。私の勝手な解釈だと、これは子宮からできかけで出されてきた、まさに「成長」しつつある者達だ。おお女体よ。次の部屋は本とビデオ。すまんほとんど見てない。次「ブラック・ペインティング」これまた明瞭でない姿で横たわる少女達。次の部屋「出現」。ここはイケムラ少女の誕生らしい。その次「アルプスのインディアン」普通の中小画っぽい。ちなみに展示は時間を遡るのうになっているそうで、なるほど後半になるにつれ、何をしたいかよく分からなくなってくる。つまり作者も模索しつつあったんですな。「1980年代の作品」があり、ビデオがあり(見てない)、最後に新作「人物風景」。

私としては、言葉にできないが「根底に流れる何か」を感じ取ったように思うし、またそれが作者の表したかったことでもあるように思う。部屋には時々詩が書かれるが……うーん、別にヴィジュアルで表現できるなら言葉を使わなくてもいいではないか、と言葉を使う私は思う次第である(前もこんなこと書いたか)。でも、詩が好きな画家はよく見かけますなあ。
http://www.momat.go.jp/Honkan/Leiko_Ikemura.html

|

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »