« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月29日 (木)

没後150年 歌川国芳展(森アーツセンターギャラリー)

ギロッポン♪ 国芳も六本木にやるようになったんだからメジャーになったものよのう。私はなんかもう国芳は見尽くした感じがしてるんだけどね。「見尽くしたって、じゃあどれが何の絵か、全部わかっているわけね?」いやー、そういうことじゃないんだけどねえ。
現代でも通用するセンスを持ち、「浮世絵って何が面白いの?」とか「広重なんかつまんなーい」という御仁に見せたいエキサイティングなシーンを描くエンターテイナー。戯画のバカバカしさも最高。その国芳がたっぷり見れる。知らない人はまず行くべし。

武者絵でブレイクしたんで武者絵から始まるのが嬉しい。しかもタップリ。人体がアクションしてるだけじゃなくて、イナズマみたいな光線が飛び交ったり、龍だの魚だのデカい動物とのバトルも多い。3枚続きの大画面もオッケー。あと北斎もこだわった形のおもしろさというかな、たとえば「門を破る」とかいう絵があったが(今回出品リストが無く面倒でタイトルもメモってない)、ぶっ壊された門の木組みってんですが、それが画面に散らばってデザイン的に面白い演出をしている。こんなセンスもある。あと襲ってきたカニの甲羅が顔とか。
次に説話の絵。地獄絵とかあるよ。役者絵ではお岩の顔が怖い。次に美人画。江戸の姐さんを描けば右に出るものはいないぜっ。肉筆もあったが、うん、あまり国芳は向いてないな。悪くないけど。顔があまりに「浮世絵」なんだよね。印刷物で冴えるタイプなのは華宵なんかと同じかな。次は子供絵。ここでもデザイン的演出のがあるぞ。
次は風景画。洋風表現をやっていたのはおなじみだったが、元になったオランダの銅版画がある、というのを初めて知った。国芳は西洋画に憧れていたのです。その代表的な馬の描いてある絵(なんだっけ?)があるよ。知らん人は見てみてみて。その他、洋風を不自然なく取り入れる手腕に驚くべし。それから次は摺り物と動物。龍虎がよい。
そんでいよいよ戯画。あまりに無理な影絵、定番タヌキのキャンタマギャグ、猫がにゃーにゃー、役者絵禁止時代に壁の落書きだといって描いたおなじみのやつ。
あとはその他、すごろくとか、また怖いお岩とか。

全体で相当の量があり、初めて見るもの(というか覚えてないもの)もかなりあったんだけど、私は1時間足らずで見てしまった。なにげに「国芳的なるもの」を確認すればそれでオッケーみたいな鑑賞になってしまっている。ううむ……
いや、でも国芳なんて知らんという人にはインパクトは十分。あと前期後期で入れ替えるって。
http://kuniyoshi.exhn.jp/

|

2011年12月14日 (水)

長谷川等伯と狩野派(出光美術館)

あーそうだ日曜に行ったのです。等伯の国宝「松林図屏風」があまりに分かりやすく衝撃的なので、ついつい等伯という名前だけで行ってしまう、というオレみたいなのが多いのか結構混んでいる。もちろん今回「松林図屏風」は出ていない。「竹鶴図屏風」がそれっぽい表現をしているかな。

等伯は、桃山時代当時御用絵師として全盛だった狩野派に対して、新しく実力を付けてきたヤツで、そのうち長谷川派として狩野派のライバルになる。ま、こういう流れを見ると、なんちゅーかWindows対Macみたいな構図かと思ってしまい、ついついデカいものが嫌いな連中はWindowsなんかダメだやっぱりMacだよな、ってのと同じ感覚で狩野派なんかダメじゃんと言いたい気持ちは分かるが狩野深幽とか見るとそう単純でもない……ってなんか文章がとっちらかってるよな。

元々狩野派は水墨でそれを日本画に仕立て上げたんです。二代目狩野元信がロビー活動(?)をして御用絵師の地位を確立し、狩野永徳でブットイ樹を全面に出したヒワイな絵を描きバカウケ。対して等伯は牧谿(もっけい)という中国水墨の異端派で能阿弥に評価されたヤツに学んだ水墨のモーロー体みたいなので対抗的に出てきた。それで狩野派の妨害を受けるほど実力を付けたのです。

じゃあ双方の流れははっきり違うのかというと、江戸の狩野深幽も牧谿を参考にした表現をしているし、その後の長谷川派も狩野派も互いを意識して似たようなものを描いてるので、どっちがどっちとはっきり分かるもんでもない。ということは、ジョブズという天才亡きアップルもマイクロソフトの動向を意識しつつ必要な機能を取り込んでいくといういやいやいやそんな話をしているのではないって。

以上のようなことが分かるので、いろいろ勉強できる展示。扇のレイアウト屏風は宗達の前から狩野派でやってたとか、等伯の水墨虎の表現も牧谿でオッケーとか、牧谿の掛け軸があるとかとか、余白十分の深幽の絵とか、長谷川派と狩野派の波濤図の比較とか、ピンポイントでおいしいところを展示している。

まあオレは琳派の方が好きだが。
間もなく終わっちゃうゾ。
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

|

2011年12月 3日 (土)

アルプスの画家 セガンティーニ -光と山-(損保ジャパン)

あまり期待していなかったんだが、かなりの「当たり」であった。そもそも、アルプスなんか興味ねーよという感じだったが、象徴派風の絵があるというので、そっち目当てだったのだ。

入ってすぐはミレーを暗くした感じの、重厚な農村風景みたいなのが並ぶ。「羊たちへの祝福」がサイズも十分で見応えあるが、だからどうという感じでもない。「白いガチョウ」は傑作らしいが、死んだ鳥の絵はなじめねえしなあ、あとキノコとかの静物もうまいけど、普通。次の肖像のコーナーも「ブロンド髪の若い女性の頭部秀作」の顔がオモシロイぐらいで、あとはたいしたもんでもない(ここまで読んで、コイツは見方が浅いと思われるかもしれないが、美術鑑賞なんてこれでいいのだよ)。

なんかズガッとくるものはないんかい、と思っていたら、「水を飲む茶色い雌牛」からいきなり画面がバカ明るくなる。で、この絵がスゴい。その隣「アルプスの真昼」というのが2つ。これも同様。バカ明るくて濃い。これは「分割主義」という手法を使っているそうで、原色かそれに近い色を線でちまちまと描いていく。スーラが点描法ならこっちは線ってわけね。線だからかなり自然に見える。しかも鮮やかで明るい(アルプスの光を閉じこめたと言われる所以ですな)。濃いマチエールが迫ってくる。これは驚きだぞ諸君。「アルプスの真昼」の1枚はポスターなどになっているが、印象が全く違う。君がこの絵を見てポスターと同じ印象しか持たなかったなら絵を見るのはやめたほうがよい。以降は分割主義で手堅くこなす。「虚栄」はいかにも象徴派風なんだが、もはやどうでもよい。その隣の「春の牧草値」の方が冴えている。あと「ハイマツの枝」も小ぶりながら鮮やかで見事だ。

代表作の「アルプス」三部作はパネル展示があるが、パネルでは良さが分からん。「湖を渡るアヴェ・マリア」も習作?があるに過ぎない。これらは門外不出らしい。残念だな。

セガンティーニの影響を受けたという、ジョヴァンニ・ジャコメッティの「ムオタス・ムラーユのパノラマ」というのが出ていてやはり分割主義なのだが、なんか劣化コピーみたいな印象しか無い。いや違うかな、スーラでいい線行ってたのに、シニャックがなんでこんな色にしちゃうわけ? みたいな、なんかケッタイな色が混じっている。描く側は発展形みたいに考えていたのかもしれんが。不自然な感じが残る。

いやーそれにしても「水を飲む茶色い雌牛」なんて、描いてあるものはタイトルそのままなんだよね。絵に象徴的テーマがあるわけでもない(あったとしてもどうでもよい)。しかし、これが見るほどに感動的に迫ってくるってのは面白いじゃないかい。おお、俺には分かるぜっ! こういう体験ができるから美術鑑賞はやめられない。
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html

|

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »