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2013年4月28日 (日)

貴婦人と一角獣(国立新美術館)

フランスの至宝。中世ヨーロッパ美術の最高傑作、だそうです。フランス国立クリュニー美術館が改修するのでやってきた。ん、でもタピスリーってアウェイなんだよなあ。と思いつつ期待もそこそこに会場へ。
入って通路を進んで最初にもうメイン展示。展示室に入ると大型タピスリー6点に囲まれるニクい演出。うーん、やはりデカいだけあって壮観ですな。色調や6枚は一枚ずつテーマがあって「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」「我が唯一の望み」。絵は概ね中央に貴婦人、右に一角獣、左に獅子がいる。そして背景が「ミル・フルール」と言われる当時(1500年頃)流行の千花模様。この雰囲気はボッティチェルリの「四季」なんかに近い。しかしアレですな、一角獣の相手といやぁ貴婦人よりも乙女だよな。「触覚」では貴婦人が一角獣の角に触っているわけだけども、その場にいたご婦人が「一角獣はヴァージンじゃなきゃ触れないのよねえ」と言ってたぐらい有名な話なんで、ちょっと貴婦人じゃあ違和感がある。しかし、解説にもあったけど、キリスト教じゃあ一角獣の相手は処女懐胎した聖母マリアでもよかったわけだから、この貴婦人もその手合いの方であればまあ問題は無いでしょう。でも乙女の方がいいわオレは。

しかし何で獅子がいるのかなと思うに、一角獣が割と無表情なのに比べて獅子は舌出してハァハァしていたりするんで、結構表情があるのね。それぞれの絵において言いたいことは獅子の表情にあるのでは、と思ったりする。してみると最後の「我が唯一の望み」で、貴婦人の背後にある幕屋の入り口を支えてハァハァしているのは、この貴婦人を幕屋内に連れ込むところで、その貴婦人が宝石箱から宝石を出しているか入れているかしているところ(これはまだ謎なんだそうです)は、これは装身具を全部外しているところで、その後着ているものもどっかに置いちゃうんじゃないですかねえ、と思ったりする。この絵については結婚記念みたいな説もあり、してみると子宝に恵まれるような隠喩があってもおかしくない、というか、それがごくまっとうな路線じゃん。そもそも一角獣ってのがアレなんだよアレ……って、もういいや。

ところで「嗅覚」の貴婦人の手が、なんか仏像の印に似てるな……まあこれは偶然か。それにしても貴婦人の顔が萌え系じゃないなあ(当たり前だ)。でも当時の萌え系かもしれない。だって当時流行の千花模様とか装身具とか使っているけん(時代によって萌え感覚が違うってのは、江戸浮世絵の美人画を見りゃあ一目瞭然だぞ)。

で、この「貴婦人と一角獣」については、デジタルシアター(オリジナル音楽付き映像)とか、絵に使われている草花や動物をいろいろ並べてるコーナーや、解説映像もあって楽しめる(私は解説映像以外あまり見てないが)。それ以外、当時の置物やらスタンドグラスやらタピスリーもいろいろ(数は多くないが)。中でも千花模様が感じられるタピスリーはなかなかよいな。まあ主役を食うには及ばないが。

第一級の中世ヨーロッパタピスリーが見たい、という人は行きだ。
http://www.lady-unicorn.jp/

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2013年4月22日 (月)

牧野邦夫―写実の精髄(練馬区立美術館)

去年の中村和義、一昨年の磯江毅、たまに驚異的な発見がある練馬がまたやった。牧野邦夫、いや知らなかったが凄いぞこの人。磯江毅もそうだし、来週からBunakmuraでやるアントニオ・ロペスもそうだけど、写実がここんとこ再評価されてる雰囲気だ。写真があるから写実なんてもう意味ないじゃん、と思うのは甘い。それは写実の凄いのを見たことないのじゃ。最近私は思うのだが、写真はやはり機械で撮ったものなんだよね。光にあくまで忠実だしピントの合う合わないもある。写真をそのまま拡大して絵にするとそういう光学的に忠実な部分がなんとなく分かっちゃう。ああこれ元は写真なんだなって。写実絵画はそういうのを超えて現実が見える様が迫ってくるのだ。ここが凄いところなんだよ。でも牧野邦夫って写実だけではなくて、写実の手法を使って幻想絵画にしたのも少なくない。これがまた技術力と相まってかなりのもんだ。
牧野邦夫はレンブラントを師と仰ぎ、世間の流行とは離れてひたすら自分の道を進んでいった。いや、こういう人の作品を見るとさ、村上隆の言う、西洋美術の潮流に対するプレゼンテーションで評価されてこそ芸術、なんていうのがバカみたいに見えるんよ。村上隆のドバイ(じゃなかったドーハだ)の個展が玄人筋で絶賛だったようだが、多分オレが見ても感動しないと思う。

さて、最初にあるのは「未完成の塔」というのも、10年で1層を描く予定だったが、50代の1層しかできなかった。61歳で亡くなったのね。絵は幻想風。それから年代順。レンブラントリスペクトみたいな自画像も多い。特に後半にある。「黒い布をつけた自画像」はまんまレンブラントだ。幻想的ながらも写実ベースなので、主体ががっちりしている。「邪保」のとんがった耳とかね(こう書いても何だかわからんな)。「複製のある部屋」の写実的な和室の一角から幻想が湧いてくる様が面白い。「ひん曲がった部屋」というシュールレアリスム絵画みたいなんのもある。「食卓の自画像」の写実的自画像を飾る幻想的静物の独特の描き方がいい。
2階に上がり、「虫の墓」は小さいながらも凄い。「近衛師団司令部隊」これ今の近代美術館工芸館の建物らしいが、廃墟。「白い静物のある裸婦」の存在感よ。裸婦は結構あって、やっぱ礒江も描いてたが写実裸婦はエロい云々を除いても存在感の発揮できる血の通った造形には違いない。「ジュリアーノ吉介の話(芥川龍之介作品より)」これは話を元にしたそうだが大作。いや人間が多い大作も結構ある。それこそ「人」というタイトルのものも。あと「天守物語Ⅰ(泉鏡花作品より)」「天守物語Ⅱ(泉鏡花作品より)」これは色鮮やかで遠目に見てもイケる。「インパール(高木俊朗作品より)」は戦争の死屍累々もの、かなり凄惨な描写で。これはもう一つの「人」の天国と地獄の地獄部分にも通じる感じ。「セロ弾きのゴーシェ(宮澤賢治作品より)」ゴーシュじゃなくあえてゴーシェだって。このネコ女の解釈はなんか凄いぞ。

まあとにかく、今年見た中でナンバーワン美術展の勢いだ。コンセプトやプレゼンテーションのアートにうんざりしている人にも贈りたい。会場空いてたな。もったいない。マジで観た方がいい。
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/makinokunio2013.html

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2013年4月19日 (金)

JR展 世界はアートで変わっていく(ワタリウム美術館)

JRといっても鉄道会社ではない。フランス人アーティスト。以前ここでやった「ひっくりかえる展」で名前を知ったが、その時はそんなに印象は無かった。で、そんなに期待してなかったんで、会社帰りに寄ってみたが、これが結構いい。

美術鑑賞というのは、作品そのものが「美」であるからして、余計な解説はいらんというのが私の基本的姿勢。ただお勉強やら解説やらを伴って鑑賞すると、まあいろいろ知的に楽しめるのも事実。そうそう、今朝ほど思ったのは、これってRPG(ロールプレイングゲーム)に似てるんだよな、と。作品ついての、たとえば主題が何であるとか、モデルは誰であるとか、作者がいつごろどんなこと考えて作った、なんて情報はRPGのアイテムであり、それをゲットするとプレイヤーのレベルが上がるの。でも大事なことは、そのRPGの世界は君にとって美しいかということなんだだ。そこを見ているかということ。君はレベルアップばかりを目指しちゃいないかい。……というところに、実はもう一つ美術鑑賞の形があることに気がついた。うまく書けんが、美術的な手法をもって、社会に対してある種のインパクトを与えているものを、社会の一員として体験することだ。それは作品に関する情報といえばそうなんだけど、そこには情報以上のものがある。俗っぽく言っちゃうと、ちょっと感動もの。

展示数は多くないし、作品そのものではなく、活動記録映像だったりするが、そのコンセプトは社会問題に対して、ある種の主張をしてくる。なんだろう……みんな一生懸命生きてるんだぁ、みたいな。元々は街のグラフィティアートから始まったそうな。あー、オレの嫌いなやつね。あの迷惑な落描きでしかない、全く個性のないヤツラだよな。ただJRはそこから抜け出て、写真(ポートレート)を使った表現になっていく。ストリートの不良っぽい若者の写真を高級住宅街に貼ったり、パレスチナ人とイスラエル人の写真を仲よく並べて貼ったり、傷ついた女性達の巨大な写真を、その傷に関する場所に貼ったり。日本においても、東日本大震災で被害合った人達の、それでも元気に頑張る顔を様々な場所に貼っていくとか。写真はいずれも正面を向いた顔である。顔に歴史ありだ。ずっと通して見ていると、何か不思議な感動がある。もちろんそれが狙いで「世界はアートで変わっていく」ということだろう。

最後の2階のところで、来場者も参加できる。ドットのついた専用の部屋でポートレートを撮ると、大型プリンタで出力したモノクロ写真が上から降ってくる。デカいし、JRの作品の一つとなった感じがいい。ネットでも見ることができるぞ。次の来場者104人の中のどれかにオレがいるぞ。
http://www.insideoutproject.net/japan/#/date/20130419
ん、まあデカい自分の写真があっても使い道は……部屋に貼るわけにもいかんしねえ……

日本にもChim↑Pomというグループがこうした路線で活動しているが、ただのお騒がせ集団みたいに見られているし、決してうまくはいっていないと思う。でも他に名の知れたのはいないしがんばってほしいところだ。あと、こういうアーティストはもっと出てきていいと思う。
http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html

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2013年4月12日 (金)

カリフォルニアデザイン1930-1965(国立新美術館)

建築系の展示は当たり外れが大きい。当たりものは、なんたって部屋などをそのまま再現して、空間で魅せるもの。次点で模型がデカいとか、CG映像が凄いとか。外れは図面と写真と大量の解説とショボい模型だけで全然オモロないもの。なに貴重な図面だって? 私は建築科出だけど図面見て楽しめるほどハマってないのじゃ。で、今回のは、ポスターにいい感じの写真があってだな、その空間が再現されてると期待したんよ。でもね、その写真があるだけだったの。カネ返せとまで言わないけどさあ、ああいう写真見ちゃうと期待しちゃうじゃんよー。ちなみにその写真はジュリアス・シュルマンって人が撮った、いかにもカリフォルニア。インテリアみたいな演出のもので、どこぞのオフィスだってさ。

で、現場の展示はだだっ広い空間を利用して様々なものが並べられているというもの(会場は建築家がデザインしたんだって)、良く言えばモダン・リヴィングにふさわしい、シンプルで洗練された展示方法……なんだけどね、やっぱソファセットなんかは部屋ごと再現してほしいわな。広々したいかにも展示スペースってところにソファセットがあっても雰囲気でねえべ。まあ純粋に個々のデザインに目を向けてくれ、ということかもしれないが、なんかイマイチだなあ。

まあそういう意味だと、最初の方にあるエアストリームのキャンピングトレイラーはグッとくるものがあるな。ドアから中が見えるんよ。中に入りたい。あとは、ラースローって人のミロパクリテキスタイルとか、中盤のジュエリーいくつかはどれも面白いデザインだ。

しかし映像と解説が多い。最初の方こそ解説を読んではいたが、仕事で疲れてたけん、早々に嫌になってしまった。諸君のごときお勉強好きにはたっぷり楽しめるぞ。中盤にも映像があって、あーもういいよと思ったが、おっとここで逃してはいけないのは、イームズの椅子何種類かに座って鑑賞できるのじゃ。映像よりも椅子がいいっす。イームズ作品は展示でもところどころあるよ。
それから、原子力時代とかでアトミック・デザインのところにあったボードゲーム「ドカン! それとも繁栄!」の中身が気になる。箱だけ置いてあってもなあ。面白さが分からんよ。あと子供のおもちゃ系も面白い。バービーもモダンインテリアなんだぜ。

まあそんなところで、展示数は結構多いし、あらゆるものに時代のカラーが感じられるのが面白い。劇的演出は無いものの、手堅く鑑賞できるよ。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2013/california/index.html

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2013年4月 7日 (日)

ラファエロ(国立西洋美術館)

うーん、そんなに期待してなかった。というのもルネサンスの巨匠ラファエロだよ。1500年だよ。同時代のダビンチが1枚来たって大騒ぎになるんだぞ。そんなスゲエヤツの秀作が日本に大量に来るなんてねえ、まず考えられないでしょ。まあラファエロ本人作は数枚じゃねーかと思ったら結構あった。おおそうか、こういう機会は今まで無かったので、ありがたがり系の人はまず見に行くべきじゃ。しかし後年のマニエリスムやバロック絵画とか知っている向きには、絵そのものはそんな大したものではないと思う。そりゃ時代が時代だもん。ぼけーっと見てると、なんか素朴派の絵を見てるような気分になるんよ。もちろん素朴派なんてずっと後年だけどね。従って、当展示で鑑賞のテンションが上がる人は、ありがたがり屋か、骨董屋か、美術史に詳しい人あたりかなあとか思うんよ。私はそんなに上がりませんでした。あと、当時の絵画はほとんどキリスト教や神話なのね。それで、そもそもキリスト教をそんなに知らんのに、そんな一生懸命こういう絵を見ちゃって俺たちバッカぢゃなかろか、という気分にるなる。いやしかし、中にはなかなかいいヤツもあったのだ。

まあ順を追って行こうよ。「父なる神、聖母マリア」。結構大き目。4人のケルビムがお約束っぽくて面白い。それより隣の「天使」ね小さいけどなんかいいなこれ。普通のどこぞの娘の肖像っぽい。「若い男の肖像」はなんか変だ。首のあたりかなあ。こういうのが素朴派っぽいのね(ルネサンスの大巨匠つかまえて素朴派もないもんだが)。他にも肖像はいくつかるが、中の上ぐらいの印象。「聖ゲオルギウスと竜」これはアクションものだけど、バロック以前によくここまでがんばりましたな、という感じ。それからポスターにもなってる「大公の聖母」、おお、さすが目玉。こいつぁいいぞ。この作品だけは時を越える力がある。聖母のアンニュイな顔が他には無い魅力だ。背景の黒は後年のものだってさ。でもこの黒が引き立ててている。それからラファエロではないが、フェデリコ・ズッカリのラファエロ作品に基づくという「牢獄から解放される聖ペテロ」は天使やってくるところの光と暗がりと牢獄の格子の効果が面白い。それからラファエロ「エゼキエルの幻視」これもこの時代にしちゃあよくがんばってますな、という感じ。しかし古代ギリシャ彫刻のヘレニズムとか既にあったわけだから、それがやっと復活して絵画になったわけかな。そりから最後にラファエロの継承者たちのコーナーがあるが、なんでアングルが無いんだよと思ったじゃい。まあ時代がだいぶ後なのと、あとアングルでも出そうものなら、ラファエロが食われちまうしなHAHAHA。最後はペリン・デル・ヴァーガの「聖母子」でシメる。

なんだかんだいっても「大公の聖母」1枚だけでも元は取れるであろう。それにしてもアングルの聖母とか見たくなったぞ。
http://raffaello2013.com/

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