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2013年4月19日 (金)

JR展 世界はアートで変わっていく(ワタリウム美術館)

JRといっても鉄道会社ではない。フランス人アーティスト。以前ここでやった「ひっくりかえる展」で名前を知ったが、その時はそんなに印象は無かった。で、そんなに期待してなかったんで、会社帰りに寄ってみたが、これが結構いい。

美術鑑賞というのは、作品そのものが「美」であるからして、余計な解説はいらんというのが私の基本的姿勢。ただお勉強やら解説やらを伴って鑑賞すると、まあいろいろ知的に楽しめるのも事実。そうそう、今朝ほど思ったのは、これってRPG(ロールプレイングゲーム)に似てるんだよな、と。作品ついての、たとえば主題が何であるとか、モデルは誰であるとか、作者がいつごろどんなこと考えて作った、なんて情報はRPGのアイテムであり、それをゲットするとプレイヤーのレベルが上がるの。でも大事なことは、そのRPGの世界は君にとって美しいかということなんだだ。そこを見ているかということ。君はレベルアップばかりを目指しちゃいないかい。……というところに、実はもう一つ美術鑑賞の形があることに気がついた。うまく書けんが、美術的な手法をもって、社会に対してある種のインパクトを与えているものを、社会の一員として体験することだ。それは作品に関する情報といえばそうなんだけど、そこには情報以上のものがある。俗っぽく言っちゃうと、ちょっと感動もの。

展示数は多くないし、作品そのものではなく、活動記録映像だったりするが、そのコンセプトは社会問題に対して、ある種の主張をしてくる。なんだろう……みんな一生懸命生きてるんだぁ、みたいな。元々は街のグラフィティアートから始まったそうな。あー、オレの嫌いなやつね。あの迷惑な落描きでしかない、全く個性のないヤツラだよな。ただJRはそこから抜け出て、写真(ポートレート)を使った表現になっていく。ストリートの不良っぽい若者の写真を高級住宅街に貼ったり、パレスチナ人とイスラエル人の写真を仲よく並べて貼ったり、傷ついた女性達の巨大な写真を、その傷に関する場所に貼ったり。日本においても、東日本大震災で被害合った人達の、それでも元気に頑張る顔を様々な場所に貼っていくとか。写真はいずれも正面を向いた顔である。顔に歴史ありだ。ずっと通して見ていると、何か不思議な感動がある。もちろんそれが狙いで「世界はアートで変わっていく」ということだろう。

最後の2階のところで、来場者も参加できる。ドットのついた専用の部屋でポートレートを撮ると、大型プリンタで出力したモノクロ写真が上から降ってくる。デカいし、JRの作品の一つとなった感じがいい。ネットでも見ることができるぞ。次の来場者104人の中のどれかにオレがいるぞ。
http://www.insideoutproject.net/japan/#/date/20130419
ん、まあデカい自分の写真があっても使い道は……部屋に貼るわけにもいかんしねえ……

日本にもChim↑Pomというグループがこうした路線で活動しているが、ただのお騒がせ集団みたいに見られているし、決してうまくはいっていないと思う。でも他に名の知れたのはいないしがんばってほしいところだ。あと、こういうアーティストはもっと出てきていいと思う。
http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html

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