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2013年7月28日 (日)

曼荼羅展(根津美術館)

仏教美術なんて(仏像含め)あまり興味がないくせに、曼荼羅だとなんか行ってしまう。なんかあのシャキッとした図象の中に仏像がびっしり描かれてるってのは、見ているとテンション上がっちゃう……ような気がするのだ。

そういう意味だと、出だしの「両界曼荼羅」と「金剛界八十一尊曼荼羅」は修復したそうで、結構くっきりした大画面、「ああ曼荼羅を見てるなあ。こういうのを見に来たんだよなあ」って気分になる。が、その後は……曼荼羅ではなく、密教のなんたら像とかで、あと曼荼羅もあるにはあるけど、年代物で淡いので、なんとなくテンションも落ち気味に。曼荼羅については、極楽浄土を描いた「浄土曼荼羅」と、神道の連中も含めて描かれる「垂涎」じゃないな「垂迹曼荼羅」もあり、解説もちゃんとあって勉強できます勉強だよ勉強。おめーら勉強好きだろ。貴重品だし年代物だってのは分かる。学べるし納得できるってのも好きならいいよ。でもね、曼荼羅という図象作品を見に来たんよ。それを我が心に感じに来たんよ。勉強にしに来たんじゃないんよ。例えるならば、うまいと評判のラーメン屋に入ったら、このラーメンは何なのかという勉強がいっぱいできるのに、肝心のラーメンは茶わん一杯だけとか、そんな感じ。でも美術鑑賞の世界じゃなぜかそれは許されるし「素晴らしい展覧会ですね」などと言われたりもする。そりゃまあラーメンと美術品は違うからな。でもオレの気分はそうなんじゃ。美術好きは勉強好きだから勉強できりゃいいでしょみたいな展示はどうもなあ。じゃあ、何が要るって、そうだなあ、曼荼羅に関しちゃ複製で鮮やかに再現してもらった方がオレには嬉しい。
浄土曼荼羅の一つに「兜率天曼荼羅」というのがあり、斜め上から浄土を見ている変わりもの。でも、オレにとっては「コレじゃない」感がある。あと、曼荼羅じゃないけど「大威徳明王像」ってのが、面白そうなんだよなあ。でも薄くてよく分からないんだよなあ。修復したら見たい。

曼荼羅展は以上で、他の展示室には仏教彫刻とか、古代中国の青銅器……なんかロシアのSF映画に出てきそうな感じのヤツ、とか、茶席の主こと「釜」。おお! 釜か! ……分からん。見る人が見れば感動ものなのか。オレは茶なんて高貴な趣味持ってないしな。あーあとね、根津美術館に行くなら外の日本庭園も広くて見ものだからね、暑くても出なきゃソンソン。
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html

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2013年7月25日 (木)

福田美蘭展(東京都美術館)

おお、あの福田美蘭をまとめて見る機会が来ようとは。トリックアートのような作品を描くグラフィックデザイナーとして有名な福田繁雄の娘。父親譲りのユーモアセンスと、和洋画をこなし、具象から抽象までイケる実力と、社会的な視点も手がける。うむ、分かりやすい。面白い。素晴らしい……うーん、しかしなんとなくイマイチ感があるのはなぜだ? まあ多分好みの問題で、ほとんどがサブカルチャーというか、元ネタをいじって作品にしているからだろうなあ。オレはあまり二次創作みたいなのは好きじゃないんよ。逆にオレの好きじゃない二次創作系で、ここまで楽しませるんだから凄いということじゃ。しょーもないコンセプトも手を抜かず高い技量を駆使して見せるってのも好きだしな。尚、都美の企画展示室ではなく、ギャラリー三つ分を使うのね。そのためか入場料はチョイ安だった。

最初は「日本への眼差し」コーナー。日本画をネタにしている。「湖畔」は黒田清輝の作品の画面外を描くもの。山水画に白雪姫がいたり、日の出の太陽がハートだったり、西洋画の死んだ獣に対抗して死んで浮いた魚の日本画を描いたり、浮世絵風の画面にちゅどーんみたいなマンガ表現を入れたり、特に面白いと思ったのは、鑑賞だけを許された着物「志村ふくみ《聖堂》」を、やっぱり着物は着なきゃあねってんで、それを着た自画像を描く。いいね。あとは象牙でできたファストフードのマドラーとか、企業ロゴがいくつも描いてある風景とか、扇をレイアウトしたのでよく見る「扇面流図」を広告団扇でやるとか、商業世界をテーマにした作品も面白いぞ。

「現実への眼差し」コーナーでは国際あるいは社会事件をテーマにしたものが並ぶ。ここで何があったか書いちゃうと実際に見た時のインパクトが減るかな。サリン事件の写真をメトロカードにするとか、きれいなハンカチの中心に「O-157」と書いてあるとか。そういえば、ほとんどの作品に解説があって、意図が分かるようになっている。普通の美術作品とちょっと違うのは、意図を分かってナンボのものというのがほとんど。そして作品を見ただけで意図が分かるのは結構少ないかもしれない。うーん、そこがね……そういうものなんだけど、イマイチ感のもとかもしれない。このコーナーで最もインパクトがあったのは「噴火後の富士」これも解説を読めば分かるのだが、いかに自分達が……か実感できるのだ(なんか書かない方がいい思うので。ぜひ現地で見られたい)。

「西洋への眼差し」コーナー。割とおなじみの福田美蘭作品がこのあたり。宗教画などにいきなりティッシュだのティーバッグだの持ち込んだり、絵を折り畳めるようにしたり、冷蔵庫の中に描いてみたり、モナリザのモデル休息中とか、遊び心満載だ。「床に置く絵」というのがあって、床に置いてあって歩いていいと書いてはあるが、すさまじく躊躇してしまう(結局歩けなかった)。美術品は触れないもの、ましてや上など歩けないという刷り込みの大きさに自分で驚いちゃうぞ。「毎日新聞2000年4月30日」フェルメールの青ターバン来日時の記事(絵が映っている)を拡大コピーして、絵のところをきれいに仕上げる。新聞記事に載っている絵は本物なのに、ここにあるのは複製画という面白コンセプト。「カラヴァッジョ”果物かご”」はCMYKの一色分が額ごとボロッと外れてしまっている。このセンスはちょっと父親似かな。セザンヌ「リンゴとオレンジ」に添削したのにも再会。初めて見た時は、まだセザンヌの良さが分からない頃だった……ううむ、きりがないな。一番面白かったのは、「レンブラント-パレットを持つ自画像」元絵の背景に描いてある二つの円が実は……ええええっ! という面白作品。何かは書かないから現地で見てね。

「今日を生きる眼差し」コーナー。宗教画などの動きを連続させて描いちゃう未来派みたいなことをしている作品とか。祖父の童画を使った「涅槃図」はちょっと感動的。「風神雷神図」はあの絵の印象を抽象化させようとした作品……だけどちょっとうまくいってないかな。ここでの圧巻は東日本大震災をテーマにした四季作品。春の新聞の見出し、夏の海底のアサリ、秋の悲母観音と冬のゴッホ風の花が泣かせる。どれもコンセプトが書いてあるので、理解はしやすいはずだ。

普通の美術鑑賞とはちょっと違う、解説も作品のうちで、それを読みつつ楽しむという感じだ。大いにおすすめはできる。
http://www.tobikan.jp/museum/2013/2013_fukudamiran.html

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2013年7月19日 (金)

「色を見る、色を楽しむ」(ブリヂストン美術館)

コレクション展なので、展示されている作品は、ほとんど見たことあるものばかりなんだけど、ここはテーマを決めて、それに従って並べ換えをしているので、様々な切り口から鑑賞できるというわけなのだ。今回も絵画での色つまり、絵の具がどう発展してきたか、というような解説があって、年代順にその解説を確認しつつ見ていける……んだけど、ボクは解説をまじめに読んでなかった。勉強好きは読んでくれ。ボクの目当ては「追悼 ザオ・ウーキー」の一室だったからなのさ。

えー、とはいえメモった中では、ジャン=バティスト・パテルの「水浴」ロココかな? ロココだよなチョイエロだしな(Wikiによれば「ヴァトー没後に『雅宴画』の画家として正式に認められた」んだって。ロココだ)。ミレーの「乳しぼりの女」は、いかにもミレー(……としか書きようがないところがナンだが)。ゴッホの「モンマルトルの風車」が意外にも普通の色あいて面白い。狂った原色じゃないんだぜ。それからヴラマンクの「風景」これが水彩なんだけど、いいですね。隣の「運河船」はなんかフォーヴ過ぎる。今回の目玉の一つがルドンのリトグラフ「夢想」……なんだけど、うーん、これは「黒」時代のものだが、ルドンの黒はいろいろ見たもので、あまり新鮮じゃない。それからピカソがいくつか。だいたい見たもんだが、「生木と枯木のある風景」だけはピカソらしくなくてちょっと新鮮だった。老いてもなお盛んなメッタメタ描き「画家とモデル」も面白いぞ。次はマティスの部屋だーっ! ……困ったことにボクはマティスって何がいいのか分からないんよ。多くの人が絶賛してるんだが、実感がゼロやねん。「コリウール」「ルー川のほとり」「画家の裸婦」「縞ジャケット」どれもネコに小判だにゃ。しかし切り絵をステンシルにした「ジャズ」これはいいね。何か楽しく分かりやすい。色もいい。これも何度か見てるか、今回あらためて見ていいと思ったわい。

さて、いよいよザオ・ウーキーの部屋だ。四月に亡くなった氏の追悼企画だ。九点出ている。特に大きめの油彩画がいい。既に見てるのが多いがいいものはいい。特に「24.02.70」おお、絵に「光」を感じる。「風景 2004」は恐らく山に夕日かなあ、それにしては全体が緑がかっているし。しかしその絵画世界はあまりに「自然」だ。我々が自然を見た時の心象風景といったところではないか。「07.06.85」も海のような、いや何かを特定しない方がいい。特定できないが、きっとそれはどこか見たことがあるのだろう。抽象画でありながら叙情的。何度も書いているが、ザオ・ウーキーこそ世界最高の抽象画家だ。合掌。ちなみにサイトに絵の画像もあるが、本物はもっとスゲエと言っておく。

あとは日本の近代絵画。全部見たからいいや。書くのが面倒だ。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibitions/

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2013年7月15日 (月)

アンドレアス・グルスキー展(国立新美術館)

写真はアウェーだとか言ってほとんど見ないのだが、たまに面白そうだと見る。自分にとって面白いのは、何かシュールレアリズム絵画のような超現実的な風景などで、以前森美で見たニコラ・ムーランなどは、PCの壁紙にしたりしている。あとだいぶ前にベルトランの航空写真なども面白い部類に入っている。そういう意味だと、グルスキーはかなり「面白い」ぞ。出品リストと展示順があえてバラバラなんだけど、極力展示順に行こう。

最初の方に本のページらしき写真がある。これは自分で何たらの作品をリミックスして活字を組んで本みたいにして撮った一枚。「バンコク」というシリーズがあり、一見抽象画風なんだけど、よく見ると航空写真かな? いや、ここに写っているのはサンダルだ。どうも川面で、いろいろ写っているのはゴミのようだ。このシリーズ全部そう。あれ、よく見るとこれ「ナイタイマガジン」じゃないか。なんでバンコクにナイタイがっ! しかし、ゴミをオブジェにするセンスとは歌川国芳並じゃないか。「無題Ⅰ」という作品、一面の……カーペットかこれは。それからキラキラした何かが並んでいるが「パリ・フランス共産党本部」だって。こういう建物の一部を切り出して何か別のもの風の写真にしているのも多い。あとは人々「ニャチャン」では椅子を作っている。「ベーリッツ」も傑作。一見建物の壁面かと思う。よく見ると、小さく人がいる。そうかこれは畑か? 「パリ・モンパルナス」も幾何学的なモダニズム風アパートが見事に「絵画」している。広告にもなっている「カミオカンデ」は日本のスーパーカミオカンデ。スケールのデカい、幾何学的配列の球が壮観だ。そこに帽子をかぶってゴムボートで進んでいる人がいる。これは何? 実景? どうもデジタル合成を結構やっているらしいのだ。写真はあくまで手を加えない「リアル」であるべきなのか? いや、虚構でもいいのだ。先のニコラ・ムーランも虚構で見事なものを作るから、オレ的には「あり」だ。「シカゴ証券取引所」これも人人。「東京証券取引所」も背広の人人が入り乱れる(東証はシステム化され今はもっとスマートらしいが)。とにかく単なる人混みでない面白さがあるのは、ある種の目的を共有しているのが分かるからだろう。カオスの中にも秩序あり、これがアートだ。「福山」の牛小屋配列。「ピョンヤン」シリーズは例の大規模マスゲーム。一糸乱れぬ……と思いきや、演じる少女達の表情仕草に微妙な個性があるというのがテーマだ。それから、これは何の写真なのか不明なのも多い。「無題XV」は穴だらけの壁と、その前になぜかマイクスタンド。うーん……ホールか? しかし面白い風景だったら何でもいい。「エンガディン地方」アリの行列みたいなスキーヤーが面白い。「グリーリー」は一面の区画された牧場が壮観……なんだけど、同行した妻がかつてグリーリーに住んでいたが、こう大規模ではなかったとのこと。ううむ、これ強調するための合成かな? 「99セント」は、もう一つの目玉。こっちも商品びっしりの状態が壮観だが、これも合成らしい。でも面白いからいいんだ。「無題V」というのが妙で、ジャクソン・ポロックの絵をそのまま撮っている。うーん、これはどういう意図があるのだ? 質感が消えるので、ヘンではある。「マドンナ」はコンサートの模様。マドンナがちゃんと写っている。状態はカオス。

そんなわけで写真にそう興味が無くても、面白写真が好き、という程度でもとにかく「行き」だ。
http://gursky.jp/

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2013年7月13日 (土)

谷文晁(サントリー美術館)

ノーマークだったが、なんか評判がいいので行ってみた。うん、知ってますよ谷文晁。江戸絵画の美術展などやりゃあ名前はよく目にします。どういう絵描きかって……あれ? そう、これがなんと山水から洋風表現まで、様々な技法を身につけた巨人だったので、かえって特徴が分からなくなっているというのです。おお、行けばその全貌に仰天ダー……という期待を込めていたんだが、行ってみて……うーん、確かに技量はある。相当ある、凄い……んだけどこのイマイチ感は何だ? 多分若冲みたいにブレイクはしないんじゃないかな。

順を追って、最初に並んでいる中で目に付くのは「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」洋画の模写の模写なんだけど、これがうめえ。リアルな形状やら陰影表現からこりゃもう日本ものじゃねえだ。あと仏画は得意だったようで、「仏涅槃図」なんかいいぞ。

画業のはじまりというコーナーで、「水墨山水図」というのがあって、13歳で描いたんですってよ。「夏谿新晴図」というのは遠近感がいいですね。「四季山水図」も素晴らしく…………ああダメだ。ボク山水はアウェーだから分からないや。あと山水ではない鶴と日の出のおきまり絵みたいなのが「海鶴幡桃図」ちょっと面白い。

旅と写生のコーナー。この中では「公余深勝図巻」という旅先スケッチがいい。スケッチったって、色もついているし、バカウマ。近代絵画みたいな雰囲気で正確に描いている。

階段を下りて「石山寺縁起絵巻」の再生作業。ああ、なんか縁起絵巻って、試験問題に出てきた気がするだ。えらい古い絵巻を、文晁が再生して完成させたとかで……いや待て追加したのかな、なんかよく読んでないや。すまねえ。絵はさ、大和絵の巻物だから、そんなエキサイトするもんじゃないよ。ありがたがって見なさい。

文晁をめぐるネットワークつまり人脈コーナー。広い人脈。あの酒井抱一とも交友があったんですってよ。いろいろ出てるが。「木村蒹葭堂像」の似顔がいい味だ。重要文化財。あと若冲が一枚どこかにあったな。「八仙人図」ほほう、こういう蘇我簫白みたいな「顔」も描けるのか。大型の「水墨山水図屏風」のモコモコな山も面白い。このモコモコ山は上の階にもあって、「鍾馗山水図」もこのモコモコ。解説を読むと……なに北宋風だと? うーん、試験に出たような気がするけど分かりませんっ。そうでないガリガリの山があって、これが何風なのか確認しようとしたが、分からん。何とか風の山水という表現があって。文晁はそれを駆使できたってわけだ。あとは、文晁中心に十人が結集し、こうしとその弟子になぞらえて描いた「文晁一門十哲図」絵がどうよりも、このチームでのやる気満々な感じが特徴。渡辺崋山29歳も描かれている。「十大弟子図」も出ていた絵は二人分だったが顔がいい。最後はモノクロに引き締まった富士山の絵でキメだっ!

うーん……なんで若冲ほど面白くないんだ。うまい、すごい、しかし……まあ多分好みの問題で、ボクは「何でこういうことするんだっ」みたいな絵を描くヤツの方が好きなんだよね。若冲や北斎はそういうのがある。司馬江漢もそうだ。抱一よりはたまにヘンな絵を描く其一がいい。
あと山水をほとんで見てないもんで……見てればきっともっと楽しめるぞ。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibit/2013_3/index.html

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2013年7月 6日 (土)

「LOVE展」(森美術館)

「愛」だよ「愛」! 十周年記念だからといって、こういうテーマでは、まかり間違えるとクソみたいな企画になりかねない。そして、その危惧が当たったところもある。期間も長いし、物量質ともに充実している。各作品のテーマはどれも愛に関するものだ。しかし、だからといって見えてくるのは小賢しい企画者のドヤ顔と、各作品に対する「愛」の無さだ。そう「愛」がテーマでありながら、ここには愛が無いのさ!
ところで入口がえらい混んでいる。何かと思ったら「ハリー・ポッター展」をやってるのね。

入るとまずデミアン・ハースト。ハートだけど蝶の死骸を使う毒はちょっといい。ジェフ・クーンズのデカいハートはまるでバブルだな。ロバート・インディアナの「Love」は定番。澤柳英行のインスタレーションは一発芸みたいで見事だ。西山美なコ「ザ・ピんくはうす」……うーん、こういう安っぽい路線をあえてやりました、みたいなのはよく見る。えー、次に4人ぐらいのコラボで、言葉を言うと、それをタイトルにした「愛の歌」を歌ってくれる機械がある。音声合成や人工知能を使ってるんだ。面白いけど……歌ってくれるテキストはイマイチだ。

次、マグリットやら、キリコの絵が並ぶ。ちょっと変わったところでピカビア。いずれもカップルの絵な。プランクーシのおなじみ「接吻」も、ロダンの「接吻」もあるぜ。シャガールのカップルもある。ここにカップルで来れば、お互いの距離がググっと縮まりますぜ……って言ってもらいたいんだろうなあ。次に杉本博司の文楽の写真とかあるが、よく分からん。チャン・エンツーって人の汚い刺繍があり、ナン・ゴールディンって人の写真と、荒木経惟の新婚旅行だかの写真があり、なんか源氏物語の模写があり、その奥に江戸浮世絵の春画コーナーがある。十八禁。……やりたいことは分かるんよ。んじゃ、ここで一つ性愛をテーマに何か一発。そうだ春画だ。春画はそこらのエロイラストと違って美術品としても重要じゃけんのう……ってなところだ。でも愛をテーマにした浮世絵は春画じゃなくたってあるだろう。なぜ浮世絵イコール春画なんだよ。てめーら江戸浮世絵に対する「愛」はあるのかーっ! いや、春画がいかんと言ってんじゃなくて、イコールこれ、みたいな扱いがムカつくんじゃ。それにしても金箔とか使ってて、豪華に作ってるな春画は。

次の部屋、ソフィ・カル「どうか元気で」。あーなんか疲れてきたよ。ここで唐突にジョン・エヴァレット・ミレイ「声を聞かせて」。周囲が騒々しい上に、トレイシー・エミンのネオン作品の光がじゃまするため、およそ鑑賞環境じゃない。要するに「ここでミレイを出しちゃうなんてオレってセンスいい~」とかいうイヤらしいドヤ顔しか見えてこない。あのオフィーリアを描いたミレイだぞ。貴様ミレイに対する「愛」はあるのかーっ! アーデル・アービーディーン「愛を確実にする52の方法」。なんだ普通しゃべってるだけかよ。もう一ひねりしてくれ。

家族愛のコーナー。我がフリーダ・カーロが出ている。家系図の下に描いてあるのは「青い家」だ。行ったぞ。キリコにホックニー。唐突にコンスタブル。写真がいろいろ。浅田政志の浅田家シリーズ面白いですな。しかし次の折元立身の作品で少なからず衝撃を受ける。顔にパンを巻いてパフォーマンスする「パン人間」は何となく知っていたが、ちゃんと見てなかった。「アート・ママ+パン人間 息子」ということで母親と競演している写真。しかしこの母親アルツハイマーと鬱だそうだ。衝撃を受けたのは「ヴェートーベン・ママ」である。折元がヴェートーベンの「運命」を口ずさみながら、アルツな母親の頭をモシャモシャいじる、というのを延々やっている。もちろん要介護なのだ。若い人にはこれが面白パフォーマンスぐらいにしか見えないであろう。現に笑っているだけの人もいたしな。でもこっちは、いつ自分が介護する側にならんとも限らん年齢である。狂気をはらんでこそアーティスト。しかし愛する者が生活に支障が出るほど狂気に落ちたら、こっちは狂気でいられない。常に正気を保って日常を過ごすしかない。しかし、自らの狂気を封じられることは表現者として極めて恐ろしい状態だ。かくして、恐怖からの脱出を目指し、狂気に狂気をぶつける折元のパフォーマンスが始まる。若くない者は、この心の叫びを聞くがよい。これは叫びだ。これは母親に対する愛ではない。芸術とそして自分に対する愛といえる。

ローリー・シモンズの、秋葉でゲットしたラブドールを着飾った写真。よくできてるなおい。ジョンとヨーコの平和活動とか、唐突にダリとか。梅沢和木ってカイカイキキの一派かと思ったらカオスラウンジか。うん、よく見分けがつかん。それから、なんか染めた布があったがよく覚えておらぬ。終盤、草間彌生の部屋がある。作品「愛が呼んでいる」……おなじみ水玉のオブジェが灯る部屋。ここは写真オッケーだから記念に撮ってね……ってちょっと待ったぁ! 草間の声で詩の朗読が流れているではないか。それも死を前にした愛についてだ。写真撮ってないでみんな草間の言葉を聞かんかい! ここで企画者の「愛」の無さに苛立つ。記念写真コーナーで無音が寂しいならチャラいBGMでも流してりゃいいじゃないか。言葉を届けたかったら写真なんかアウトにしろよ。つまりこうだ「詩は聞きたい人は聞けば」そう、企画者にとって草間の言葉なんてその程度なんだ。客寄せの水玉がありゃいいんだよ。てめーら草間作品に対する「愛」が無いんだよ「愛」が!

最後から2番目の部屋にChim↑Pom「気合い100連発」あとなんだ、忘れた。そして最後の部屋は「初音ミク」コンサートの様子とか。うーん……かつてヴォーカロイドを使っていた身からすると、デビュー当時を知っていたアーティストがビッグになっちゃった感じ。それにしてもオレは人間がもう古くなっちまったのか、ノリ切れないのだよ。あれは「ヴォーカルを聴く」というものじゃなくて、ヴィジュアルとネットでの繋がりと発展と云々を楽しむというものなんだろうけど……どうもあの声と存在を「鑑賞」できない。でもまあ電通も成し得なかったヴァーチャルで唯一成功したアイドルだ。今なら展望台にミクカフェもあるぞ。

そんなわけで、まあ鑑賞ではなく「愛」をダシにノリにいくことだ。カップルも多かったしな。
http://www.mori.art.museum/contents/love/index.html

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