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2014年4月26日 (土)

バルテュス展(東京都美術館)

それは2002年の秋だった。パリのポンピドーセンターに行った私は、脳天をぶん殴られるようなスゲエ絵に出逢った。そのマチエールが出す重厚な年期というかオーラというか、それまで見たことがなかった。バルテュス「画家とモデル」という絵だ。あるいは渋谷Bunamuraミュージアム。メトロポリタン美術館展だったよな、最後を飾っていたのはバルテュスの「山」。その大画面の爽快さと緊張感が同居する奇妙な絵にはもう釘付けだったさ。待ってたんだよバルテュス。めったに美術の本を買わないオレが2001年の芸術新潮の特集を買ってから13年さ。
広告が例のパンツ見せ少女でラッキーだな。おカタい連中は足を運ばないだろうから無駄に混まないよなHAHAHAと思っていたら、もっとヤバめの作品がいくつもあったりして、やっぱバルテュスはただもんじゃないわ。

最初の方にある11歳の時に描いた版画風の絵のうまさには驚嘆するが、それは本領ではない。フランチェスカの模写もうまいようだが(ちゃんと見てない)、それも本領ではない。風景画がいくつかあって「予感」はさせるがまだまだだ。「エミリーブロンテ『嵐が丘』のための14枚の挿絵」お楽しみはここからだ! 奇妙な人物の構図が時にシュールな雰囲気さえ生み出す。インク画のプリミティブな雰囲気も油彩とはまた違ったキレがある。油彩作品の元となったのもいくつかあるね。「俺は確かな何かをつかみかけているんだ!」という声が聞こえるようだ。なんか安っぽいJPOPの歌詞みたいだが、こっちは本物だ。

油彩「鏡の中のアリス」や「キャシーの化粧」はポンピドーで見た。女性の下半身丸見えだが、普通の女性のヌードなんでヤバさは今一つか。広告のパンツ娘「夢見るテレーズ」。確かBunkamuraで見てたと思うが、こんな大きな絵だったかな。もっと小さいような記憶があるが。いくつもあるのか? まあいいや。なんかこう、パンツが生々しいですな(そこしか目が行ってないのかよ)。しかし解説で形容されるがごとく「性に目覚める寸前の云々の描写云々」みたいな優等性的鑑賞よりも、ここはもうなんかエッチな気分になるけど油彩としてバッチリうまいこと描き込んであってオレどうしようという身悶えにこそ、この絵の真価があるんだぜ(ほんとかよ)。これを女性がどう鑑賞すべきかは知ったことではない。

「眠る少女」は胸チラだな。それでもっと露骨な「猫と少女」というロリヌード作品があり、さすがに「これ、あかんやつや」というネット用語を呟かざるを得ない(本当に口に出して呟いたわけではないが)。しかしその次の「美しい日々」。印刷などでは見ていて知ってたが、実物を初めて見て目を見張る。おお、これは! 見よ、この暖炉の炎の赤々と燃え立つ様を。この炎に性的な意味を感じないヤツはフシアナである。少女の脚線やら肩が出ているとか鏡をうっとり見ているとかに魅了されてるであろうバルテュスの燃える心が炎となって、これ以上ないほど巧みに表現される。この炎こそヤバい。印刷ではこれは分からなかった。いやマジ本物を見ろって。オレはバルテュスを誤解していた。やっぱロリコンだわ。本人や評論家は否定しているかもしれないが。

上の階に行き、巨匠のアトリエが再現されている! ……ごめん、どうでもいいや。ビデオもあったよ。素描が並んでいる。うーん…… 油彩「部屋」や「ジェルジェットの化粧」。さっきテンション上げすぎたんで、ややクールダウンか。しかし「決して来ない時」や「猫と裸婦」の、のけぞる少女の、不自然な感じのようなそうでないようなエロいようなそうでないような感じは鑑賞としてエンジョイできる。ここで意外な、レストランの壁だかに描いた「地中海の猫」。その絵だけ虹色など使ってバカに明るい。「らしくない」絵だが、でもナイフとフォークを持ったワイルドな猫(バルテュス本人?)がイカす。虹が魚になってるんだぜ。

中年になってシャシーというお城に引っ込んで、そこで創作三昧。ここで気分を変えなきゃならぬ。ロリコンの時間は終わりだ。これからマチエールの時間だ。「なんだこの娘エロくねえな」などという愚かな鑑賞をしたらいいもの見落としちゃうぞ。とはいえ、オレの気を惹いたのはさらに上の階の少女もので「読書するカティア」。画面はシンプルだし娘はそこそこだが、その背景のマチエールは、あの日驚嘆した「画家とモデル」のあれを思い起こさせる。主役は背景となっている壁だ。長い年月が刻まれたかのような、そのマチエールこそがバルテュスの本当の魅力なのさ。画集見てるだけじゃダメダメダメダメ。「トランプ遊びをする人々」もマチエールの魅力作品だが……はて、どうも色が薄く飛んでいる感じで変だ。ここでマズいことに気づく、ビデオでちょっと見たが、確かバルテュスは外光で描いてなかったか? もしかしてこのライトの色は全く意図してないおかしい色なんじゃないか? とはいえこれはもうオレにはどうにもできない。それから最後の「黄色い着物を着た日本の女」。日本風だが……なんか妙だ。ちなみに奥さんはずっと年下の日本人なのだ。

最後のコーナーは愛用品の展示。どうでもよかったが、勝新太郎に送ったリトグラフがいいよな。

今後多分混む……ような気もするし、そこそこで止まる気もする。万人に勧めないが、間違いなく「凄い絵を描く画家」に違いない。あとロリコンも歓喜だ。お上品な上っ面だけの美術好きに負けず遠慮なく萌えろ。
http://balthus2014.jp/

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2014年4月12日 (土)

のぞいてびっくり江戸絵画(サントリー美術館)

今更国芳の戯画見たってなあ……と、期待もボチボチだったが結構よかった。ちなみに展示替えがかなりあるので、この内容はほとんど4/21までじゃ。

なんたって最初のところに秋田蘭画(秋田の洋風画)の傑作、小田野直武「不忍池図」があるではないか! おお、これを秋田まで行かずに見れるとは。うむ、空気遠近法が結構生きているのね。その隣が司馬江漢、今回は結構江漢のが出ている。二次元が当たり前の当時にあって、三次元を表現したヤツ。我が前世(のつもり)で筆名「紀ノ川」は江漢が自分の出身地の紀ノ川を揚子江にたとえたことにより、「つかさ」は司馬の「司」なんだぜ。まあどうでもいい。最初は透視画法であるところの浮絵のコーナー。おなじみ西村重長の「おまえそれ描く時なんかおかしいと思わなかったんか線遠近法」で描かれた版画。豊春がヨーロッパの銅板画を模して描いたヤツ(タイトル長いんで入力が面倒じゃ)。そうか豊春はこうやって学んだから正確なんだな。それでも若干変な部分はある。江漢もいくつか並んでいるが、ここは「漁夫図」がいい。近代水彩スケッチみたいだ。あと江漢以上に通好みの洋風画家、亜欧堂田善もいくつか出ている。「江戸城辺風景図」の濃ゆい色使いが、洋画に慣れた目にも新鮮であろう。広重が線遠近でうまいこと描いた名所江戸百景などが並ぶが、まあこれはおなじみさん。ここでケッタイなヤツに遭遇。春木南溟「虫合戦図」ぬぁんじゃこりゃあ? 庭を舞台にした虫の合戦。いや虫の擬人化は別にいいんだ。なかなか正確にスケッチしているようだが、それより陣地を示す(?)CGワイヤーフレームみたいな立体の数々は何だ? これのせいで絵が奇妙に現代風になっている。今回はこれがベストだ。
次は眼鏡絵じゃき。当時の見せ物でもあった。凸レンズを通して見ると、風景が際だつんじゃ。解説は「遠近が強調され」と書いてあったが、うーん、違うんじゃね? 俺が思うに、単に「片目で見るから」だと思うんよ。遠近は両目使って初めて把握できるが、片目だと無理なの。それが絵だと、絵か立体か分からんのよ。そんな、眼鏡絵が装置付きで3つほど。円山応挙のとか。

鳥瞰のコーナー。北斎の立体地図みたいなのはお約束。広重のもおなじみ。ここでも江漢が出ている。「異国風景図」は山の高さがいい感じで出ている。「地球全図」というスケールのデカいのもあるぞ。あと「天球全図」の太陽の絵も出ていた。赤い火の玉。考えてみると、当時としてこの理解はすごい。あの火の玉が空から落ちて来るのでは? なんて考えてないしな。江漢は自分で観測して実際にこの絵の通りだったとか言ってたらしいが、オボたんのSTAP細胞200個デキてましたと似てる感じもするな。

階段下りたところに、立体風の絵やら鏡やら鞘絵やらのコーナーがある。パネルとかなんで、子供でも楽しめそうだ。
次は顕微鏡の世界。マイクロ羽子板であるところの「羽子板型日本図」も驚くが、山田訥斎の「蚤図」に仰天。デカい。蚤がデカい! それから博物学のコーナーで当時は鎧を着ていると思われていたサイの絵とか。栗本瑞見の「魚蟲譜」は金魚が金粉だー。あとは広重の魚とか。光と影のコーナーではおなじみ壮絶な影絵。広重の「即興かげぼしづくし」。ここの解説はお上品だから、いかに無理なのかをツッコムこともない。それより伝春信の「縁先美人図」この縦横線で3次元を強調する処理は春信よりも春重(こと江漢)に近い。うむ、だからかな、「春信作」としっかり書いてあっても、「伝春信」なんだな。でも、美人の顔は春重よりも春信に近いものがある。国芳の、人が集まって人になる戯画はお約束。知らん人は見てみるべし。

なかなか楽しいんだが、後期もあるんだよね。リピーター半額とかないんかね(100円割引はあるようだが)。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibit/2014_2/index.html

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