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2014年10月 5日 (日)

歌川国貞(太田記念美術館)

歌川国貞という絵師はなんとなく小室哲哉とカブる。いわゆる「小室サウンド」は「洋楽のツギハギでできている」と言われ、ちょっと音楽通ぶった人からはてんで評価されない。でもカラオケ全盛時代に最も歌われたのだ。国貞も浮世絵全盛時代に最も売れた絵師なんだけど、ちょっと通ぶった人からは「粗製濫造」と言われて評価が低い。いわゆる「六大浮世絵師」にも入っていないのだ(まあ六人に絞れっつーのも無理なんだが)。私は小室哲哉も尊敬しているので(という理由でもないのだが)、かねてから国貞も再評価してほしいという気持は持っている。北斎展、広重展、近頃じゃ国芳展も多く開催されるが、国貞展は記憶にある限り静嘉堂文庫美術館で一度きりだ。行ったんだよ坂道上ってさ。
それがついにアクセスのいい太田で開催された。行った。うーん、なぜあんまり評価されないかがちょっと分かる。あまりに手広い。そしてあくまで国貞は浮世絵師。画業において「アーティスト」のような起伏があまりないのだ。北斎なら若い頃から晩年までのドラマチックな変遷があるし、晩年の肉筆なんぞは「到達点」を感じさせる。しかし国貞は若い頃からほとんど完成され、変遷が目立たない(まだあまり分かってないのかもしれないが)。国貞は「アルチザン(職人)」なのだ。本人は下絵のスケッチ程度で、あとは弟子が描いてたかもしれん(そんな下絵も展示してる)。工房作でないと数万点ともいえる点数は生み出せない。しかし君ぃ、それを聞いて行かないのは実に実にもったいないよ。ここには江戸浮世絵絶頂期の最高の技術がある。表現力がある。その精緻さは今では再現できない。知らぬ者は行くがよい。君はまだ本当の江戸浮世絵を知らないのだ(まあ、この言い回しは春画にもよく使われるけどな)。

展示室最初の肉筆画。画力も相当あったと感じさせる。「打掛を直す美人」の梅の木の模様が入った着物。うまかろう。あとは年代順で。「新板江戸名所八景一覧」大判五枚続きを23歳ぐらいでもうやってる。タイトルが長いんで略すが成田山不動座像の変則的な紙の使い方が面白い、「四天王蟷螂退治ノ図」という武者絵のダークな感じ。そう、武者絵もこなせるのだ。「娼家内証花見図」の浮絵表現も不自然さがない。

2階に行くと「水無月 富士帰夕立」での雨模様の表現が冴える。「江戸八景 本母寺暮雪」では雪景色。いずれも美人と一緒。国貞美人というのは、幕末のちょっとキツい系で、ちょっととっつき辛いのだが、まあ当時はそれが流行だったんだね。あーでも最初にあった肉筆の「柳下美人」あれはきれいでしだな。それからデザイン的に凝ったという話もあり、鏡に映る姿を描いたり、羽子板状のレイアウトに描いたり、あと、北斎がやった洋風表現をやってみたり(額縁を描いたり文字を横に並べて外国風)。まあ決して「洋風」って感じでもなかったが、でもシルエットだけで描くなんてことは普通にできているよ。あと光の表現にも新しいものにチャレンジ「二見浦曙の図」の光線を伴う朝日。2階建ての建物を描いて、そこに人物(役者)を配置「深川新地五明楼」。あと、「江戸美人尽」という下絵集がある。表現したいものを描く、というよりも、やはり職人仕事の描線という感じがする。弟子がきれいな描線にしたり、着物の柄を描いたりしてできあがるわけだ。

師が初代豊国であり、死後二代目を名乗ったが、正確には三代目なんだって。地下は広重とのコラボが多い。名所の広重、人物の国貞、その最強コラボであり、国貞の役者絵などに叙情的背景を広重が追加するのだ。当時の役者が分からない今となっては、広重の名所の方がグッとくるのだが。ただ、このあたりになってくると、なんとなく飽きてくるのは、アーティスト的な変遷を感じられないからだろう。常に「いい仕事」をする職人であった。広重の死絵(死後に描かれる肖像)を国貞が描き、国貞の死絵を歌川国周が描いていて、それが出ている。

四期に分けて展示替え。いろいろ細かいがWebサイトで出品リストをゲットできる。
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/H261011utagawakunisada.html

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