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2014年11月29日 (土)

ウィレム・デ・クーニング(ブリヂストン美術館)

現代美術館だったかな、相当前に「サム・フランシス展」というのがあって、割と期待して見に行ったんだけど、最初のほうは面白かったんだが、どの絵もなーんか同じようでね、1枚見る分にはいいんだけれど、まとめて見てもなんかつまんねーなー、という画家が存在するとその時知った。で、クーニングもそうなんかなーと思い、期待はボチボチ。現地へ行ったら展示室2つだけ……が、しかしなんとなく、いやなかなか面白かった。

どの作品がどうこう、というのはもうどうでもよくて、クーニングはほとんど「女」ばかり描いている。それも半抽象で、肌色はなんとなく分かるんだけど、あとは顔や体がなんとなく分かるぐらいで、何描いてんだかよく分からない……が、しかし不思議なことにどの絵も「女」を感じさせる。うむむなんでかな?

クーニングはなぜ女ばかり描いたんだろうか。思うに、芸術のためである。芸術家なんだからあったりまえじゃねーかと思うかもしれないが、いや、それがさ、多分絵なんて描くよりも今すぐその目の前の女に飛びつきーの押し倒しーのしたいのである。しかし絵を描かねばならんのである。くそぅ、オレはもうギンギンにタギっているのによう……いや待てよ、ここでふと気づいた。おお、この本能的な衝動を絵にできないものか。いい絵を描くには冷静でなければならない、が、実は冷静さを失った場所にこそ真の力があるのではないか。その力を表現したいではないか。おお、オレを誘惑し、魅了し、興奮させててやまない女という生き物よ! これを描かずして何を描く? 魅了され、誘惑され、絵なんぞ描くのもアホらしいという激しい思いをいざ描かん! ……なんてクーニングが考えたかどうかは知らんが、まあ概ね外れてないと思う。クーニングの絵を見ていると、男として時に共感の感情が生まれるではないか。女への暴力的アプローチと誘惑体としての女性賛美がごっちゃになって、その絵は実に「女」だ。男にとって女とは何か? これだ! 

とまあここまで書いて、お前は勝手な解釈しないで、もっと本読んだりして勉強して書けよとか思う御仁もいるかもしれないが。研究者じゃねーんだから、勝手な解釈してナンボさ。美術作品を見たなら大いに自分勝手な解釈をすべきである。好きにやっていいんだ。美術館に来たなら楽しまなくちゃ。それが美術鑑賞だ。そして重要なことは、優れた美術作品は、君のいかなる勝手な解釈にもちゃんと応えてくれるであろう。

クーニングが2室であとはおなじみ常設展。ここの常設は定期的に並べ替え切り口を変えして、その努力は素晴らしいんだが。やっぱりなんか……個々の作品に飽きとる。でも、新作もいくつか入ってたよ。私が賛美して止まないザオ・ウーキーの作品いくつかとも何度目かの再会。前も書いたかもしれないが「24.02.70」は実に光を感じさせる。ザオ・ウーキーは絶対的に素晴らしいと思っていたのだが、前にツイッターで「ピンとこなかった」というレスをもらって驚いた。そうか、やはり、美の感覚にゃ個人差があるのだ。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

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