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2014年12月 6日 (土)

高松次郎ミステリーズ(東京国立近代美術館)

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ハイレッドセンターの「ハイ」であるとのころの高松次郎。キャンバスに影だけを描いた「影」シリーズがおなじみね。面白画作家かと思ったら違うんだよ。実は相当頭で考え、理論的に生み出している作品群だ。本人の言葉では、作品は人の内面を表すものであってはいかん、というものがある。ギャンバスがキャンバスを生まなければ。それは私の好きなプリミティブなものとは正反対のものだが、それもまた面白い。

最初は「影」が一つあり、その後こじゃれた間接照明がある、と思ったらこれが作品「光と影」。その理屈は……いや、何か書いてあったけど忘れた。そのあとは、「影ラボ」という、スポットライトで自分に光を当てて「影」と同じ写真が撮れるってもん。ここだけカメラOKだ。いつもは写真撮れるったって「けっ」としか思わぬ私も撮っちまったい(上の写真ね)。この「影ラボ」は4つある。

その後作品を年代順に……いろいろ理屈が解説してあるが難しい。ううむ、どう立ち向かったらいのか? 思うに、0次元(点)、1次元(線)、2次元(面)、3次元(立体)これらを行き来させるうちに、何かの要素が加わったり抜け落ちたりしたところに面白さがある~……と考えればそんなに難しくない。最初の「点」という作品群は元は0次元の点だ。この点を拡張しようと1次元の線を加えていってなおかつ立体的(3次元)にしちまったいってな作品。「脚立の紐」も3次元的な脚立……いや、これも1次元を3次元にしたもんだな……に、さらに1次元の紐が絡まる。「遠近法の椅子とテーブル」。これは一見、福田繁雄ばりの面白立体かと思いきや、パースがかかった2次元の椅子と机の絵が、3次元に出てきたが、パースの要素がそのまま残ってしまった。「ネットの弛み」これで思うのプールサイドに座っていると、下の線が揺らいでいるものだ。2次元が3次元の影響を受けて揺らいでいて、元の2次元部分だけを3次元に救い出したはずが、おっと救いだし切れないまま揺らぎがくっついてきたぞ。「レンガの単体」3次元から0次元要素を抜き出し……とまあそんな次元の行き来を楽しむところだ。

他にもコンセプチュアルな作品が並ぶ。「複合体(椅子とレンガ)」これは椅子の下にレンガが置いてあるだけなんだけで「それが何?」というような印象のものだが、要はそれだけでどっちも通常の存在から離脱させられるのだ、椅子は空間内で椅子として機能できないし、レンガは本来の機能である壁の一部にはなれない。そう、これだけでだよ君。これは実に驚くべきことぢゃないか。「The Story」。これは、ab,ac,ad...とかaab,aac,aad...とかを機械的にタイプしていって、どこかに何か意味のある言葉が埋まっているぞ、というものだ。そのタイプっぷりは河原温の力業を思わせる。さて、油彩の大きめのものがあって「形/No.1202」とか。見ると……なんじゃこの雑っぽいのは、と思うが、後ろの方にある構想ドローイングを見ると意図が分かる。ふむふむピカソの形態を分析して使っているのか。しかしこの雑さは……うむ、もちろん意図的なものだ。思うに、高松には「絵画は人の内面であってはならない」という思想がある。ここでキレイキレイに仕上げて「あーこれよくある内面を描いた抽象画ね」と思われて軽くスルーされるのが嫌なので、わざとコンセプトで止めたのだ。

それから全体を見渡せるステージみたいな所がある。そこにアトリエの大きさも示されている。
ま、「影ラボ」だけでも遊べるんで行ってみよ。
http://www.momat.go.jp/Honkan/takamatsujiro/index.html

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