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2015年3月29日 (日)

「ピカソと20世紀美術」(東京ステーションギャラリー)

北陸新幹線開業記念で、富山県立近代美術館のコレクションから……うむ、何年か前に現地に行ったような気もするが。展示内容は近代美術館の常設展を見てるみたいで、有名画家いろいろのそこそこのものからイケてるものまで、歴史を追って結構いい感じで鑑賞できる。持ってるねえ~

「ピカソと……」っていうぐらいだから、ピカソがなかなか多い。変遷も追える。最初の「座る若い男」が8歳の時の? ……と思ったら18歳か。でもうまいや。いや、だいぶ前に14歳の時のスゲーの見てるし。「貧しき食事」は青の時代の代表作……のエッチング。青くはないが感じは出ている。「ギターのある静物」がキュビズム初級、「帽子の男」がキュビ末期。「肘掛椅子の女」がストレートに新古典主義。「黄色い背景の女」はみんなも知ってる「いかにもピカソ」なヤツ。「座る女」が晩年……というが、この先まだあったはずだ。最晩年のメッタ描きが。ま、それも入れてほしかった。

ピカソ以外では、カンディンスキーの散文詩画集、おお、まだ何を描いているか分かるカンちゃん。ドランの「褐色の裸婦像」は最初キスリングかと思ったら、キスリングほど甘い感じじゃない。ルオーのモノクロで暗く重い版画「ミセレーレ」からいくつか。シャガールの「山羊を抱く男」もこれまたおなじみの甘ったるい感じじゃなく、不気味系。ふふん、富山ちゃんは甘くない系が好きなのか? 

それからダダイズムのコーナー。「ダダは何も意味しない」。マン・レイのおなじみ目のついたメトロノーム「不滅のオブジェ」があるが……何か他でも見てるしいくつも作ったのか? デュシャンの移動ミニ個人美術館「トランクの箱」複製があるぞ。「泉」のミニチュアとかさ。あと、オッペンハイムの「りす」はコップにしっぽが生えてる面白系。

階を下がってシュールレアリズムコーナー。ミロ「パイプを吸う男」これいいな。あまり抽象でなくマンガっぽくて分かりやすい。まあ、ミロの抽象ってのは、そう分かりにくい(絵の気分が伝わりにくい)もんでもないけどな。エルンストが手堅くある。そして、おおっ我がデルヴォー「夜の汽車」。夜と裸婦と駅と汽車というデルヴォー鉄板の組み合わせ(まあデルヴォーは基本自分好みっきゃ描かないが)。それよりも上にあるシンメトリーなシャンデリアが気になるな。

戦後の展開、ヨーロッパということで、ジャン・デュビュッフェ……はいいけど、そこにアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)の解説があるのは……うーん、言い出したのは確かにデュビュッフェだけど、アール・ブリュット作品がそこにあるわけじゃないからなあ。それからスーラージュのブットい線のヤツとか、フォンタナのキャンバス切ったのとか、ジャコメッティの裸婦立像とかあり、まるで教科書ですな。あとフランシス・ベーコン「横たわる人物」うーん。グランドピアノかと思ったら獣人か。でも、これよくできてるじゃん。

戦後の展開、アメリカだって。サム・フランシスの抽象。いやぁ思い出しますサム・フランシス展。サム・フランシスしか無かった(当たり前だが)。まるっきり全部同じ感じで、見ててこれほど飽きるヤツも少ない。1枚2枚だととてもいいんだけどねえ…… あとウォーホルやラウシェンバーグの作品。手堅い。

あとはもう現代に近い。アルマン「バイオリンの怒り」そりゃ怒るで。バイオリンがこうされちゃあなあ。クリストの丘陵に布を渡すランドアートの写真。超現実風景を写真じゃなくて本当にやっちゃうヤツ。加工写真じゃない何かがある……と思う。チャック・クロースって人の「自画像」は写真を細かいマス目で区切って、マス目ごとにそこの濃淡を斜線でトレースしたもん。遠目で写真に見えるが近くではふむふむ。それからコンセプチュアルアートで「哲学者の誤り#2」これ、ニーチェの言葉を石版に写しただけのもの。ううむ……こないだのVOCA展で、会田誠の絵を出そうとしたのを彷彿とさせるようなさせないような。思えば、あれだってバッチリ「コンセプチュアル」じゃん。

超大作は無いものの、うまいこと流れをまとめていて、20世紀美術がなにをやろうとしていたか、ダイジェストに分かるぞ。 http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201503_PICASSO_and_20.html

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2015年3月24日 (火)

「インドの仏」(東京国立博物館)

仏像とかほっとんど興味な~い……んだけど、なんか「インドの」ってのがいいじゃありませんか。ガンダーラ仏像の、なんかあのケッタイな西洋風の感じが好きでね。んー日本の仏像っていかにも仏像(?)じゃないですか。それに比べるとガンダーラはね……ま、いいや。インドだからレインボーマンのテーマは出だししか覚えてないから(古いよな)、筋肉少女帯の「日本印度化計画」を頭ん中に流しつつ出撃。場所は表慶館ってとこで、入った左側のバリバリ西洋建築物。

最初は仏教誕生以前ってことで、仏像とかがまだ作られなかった頃は、菩提樹や法輪を釈迦の、いや仏の、いや……まあとにかくその偉い人の象徴としたんだって。法輪の彫り物があったけど、法輪ってやつぁいかにも象徴的ですな。西洋のタロットカードにも「運命の輪」とかあるわけで、ユング心理学の言うところの「マンダラ」であるわけで、要は車輪というヤツは何か心に訴えかけてくる感じがすると思いませんか。

次は釈迦の生涯ってことで、これも浮き彫りなんかで紹介。釈迦を脇腹から生んだとか言うマーヤー夫人がナイズバディのボンキュボンで驚く。そうだよなこれがインドだど。パキスタンの2世紀の仏座像がオッサン顔だったりして、それもよし。

それから仏の姿、というコーナーで、仏像の始まりのところ。ギリシャローマ風のガンダーラ仏が元祖。一方ニヤけてる……じゃないな、とにかくマトゥラー仏が本家ってとこだな。どっちも展示されてるよ。あと「仏頭」があって見たところヨーロッパムードなんだな。「仏説法図」は図じゃなくて、柱とか仏像とかあって細かい装飾の寺院そのままな感じがいい。他にも仏座像がいくつかあるが、どれも顔が「おなじみじゃない」感じで、見てるとグローバルというかインターナショナルな気分になるぜ。

次、様々な菩薩と神、いきなりガンダーラの「弥勒菩薩座像」。そうっ、このおなじみでない男臭い弥勒菩薩。そうだよ起源はこういうマッチョな(?)感じなんだよなあ。あと、ここにもヨーロピアンの菩薩頭部がある。

それからストゥーパと仏。ボードガヤーって場所を紹介しているが、その現地のデカい塔が魅力的すぎる。

経典の世界、のコーナー。男尊とか女尊の絵画の展示なのだが、小さいし緻密だし、あまりはっきり見えないので、壁面の解説パネルの方が何が描いてあるかよく分かる。「大乗荘厳宝王のおはなし」というパネルがあるんだけど、なんかこう、話がとっちらかっててよく分からない、それより、あなたにふさわしい如来は何かな、というアミダ占いがある。中に阿弥陀仏があったりして、そうか、だからアミダなのか。「よく虫に刺される」のでどんな如来がいいか、なんてのもあったりして、そうか虫に刺されるってのは、あっちじゃ病気もらったりして結構面倒なことなんじゃないか。

それからインドの仏教遺跡の映像コーナーがあって、仏教信仰の広がり、のコーナー。ここはミャンマーとかのものなんだけど、その中に「銅鉢(ヴェッサンタラ本生)」というのがあり……(ヴェッさんたら本生ビール?)……そこにどんな物語が彫られているか、という、これも解説のパネルがある。ある王子がバラモン(仏教の僧侶のようですな)に施すのが好きで、好天を呼ぶ白象を施して村人のヒンシュクを買い、さらに自分の子供まで子供が嫌がってんのに施こしちゃって、でもなんか神に助けられて、王様になったという話。自分の子供まで施しちゃって、それでいいのか仏教。

最後に密教の世界。おなじみ仏足石あり、仏像いろいろ。密教といえば異形のモンスターっぽい造形だよな、とか思いつつ「摩利支天立像」やら「仏頂尊勝坐像」やら「サンヴァラ立像」などを愉快に鑑賞。手や顔がいくつもあったりするのだ。

本館では「みちのくの仏像」をやってたが、そっちは行かなかった。
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1701

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2015年3月21日 (土)

VOCA展(上野の森美術館)

なにげに毎年行っている。新しい平面の作家たち、とのことで、あくまで2次元だど。あと40歳以下の若手、ということで、有名どころはそんなにいないので(単にオレが知らないだけだが)、先入観無く見れる、とはいえ、今回はツイッターで事前にちょっと話題になってたものもあるんだけどね。
先入観が無いということは、自分が面白いと思ったものは面白いのだし、つまらんと思ったものはつまらんのだ。あったりまえじゃねーかと思うかもしれないが、美術鑑賞ってヤツは意外と情報や先入観に左右されるのね、「ゴッホだからいい絵に決まってる」とかあるいは「めったに公開されない貴重な作品だから」とか「ここに描いてあるのは作者の恋人です」とか。別にそういう情報に左右されてもいいんだけどさ、それはそれで楽しいんだけどさ、オレはなんかイヤだな。
ってなわけで、んー「もうこの手合いはいいよ」みたい作品もあるし(作者自身にゃ「この手合い」のつもりはさらさら無くとも)、「おおっ」と思うのもある。ま「おおっ」だけ挙げてこうぢゃないか。

まずは松平莉奈、獅子の絵が描いてあるけどマーブリングかと思った。うん、悪くないね。水川千春、あぶり出しで絵を作るとは、そうかその手があったな。いい味ですな。そういえばトーストアートなんてのがあったっけ。福田龍郎、私の好きなニコラ・ムーランを彷彿とさせる超現実風景。鳥瞰で作っている。んん、好きだよこういうの。もっと出てきてほしい。

2階に上がり、奥村雄樹、これが事前に話題になってたの。何でも会田誠にVOCA賞を取れそうな絵を描かせてそれを展示するというコンセプトアートをやろうとして却下された。この却下にはアートは何でもあり、とする向きから非難殺到……したかどうかは分からないけど、ダメだ日本の美術界は閉塞的過ぎる、という嘆きはあったような。いや、でも普通に考えればそれだと会田誠の絵なんだから、やっぱそりゃないでしょ、という「常識」も分からんでもないけどなあ。でも、こういうので規制した主催者側に理解を示すと「こいつアート的にイケてない」と思われるんじゃないかなあというためらいもあったりする。しかし、そういう情報による感情の動きも全て含んで「作品」なんですよ、と言われるのも常套句なんだよね、ということも含めて実は「作品」だった、なんてコンセプトアートって実はきりがないんだよなあ、と悟ることも「作品」なのだ、いやもうやめよう。とにかく実際に出ているのはポリカーボネイトの板一枚。説明文込みで作品だよ。……さっきまで情報に左右されるのはイヤだと言っておいて、思い切り左右されとるやん。でもそれが作品の重要部分なんだからしょーがないべ。

本城直季、写真のパース(線遠近)を飛ばしてミニチュアみたいに見せる手法でおなじみ。なんかかわいい工場プラントだぞ。ミヤギフトシ、沖縄に行った時に送られてきた手紙を、自分で封筒から出して読むのだ。日を追って読み進めるべきものとなっているようで、内容が現実と異なってくるらしいんだが、よく分からんかった、沖縄の選挙結果かな。水野里奈、細かいテクニックを駆使してぶわっと広げてくる感じがいいね。川久保ジョイ、放射能渦巻く福島の地面に、感光紙を埋めておいて、光を使わず感光させた写真。何も写っていないように見えるがなんかすげえ。竹村文宏、一見絵の具をまき散らした抽象画、しかし、それを地図と見立てて、絵の具と同じ色で繊細な構造物をその上に造っている。平面じゃないんだけど、魅せる。これ、今回一番よかったな。

500円でリーズナブルだ(前もそう書いたかな)。
http://www.ueno-mori.org/exhibitions/main/voca/2015/

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2015年3月14日 (土)

スイスデザイン展(東京オペラシティアートギャラリー)

スイスといやぁ最近ホドラー展がありましたな。

最初に写真撮影もできるコーナー。USMのファニチャーモジュールによるスイス国旗の十字模様と、型紙インスタレーション。

それから歴史の紹介があって、錦絵なんぞもある。洗練されたスイスブランドのイメージってのはブランディング代理店のNOSEが多く手がけているらしいが……やるな。あと、白十字のスイス国旗について「強烈な存在感を持つ国旗は他にはない」なんて書いてあるんだけど、これ日の丸でも一応当てはまるよなあ。

それからスイス企業の製品の紹介とかがある。大部屋一つの大空間で展示。おなじみビクトリックスの……じゃないなビクトリノックスの便利ナイフとか、シグってところのボトルとか、スウォッチもありますな。スウォッチ付けてる人のイメージ写真がみんな意識高い系に見えちゃうぜ。あとネフってところの木のおもちゃ。温かい、木の温もりのおもちゃ~、子供達に最高~、でも~あとで売店で見たら値段えれえ高いので、フトコロが冷たくな~る~(何代にも渡って使うんだっ)

次の部屋も、日常生活におけるスイスデザイン。マウスとか折りたたみ椅子とか、どっかで見てる。あとね、少し前に話題になった、ビクトリノックスの全オプションを付けた仰天アイテム「ジャイアントナイフ」の実物があるんだぜ。この実物を見ると、これが実用品でもなけりゃジョークグッズでもない、「ああサンプルなんだな」となんか納得できちゃう。あとアトリエ・オイってところの動く照明が面白く動いている。

それからル・コルビュジェのコーナー。コルビュジェってスイス出身なのか。おなじみサヴォア邸の写真とか、ロンシャン礼拝堂の写真とか、図面のコピーとか、版画とか。しかし「ル・コルビュジェ」って名前カッコイイよねえ。「ミース・ファン・デル・ローエ」とかもいいねえ。建築学科の学生っとかて名前でまずハマるよなあ(一応建築学科出。ハマらなかったが)。「フランク・ロイド・ライト」って名前は普通だな。

それにしてもこの手のデザイン系の展示だと客層が結構おしゃれさん多いんだな。近所をウロついてるようなダサダサな格好はオレだけじゃねーか。
https://www.operacity.jp/ag/

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ルーヴル美術館展(国立新美術館)

風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄、とのこと。混むんだろうから会社をサボって……いやいやちゃんと有休を取って行ってきたのさ。しかし午後とはいえド平日なのに結構混んでること。土日は大変なことになりそうじゃ。

最初は風俗画の起源ということで、古代の何とかからの石に描いたヤツとか器とかで、まあこれはオレにはどうでもいいや。でも最後にジョセフ=マリー・ヴィアンってロココ画家の「アモルを売る女」が面白い。古代風の衣装やら建物内が注目なのだが、文字通りアモルを売ってる。アモルとはキューピッドのことじゃ。天使じゃねえぞ。

それから絵画のジャンルというコーナーで、シャルル・ル・ブラン。ほほー、ル・ブランといやあヴィジェ・ル・ブランだが、シャルルってのもいるのね。あとは理想風景の名手、クロード・ロラン「夕暮れの風景」うーん、なんか小さめだな。もっとデカいいい絵あるのにな。

労働と日々、商人、働く人々、農民なんてコーナー。うむ、まさに風俗画……それにしても普段美術館なんぞに来ないような連中がルーヴルだのフェルメールだのって名前だけでうじゃうじゃ来やがって、イヤホンガイドがバカスカ捌けて、そこらじゅうで切り忘れの携帯が鳴るわ、スマフォいじくってるわ、監視の人用のいすに座っちゃうわ……いや待てよ、こういう時、風俗画ってのはいい選択だよな。歴史画や宗教画じゃマジわけわかんねーし。風俗画なら古い異国の生活情報であふれているもんだから、絵の説明だけで結構な情報量になるし、知るも楽しみなりだよ。要するに絵そのものがヘタッピーだろうが、鑑賞者が芸術的要素を感じ取れなかろうが、ノープロブレムじゃ。当時の誰それのなになにが描いてある絵だって情報を得るだけで充実した時間が過ごせるってもんだい……ええええいだからオレは絵の読み解きだの解釈だのってのは嫌いなんだっ。まあ全くやらないではないが、そんなの本当は重要じゃねーっ、なのに、そこらじゅうでそういうことやらなきゃいけないような雰囲気作りやがって。いや、まあ、そういう人は風俗画展になんぞ来ない方がいいのかもしれんが。まあいいや。えー、さて、それらの風俗画の解説はそこそこに流し、ほれほれドラクロワがあるど……ううむ、あるってだけだなあ(日本じゃドラクロワの名品ってのはめったに見られないんじゃないか)。ミレーもあるぞ、これも一応あるってだけだ(ミレーの名品はしばしば見れるな)。シャルダン「買い物帰りの召使い」おお、ロココ時代にロココじゃなかった孤高のシャルダンじゃん。静物が得意だから、この絵でも、下の瓶とか注目。ヘリット・ファン・ホントホルスト「抜歯屋」文字通り歯を抜く商売の人が歯を抜かんとしているところ。実に楽しそうな顔だな。実は絵にスリだのドロボーだのも描いてあって、抜歯屋はその仲間だとかそうでないとかって話(こういうのは面白いな)。ブリューゲル1世「物乞いたち」小さい絵だが魅せる。手足の失われた者達のなんとなく、そういう魅力。ムリーリョ「物乞いの少年(蚤をとる少年)」は、さすが超マリア様無原罪の神宿りの作者。何となく柔らかな感じが魅力ね。

日常生活の寓意とかいうコーナーになり、レンブラント「聖家族または指物師の家族」小さめの絵だが光の演出はさすが。これは結構人だかりがしてましたな。グルーズ「割れた水瓶」一見割れた水瓶持ってる女の子の絵なんだけど、それも結構キレイどころなんだけど、衣服が乱れていて、本当に割られてしまったのは何なのか察してくれって絵。ヤバい想像してゾクゾクするのは当時も同じだったんじゃねーかい。そして目玉のフェルメール「天文学者」! ……オレ、多分現地ルーヴルで見てる……が、こうライトアップはされてなくて、なんか「あったかな」ってぐらいの記憶しかないんだが。で、今回の展示は……うーん、何かイマイチだな。なぜだ? ライトが強すぎるのかそういう絵なのか、全体にコントラストが弱くて白っぽいのね。表面のガラス(?)のせいかな。光の印象としてはレンブラントのほうがいいな。

雅なる情景、というコーナー。そう、ロココの雅宴画、屋外で、当時流行の男女がキャッキャウフフしてるようなトレンディ絵画。あまり見る機会が無いから見たいんだよねえ。もうおフランスのロココのチャラチャラヘニャヘヤデレデレのどうしようもないヤツが見たいねえ。今回、ロココ三兄弟(ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール)全員出ているが、結果からすると、あまりどうしようもないのは無かった。ヴァトー「二人の従姉妹」は品がいい。パテルって人の「庭園に集うイタリア喜劇の役者たち」はまあまあ。ボワイーて人の「籠の鳥または恋人たちと飛び立つ小鳥」ってのが、一番ロココテイストな感じを出してるな。

次は日常生活における自然ってなコーナー。要は風景なんだけど、いきなりルーベンスがある。そんな大きな絵ではないが、いや、これは、すげえよな。何か格が違う。恐らくよほど目がフシアナでも、こいつが他と違うってのは分かるんじゃないだろうか。シャルル・バロセル「象狩り」象コワイ。フラゴナール「嵐またはぬかるみにはまった荷車」なんだロココじゃねーよ。でもロココテクを生かしてるらしいぞ。

室内の女性、のコーナー。コロー「身づくろいをする若い娘」風景画でならしたコローの人物画が珍しいと思ったが、最近チラホラ見るなあ。ティツィアーノ「鏡の前の女」。ここでいきなりヴェネツィア派ですかい。でも目玉の一つであり、その期待に十分応える、堂々たる美女画じゃい。シャセリオー「風呂からあがるムーア人の女性またはハーレムの室内」 どうでもいいけど、この時代のタイトル付けの「または」ってのやめてくんないかなめんどくさい。確か当時の童話のタイトルなんぞも「何とかまたは何とか」だったよなあ。ロココのブーシェ「オダリスク」こ、これは……これ、あかんやつや。いや、あかんやつじゃないんだけど、マルダシのおしりがムッチリでエロい(「官能的」という便利で品のいい言葉があるけどな)。しかし「オダリスク」ってタイトルはなあ、どうしてもアングルの「グランド・オダリスク」を意識しちゃうよなあ。あっちの方が有無を言わさない完成度があるけどな。コーナー最後にコロー「コローのアトリエ」。あれ、これはついこないだ三菱一号館で見たよなあ、同じようなヤツを何枚も描いてるのか。

最後のアトリエの芸術家のコーナーでははシャルダン「猿の画家」これがなかなかいい。下に置いてある壷とかにもキレがある。隣も猿の画家だけど比べるとイマイチだな。

全部がすごいかというとそうでもないんだが、そこはさすがルーブル。見ごたえありますな。でもこれ混むよなあ。
http://www.ntv.co.jp/louvre2015/

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2015年3月 8日 (日)

グエルチーノ展(国立西洋美術館)

この人は今まで知らなかったが、バロックの画家なんだって。バロックってのは何かというと、当時キリスト教じゃプロテスタントが出てきて、偶像崇拝はダメだとか言い出したんで、対抗するカトリックが、そこまで言うなら偶像(絵画とか)の底力見せたろかってんで陰影とか使いまくってドラマチックにやりだしたのがバロック。まあ概ねそんなとこだべ。ところで今回の企画何がいいかって、素描や習作で盛ってないで、全部油彩で大作も多い。あと、キリスト教絵画としてのドラマチックな演出の分かりやすさってのが、キリスト教徒じゃないオレにも何となく感じられる。これがまさにバロックなんだよなあ、と思う次第である。

展示はのっけからデカいのが並ぶ。「祈る聖カルロ・ボッロメーオと二人の天使」なんてほれ、天使だなあ、聖カルロさんだなあ、って分かりやすいだろ(?)。「聖カルロ・ボッロメーオの奇跡」では、奇跡で目が見えるようになった赤ん坊を子供が指さす。分っかりやす~い。それより赤ん坊、布でグルグル巻きなのね。これ、あっちの育児じゃああやってるらしいですよ(なんか聞いたことがある)。「聖母子と雀」これは、いいね。光と陰での演出なんだけど、カラバッジョほどコントラスト強くないからまったり見れますな。

階段を下りて、なじみ天井の高い部屋ね。「聖三位一体」。この主題ではベルギーのレオン・フレデリックのものが最高だと思ってるのだが(時代もずいぶん違うが)、精霊が鳩だけってのがちょい物足りないよな。レオンのは鳩の下に思い切り天使描いててそっちがメインだったりするけどね。あとキリスト教絵画の大作がドカドカ並んで、特に「キリストから鍵を受け取る聖ペテロ」がひときわデカい。しかしまあ、ここまでやられると、これは荘厳な教会に置いてあってしかるべきであって、美術館にあっていいのかな、という気分になるな。キリスト教じゃない絵もあって「マルシュアスの皮をはぐアポロ」おおギリシャ神話か。マルシュアスはアポロと音楽対決して負けたんで生きたまま皮はがされたんだって。残酷ぅ……なんだけど、絵は「やりはじめたところ」で、そう生々しくない……んだけど、じゃあ依頼主はなんで依頼したんだ? この程度の刺激でいいのか?

階段を上がって、また「アポロとマルシュアス」がある。今度はちょっと小さい絵でバストアップ、対決前の二人の表情……なんだけど、既にマルシュアス負けてるやん。勝負直後にも見える。「今の勝負ちょっとなしにしようよぉ。皮はぐとかやめようよぉ」って言ってるみたいだぞ。それからまたキリスト教画が連発。「聖母被昇天」は下から見上げた構図。頭の周囲で浮いてる星がチャームポイントよ。「放蕩息子の帰還」これ、よくあるテーマだけど、後悔して戻ってきたとはいえ、さんざんっぱら遊んで帰ってきた息子を祝宴開いて招くってのはなあ、真面目に生きてきた向きにゃあ面白くないよなあ。それから「聖母のもとに現れる復活したキリスト」も傑作。おお、キリスト様光ってるよ。ちなみにこの絵は窓っぽい枠を通して遠くからも見れるようになっている。

次は女性像のコーナーなんだけど、同時代のグイド・レーニって人との比較コーナーでもある。ここが結構面白くて、単にスケベなだけの依頼主に何とか対応している画家という感じで想像すると愉快だ。「クレオパトラ」は、毒蛇に胸を噛ませて自害したらしいが、その絵で、胸を出してるのはいいんだが蛇がえらく小さい。依頼主「んな、蛇が大きかったらオッパイが見えないじゃねーかよ。小さく描けよ小さく」。「ルクレティア」は夫の不在中に陵辱され、その後自害。あるべき女性像として絵に描かれる機会も多かったらしいが、依頼主は単なるスケベである。しかし体裁もあって「裸の女を描いてくれ」とストレートに言えないもんだから、依頼主「自分の胸を剣で刺したルクレティアを描いてくれ」。グエルチーノ「へえ、わかりやした」。依頼主「あ、あと、痛そうな顔とかやめてね、なんかかわいそうだから」。グエルチーノ「あーはいはい」できた絵を見たら、剣を刺そうとしてるがしっかり服を着てる。依頼主「なんで服着てんだよっ!」。グエルチーノ「いけませんか?」。依頼主「だって、おまえ、服の上からじゃちゃんと剣が刺さるか分かんねーじゃん。脱いでやるだろ普通」。グエルチーノ「そうかなあ……」。依頼主「いいよもう、グイド・レーニんとこ行くから」それでレーニに同主題を依頼。剣で刺した後の様子で望み通り上半身裸で顔はまったく普通。しかし、依頼主「あのう、この傷痛そうだから消してくれない」。レーニ「……(こいつ主題なんかどうでもいいのかよ)」以上は解説をもとにした想像だが、そんなレーニの「ルクレティア」も展示してある。このやりとりに疲れた依頼主は別の主題を発見「スザンナと老人たち」。美女スザンナは水浴中偉い老人二人に言い寄られたが拒否。裁判にかけられたが救われた。真実はお見通しだぞってな主題なんだが、要するに女の水浴が描きたいだけのもの。これで老人だけ描いてスザンナを描かなかったら依頼主にブチ殺された(かどうか分からないが、まあそうだろう)。

最後にまた宗教画のコーナー。「父なる神」で老賢人たる神様をしっかり描いているんだが……やっぱ神様っていうより偉そうなジジイだよなあ。こう言うのを見ると、プロテスタントや、あるいは偶像を完全拒否しているイスラム教の方がまっとうな感じもしてくる。

点数は多くないが、なかなか見応えあるぞ。
http://www.tbs.co.jp/guercino2015/

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