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2015年6月 7日 (日)

新潟市美術館の名品たち(目黒区美術館)

昨日行ってきたが今日までなのだ。なもんでこうしてわざわざ書いたからどーというものでもないんだけど、いや、カリエールが結構あるようなウワサを聞いたような聞かないようなだったんで行ってみたんだけど、カリエールは1枚だけだった。

そのカリエール「母と子」はおなじみのテーマ、おなじみのセピア色っつーのかね、もっと濃い色だな、その画面。おなじみの人が溶け合っているようないないような表現。おなじみじゃないのは赤ちゃんがカエル妖怪(?)みたいに見えるような見えないようなだな。有名どころでは、ピカソ「ギターとオレンジの果物鉢」は、なかなか厚塗りな感じでキッチリしているようなしていないような。マチエール良し。エルンストの「ニンフ・エコー」も初めて見る。エコーって確かギリシア神話で、相手と同じ言葉しか言えなくなっちゃったヤツだったと思うが、絵の中のどれがエコーだか、全体が草っぽくてたまに生き物だか女体だかが隠れているような感じ。いや、面白い絵ではあるよ。エーリヒ(アリク)ブラウアー「かぐわしき夜」も夜の中に人がいるようないないようなでかぐわしくキラキラしている、これもシュールレアリズム系か。あとボナールの水浴裸婦とか。ルドンとかロダンとか。日本のになると、抽象画が多い。ううむ、何だかよく分からぬ。難波田龍起ぐらいは知っているが。辰野登恵子いいね! 青い丸がドカドカある感じで。そういや個展行ったような気がする。辰野にせよサム・フランシスにせよ、同じような感じの抽象画ばかり描く人は、いろんなヤツのある中で1枚だけ見るとすげーいいんだけど、まとめて何十枚って見ても同じようなのばかり並んでいるもんで、あんまりいいと思わないんだよな。そうそうモンドリアンとかもそうかもしれん。あとは寺田政明「灯の中の相談」うん、なかなかいいね。この犬みたいなの。

それから「新潟に息づく作家たち」ってコーナー。普段あまり目にできないニーガッタの作家にユーガッタチャンスな。ううむ、何だかよく分からぬ。先週の鴨居玲が凄すぎたので、ありきたりのモノでは何も反応できぬ。佐藤哲三郎「下萌」おお、裸婦だな。萌え系じゃない。なんかその、そこらにいた割とスタイルのいいオバチャン(って年でもないのかな)をモデルにしちゃいましたって感じが面白いな。加藤一也「月夜」これルオーのあの感じをやりたいのかな。小林力三って人が集めた絵があって、これが劣化ゴッホみたいなのばかりで……いや、多分ゴッホをやろうとしたわけじゃないんだよこれ。でもオレは筆跡残るこの手の自然風景とか見ると全部あの原色のゴッホが基準になっちゃうもんで、普通の色じゃ満足できねえだ。

目黒区美術館と新潟市美術館は、コレクションに似てるところがあるってんで、その並列展示。相笠昌義「ア・ヴィダ・エン・マドリ」ほほー、「マドリードの人生」だな。しかし、なんかバルテュスの街角の絵っぽい雰囲気。いや、一応もっと普通だ。人も多いしな。しかしここで、バルテュスを思い出し、アタマん中で比較してみると、バルテュスがいかに普通じゃないかがひしひし感じられてしまう。同じ相笠昌義の版画集「女・時の過ぎゆくままに」。こっちの方が人の存在感がありありでいい感じだ。これ目黒区美術館が持ってるのね。

下の階に行くと、現代アート。草間彌生「終わりなき愛」はのぞき込むと無限のボツボツ突起物。「自己消滅」は棚にあるモノが全部赤い水玉になってる代物。これ新潟が持ってるのね。篠原有司男はギンギン、元永定正はダラダラ。うん、なかなか面白いじゃないか。

今日までだ。
http://mmat.jp/exhibition/archives/ex150411

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