« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月26日 (水)

舟越保武彫刻展(練馬区立美術館)

彫刻はアウェーだ。でもなんか評判いいし、練馬ならやってくれると思って行ったのさ。いやー、なかなかよかったですねえ。
舟越保武って知らなかったんだけど、そうっ、あのっ、長崎の「長崎26殉教者記念像」作った人なんだね。長崎行ったから知っている。いや、現地には行ったことないんだけど。
しかし彫刻の舟越といえば、舟越桂だよなあ……なんて思ってたら、桂の父ちゃんなんだ。うむ、すげえ親子だな。

最初は戦前から戦中。赤みがかった大理石を削って作る作品2つ。素材に惚れたらしい。女性の頭部の作品が多い。月並みな言い方だけどリアルに彫ってありますね。戦後になって「白鳥」という作品があって、これは女性像に翼が生えてるようにも見えるが、やっぱこれはギリシャ神話の有名な「レダと白鳥」でしょうなあ。近くに「ナルシス」もあるし。これも女性像ね。もう一つ「白鳥」があって、これは普通の白鳥……なんか白鳥って……エロいよな。首がにゅーって伸びてるところとか。特に彫刻にすると羽毛じゃないから、よりヒワイ感が増すと思いませんか? ……思わないか。まあいいや。それから、生まれて何ヶ月かの子供が亡くなったそうで、そのパステルスケッチがある。それからリアルな彫刻ばかりかと思ったら「魚」なんてのはちょっと抽象的で、プランクーシみたいな。本人もプランクーシの影響受けてるっぽいけど。それから、荻原朔太郎や石川啄木の像がある。戦中の疎開先が盛岡だったそうで、盛岡といやぁやっぱタクボックだよな。啄木が夢に出てきたんで、それを作ったんだって。ありゃ、これの制作が昭和40年となってるが……まあいいや。あと、家族ともどもキリスト教の洗礼を受けたそうです。

階を上がって、ここで「長崎26殉教者記念像」関係の展示。構想デッサン。上向いて賛美歌を歌っているんだって。「聖ルドビコ茨木」なんてルオー風。デカい像なのに手や足のデッサンも描いているのね。で、実際の彫刻というか、なんだ、複製品? が4体ほどあるんだけど。なるほど……遠目だと26人並んでいるだけなんだけど、実は結構「顔が命」なんだな。うん、服は全員同じだしなあ。行く人はちゃんと顔を見ようね顔を。ここが山場かと思ったら、実は違う。次の部屋にあるのがスゲエ。
「十字架」は教会にあるものまんま。磔のキリスト。それから弾圧されたキリシタンの農民が鎧を着て出てくる力作「原の城」。しかしそれより、ハワイのモロカイ島で、隔離されたハンセン病患者が溢れる中に赴き(そこ、看護者もいなかったらしい)、病人のために働き、自ら同じ病気になりながらも神の言葉を伝えつつ亡くなったベルギーの英雄「ダミアン神父」がハンパネエ。うむむ、この深みのある顔。病気に冒されても神を信じ、信念を貫き、言葉を伝え続ける男の顔だ。これだけでも見る価値はある。でも神がいるならなぜ病気から救ってくれないのか、とか言われなかったんかな。

あとは手堅く美しい女性の全身像「たつこ」や「シオン」、女性の頭部「LOLA」や「T嬢」。「聖マリア・マグダレナ」のようなキリスト教ものを堪能しつつ、これで終わりかと思ったらまだある。なんと右半身が麻痺してしまい、左手だけで作品を作り始める。キレイキレイにはできないけれど、荒っぽさがまた力強い。「ゴルゴダ」なんてキリストの顔が迫力十分だぞ。

あーもうすぐ終わってしまうな。行った方がいいよ。 http://www.neribun.or.jp/web/01_event/d_museum.cgi?id=10249

|

2015年8月23日 (日)

エリック・サティとその時代(Bunkamura ザ・ミュージアム)

はいはい、ジムノペディぐらいは知ってますんで。あと、同時代のピカソやらマン・レイやらってのは好みでもあるんで。行った。しかし……やっぱジムノペディ知ってるぐらいで行くもんじゃねーなーと痛感した次第じゃ。前にバレエ見ないのにバレエ・リュスの衣装見に行って後悔したじゃねーか。

最初にモンマルトルからどーたらというんで、ポスターが並ぶ。例のロートレックの奴とか。ジュール・シュレって人のもよく見るね。あと、シャ・ノワールって店で(日本のコーヒーチェーンではない)、影絵をやってて、その音楽をやってたってんで、その影絵の「ピエロ」とか出てる。会場の最初のところで、おなじみジムノペディが流れてるぞ。スピーカーが木の円筒形でちょっと気になりますな。あと、そのジムノペディの自筆手稿がある。ありがてえ。それから薔薇十字とのかかわりとかでポスターとかあるがよく分からん。サティを描いた肖像がある。

次に山高帽とステッキとかあって、山場の「スポーツと気晴らし」って曲の、楽譜と、シャルル・マルタンが描いた挿し絵がずらっ。ここで曲を知らない私は大いに後悔するが、実はここは安心してよい。なぜなら最後の映像コーナーで、これの演奏と詩の朗読が楽しめるのさ。あとグランドピアノが置いてあるよ(なんか貴重なピアノらしい)。

次はバレエの「パラード」に関する素描やら習作やらあれこれ、音楽はサティ、衣装と舞台美術はピカソ、コクトーが脚本だって。嬉しいことに2007年にやった再現公演の映像があるから、どんなんだか何となく分かるんだじぇ。3分しかないけど。あと画面ちっちゃいけど。しかしアレだな、女の子(?)がセーラー服で踊ってるところはちょっと萌えるな。他のバレエにそういうのないのかな。

ここらへんでマン・レイやピカビア、プランクーシといった美術関係の展示があるんだが、そこはサティをめぐる作品なもんでストレートには迫ってこない。うむむむ。まあ、ただ、ダダに関する展示がちょっとよかっただ。最後の方にはドランの衣装デザインが並ぶ。あと、ニック・カドワースって人のおふざけ楽器の絵が面白い。で、最後の映像コーナーで「スポーツと気晴らし」を鑑賞できる。詩の朗読と楽譜とイラストと音楽。音楽は何となく面白いが、詩は……なんかよく分からん。当時のあるあるネタか?

やっぱりある程度聞いて知ってから行くんだったな。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/15_satie/index.html

|

2015年8月15日 (土)

ディン・Q・レ展(森美術館)

名前が変わっているのは、この人、ベトナム人です。日本は戦後70年。戦争を風化させるなと言いつつ結構風化しちゃっている感じ、に対し、ベトナムはまだまだ記憶に新しい(こういう印象を持っちゃうのはこの展示を見れば分かる)。レは、10歳の時にポル・ポト派の侵攻を逃れるため、家族と共に渡米した、そうです。テーマのほとんどがベトナム戦争。戦争の生々しい現場なんぞはないものの、間接的なアートの手法で、今までになく、かなり「迫る」印象をもたらす。戦争の展示は血まみれの死体やら泣き叫ぶ人やらを出しときゃいいなんて単純なドタマの人はぜひ見るべき。

最初にゴザを編む手法で作られた平面作品「消えない記憶」の一群。使われているのが、おお「地獄の黙示録」のヘリやらプレイメイトやら、それが横糸で、縦糸が……ベトナムの人? だっけな。それからナパームから泣きながら逃げる裸の女の子の有名な写真を、50メートルにも引き延ばして巻物にした作品……ってこれの意図はイマイチ分からん。
それから「農民とヘリコプター」という3面の映像作品がある。ベトナム戦争で使われたヘリの映像と、ヘリへの思いを語る人の映像、武器を搭載したヘリは恐怖だったが、今や戦争も終わり農民にもヘリがほしい、平和利用ならオッケーって人、あるいは、いやヘリはやっぱり人殺し道具だからダメだ……って人など、の話。意図したかどうか分からないが、ヘリの映像に例の「地獄の黙示録」の一番エキサイティングなシーンであるヘリ爆撃が使われている(ワルキューレのテーマは流れてないが)。これがオレには冷や汗もの。だってつい爆撃ドカーンでエキサイトしちゃうんだもん。でもそのヘリで心底恐怖を味わった人がエキサイティングヘリ映像の横でしゃべってたりする。いやが上にも「ああ、オレは戦争映画で戦争の表面っきゃ見ていないのだ」という気分がヒシヒシしてきますな。この気分を忘れるなよ。戦争なんて知ってるようでてんで風化しちまってることを思い知らされる(オレだけじゃないよな)。あと飛ぶものとして最初と最後に入るトンボの映像と歌が美しい。

次の「傷ついた遺伝子」。これもさりげなくハード。枯れ葉剤により生まれた結合双生児のキャワイイ人形やらお洋服……さりげなく「クる」内容。それから「父から子へ:通過儀礼」。映画「地獄の黙示録」と「プラトーン」。それぞれ主演のマーティン・シーンとチャーリー・シーンは実際の親子でもあったそうな。で、似たようなシーンを並べて見る。なるほど。次、「ベトナム戦争のポスター」アメリカ視点ばっかじゃねーかって怒りの展示。

次の部屋「抹消」という部屋一つを使った大型展示。これがなんか、衝撃的作品。ホーチミンのマーケットで大量の肖像写真を手に入れたが、それと難民の船の座礁事件が重なる。肖像写真の海で、難民を乗せた船が座礁する。写真を一枚選んで下さい……うーん、うまく説明できん。とにかくその場にいると、戦争によって「ものすごく虚しくされてしまうものたち」に囲まれる気分だ。思い出もろとも人が投げ捨てられていくのだ、だからせめて思い出の写真一つでも救ってあげよう。その次の部屋。ヘリが海に次々と落ちてく(捨てられていく)CG「南シナ海ピシュクン」。なんで捨てられていくかは、その場の解説でも読んでくれ。

「人生は演じること」。ベトナム戦争の「リ・エナクトメント」という当時と同じようなものを着て、食べて、行動して、戦争を分かっていこう、という活動をしている日本人の話。この人の言うことや行動が、どれだけ当たっているかは分からないが、レからすれば興味津々、なぜ外人がここまで分かろうとするのか謎に違いない。それで、その人のインタビューと映像。ちょっと長いんで一部しか見なかったが面白いぞ。

次の部屋で、ベトナムの日常をいくつか展示。「ポルノ、あります」ベトナムじゃCD盤面を見せて置いておくのがポルノショップの標識だって。ベトナムの旗だらけの自転車。タイヤを組み合わせ、原付修理の標識。アメリカ人向けのジョークを入れたベトナムの観光ポスター。もう怒ってないからおいでよってな話。

それから仏領だったアルジェリアのラッパーの話をラップ映像で。戦争中の人々のスケッチ。画家トラン・トゥルン・ティンの話など……

ベトナム戦争だけでも、これだけの訴えたいことと、それぞれを演出する芸術的意図がある。凄い。
最近、世の中が戦前に近くなったとか言って、安保反対で国会前に行ったりする人も多いが、そんなところ行くよりも、まずはここに来て、表現の多彩さとメッセージを読み取るべきだ。国会前なんぞはそれからだ。そして君がもしアーティストで、戦争反対ならば……このディン・Q・レを見習うがよい。君には君にしか出ない戦争反対の表現がありゃしないか。それで人を動かすことができやしないか。
http://www.mori.art.museum/contents/dinh_q_le/index.html

|

2015年8月10日 (月)

アーティスト・ファイル2015「隣の部屋」(国立新美術館)

今年は日本と韓国それぞれで活躍中のアーティストを紹介だって。ちゃっちゃと見終わるだろうと思ったら、結構ボリュームがあるのね。終盤はもう疲れてきちゃった。

最初にヤン・ジョンウク。暗い中に巨大な装置が蠢いていて音を立てている。音は鈴の音だったり、木の音だったり、結構ナチュラル系(?)。ここでふと思い出すのは、先日那須高原の「オルゴール博物館」に行ってて、モーターや歯車など機械の立てる音ってのが、デジタル制御とはまた違う感じだったということ。前も書いたんだけど、明和電気でアナログ楽器をデジタル制御で演奏する作品があって、それを聞いてると「ああ、デジタルだなあ」って感じちゃうんだな。制御を感じる人間の感覚は意外とある。で、モーターによる機械制御、ってのは、アナログとデジタルと中間にいる感じがする。この作品もそうであった。

イ・ヘイン。小さい絵がいっぱいある。テント生活で描いたらしくテントも展示。ううむ、しかし、何がいいのかよく分からん。

南川史門。これも抽象ともポップアートとも半出来ともつかない作品が並んでいて、何がいいのかサッパリ分からない。解説もない。困ったぞ。何か芸術的意図があるはずだ。最初に戻って、出品リストと一緒にあったミニガイドをゲット。「かつてない絵画」だって。そうか、確かに並んでいるのと見ると「かつてない」のね。うううむ、でも何だかなあ。有名アーティストの「知られざる名品」を見ているような気分だ。知られてないのは、単に見ていて面白くも何ともないからじゃねーか。いやしかし、これらを「おお新鮮!」と見抜ける人もいるかもしれないがね。

横溝静。役者が幽霊体験談をしている動画。じゃあ、それって誰の体験なのかって話らしい。その他はこれもよく分からない(すまん)作品。

小林耕平。急に賑々しくなって、どういう作品群かというと、○○は××である、というフレーズ(例えば「皺とり美容クリームはタイムマシンである」とか)を考え、それに関するオブジェを作り、そのオブジェを使って動画作品を作る。その動画を見ていたが……なんかもっと面白くなりそうな気がするんだが。フレーズに関する説明的な映像じゃないのはいいんだけど、それでも、わざとヘンな仕草をしたりする「どう、こういうセンス面白いでしょ」みたいな、何か学生映画みたいなノリが充満してる感じで(あー、オレ元映画研究会です)、なんか面白くない。もういいんだ飽きたんだこういうのって感じがした。

イム・スンフン+百瀬文……あーなんか見てない。

イ・ウォノ。うむ、これが一番面白かった。段ボールの巨大な家がある。この段ボール、元は日本や韓国のホームレスが「家」として実際に使っていたもの。段ボールをホームレスから値段交渉して契約書を作って買い取った。その契約書も展示されている。値段はまちまち。それより、この買い取り交渉のビデオが流れていて、それが面白いんだな。ホームレスのおっちゃんはもちろん何で買い取るんだか意図をサッパリ理解できない「あっちに段ボールいっぱいあるよ」「いえ、あなたの大事な家がほしいのです」「ええ?」この人頭おかしいんじゃないかと思われたようだ。そうだよなあ。

百瀬文。かなり多い項目をアンケートを回答してもらい(自衛官の人らしい)。その回答部分を朗読する映像。ぼーっと聞いているとポエトリーリーリーディングのようにも聞こえる。オープンマイクイベントでも同じようなことをやってみたい。

キ・スルギ。森などの自然風景の中に霧の塊のような得体の知れないものが写っている写真。BGMも不気味系で。

冨井大裕。なんだったかな……おお、そうだ、身の回りにあるものをちょっと変わった感じでディスプレイ。合板の側面とか、ジーンズとか、エアーキャップとか……うーん、別にそう凄いという感じではないが。

イ・ソンミ。これは割れた車の強化ガラスを使って、その破片を集めて作品にしているらしい。私が結構好きな力業(ちからわざ)。作品もキラキラしていて、特に木の葉状のシャンデリアがいいですな。

イム・フンスン。なんかもうこの辺で疲れてしまい、ちゃんと見てないの。ドキュメンタリー映像っぽいけどよく分からぬ。

手塚愛子。刺繍を半分ぐらい解いてしまって、それを作品にしているもの。絵ではなく、あ、糸だ、刺繍だ、と思わせる。

見応えはあるけど、イマイチ鑑賞のテンションが上がらないのはなぜだろう。こっちの体調が悪いのか?
http://www.nact.jp/exhibition_special/2015/af2015/

|

2015年8月 8日 (土)

フリーダ・カーロの遺品(シアター・イメージフォーラム)

メキシコの画家フリーダ・カーロの遺品と、それをカメラで撮影する女性写真家、石内都のドキュメンタリー。フリーダ・カーロといえば、私は史上最強の女性画家として崇拝し、メキシコシティのブルーハウスこと「フリーダ・カーロ博物館」を訪れるのを主目的としてメキシコに行ったこともあるのです。もう20年ぐらい前か。その時い買った「二人のフリーダ」のTシャツを装着して映画館へ。

が、しかし、実はあんまり期待してなかった。生涯闘病して苦しみつつもおしゃれだったとか、恋愛いっぱいしてたとか、それってよく知られているし、今更それを賞賛されてもなあ。ドキュメンタリーだと絵画よりもそういう傾向になるよなあ、と思った次第。それに、私のフリーダが好きというのは、痛みや苦しみをあの容赦ない超現実な描画(フリーダ本人はあくまで現実を描いていると言ってるが)で表現しているのが好きなのであって、つまりシュールや超現実が好みなのです。ってなると、どうもまじめでリアルなドラマやドキュメンタリーと親和性がある感じじゃない。前に作られた映画「フリーダ」では、ブラザーズ・クェイのパペットアニメーションが使われていたが、そういうところは「フリーダ好きへのサービス」みたいでよかった。でも今回は写真家を追いかけているみたいなので、どうもそういう超現実な感じじゃない。ちなみに私は写真芸術を見ないもんで、石内都も知りませんでした。

映画が始まって、石内都が言う「(フリーダは)絵も含めてあまり興味なかった」……ぬぁんだって? そういう人がフリーダに関する写真撮っていいのか? と思ったのだが、映画が進むにつれ、この違和感が払拭されていく。どころか、ううむ、このアプローチはフリーダに心酔しているようなヤツではできん。石内都でしかできないよなあ。うまい人選をしたものだな、と感心する。

石内は遺物の、主に衣装からその人となりを読み取り、写真に記録していく。決してフリーダの過激な表現に流されることもなく、自分も一人のアーティストとして対峙し、時に女性として感心し、共感しつつ。その自然な客観ぶりが私のような心酔派には逆に新鮮に見えるものです。これ、心酔しているヤツが、あえて客観を装ってもダメなんだよね。あくまで自然体なのがいい。

途中、フリーダのファッションの源泉というか、パンフでは「アイデンティティ」となっているところのオアハカ州イスモの様子が映される。これがまあ驚き。老いも若きも女性達は普通にあの「フリーダみたいな感じ」の衣装で過ごしているではないか。花柄のハデハデな衣装。フ、フリーダがいっぱいいる。ううん行ってみたいねえイスモ。しかしこれ、男のファッションって何もないのか? それにしても、こうなるとフリーダが特別エキゾチックな「個人」ではなくなってくる。やっぱりメキシコに生きる一人なのだ。

映画内では奇しくも石内の友人が亡くなり、同時に「死者の日」のイベントの様子が流れ、死生観の違いをいやが上にも感じてしまう。しかしここ、説明的じゃないところがいいね。

そんなわけで、フリーダに心酔しているほどに、石内アプローチの冷静さと客観性に驚き、それが今まで見えなかったフリーダの本質をあぶり出している、というのに感心する。とかく神格化しちゃってると、こういう人間の本質ウンヌンみたいなやり方はどうもなあ、と思うかもしれないが、この映画はそういう嫌な感じはしなかった。んんん、が、しかし、私としてはフリーダの魅力はやはり絵画にこそあるのだ、と言いたいけどね。いやそういう人ほど観た方がいい映画だぞ。
http://legacy-frida.info/

|

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »