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2015年12月 6日 (日)

ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展(パナソニック汐留ミュージアム)

ゴーギャンのポンタ番の絵……じゃなくて、ポン=タヴァンってところで描いた絵と、その周辺の画家。えーとそのうち「ナビ派」になるヤツラだよね。よーするに印象派のその後がどーなってんのかって話の一つ。

展示は年代順で、最初に滞在した頃のゴーギャン「ポン=タヴァンの木陰の母と子」はまだ印象派。ピサロの影響があるんだと。シュフネッケルって人の「ブルターニュの岩石の海岸」は点描。それから「総合主義」ってのを作ったそうで、それは……なんだったかな、まあ当時のあれやこれやを総合するとどんな絵になるんだって考えて、出た答えなんだな。それが縁取りのある「クロワソニズム」と江戸浮世絵の影響の平面的構成なんだって。「ブルターニュの眺め」ってのも印象派で、「玉ねぎと日本の版画のある静物」ってのはなんとセザンヌの影響がある。「なんと」ってのは、セザンヌはピカソにも影響を与えていて、様々な方向の描画が一画面になる様はピカソの「キュビズム」を生んだのだ。それがなんと平面絵画世界の構成でゴーギャンからナビにも影響を与えているんだって、すげえよなセザンヌ。ゴーギャンの「二人の子供」はいかにもゴーギャン人物。「いちじくと女」はモノクロながら江戸浮世絵の「あの」感じが出ている。ナビ派は「日本かぶれのナビ」って言われてたが、単なる流行りだった「ジャポニズム」を越えて、浮世絵の平面的表現や、ドラマチックな画面構成をよく理解してくれてたんだねえ。ポール・セリュジエって人の「呪文或いは物語 聖なる森」も平面的、シャルル・フィリジエって人の(ちなみに「って人の」と書くのは私のよく知らん作者の時よ)、「ル・ブールデュの風景」は平面的しかもシュールでブルトンに評価されたんだって。同じくフィリジエの「天使と聖母の間のキリストの胸像」や「聖ヨハネ」はルオーっぽい。

ゴーギャンは当時ビンボーだったそうで、それでもル・プールデュに滞在して信者も増えてったらしい(説明をロクに読んでねえだ)。ジョルジュ・ラコンプ「ヴォロール、灰色の波或いはカマレの断崖」この不思議な風景は……おっと北斎の「諸国瀧廻り」のアレに似てるね。こういうちょっと不思議な画面構成にも浮世絵の影響があって嬉しい限りだぜ。マキシム・モーフラって人の「黄色い黄昏、海岸の泥炭地、ロクテュディ」ってのもちょいシュールな風景だな。ロドリック・オコナーって人の(知らんヤツばかりだなぁ)、「月明かりの公園」はいいムードですなぁってありきたりの感想だが。スレヴィンスキーってヤツの「水の入ったグラスとリンゴのある静物」はモロセザンヌ……模写か? 同じくスレヴィンスキー「ポーランドの秋の風景」はヘタウマか? セリュジエ「聖顔」は平面的デザイン的なキリスト。

最後のプルターニュだって。ゴーギャン「タヒチの風景」……うーん、でもちょっと「らしくない」感じ。ピュイゴドーってヤツの「藁ぶき家のある風景」のいい夕日。ドニが割といろいろあって、平面的表現がうまい感じになっている。「ブレストの港」の水面キラキラなんてなかなかいいね。セーヴァジョンって人の「ドゥアルヌネのリス海岸」は黒い木のシルエットがまさに浮世絵。ポール=エリー・ランソンって人の「鴨」はテキスタイル風かも。

ここ割と狭いんだけど、展示密度があって、ナメてかかっちゃいけないぜ。
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/15/151029/

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