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2016年1月17日 (日)

えびすリアリズム(パルコミュージアム)

金曜夜に行ってた。
蛭子能収といえば、テレビではおなじみみたいなんだけど、私はテレビをあんまり見ていない。ついでに競艇の世界でもギャンブラーとしておなじみようだけど、競艇もしてません。温厚ないじられキャラでありながら、本業(?)の漫画ではサブカル全開のヘタウマ不条理世界とのことで、ちゃんと見たことのなかった私は足を運んだ次第である。

思うにアーティスト気質ってのは2種類あって、一つは私生活も欲望のおもむくそのままにやってしまうタイプ。これなんぞ今をときめく(?)、ゲス極の川谷氏なんかそうでしょうかね。後先考えず結婚して、それでも誰彼かまわず女に手を出しちゃう。アーティストじゃそう珍しくないタイプと思うが、いやしかし相手が悪かったよなあ。ノースキャンダルが売りの売れっ子のベッキーだもんなあ。ヤクザの親分の一人娘をキズモノにしたぐらいのヤバさがあるよなあ。ま、それはそれとして、もう一つは、普通に生活を送って人付き合いもしているが、内面にドス黒いヤツをため込んでいるタイプ。蛭子さんもそうで……まあ普通に生活を送っているかってえと微妙なところもあるんだけど、でも少なくともダークサイドを表にぶちまけてる人じゃないですね。これ、普段病院の皿洗いをしてて他人とは天気のことしか話さなかった、かのヘンリー・ダーガーもきっとこのタイプ。でも蛭子さんは多分ダークサイドを抱えているって自覚はあって、うまいこと飼い慣らしている感じ。ダーガーは多分自覚無いよね。我がキリスト教を脅かす悪魔だと思ってたから。あとオレもこっちのタイプ(アーティストではないが一応)。人柄と書いていることが全く結びつかないと言われたもんです。

それはそれとして、私としては大いなる期待をもって行ったが、結果的にはうーん、まずまずな作品が多い。一枚絵ももっと凶暴なのが炸裂するかと思ったが、まあ一応シュールでヘタウマの「いい感じ」が並んではいるけれど、でもちょっとかゆいところに手が届いてない感じがある。多分蛭子さんは描けないわけではないのだ。テレビでしか知らん人たちが来ても卒倒しないように、企画者共々「そこそこ」でまとめ上げたに違いない。とはいえそこは蛭子ワールド。一枚絵よりマンガの展示(パネルもある)がやっぱり面白い。誰かが書いてたが主人公は常に緊張していて汗をタラタラかいている。異様な世界に放り込まれ、その場を取り繕うとして、あるいは何とかやり過ごそうとして、冷や汗をかきつつ進むともっとドツボが待っている……そうそう、唯一描いた子供向け漫画ってのもあったが、それも結構怖い。で、さらに面白いのが、やっぱり置いてあって自由に読める漫画本なんだけど、2、3作読んだら気持ち悪くなってしまった。別に気持ちの悪い絵が描いてあるわけじゃない。世界観が異様で日常的感覚を無理矢理ねじ曲げられてる感じ? でも嫌いじゃないんだぞ。

18禁のコーナーもあるが、ここも「そこそこ」な感じのセレクト。いや、悪くないんだけどね。それからコリントゲーム式の占いがあって、やってみたら中吉だった。蛭子さんパネルと写真撮れるコーナーなど。あー、それから入る時名言おみくじをもらってて、曰く「空気を読んでそんなにいいことあります?」。なるほど、折しも展示内に、イヤイヤ金を貸した相手に、その金でおごられる、というマンガがあった。金を貸したくないが貸し、その金でおごられるなんて屈辱的でぶっ殺してやりたいのに、それを受け、あげくに「私は友達をなくしたことがない」と言ってるのだが、背景の落書きが血と暴力を暗示する。いじられキャラとしてヘラヘラしているが、実はその間にダークサイドの感情をタップリ溜め込んでいて、それを放出するナイスな作品。テレビで蛭子さんは空気を読んでいないと思っている人がいるけど、多分テレビ的においしいキャラはどんなもんかって空気をそれとなく読んでいる。あとダークエネルギーの蓄積も密かに行っているはずだ。

パルコじゃなくて中野ブロードウェイとかでやったら、また違ってたかな?
http://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=862

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