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2016年5月31日 (火)

樹をめぐる物語(損保ジャパン日本興亜美術館)

「同じ○○を描いても、いろんな表現があるものだなあ」系の企画……あの、ほら水とか船とか馬とかね、やってるよね。でも今回のこれバルビゾンから二十世紀始めぐらいのフランスなもんで、多彩かというとあんましそうでもなくて、まあ、あの辺の時代の絵から樹を選んでみました、って感じよ。

最初はバルビゾン派系で、コローの煙るようなぼかしが、あたかも無数の枝みたいだよ、がなんとなくよくて、ナルシス・ディアズ・ド・ラ・ペーニャって人の「フォンテーヌブローの樫の木」がクールベさんの絵みたいに暗い森で、バルビゾンおやじのテオドール・ルソーがいて……さすがに同じような絵でしかも知らん人のが延々と続いてるんで飽きてきて……おっとギュスターヴ・ドレじゃないか。「嵐の後、スコットランドの急流」ほう、油彩じゃないか。デカいじゃないか。雄大な渓谷でいいじゃないか、ってのが収穫か。

次は印象派系。モネがある。大きめなんでまあまあ。カミーユ・ピサロがあって、ピサロの長男のリュシアン・ピサロってヤツの絵があって、それは点描法で、まあまあで。三男のフェリックス・ピサロの絵があるが、この三男は絵は描いてたけど早死にしたそうです。でもなんか、あんまりうまくない。あと新印象主義の点描法の絵がいくつも。レオ・ゴーゾンとかシャルル=アンリ・ベルソンとかマクシミリアン・リュースとか、何かしらん人がみんな点々で描いておる。シャルル・アングランなんて人は大点々です。逆にシニャックがテンペラのおとなし目の絵を描いておる。シャルル・フレションの「森の秋、ケヴルヴィル=ラ=ミロン」ってのか赤っぽい色合いでなかなかよい。

ポスト印象主義と、二十世紀芸術だって。この辺から見ていて面白くなってくるね。絵が絵として絵ならではの主張をし始めるのだね。カリエールの「樹木の習作」は小さいながらなかなか面白い。おっ、というような樹の形だ。エミリオ・ボッジオって人の「開花」は花なんだけど、なんか汚い雪崩みたいで面白いぞ。ジャン=フランソワ・オービュルタン「海辺の松、ポルクロール」はナビ派風なんだけど日本美術の影響だそうで。でもナビ派ってのも日本好きだからなあ。フェリックス・ヴァロットン「オンフルールの眺め、朝」は樹が迫ってくる。というか木の幹にへばりつく緑(蔦か?)が妙な主張をしていて、印象に残りますな。なんつーかな、長いモミアゲのオッサンみたいに(?)。モーリス・ドニ……小さいな。ポール・セリュジエ「急流の側の幻影、または妖精たちのランデヴー」もナビ派っぽい……って、この人ナビ派作った人やーん。巨匠マティス「オリーヴの並木路」うん……やりたいことは分かる。クリスチャン・ロールフス「春の樹」はフォーヴ風だ。

あとは例のゴッホのひまわりか、グランマ・モーゼスとか。
http://www.sjnk-museum.org/program/current/3729.html

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2016年5月21日 (土)

ルノワール展(国立新美術館)

8月までやっているのだが、若冲フィーバーに人々が気を取られている隙に行っちゃうのさ。なんたって超有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」が来ているのです。オルセーの現地で見たよ……って人もいるだろうし、オレも見た……んだけど、目撃したって程度なんだよね。何しろ印象派の部屋はオルセーの中でも終盤で、途中アングルの「泉」だの、モローの有名なヤツだの超デカいコルモンの「カイン」だの、超ド級のヤツがバカスカあるので、終盤にはもうヘトヘトになってしまい、「あールノワールだー」ぐらいしか思わんかったのです。

冒頭に良さげなの2つ「猫と少年」珍しく男性ヌード、「陽光の中の裸婦」これはよく見るんで西美の所蔵かと思ったらオルセーだった。文字通り野木漏れ日浴びてる裸婦な。それからいろいろ肖像画がずらっとあるが、なんか知らん人ばかりだしどーでもいー感じがするな。モネの肖像は風格があってなかなかいいな。それから風景画。ルノワールってあんまり風景描いてる感じがしないんだけど、そこそこ数があって、モネとかと一緒に描いてたらしい。可もなく不可もない印象派みたいな感じだけど「イギリス種の梨の木」のぶわぶわっとした雰囲気は、他の印象派にはちと無いような。あと「アルジェリア風景、野生の女の谷」は初めて見る、明暗のコントラストというか、外光で明るいってだけじゃないのがいい。

次に年表があって(見てねえ)、いよいよ「”現代生活”を描く」ってことで、まず時々見る「ぶらんこ」はおなじみ陽光の中、これ何度か見たな。「アルフォンシーズ・フルネーズ」は肖像で顔はちとヘンだけど、ルノらしい一枚。それから目玉の広い展示空間で、いきなり「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」おおっ……こんなデカかったっけ? 記憶の二まわりぐらいデカいんだけど。オルセー全体がデカかったのか。本物は2度目ぐらいだが、印刷物なんかで既によく知っているので、いかんせんそれ以上のインパクトがない(ちなみに最もインパクトを受けたルノワール作品は六本木で見たフィリップスコレクションの「舟遊びの昼食」だな。あれは見てブッ飛んだぞ)。ううむ……単眼鏡で細かいところを観察。なるほど筆あと結構あるんだね。うむ、遙か昔、実家住まいの頃、二千ピースのジグソーパズルやったんだけど、この絵なんだよね。あれどこに飾ってあったかな……ってなことを考える。広い空間の反対側に、この絵と対峙してダンスの二つの絵がある。「田舎のダンス」「都会のダンス」。いずれも縦長で男女一組が踊っている。都会ほうの娘はユトリロの母ヴァラドン、田舎娘はルノワールの伴侶だって。うーんルノ好みなのかルノの伴侶は、体型が紡錘形というか腰デカいというか、白キンギョみたいというかですな。空間を囲むように展示コーナーいろいろ。映画の中のパリのダンスホールの映像「恋多き女」の舞踏会風景はまさにルノの絵そのままの感じで面白い。しかし勇ましく歌う男がモンティ・パイソンの「木こりの歌」っぽく見えちゃう(知らん人は別に大したことじゃないんで追求しなくてよい)。「フレン・カンカン」と「ナナ」の映像では、例のカンカン踊りってんですか、スカートたくし上げて脚振ってるヤツ。うーん、よく見ると……なんかマヌケな感じの踊りだよなぁ……そうでもない? それから舞踏会とはどんなもんか、というような絵。ここにはコローの「ニンフたちのダンス」があり、コロー風景の中に踊るニンフがちょと神秘的でイイ。ダンスホールとかの展示ではゴッホがある。「アルルのダンスホール」ほほう……最初見た時、ゴーギャンかと思った。クロワゾニズム……だったっけな。それからパリの社交生活のコーナーで、私の好きなカリエールがある……が、例のセピアの神秘的な雰囲気で「舞踏会の装いをした女性」……って、何か合わねえなあ。モリゾも「舞踏会の装いをした若い女性」でこっちは仕事キッチリな感じ。

広い空間を抜け、デッサンコーナー。意外とバカにできないぞ。「椅子に座る娘」のサンギーヌ(赤いパステル)で描いたのは非常にいい。「水のほとりの三人の湯女」はデッサンながら大きくてなかなかの完成度だ。次に子どもたちを描いた絵のコーナー。ここで好きなのは「ジュリー・マネの肖像」モリゾの娘らしいが、このシャープな線で顔が描かれた肖像画、結構好きだぞ。あとは「道化師(ココの肖像)」。絵は普通なんだけど、ここココって男の子は、ルノ60歳の時の子供だって。マジすか? なんでそんなパワーがあるんです? それから花の絵がいくつかあり、「ピアノを弾く少女たち」確か前にBunkamuraで見たよな。でも実はこれも傑作中の傑作。色の調和はムーラン以上だと思うんで、オレはムーランよりこっちのほうが好きかな。

身近な人たちの絵と肖像画ってことで、ここには「座る娘」ううむ、何か胸デカいな。ピカソみたいな絵があるなと思ったらピカソだった「白い帽子の女性」。

最後は裸婦大会。晩年の傑作「浴女たち」がある。顔の小さい、腰のでかい、肉の、ブタの、三段腹の……いやいやそんなひどくないが、とにかくこれを描くのはリウマチに耐えつつ数ヶ月がかりだったという執念の作品。ルノワール美女の到達点……が、これか、うーん、なんかキレイというより体型へのこだわりがスゲエ。これを見てルーベンスも納得だろうと言ったとか言わないとか。

期間は長いが混むかもしれんので早めに行っとく方がいいと思うよ。
http://renoir.exhn.jp/

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2016年5月16日 (月)

人造乙女美術館(ヴァニラ画廊)

ここに行った諸君は当然、ヴィリエ・ド・リラダンの「未来のイヴ」は読んだんでしょうな。俺は読んでるんだじぇ。アート好きだからってアート関係の本ばっかり読んでたってダメダ~メよ(←たまたま読んでるからって偉そうに)。ある男が恋人である人間の女(の内面)に失望して、メンローパークのエディソン博士(!)に人造人間(美女)を作らせるって話で、なんかすげえ冗長でエディソンの愚痴と人造人間の仕組みの話でほとんどだったような気がする。この話の山場は(これから読むって人はここを読まない方がいいが)、男が恋人と別れを切り出したら涙で止められて、男が思いとどまるが、それが実は人造美女だったというところ。『あなた、妾がお判りになりませんの? 妾はアダリーなのでございます、』完璧なデキだった。アダリーは人造美女の、なんか、素になったヤツの名前。

それで、現代における人造美女といえば、ラブドールです。はい、なんか昔ダッチワイフとか言いましたね(今も言ってるのかもしれないが)。皆さんのイメージは空気嫁ってぐらいで、空気で膨らませた女の人形のお化けみたいな、いかにもどうしようもない男がしかたなくどうしようもないヴィジュアルの代用品を寂しく使っているというもんでしょうけど、そこはかつての「未来のイヴ」から連なる男達の秘かな欲望。オリエント工業という会社がハイテク技術と造形センスを駆使して作り上げた一連の人造美女は我らのダサいイメージをブッ飛ばす完成度を持っている。いや写真とか見てると本物だか何だかもう分からない。今回はそれらの美女を用いて、日本画の美女を再現しました。品のいいアートサイトが日本画の再現ってところで食いついたもんで、私もその流れで知ることになったが、この画廊はそもそもエロチックアートみたいな、ちょっと妖しいものを扱うんで名が知れてるみたいです(6月頃には凶悪犯罪者のアート作品展だしな)。私は品はそう良くないけど、この画廊は初めて知った。まあ知る人からすればナニを今さらって感じだと思うが。

行って現場は地下2階。入場料はパンフレット付きとはいえ1000円と結構強気価格。入って日本画再現は3つ。橘小夢「玉藻前」九尾の狐のやつみたい。再現はまあまあ。胸見える。顔の妖しさがなかなかいい。もともとは男を萌えさせるおっとりした感じの顔立ちなんだが、絵に合わせてキツい感じにメイクしてあるよね。次、池永康晟「如雨露」再現は一番よくできている。立ち姿。雰囲気が絵のまんまだ。いいね。橋口五葉「髪梳ける女」再現はまあいいんだけど、うーむ、イマイチだなあ。何がって? はい、櫛を持つ手です。櫛を持って梳かしているように見えない。とりあえずそれっぽく落ちないように人形の手にひっかけましたって感じが残念。思うにこういうのはディテールがものすごく大事で、どんなに顔を精巧に作って、髪の毛も再現して、きれいな着物を丁寧に着せても、「手が櫛を持って梳かしていない」という細かい事実だけでかなり印象が壊れてしまう。……俺だけ? みんないいの? つまり、だから動作ものは難しいね。人間って筋肉があるからさ。

リラダンの「未来のイヴ」に捧げる作品があったが……なんかコレジャナイ感がする。エロチックドールのディスプレイとしては悪くないんだけど、「未来のイヴ」って、もっと、なんちゅうか、そういうところでない部分で迫ってくるべきじゃない? これだと女が見て「あーいーじゃん、あたしもこういう格好して男を誘いたーい」ってな、そうそうあの「エロカッコイイ」倖田來未みたいな感じでしょ? 違う違う。男達が秘かに集い、エディソン氏が作るべき「未来のイヴ」は言うなれば、「カリオストロの城」のクラリスみたいなやつ。女が見て「なにあれ? あんな女いねーよ。男の妄想じゃないペッペッ」ってなもんであるべきです。女に軽蔑されてこその男の妄想です。だからこれをリラダンに捧げちゃダメだっ!

それから実物に触れるコーナー。顔に触ったり揉んだりしないで下さいと注意され、事前にお手拭きを渡される。腕とか腿に触れる。触った。へえ! ……シリコンだね。あの調理道具に使っているシリコンを、もっとキメを細かくした感じ。うーんそうかあ、でも手で触っただけではよく分からんなあ。一緒に寝るとどんな感じなんだ? えー、あとはスチームパンク(なんか蒸気機関とかレトロ真空管とかのメカ)の中に美女がいるって作品。スチームパンクのディスプレイはなんか……悪くないけど飽きてる。この手合い好きなヤツが多すぎ。

ちなみに画廊なんで、全部これ売ってるのね。先の日本画再生なんて百万近くする。

あとショップで妖しいグッズがいろいろ見れる。安くない。でも多分ここにしかない。外に出れば中国人だらけの銀座はすぐそこさ。
http://www.vanilla-gallery.com/archives/2016/20160425ab.html

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2016年5月 8日 (日)

若冲展(東京都美術館)

「乗るしかない、このビッグウェーブに!」
というのはかつてiphoneなんたらで並んで買った人の名言だけど、まさに流行りものに乗る気分を的確に表している。そおっ、あのっ皇室の至宝「動植綵絵」の全てが並び、代表作も一堂に会す、夢の「若冲展」わずか一ヶ月だが、まさにこんな気分。おお、なんという魅惑的で、そして残酷な企画であることよ。しかも連日テレビの特集番組で煽ること煽ること。聞こえてくる情報は入場まで数十分。中は大混雑で会場内に飛び交う怒号罵声悲鳴絶叫咆哮爆笑殴打乱闘惨劇いやいやいやそんなことないにせよ、少なくとも若冲をゆっくり鑑賞なんて状態じゃないらしい。いつ行ってもダメじゃん。なんでこんな企画をしやがったクソが。なんで一ヶ月だけなんだよっ(文化財保護の借用展示可能期間の関係であることぐらいは分かっているが)。「動植綵絵」なんて一ヶ月しか出しちゃダメなら半分ずつ出して期間を二ヶ月にしたっていいじゃないか。2回来てやるぞ。その方が儲かるだろうに。一ヶ月でいいから全部いっぺんに出したいなんて、客の動向を考えていない企画者の夢というかエゴでしかなかろう。だからさー、夢は夢のままであったほうがいい場合もあるってもんだよなあ……
で、いつ行けばいいのだ? GW明けの金曜(5/13)夜間開館狙いを考えた……いやいや、きっとこれみんな考えるぞ。なので、GW合間の平日金曜(5/6)夜に挑んだ……が、同じこと考えているヤツも多く、6時頃で110分待ちだとかの情報を得て断念。もう裏の裏をかくしかない。土曜午後閉館間際狙い。まともな鑑賞など期待できないが覚悟の上。結果的には、まあ悪くなかった……いや、結構よかったところもあるんだが、それは今から説明する。

2時50分に上野に着いた。その時点で70分待ちという情報(ツイッターを使っている)。4時過ぎに入ることを狙って、上野駅の本屋で時間をつぶす(この段階で5時閉館と思っていた。また「動植綵絵」と「菜蟲譜」のみを狙っていた)。3時5分、上野駅を出る。3時15分、まだ70分待ちだが並ぶ。これが外で。日傘とか貸している。日差しはそこそこ(炎天下だったらキツい)。3時30分、屋外からテントへ。3時45分、建物内へ。その途中なんと給水サービスあり。水を一杯いただき。ありがてえ。大型扇風機があったり、スタッフが誘導したりと、少しでもこのクソッタレな企画を快適にしようと努力が見られる。4時5分に会場に入れた。50分待ちである。うん、まあ悪くないな。

中はもちろん混雑。最初のほうの「鹿苑寺大書院障壁画」は水墨のせいかスルー気味だが、実はこの筆さばきは相当なもんだと分かる。あとはもう混んでいる。「孔雀鳳凰図」と「旭日鳳凰図」はかなりのもの。細かく美しい。単眼鏡を持って行って見たが、倍率がそう高くないせいか、これでも描線がよく見えない(最前列は無理な状態)。見たことありそうなヤツはそこそこにして、一気に上の階の「動植綵絵」と「釈迦三尊像」へ。

「動植綵絵」は三の丸の展示で見たと思ってたが、思えば30幅全部ではなかった。今回全部見れる! ……が、当然のように会場内は人ごみ。最前列は難しい……が、流動的なので、少し粘っていればなんとなくチャンスも巡ってはくる。まあ概ね3、4列目ぐらいで上半分と、人の隙間から下半分も見るって感じ。で、見比べていくと、鳥だけが他と違ってえらく気合いが入っている。いや、気合いというか、何か描く悦楽というか、いや、もちろん鳥以外だって全体的にうまいし細かいし贅沢なんだけど、鳥、特に鶏の描画はなんというか密度が高く執拗で、描いてて性的快楽でもおぼえているんじゃないかというくらい艶めかしい印象が強い。「向日葵雄鶏図」と「芙蓉双鶏図」がとにかくスゲエ。羽一枚一枚というかその羽の一本一本というか、ちまちまと描いている。ポスターになっている「老松白鳳図」もハート模様の尾をなびかせ、エクスタシーな感じがする。鶏は他にもいくつもあって、はあ、「動植綵絵」ってこんな鶏率が高かったのかと驚く。やっぱ若冲、鶏好きなんだねえ。あとは草花は普通に綺麗どころ。「釈迦三尊像」は悪くはないが、やはり「動植綵絵」に囲まれると、ちょっと普通なもんで印象が薄い。ここで、閉館が5時じゃなくて5時半だと知る。そうか閉館間際狙いだったが早かったな。でもそれならそれでもう少し見れるもん見てみるか。

その上の階に行くと、前半しか出ていない「百犬図」があったが、これはどこかで見た。「菜蟲譜」は巻物を全部広げている。これ見たいが結構な列なんでどうしようかと一旦他へ。鶏の絵がある。結構いいんだけど、「動植綵絵」の鶏が強烈なんで、それと比べるとちょっと力不足に感じちゃう。鯨と象のはサントリーで見たっけと思いスルー。時代を超越したモザイク画で驚かせた「鳥獣花木図屏風」には人が大量に群れていたが、オレはさんざん見たんでスルー。売店を通り抜け(なんも買う気なし)。また最下階へ。

「孔雀鳳凰図」と「旭日鳳凰図」に見とれ、また上の階に行き鶏と白鳳を見て、時間がまだあるので。その上の階「菜蟲譜」をまともに並んで鑑賞。うむ、色使いが独特。観察鋭い昆虫ものは後半だ。さてもうそろそろ閉館だ。最下階へ行き、ここはもう人が少ない。見れなかった「糸瓜郡中虫図」の昆虫を見る。うむ、よく描けているな。そして「孔雀鳳凰図」、「旭日鳳凰図」をじっくり鑑賞。実はこれ、「動植綵絵」の鳥達に勝るとも劣らない素晴らしき鳥達なのだ。その羽の細かさ、金色に光るかのような体を包む描線。羽の細かいグラデーションの美しさ。おお、そうだとも。これが若冲を鑑賞するということだよ。もう一度上に行って、「動植綵絵」を見たりしたが、最後にはまた下に戻ってきた。閉館時間が10分延びた。これらの鳥達を独占。やったぜ。諸君、もし諸君がこの悲惨な混みっぷりの企画で、若冲のすごい絵を、割とじゃまされずに見たかったら、閉館寸前にこの鳥達と対峙するがよい。「動植綵絵」はあまりに目玉なもんで、閉館間際でも人が群れている。だから狙いはこっちだとオレは思う。

というわけで、結果的に堪能できた。闘いは苦しいが諸君の健闘を祈る。
http://jakuchu2016.jp/

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2016年5月 3日 (火)

「黒田清輝 - 日本近代絵画の巨匠」(東京国立博物館)

5/2 上野に突撃~っ! ……ったって若冲じゃないです。いや~、一応若冲展の様子を見てみたら、都美前が阿鼻叫喚になっていたんで、ありゃ酷いよ。

黒田展は年代順と、あと、影響を与えたヨーロッパの画家とかで構成され、黒田本人よりええもん見せてもろたりしたようなしてないような。

冒頭はおなじみ「婦人像(厨房)」。それからフランスに行って画業修行してたそうで、「田舎家」とかいうミレー風のから、レンブラントの自画像を模写したのとか。あと裸婦習作いろいろ。日本じゃまだまだ裸婦画なんぞは受け入れられてなかった時代だったが、あっちじゃ当たり前だったのだ。「祈祷」という絵があり、女性が祈っているけどなかなか初々しい感じで。「アトリエ」はラファエル・コランの教室らしいんだけど、光あふれる感じがいいね。やっぱこういうのコランだよな。「枯れ野原(グレー)」なんか正当印象派っぽいけど、師のコランはアカデミックだからちょっと違う路線だよな。「編物」は外光と窓辺という黒田定番。ポスターになってる「読書」も「針仕事」もそうだけど、私は「針仕事」が一番よかったね。全体が水色っぽくて。色合いがいい。「赤髪の少女」も外光。あとこの人後ろ向き。「白き着物を着せる西洋婦人」は一生懸命コラン風にやろうとして……これ、あんましうまくいってない。

ここで、じゃあラファエル・コランって何者じゃいということで、コランの絵がいろいろ。「フロレアル(花月)」は自然風景の中の裸婦というファンタジックながらコランの定番。「思春期」は、裸婦というかほとんどロリコンが喜んで、おまわりさんこいつですとか言いそうなヤツ。「孤独」も裸婦後ろ姿ながら、こういう心情を表すような意味深のタイトルが黒田の中二病魂を直撃したのは想像にかたくない。それであとで「智・感・情」なんてムダに気合いの入ったものを描いたりするんです。それからまだ他の人で、カバネルで「フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの死」うんドラマチックだ。ミレー「羊飼いの少女」OHキターッ! オルセーから特別出品だと。「晩鐘」や「落ち穂拾い」と並ぶミレーの一番ウケそうなヤツ。黒田だけ期待していた人には思わぬお得だぞ。あとはジュール・ブルトンって人の「朝」外光降り注ぐ感じのもいいな。これはいかにも黒田が喜びそうなやつ。

売店を挟んで後半の展示。「舞妓」は日本に帰ってきた黒田が見つけたクールジャパン。日本における西洋画はいかにすべきか、と悩んで描く。いろいろ描いてるが、展示は小物が多い。「菊圃」は地味ながら、モネのエッセンスが詰まってる感じ。「昼寝」がちょっとポイント。)(後期?)印象派風の原色を織り交ぜた描画で迫る人物画だ。うん、これは新鮮だな。あとは超有名な「湖畔」。有名なんだけど、他のと大きな違いがあるかというと無いような。品のいい画題で技法も抑え気味に使っているので、無難でおとなしい印象だ。「木かげ」は外光もの。女性が横たわる。うむ「湖畔」よりもこっちのほうが黒田らしいとうかコランの弟子らしい。やっぱこれ裸婦で描きたいよなあ黒田君。「裸体婦人像」は日本髪の裸婦画で、公序良俗と乱すとか何とかで最初は腰巻き付けて展示されたらしい。そんなのかえってイヤラシイだろ。「春」「秋」はコランの劣化コピー風味。コラン過ぎるもの描いちゃいかんよ。

それから黒田君は日本洋画のアカデミズムを形成すべく、政治家にもなったそうです。「花野」は三人裸婦ながら未完。「赤き衣を着たる女」はヨーロッパ定番風の横向きのヤツ。この辺からなんか忙しくて絵もなかなか描けないので、小品ばかりになってくるし、新しいものをやってる感じもしない。「雲」の五枚組はそれぞれの雲の表情があっていい感じだが。そんで「梅林」が絶筆。

近代洋画のコーナー。黒田に関わった人の。ここでは黒田に学んだ中沢弘光の「裸婦(霧)」がいいですな。裸婦というか裸体少女だが。それから黒田の失われた大作「昔語り」の下絵とか、いろいろ。そして最後に「智・感・情」三人の裸婦による、日本人の理想の体型を表現したとかなんとかかんとか、なんだけど。要するにこれ裸婦画がイヤラシーとかバカにされるのにキレた黒田が、じゃあ裸婦使って意識高い系の小難しい表現しようじゃんって描いたもんだと思う。しかし思うに、現代は「春画展」などもあり、春画でさえもその芸術性が評価されてきているもんで、今こういう気合いの入ったものを見るとなんとなく微笑ましいというか微苦笑を禁じ得ない。黒田は「智・感・情」の裸婦画をキバって描いたが、足下の日本の春画が芸術だなんて思ってもいなかったろうなあ、と思う次第である。まあ今でも思わん人は少なくないかもしれんが。

黒田の有名どころが一通り見れるしミレーなんかお得なんで、みんなが若冲に押し掛けている間に行こう……って、これ5月15日までか。
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1759

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2016年5月 2日 (月)

横井弘三の世界展(練馬区立美術館)

ゴールデンウィークだからって混んでるのは嫌だっ。若冲展行くなんて狂気の沙汰です(行きたいが)。すいてるところに行こう。そうだ練馬のこれに行こう。多分すいているだろうと思ったらやっぱりすいてた。しかしすいてると思ってナメてはいかん。この人、まだ全貌が分かっていないみたいなんで、単に知名度がないってだけなんだぞ。
日本のルソー(つまり素朴派の大家)となっているが、既に1971年の時点でそう呼ばれていたみたいなんで(当時のananに出ている)、今回の企画のためにそう呼んだわけじゃないんだな。膨大な作品数ながら本人はあくまで素人画家の立ち位置を取り、素人の(いい感じの)稚拙さを持ち続けている画家と評価されていた。こないだ高島野十郎を見ただけに、あの写実の緊張感から一気に脱力した感がある。

しかし……うんマジ稚拙だ。この場合何を持って稚拙かというと、画風が安定していない。普通画家は自分の画風を確立すると、それから外れないようにがっちりそれをキープしつつ発展させていくんだけど、弘三はそれがない……みたい。これ、あえてやっていなくて、自分の描きたいものを描きたいように描く。という、素人スピリットのほうを守ってやっているのだ。

最初のほうにある「教会」なぞ厚塗りのルオーみたいなことやっている。驚いたのが「ビーデの生花」、花瓶の下の木のテカり具合がえらい写実的なんだけど、その上の生花は、なんか下手だけど一生懸命描いた感じのもので、そのハイブリッドな異様さか目に付く。これが稚拙の稚拙たるゆえんで、単なる下手と違う。あと関東大震災の復興児童に自分の絵を送る、というようなしょーもない、もといそれなりのことをしていて、その子供向けのおもちゃの絵とかある。

とはいえ二科展に出ていたがなんだかんだで中央画壇には反発していて、自分でアンデパンダン展(無審査展)を企画しちゃったりして、結構反骨的なところもある。鳥瞰の風景がいくつかあり、例えば「志賀・丸池風景」なんか野十郎の干潟の鳥瞰のリアルっぷりと比べると180度違う。ユルユルってほどではないが、緊張感が無い。すまん、ボク野十郎のが好きです。「輝く夜景」はなかなかいい雰囲気を持っているね(と描いててどんなんだか忘れた)。「白髭橋」は中央にいるのが何? 牛車か? よく分からん。肖像「清水憲一氏肖像」ああ、これ、アレだ、川端龍子……じゃなかった片岡珠子のヘタウマ人物画みたいだ。

「パンを食べる子供」の子供がかわいくねー この人カワイイカワイイ系のやつあまり描かない。そういえば最初のほうにあった風呂でゆであがっている子供の顔もなかなか面白かった。「天女像」お、これいいんじゃない? バランスよくて。「大日如来」この笑顔っちゅーかエビス顔っちゅうか。如来がエビスってのもナンだが、こういうのは大日如来様も喜んでくれそうな気がする。「心象(雷鳴後の心理)」は抽象画っぽい。「童心風景」の雲がシュールである。実際の風景に混じって、幻想やシュールがちらほら見えるのは、超現実好きには嬉しいところ。その幻想もので一番冴えているものが「月夜の踊り」これはちょっとエルンスト入ってんじゃん。「童心的仏像」もカオがファンキーだ。「波と松」は抽象画風。「故郷のスターマイン」これはなかなかいい。渋い風景を飾りたてるド派手な花火。「大木を楽しむ」というのが特別出品で、3月の「なんでも鑑定団」に出たらしい。自画像いくつか。ポスターのスイカ食ってるのもあるが、ここは一番左の妙なリアル系のヤツがお気に入り。あとヘンなのがいろいろあり、「人物」は瓜とカボチャで顔なんか作っている。「釣り道具人物」は文字通り釣り道具で人を作っている。あとは渋ゴッホみたいなひまわりが多かったりして。それにしても……絵に緊張感が無いせいか妙に眠い。

あとはフリーペーパーが展示されているが、まともに読んでいるととても時間がかかるので読んでません。それからファンクラブというか、顕彰会の「オモチャン会」(オモチャンって何かは現地で知ってくれ。書くのが面倒じゃ)の紹介で終わり。

目黒でやってる高島野十郎と比較するのも面白い。
http://www.neribun.or.jp/web/01_event/d_museum.cgi?id=10287

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