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2016年9月25日 (日)

鈴木其一展(サントリー美術館)

ヘイ、キーツ!
キーツ・スズキこと鈴木其一といえば、江戸琳派で酒井抱一の次点みたいな感じの扱いだったが、とうとう其一だけの企画が出てきたぜっ。しかし、なんか、ずいぶん前に其一を結構見たんだよなあ。どこだっけな。日本橋三越だったかな、あの辺。でもあの時は、そんな大した作品無かったという記憶だし、今回の方が規模もデカいし名品も多そうだ。

まずは若い頃なんだけど、この辺はまだ抱一の弟子なんで、抱一風の上品な江戸琳派。当然、この路線のままだと抱一にゃかなわないんだが。ただ其一は若い頃から、たらし込みってんですかね、色が滲んだ感じで塗る、そんな琳派テクがなかなかすげえ……のが分かる「蓮に蛙図」。「群鶴図屏風」なんて普通にまとまっている鶴なんだけど、背景は例のほれ、水面柄の定番琳派だな。ええと、其一以外も出ていて、おお始祖の俵屋宗達かと思ったら江戸の俵屋宗理だと。いい朝顔なんだが。それから「稲荷山図」はちょっと中央でボケッとしているが、ボカし山テク(?)が冴えてるぞ。「水辺鴨図屏風」は普通に鴨がキュートだ。このあたりから抱一を離れて独自路線に進むが、色が冴えてきて構図にもキレが出てくる。構図のキレって何かと言われても、なんとなくそういうもんなんだが。

「三十六歌仙・檜図屏風」は左右に分かれていて、右の三十六歌仙はごちゃごちゃハデハデ。むしろ左の金地の単色キメている檜(なのか?)がいい。木がちゃんとフラクタルだ(知らん人はググって)。でも、この絵は元ネタがあって光琳なんだって。それから当時の本も出ている。版画のね。中でも「癸巳西遊日記」は、スケッチなんだけど、さらさらっと描いてあるのにマジヤベエ。バカウマ。さらさらっと波打ち際と陸地を同時に描いてるとか、そんな、どうやってんだよ、という感じ。掛け軸に戻って「昇龍図」は、文字通りなんだけど、キッチリしててもはや抱一風ではない。「木蓮小禽図」は、木蓮の描画能力がパネエ。なにこの写実的立体感は。色もよし。小禽はどこだ? 隣「松島図小襖」これまた其一風の幻想性がある。波に浮かぶ岩の小島なんだが、波の白い精霊が島を囲んでダンスしているようにも見えるんだからもうシュールに片足つっこんでいるよな。「白椿に楽茶碗図」の茶碗の質感ヤベエ(語彙が貧困)。あと「群禽図」これも遠目で見ると今時の絵描きが描いたのかというぐらいのうまい構成。それから表装も絵にしちゃったというのがいくつか紹介されてて、中でも「歳首の図」は表装の方がハデだったりする。あとは能の絵がいくつもあるが、これはよく分からん。ところで展示替えが結構あるんだがね。全部見るには少なくとも前半後半来ないと半分ぐらいしかカバーできないな(と書きつつ後半行くかは分からんが)。

階段を下りていったところ、其一派というかなんというか系列の紹介……なんだけど、やっぱ其一の絵がいいよなあ。中でも「十二ヶ月花鳥図扇面」晩年なんだって。これもすげえなあ。細い葉のグラデーションなんかどうやって描いてるんだ? 

次の展示室。「日出五猿図」これが猿の腕を円形につなげて、その真ん中に日の出を配置する、装飾的にして超現実。それから「暁桜・夜桜図」とか「雪中竹梅小禽図」とか、安定していい感じのが連発。「花菖蒲に蛾図」が、夜の蛾が昼に来てるのが幻想的だとか書いてはあるが、それより花の写実っぷりがあいかわらずスゴい。「朝顔図屏風」。光琳の燕子花に対抗する大作。日本にありゃ国宝か、少なくとも重文は行くよなあとか思ったが、とにかく遠目で見てなんじゃこりゃ的なセンスも感じる琳派の構成だ。「富士千鳥筑波白鷺図屏風」これも妙だぞ。なんたって富士の前を飛ぶ鳥の群。帯状に密集し過ぎて決してきれいではない異様な装飾になっている。其一は意図的にこういうことしているのだ。

こうしてみると終盤に行くに従い、其一らしさが出れば出るほどいい感じになってくる。ただならん絵描きにみんな注目だゾ。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_4/

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2016年9月18日 (日)

カリエール展(損保ジャパン日本興亜美術館)

いや、カリエール好きですよ。それが大量に見れるってんだから嬉しいぢゃないですか……しかし、絵がほとんど同じような表現なもんで、それがどれだけ素晴らしくても、大量に見るとやっぱ飽きてくる。いやしかーし、その同じような中の微妙な違いを見つけだしてエンジョイすべきである。
あまり関係のない話だが、私ぁ今SF小説を書いてて、ちょと途中で行き詰まっているんだが、一部カリエールの絵が出てくる。カリエールの絵は、それだけ、なんとなくインスパイアされるものがあるんですよ。

展示は時代順。最初は普通の自画像とかあるけど、すぐにカリエールギアが入る。「羊飼いと羊の群れ」は思いっきりミレーですな。あとターナーからも影響受けたらしい。なるほどあの、時代を超越した半分抽象画みたいなアレですな。「正面向きのカリエール夫人」で早くもエッジがボケたソフトフォーカス、「カリエール夫人の肖像」で早くもセピア色背景。「椀を持つ子ども」が椀で顔が隠れててかなかなカワイイ。カリエールは家族に恵まれ、名声もあり、生涯リア充だったようだが、二番目の子を幼くして亡くしている。その「レオンの肖像」。そのころ描いた「病んだ子」ってのがサロン入選で国のお買い上げになったんだってお。これをきっかけにか分からんけど、母子像は生涯のテーマになる。もうこの段階で役者は揃っちゃって、あとはその若干のバリエーションの違いを延々と見ることになる。

室内で育児の様子。うーん、赤ちゃんが赤ちゃん赤ちゃんしてるな(?)。「手紙」は珍しく血色がいい。「服を脱ぐ女性(背中)」は遠目で見ると何を描いたんだかよく分からないが、近くだと普通に見える。このあたりでカリエールはバキバキのアカデミックであるサロンが嫌になり、独立したそうな。「ルロール家の肖像」大作にして傑作。でも全員部屋に棲む亡霊みたいなんだけどね。「オーロール」はポスターのための習作なんだけど、これは家族とかではないので、象徴派ド真ん中みたいな作品。背景がうねうねしてムンクっぽいが、ムンクとは決定的に違う。色が。いや当たり前だが、カリエールの徹底的なセピア色は、いやが上にもノスタルジーを喚起させる。はて? セピア色がノスタルジーだってのは、写真の乳液の経年変化のはずだから、写真のない時代にそういう感覚は無かったのでは? いやいや、セピア色経年変化は写真以外にもあって……んー例えば木の葉とか? つまり色そのものが経年変化の象徴であり、カリエールがそれを察知して選んだことは考えられるお。さて「宴会の自画像」はレンブラント風……ったって光と影じゃなくてな、微妙な表情がな。それから風景画もあるよ。「ポーからの道」なんてのはもう抽象画に片足つっこんでいるね。まあ、ターナーなんぞもそうなんだけどね。

晩年……ったって五十代なんだけど、母子像がますます混沌としてくる。「母性」が2つあるが、究極カリエールな感じで、セピア色モノトーンで背景と人物と事物がもう混沌としている……が、ここでふと思いついたことがあり、そう、実は世界の実相は混沌としていて、それに光を照らし事物を存在させるものこそがあああああああ……愛だっ! ここでは母の愛ってことで。おおすげーやカリエール。待てよそういう見方ならシャガールも同じとも言えるな。まあいいや。「眠る子ども」も抽象一歩前。

ともあれあのカリエールがタプーリ見れるぞ。ピンときたら行くのだ。
http://www.sjnk-museum.org/program/current/4196.html

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2016年9月11日 (日)

クエイ兄弟 - ファントム・ミュージアム -(神奈川県立近代美術館 葉山)

初めて行く場所だお。だって遠いんだもん。でも、あのブラザーズ・クエイの個展とあっちゃあ行かないわけにもいかんでしょう。衝撃のアニメーション作品「ストリート・オブ・クロコダイル」は見た人なら忘れない。電車で逗子まで行って、そこからバスなんだけど、混んでるねえ。まあ美術館じゃなくて、葉山マリーナで降りるヨット持ちのナイスミドルが多いようだが。それにしても渋滞パネエよ。約18分のところ、行きは30分近く、帰りは30分以上かかったぞ。

展示は最初の部屋から映像作品のダイジェストが大スクリーンで見れる嬉しい内容。1ヶ所4作品ぐらいのが4ヶ所はある。液晶でももう2ヶ所ありますな。初期のアニメーションはある程度見てはいたが、長編(アニメーションじゃないが)「ベンヤメンタ学院」よりあと、最近のは見ておらんかったもんで、ふーんこんなの作ってたんだー、と思う次第である。遠近法の解説(例の人形どもを使っている)やら、なんとか興の医学コレクション紹介(古い出産用の機器らしいが映像の雰囲気からして拷問道具みたいに見えるよな。だいたい妊婦の人体模型みたいの使っていてハナハダキモい)なんていう変わり種(あんま変わってねえが)もある。アニメではアリスもの(短い)や、カフカの「変身」も作ってたんだな。また、バレエダンサーを使った実写の作品もある。それから意外なところでCM映像もやってる。あの不気味怪奇趣味のクエイでCMかよ。と思ったら「バドワ」という炭酸飲料(?)のヤツで、明るい画面で動物とか出てくるんだぜ。へー。でも、そこはクエイだから、なんとなーく不気味さがにじみ出てるような気が。

映像だけじゃないお。というか、目玉はどっちかというと、「デコール」と呼ばれる。アニメーションの舞台となった立体造形。そおっ、あのっ、「ストリート・オブ・クロコダイル」の店の中とか。撮影で使ったものらしくマジそのままで感涙ものだぜっ。古さと風格を感じさせるように適度に汚して作られている。ううむ、このこだわりは有名な「コーネルの箱」レベルと言っていいのではなかろうか。このデコールはいくつもあるんで、どれも見て楽しめるお。あと人形であるところの「パペット ウサギ」と「アニマトロニクス・パペット 女の子」というのが出ていて、女の子は首がないよキモいよ……っていうか本来は動く人形か? アリスもんのアニメーションに出てきたヤツかな。

あと自分で描いたスケッチやドローイング作品。特に1970年代の鉛筆で描いたヤツがキレキレにキてて嬉しい・だいたいタイトルが「喜びの電気拷問」とかだもんなあ。「裕福な愛人たち」はベクシンスキーレベルの不気味さ。「死体の学校」はベーコンレベル……いや、これに関しては背景の凝りっぷりでベーコンを越えてね? 「無題(ベンチの上の分割された肉体)」は普通にキモい。チラシにあった「ラボネキュイエール城」は……これ、なぜか印刷のほうがコントラストがあっていいな。ライティングの問題か?

ミュージックビデオ、CM、舞台美術も手がけているが、その紹介はたくさんの写真パネルが並んでいるだけで、一応情報としての展示価値はあるし、写真から雰囲気もまあ分かるんだけど……やっぱしもちっと「デコール」っぽい手造り作品展示がほしかったなぁ。

しかし行く価値はある。日によっては映画やってるみたいだお。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2016/quaybrothers/index.html

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2016年9月 4日 (日)

木々との対話 -再生をめぐる5つの風景-(東京都美術館)

「木と再生」がキーワードなんだけど、木の絵とかじゃなくて、木そのものを使った木彫とかです。木に対するアプローチがそれぞれ違うし、作品そのものもイケてるもんで、普段絵ばかり見ているオレでも楽しめた。

最初は土屋仁応(よしまさ)、木彫の動物。彩色しているとは書いてあるが、そこは十分木の肌を生かしている感じで。とにかく肌合いがスベスベしていて、艶めかしささえ感じるじゃん。「子犬」なんてマジ子犬でよ、子犬好きにはタマランのではなかろうか。「縞猫」なんかもネコネコしている(?)ぞ。「森」も彫り方すげえべ。で、現実の生き物だけじゃなく、想像上の生き物もある……が、実はこれ結構厳しく難しい。想像上だから好きに作りゃいいじゃんと思うかもしれないが、人間の視覚というか、認識力ってやつは、意外と「その動物の形態が動物学的に理にかなっているか」を見抜いちゃう……気がする。いや、ヘンな形態の生き物ってのも世の中にいるんだけどさ。んー、つまり「ユニコーン」を見た時に、あれ、この角はこの位置でいいんだろうか、もう少し後ろじゃないか、とか思ってしまったわけですよ。これが稚拙な絵画であったら普通に「あーユニコーンか」という感じで普通に見れたろうけど、なまじ精巧で生き生きしてるもんで、脳の動物学的認識もそのレベルを要求しちゃうわけです。いやしかし「動物学的に理にかなったユニコーン」ってあるのか? そもそもユニコーン自体が動物として存在しない以上、理にかなった形態もないんじゃなかろうかと思わなくもないが。同じことは「竜」にも言えるが、こっちはまだマシな印象でしたな。「鳳凰」もちょっと苦しい。尻尾の羽根がね、太い線だよね。いや、木彫とすればかなりのレベルだと思うんだけど、胴体とかリアルにできてるもんでどうしても尻尾も羽毛の集積レベルを要求しちゃうんだな。あと「麒麟」もいたぞ。

次は田窪恭治。木の廃材……枝ついたやつを金箔コーティングして、ちょっと格調高い感じの立体に。廃材の芸術的再生。ワイヤーを使った「イノコズチ」というのが緊張感があってよかったね。この人、今は建物再生とかやってるみたいなんで、出ているのは前世紀のヤツね。外にもイチョウの木を使ったのがあるらしいんだけど……いや、外に出て見つからなかったから結局見れなかったんだが。

次は、國安孝昌、材木使って組み合わせる大規模インスタレーション。一度新美術館で見たかな。別に動くわけじゃないんだが、部屋いっぱいで、いったい何日かけて作ったんだ、という感じのスケール。しかし中に入れないで外から見るだけってのが惜しいね。中に入って囲まれたいよなあ。

次は須田悦弘、「バラ」というのがあって、壁にくっついているが……うわっ、本物そっくり。楠を削って彩色して作っているんだけど、その薄さといい、虫食いっぷりまで精巧極まりない。壁にさかさに固定されているので、作り物と分かるが、逆に自然に置いてあれば本物と思ってしまう。荒削りなインスタレーションとの対比。で、他にも「ユリ」と「雑草」が会場内にあるんだが、分からない。監視員に訊いて分かった。ユリは壁の高いところ、雑草は手すりから身を乗り出して見下ろしたところなんだな、ユリは一応彫刻っぽく見えるが、雑草に至ってはそこに雑草が生えてるとしか見えない。他、会場を出てラウンジに「朝顔」、美術情報室に「露草」と、会場を出てもお楽しみがあるど。見つけられるかな。

最後はおなじみ船越桂のおなじみ人物……というかもうここまで来ると、人物の気に入ったパーツを集めて作る人物っぽいもの。長い首、乳房、太鼓腹、手足は略、そのかわり椅子の脚みたいなので立ってる。最新の「海にとどく手」でますますそのこだわりっぷりが発揮されていて、見ている方は年々行く末が楽しみになってきますな。あと、不思議なことに、このこだわりになんとなく共感するというか、ああそうだな、こういう感じイイよな、と思ってしまうところが船越マジック。ドローイングもちょっとあるよ。

うーん、なかなか面白い。探しものもできるから子供でも楽しめるんじゃないか。
http://www.tobikan.jp/exhibition/h28_treesofllife.html

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