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2016年9月18日 (日)

カリエール展(損保ジャパン日本興亜美術館)

いや、カリエール好きですよ。それが大量に見れるってんだから嬉しいぢゃないですか……しかし、絵がほとんど同じような表現なもんで、それがどれだけ素晴らしくても、大量に見るとやっぱ飽きてくる。いやしかーし、その同じような中の微妙な違いを見つけだしてエンジョイすべきである。
あまり関係のない話だが、私ぁ今SF小説を書いてて、ちょと途中で行き詰まっているんだが、一部カリエールの絵が出てくる。カリエールの絵は、それだけ、なんとなくインスパイアされるものがあるんですよ。

展示は時代順。最初は普通の自画像とかあるけど、すぐにカリエールギアが入る。「羊飼いと羊の群れ」は思いっきりミレーですな。あとターナーからも影響受けたらしい。なるほどあの、時代を超越した半分抽象画みたいなアレですな。「正面向きのカリエール夫人」で早くもエッジがボケたソフトフォーカス、「カリエール夫人の肖像」で早くもセピア色背景。「椀を持つ子ども」が椀で顔が隠れててかなかなカワイイ。カリエールは家族に恵まれ、名声もあり、生涯リア充だったようだが、二番目の子を幼くして亡くしている。その「レオンの肖像」。そのころ描いた「病んだ子」ってのがサロン入選で国のお買い上げになったんだってお。これをきっかけにか分からんけど、母子像は生涯のテーマになる。もうこの段階で役者は揃っちゃって、あとはその若干のバリエーションの違いを延々と見ることになる。

室内で育児の様子。うーん、赤ちゃんが赤ちゃん赤ちゃんしてるな(?)。「手紙」は珍しく血色がいい。「服を脱ぐ女性(背中)」は遠目で見ると何を描いたんだかよく分からないが、近くだと普通に見える。このあたりでカリエールはバキバキのアカデミックであるサロンが嫌になり、独立したそうな。「ルロール家の肖像」大作にして傑作。でも全員部屋に棲む亡霊みたいなんだけどね。「オーロール」はポスターのための習作なんだけど、これは家族とかではないので、象徴派ド真ん中みたいな作品。背景がうねうねしてムンクっぽいが、ムンクとは決定的に違う。色が。いや当たり前だが、カリエールの徹底的なセピア色は、いやが上にもノスタルジーを喚起させる。はて? セピア色がノスタルジーだってのは、写真の乳液の経年変化のはずだから、写真のない時代にそういう感覚は無かったのでは? いやいや、セピア色経年変化は写真以外にもあって……んー例えば木の葉とか? つまり色そのものが経年変化の象徴であり、カリエールがそれを察知して選んだことは考えられるお。さて「宴会の自画像」はレンブラント風……ったって光と影じゃなくてな、微妙な表情がな。それから風景画もあるよ。「ポーからの道」なんてのはもう抽象画に片足つっこんでいるね。まあ、ターナーなんぞもそうなんだけどね。

晩年……ったって五十代なんだけど、母子像がますます混沌としてくる。「母性」が2つあるが、究極カリエールな感じで、セピア色モノトーンで背景と人物と事物がもう混沌としている……が、ここでふと思いついたことがあり、そう、実は世界の実相は混沌としていて、それに光を照らし事物を存在させるものこそがあああああああ……愛だっ! ここでは母の愛ってことで。おおすげーやカリエール。待てよそういう見方ならシャガールも同じとも言えるな。まあいいや。「眠る子ども」も抽象一歩前。

ともあれあのカリエールがタプーリ見れるぞ。ピンときたら行くのだ。
http://www.sjnk-museum.org/program/current/4196.html

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