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2016年10月30日 (日)

クラーナハ展(国立西洋美術館)

萌え萌え女体画家のクラナッハ展だお!
……有名なフェリーニの映画に「81/2」というのがあって、読み方は「はっかにぶんのいち」だそうだ。私は「はっか」などという読み方は学校で習っておらんので「はちとにぶんのいち」と読むのだが、これには拒否感を示す人が少なくないらしい。やっぱこれは「はっか」であるべきじゃないかと。何が言いたいかって言うと……「クラナッハ」じゃねーのかよっ! 世の中はずっと「クラナッハ」と言ってたはずでオレもそういう認識だったのだが、今回「クラーナハ展」と西美がやっちゃうなり、何のためらいもなく「はい、クラーナハ」って言ってるヤツラなんなの? 絵さえよけりゃええんか? 言葉に対するコダワリってねーのかよ! ホワン・ミロじゃなくてやっぱジョアン・ミロじゃないかとか、考えたことないのか?
と余計な文句を言いつつ、んじゃオレだけは「クラナッハ」で通すもんね。だってクラナッハなんだもん。ともあれ諸君、今回の内容は実に驚くべきものだ。よくある「なんたら美術館展」でもクラナッハはせいぜい1枚か2枚かありゃいい方で、今回それが何十枚と来ている。他者の作品で水増しされているという噂も聞いたが、どうしてどうしてこれだけ来てりゃあ十分だ。よくぞこれだけ持ってきた。全く文句はない。問題は……クラナッハそのものは、独特で貴重ではあっても。そう仰天するほどうまくはないことだ。

最初にあったのは「フリードリヒ賢明公」の肖像。まあ普通かな。「聖母子」はガッチリ背景まで描き込んである。へーこういうのも描いてたんだ。隣の「天使に囲まれた聖家族」やっぱ時代のせいなのか、子供の体型はちょいとヘンだ。「聖カタリナの殉教」ほー、こういう鮮やかというかアクションというか、天からの光線というか、そんなダイナミックな絵も描いてるんだ。右下の倒れている人なんて現代的な感じだしな。

次は肖像画いろいろのコーナー。やっぱちょっと顔の雰囲気が古風でな。悪くはないよ、うん。「ブランデンブルク=クルムバッハ辺境伯カジミール」なんて地味っぽいけど味がある。で、唐突に岸田劉生「川幡正光氏の肖像」なんてあるのだ。どうやら今回の企画、クラナッハに影響を受けた後の画家までカバーするらしいぞ。水増しとか言いっこなしよ。次のコーナーで版画いろいろ。想像力が試される「聖アントニウスの誘惑」あり。見るとなかなかやるじゃん。がんばって怪物描いてる。

それからいよいよ裸体だお。「キューピッド」はボチボチだが、やっぱり「ヴィーナス」これぞ、クラナッハの裸女。こんなところにクビレがあっていーんかい。いーんです! こんな魚みたいな腰つきでいーんかい。いーんです! だってクラナッハの萌え萌え画なんだもん。イマドキで言うならこんなに目がデカくていーんかい。いーんです、と同じなんだ(ホントかよ)。考えるな、萌えるんだ。それからピカソの関連作品あり。あと「ルクレティア」も「ヴィーナス」と似た感じで、黒い背景に裸女。それも薄衣(クラナッハのコダワリアイテム)まとっている。ルクレティアは自分で自分を刺した人なんで、剣を自分に向けている。それはそれで一応いいんだけど、問題は表情だ。こういう場合、どういう顔にしたらいいのかクラナッハも悩んだのか、結構困った顔している。それから現代のジョン・カリンって人の「スノ・ボ」……クラナッハの体型を意識したらしい女性像だが……この体型キメェっ! それから次の部屋にあるのはデュシャンかな……の写真作品と、名品「泉のニンフ」。これがまあ、横たわる裸女なんだけど、素直にキレイとも言いがたく(別に汚いわけではない)、やっぱし体型がなんかヘンなんでモヤモヤする。このモヤモヤ感が実に「クラナッハの裸女」だよな。それから次の部屋が一番仰天する。「正義の寓意」という裸女の絵があるが、それを元にしたレイラ・パズーキ(イラン生まれらしい)という人の現代アート。中国の複製画家百人に六時間以内って複製させたものが部屋の壁にドバーンと並ぶ。見ると複製のはずがそれぞれ全部違う。中にはナンジャコリャみたいなものあるし、あれ元の絵より結構キレイじゃんというのある。何よりも、こんなオフザケっぽいアート(一応工房作のなんたらを探るとかいう真面目な意図というかタテマエはある)の脇に貴重なオリジナルがあることだ。いやいやいやこっちがメインじゃなきゃアカンでしょ。でもスペースの関係で致し方ないし、逆に、この展示方法が意図的な現代アートパフォーマンスにも見える。

階段下りて、「女のちから」というテーマ系だってお。いろいろな作品が出ているのだが、要するに、ブサイク男が美女をはべらしていて、その美女達ってのが実は自分の娘達で、生き残るためにはらませてしまったが、結局は美女に殺される、という一連のストーリーに見える。「ヘラクレスとオンファレ」がまず美女をはべらせるオヤジで、「不釣り合いなカップル」も美女と野獣っぽい、あーこれは日本の浮世絵で、鬼と美人の組み合わせでもあるよな。「ロトとその娘たち」が話によると、どこぞに逃げて世界が破滅したと思ったロトと娘達は、人類生存を駆けて父娘の子を作るとかいうヤバい話。娘二人の親であるオレからすると……ありえねえ。絵は割とキレイではあるが。「女性の肖像」がさりげなくいい。目玉の一つ「ホロフェルネスの首を持つユディト」これ、今回修復したんだってお。顔立ちもいいし、何よりもクラナッハの妙な体型が目立たなくていいな。首もヤバ目で。隣の「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」って、これ同じじゃん。こういうのが好きだから描いてる感がありありで。で、ピカソの版画とか、森村泰昌のユディトに扮したのとかある。悪くはないが……今見たいものじゃないよなあ。

最後の部屋では宗教家の肖像とか。おなじみルターの顔。でも一番面白かったのは「メランコリー」という絵。右に翼のついた女性、床では何人もの赤ちゃんがドタバタしている……え? 踊っているの? とにかく妙な景色なんだ。現代アート風にも見える非日常空間な感じがいい。

この貴重品の群にして現在アートと混在する野心的展示方法。当時の雰囲気だけに浸らせない攻めの姿勢もまた面白い。いや、オレは好きだよこういうの。
http://www.tbs.co.jp/vienna2016/

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2016年10月23日 (日)

速水御舟の全貌(山種美術館)

ブロガー内覧会だお! ……内覧会は3度目で、1回目ブリヂストンで、2回目Bunkamuraの白隠で、もうやめようと思ってたんですけどね、というのも、なんか開催の苦労話なんか聞かされるとつい情にほだされて、大した展覧会でもないのに褒めちゃったりしてさ……いやいや過去2回がそうだってぇわけじゃないんだけども、やっぱり見たものを見たままに評価したいわけですよ。なに色々な情報を得ればそれだけ深い鑑賞ができるって? いやいやいや、情報は雑音と紙一重なのさ。情報に惑わされて何が「美」なのか分からなくなったら、それはもう美術鑑賞じゃないじゃん。とまあ、それでも3回目行ってみようと思ったのは、実はあんまり知らない御舟だし、あの「炎舞」が出ているんだから、まあ間違いはないな、ということです。あと、無料じゃなくて定価、但し和菓子付き。一部写真も撮れるんだけどオレは撮らない主義。

まず会場内でトーク。企画者にしてゲストの高名なブロガーTak氏による簡単な見所案内。速水御舟「展」ではなく「の全貌」というのがミソだそうで、作風の変化を見るべし。同じ作者とは思えないぐらい変化してるぞ、と。はい、うん、まあ、中村正義ほどじゃないですよね。
次に山﨑館長の解説。簡単に言いますと、御舟は14歳ぐらいで画塾に入り、そこは自由な雰囲気で、絵巻とかを模写し、最初は歴史人物画風のものを描き、朦朧体(輪郭がない)のものを描き、風景を描き、青や緑にハマり、物の質感を描く静物画を描き、琳派風のものを描く、という変遷だって。

そんな解説の内容を合わせ、展示物を見ていこう。一番最初は「鍋島の皿に柘榴」という静物。影がなんとなく超現実らしいんdが……まあ普通のうまい写実画にも見えるが。それから年代順で「瘤取之巻」は初期の巻物。色々な物を模した影響があるらしいが確認するヒマがなかった。「錦木」は朦朧体を使った人物……でもまあ、普通かな。「洛北修学院村」これが群青中毒期(青の時代か)の代表作っぽい(11/20まで)。一瞬、あれ東山魁夷かなどと思ってしまう。朝か夕かも分からぬ情景ながら実景らしい。静物期の「茶碗と果実」は文字通りだが、バッチリ写実してる。高島野十郎かなどと思ってしまう。「桃花」は色がなかなかイイが、娘の初節句の絵だって。あと「向日葵」も細かい。

で、今回一番驚いたのが、「炎舞」……ではないんだな。「昆虫二題 葉蔭魔手。粧蛾舞戯」蛾の絵と、蜘蛛の絵。そのうちの蛾! これがまあスゴいよ。こんなに蛾を愛してる。赤く染まった闇の中に浮かび上がる蛾の数々。羽がやや闇に溶けているように描いているので飛んでいるように見えるって。「炎舞」も炎の中に舞う蛾が描かれているんだけど、あっちの主役は炎だよな。こっちは蛾! こっちの方が蛾の数も種類も多い。蛾への偏愛っぷりににしびれるぜっ! こっちの方が後に描かれているんで、蛾が描き足りなかったのでは。蛾は観察やら図鑑なぞももちろん参考にしてたようだが、空想の蛾もあるそうです。次、「翠苔緑芝」というのはデカい屏風なんですけど、琳派風の画面。金箔の背景。いろいろ技法を使ってて、自信作だったらしい。ちょっと遠くから見ないと、全体像がつかめないぞ。隣の「名樹散椿」は山種所蔵の重要文化財。前に、アンリ・ルソーの幹みたいと書いたか書かなかったか。この絵の重要な特徴はですね、金地なんだけど、これ金箔じゃなくて、金砂子の全面蒔きつぶしなんだって。つまりなんていうか、ふんだんに使ってベターっとしてる感じ? 金箔との比較も展示されてるぞ。あと、普通の椿ってボトッと落ちるらしいんだけど、この椿は花びらが散っていくタイプ。しかも1本の木から5色咲く。スゴい。これファンタジーじゃなくて、実際こういう種類があるらしい。

それからローマの日本美術展のためにヨーロッパに行ったが、そこで描いたスケッチとか。「埃及土人ノ灌漑」がシンメトリーな感じでデザイン的で面白い。あとは「花の傍」という、これ美人画なんだな。なかなかきれいどころだな。説明では当時のモダンな感じで、洋風に椅子など使い、模様はストライプを多様したって。うん、確かにそうだ。えも普通に美人だわ。あとは花鳥画いろいろで、「牡丹花(墨牡丹)」というのが人気らしいが……ええとどれだったかな。

そして別室におなじみ「炎舞」。再会。最初見た時は、おお絵が光を放っている……と感じたものだが、うん、今でもそう感じるが、最初見た時の衝撃は無いかな。そうそう、この炎は仏画の「迦楼羅炎」がもとらしいって。あと、元(げん)の草虫図ももとにしているようです。それから、同じ部屋に絶筆があり。

それで一通り見て、上の喫茶コーナーで和菓子をいただきつつスライドトークを鑑賞。へーあれはあーなっていたのか、じゃああとでもう一度見てみるかな、などと思っていたがトークが7時半までかかり、容赦なく閉館時間。
そんなわけでまあ、まず「炎舞」を見たことない人はこの機会にぜひぜひですね。静物の写実っぷりもいいし、金箔と金砂子蒔きつぶしの比較を見てもよし。蛾にしびれてもよい。
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2016/gyoshu.html

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2016年10月18日 (火)

「大仙厓展」(出光美術館)

仙厓案外ナイスガイ、解説満開展覧会♪ ……ってなフレーズを考えるのに20分近くを要し、これをビートに乗せて即興でやるフリースタイルラッパーってスゴいですよねえ……ってな話はさておき、「大」仙厓展って書いてあるけど、出光はそんなに広くないからなあ……なーんて思ってたらこれがなかなかマジ「大」だったお。点数も多いし、ほぼ全部に丁寧な解説が付いている。単に見て楽しむもんじゃなくて禅画でもあるんで、こういう時にゃあ、意味を教えてくれる解説はありがたいですね。
仙厓ってそもそも誰かっていうと、江戸時代の禅坊主でユルい禅画が当時から大人気。とはいえ禅画だから何らかの意味は込められているのだ。たまに白隠とゴッチャになるが、白隠はまだユルさの中にも厳しさが見えたりする。

最初に作品で綴る生涯、で何点か。「馬祖・臨済画賛」は「喝!」の馬祖の顔がイイネ。あと道釈人物画で画風の変遷をたどる……ってんで要は当時の有名キャラもの(なのか?)。仙厓四十代で描いた「布袋賛」はなかなか写実っぽいが、その後はヘタウマ一直線みたいになる。四十代って仙厓の絵のキャリアん中ではまだ駆け出しなんだな。その後「寒山拾得画賛」はかなりキてるな。布袋も六十八歳で描いたのがコミカルタッチでホケーとしたイイカオになっている。「滝見観音画賛」は珍しくちゃんと描いてる。最後の方の「達磨画賛」は……なんだこういうの、見たことあるんだが、あのムーミンのさ、トーヤ・ベンソン? いやトーベ・ヤンソンか。あんな感じ? 全然違うか。じゃあ何だっけ。それから作品で綴る生涯の続きで、あまりの人気に嫌になってしまい絶筆宣言したんだって。石碑まで作る徹底ぶり……なんだけど、結局また筆を取っちゃう。その石碑の絵と拓本が出ている。それから「不動明王図」八十八歳作品だけど、リアルな怒りを絵にぶつけた珍しく激しいタッチだ。いや待てこれ亡くなる寸前じゃないかい?

で、いよいよ禅画大会だお。ここまでは言わばイントロだ。「狗子仏性画賛」は世の中のあらゆるものに仏性(ほとけの性質)があるなら、この子犬にもあるのかというシーンだが絵がまるっきり癒し系。「南泉斬猫画賛」これも猫に仏性があるかどうかの言い争いで、あとから来たなんか偉い人が猫を斬ってしまったという酷いシーンなんだが、絵がユルいもんで、単にイタズラ猫ちゃんをとっつかまえているだけにも見える。「自画像画賛」は座っている後ろ姿……なんだけど、どう見てもお餅である。「坐禅蛙画賛」は悟り顔の蛙なんだけど、坐禅やって顔だけだったら蛙にもできるじゃんって話だ。禅はスタイルではない修行じゃ。スタイルだけいくら追ってもその結果は「群蛙図」つまり蛙の子は蛙ってことだ。喝! 「指月布袋画賛」はい3つほどこの画題のが出ている。これも、悟りとは決して手に届かぬものよ。安易に悟りを求める者は月を取ってくれと言う子供に等しいって話だお。布袋もキュートだが、子供はなんか、なにこれもうカワイイ生き物だな。「円相図」がいくつか。円だけ描いてるヤツね。円は悟りの象徴であるが、一つの悟りを開いても、まだまだその先はある。円が一度描けたなら、その円なぞに価値はない。せめて茶菓子だと思って茶でも飲んでくれ、ということで、「これくふて、茶のめ」などと書いてある。喝! 「○△□」という作品。文字通りのものが描いてある。いろいろ解釈ができるようだ。ちなみに英語名は「The Universe」(宇宙)としてある。次の「三徳宝図」にも同じ○△□を使っているので、その意味か、はたまた△の心が□を経て○の悟りへと達するのか、こりゃ禅問答だ。あと「三聖画賛」は神官、儒者、釈迦が鍋を囲んでいて、いずれもそんなに差はないという意味だそうだ。

禅画が過ぎたんで、もう余興だろうと思ったらなかなかどうして、次の動植物など森羅万象の絵も結構クるものがある。「竹画賛」などは普通にうまい……が本人は見て笑ってやってくれ、ぐらいの心意気だったらしい。「犬図」は一筆描きの妙だ。ヘタッピに見えて実はさりげなくテクニックがある。「虎画賛」は虎を見ないで描いたらしいが、さすがにマズいと思ったか、「猫に似たもの」などと書いてある。文字通りほとんど猫だ。「章魚(たこ)図」は唯一、色を塗ってある。タコだな。「文殊師利菩薩図」は、これもどユルい傑作。なんたって獅子の上に乗っているんだけど、なにそれ猫? にゃー というようなゆるキャラの上に乗ってる。「普賢図」もキてます。普賢菩薩はおなじみ象の上に乗ってるお姿ですが……仙厓の描くそれは……一応象……なんだけど、鼻と耳がどっちがどっちか分からないぐらい適当。「鐘馗画賛」もなんか武者絵で豪傑に描くのが当たり前のところ、ガキンチョを捕まえた先生みたいな感じ。

この辺でもう疲れてきて、筑前名所巡りコーナー。いろいろあるがなんかもう流し見な感じで、それでも「花見画賛」のユルさが冴える。昔から花より団子で飲めや歌えやの様子。子供がなんかヒヨコのようだな。それから人生訓のコーナーでは、「頭骨図」のガイコツやら、「堪忍柳画賛」の柳に風と「堪忍」のデカい次やらに目が行った。「双鶴画賛」は二羽の鶴だが、初代出光館長最後のコレクションだそうで、仙厓収集に情熱を燃やしていたそうな。

モノクロの墨絵がほとんどだけど、まあまず皆の者満足であろう。
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html

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2016年10月 9日 (日)

朝井閑右衛門展(練馬区立美術館)

ここは家から割と近いもんでよく行ってるのだ。で、朝井閑右衛門って誰だ? 1920年代から活動してる。サブタイトル「空想の饗宴」って書いてあって、写実(本物そっくりというわけではない)と空想を行き来したようなしていないような。

入ると年代順で、最初はフォーヴみたいな。そうかこの人フォーヴ系かって感じで。でも色がチョコレートケーキみたいだな。「東京十二景の内」で夜景のがなかなかいいね。それから「丘の上」というのが文部大臣賞取った出世作だそうで、これがまあデカい。群像。女性が踊っていたりしているが、あんまし踊っているように見えない。でもスカートのひらひらがなんとなくいいな。「ロリルの踊り」って絵も踊ってるように見えんのだが、もちろん意図的演出だろう。

上の階に行って、戦時中の蘇州とか描いてる。「豊収(誉ノ家族)」ってのが、これは一応戦争画というか、父がいわゆる英霊になったところの母子。子どもが画面に対しシンメトリーになっているところが計算と見た。一見普通の景色にこういう意図が入ることで、何か普通でない感じを起こさせる。戦時中なもんで、この場合は、聖戦に貢献した英霊を出した家族は格が上ってことでしょうかね。なにそんなの気に入らない? 当時は戦意高揚とかでそういう絵を描くのがアタリマエだったはずなんで、芸術性はそれはそれでキチンと取り出して評価して鑑賞しなければ(当然こういうのに国境も右左もなく、たとえキミが気に入らなくても韓国の慰安婦像などは結構芸術性の高いデキだったりするんだお。作者に与えられた情報、それが嘘だろうが悪だろうが、それが作者にインスピレーションを与えることができれば本物の芸術は生まれてしまうのだよ。だから国家のプロパガンダに芸術を使うのは常識だし、逆に反政府のイデオロギーに芸術を使うのも同じくらい常套手段なんだお。まあ戦争画の再評価が進む昨今、そういう話はよく聞くと思うが)。まあそれより戦後の方がやっぱしやりたいことやってる。「電線風景」という作品群が魅せますな。濃い色といい太い線といい、一見ルオーのパチモンでも描いてるのかと思ったが(ルオーは電線描かねえけどな)、何枚もやるうち発展してきて、空駆けるウネウネした抽象みたいなところまで行くんだお。次のディレッタントというコーナーで、道化なんか出ていて、そういやピエロってルオーも画題にしてたなと思ったり、ドン・キホーテもいて、これは金曜夜に見たダリも画題にしてたナイズガイだよな。巻物であるところの「過去現在因果経」はケッタイな異世界の連中が集いていとおかし。「祭Ⅰ」~「祭Ⅲ」はルオーばりの厚塗りだが、画面が明るいですね。

次の部屋へ移動し、「大相撲蔵前画巻」……なんか普通のデブだな。交流のある人々の似顔絵があって、草野新平とか三好達治とか、どれもなかなか味がある。それからアトリエについて。閑右衛門は一人で過ごすアトリエにえらいこだわっていたそうで、自分のお気に入りのものをどこにどう置くかまでこだわってこだわってこだわり抜いていたそうな。で、作品を作る時は人を入れなかったんだってお。アトリエの写真が何点かあるけど、うむ、こりゃなかなかだ。あと絵では不動明王何点か。これ署名せずに人にあげてたんだって。終盤の油彩「牡丹」「薔薇之図」「薔薇(絶筆)」いずれもメチャ盛りの厚塗り。悪くないお。

混んでないからゆっくり見ようぜ。一応展示替えもあるようだ。
http://www.neribun.or.jp/web/01_event/d_museum.cgi?id=10327

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2016年10月 8日 (土)

「ダリ展」(国立新美術館)

かなり前からチラシも出回ってたし、なんかガチャがあって、ダリの札がもらえるだとか企画もいろいろで、こりゃスゲーのをやるんじゃないかと思ってそれなりに期待していたんだが、直前になって不安なウワサを目にして、行ってみたら……うーん、確かに、何か大事なもの持ってくるのを忘れたんじゃねーかと思うような微妙な気分になる。過去の上野の森、その前の今は亡き三越に比べると消化不良な感じがするんだな。いや、出点数は多いし、映像もタップリなんだけどね。

初期からダリがダリっぽくなるまでがなかなか充実しているぞ(別に充実してなくてもいいような気もするところだが)。「魔女たちのサルダーナ」は、14歳で描いたっぽいがマジ天才だお。でも、これのどこがサルなんだ?(猿じゃねーだろ)「ラファエロ風の首をした自画像」これ前に見たよな。この首長族みたいなヤツ。うん、普通じゃないよ。「背後から見たカケダス」はなんか印象派やってんじゃん。誰が駆けだしてるんだか分からないが(わかんねーよ)。「キュビズム風の自画像」で既にキュビズムを消化吸収。これで二十歳そこそこ。すげえ。「アス・リャネーの浴女たち」は点描に手を出す……とまあ、かように当時のいろいろな流行を吸収しては自分で描き、ってなことを繰り返し試行錯誤というか自分探しというか、ダリがダリであるところのダリのものはまだない。「巻髪の少女」で、やっと、あのおなじみの地平線らしきものが出てくるお。「岩の上の人物」も後の感じを彷彿とさせる。「二人の人物」はピカソ風ってとこか。

で、いよいよダリ節が炸裂するシュルレアリスム時代だお。「姿の見えない眠る人、馬、獅子」がいきなりいい感じで、文字通り眠る人とも馬とも獅子ともつかない「何か」が中央に「いる」のだ。そうそうこれこれこれだよ。でもまあこれポーラ美術館の持ち物だから、レアじゃねーよな。それからいろいろあるけど小物が多い。しかし「子ども、女への壮大な記念碑」おお、これはダリらしいディテールまで懲りまくった名品だお。単眼鏡持参でいろいろと見入っちゃうよな。これポスターになってた。あとは「謎めいた要素のある風景」。手前の方にちょこんといる画家はフェルメールらしい。ほう、確かにフェルメールの光への偏愛っぷりは、ダリの姿勢に通じるところがあるよな。作風は全く違うけど。それから映画「アンダルシアの犬」上映部屋がある。前に見たからいいや。っていうかあの目を切るシーンやっぱヤダ。ガラ(奥さん)ものの部屋があるが、あまりズガッとクる絵がない。

アメリカへの亡命とかいうコーナーで、いきなり中央にドカーンと「幻想的風景」の三部作。大作で名作だっ……でもこれ横浜美術館のもんでしょっちゅう出ているヤツで、オレは見飽きてる。それから小物がいくつかあり、映像コーナー。ディズニーとコラボして作ったアニメ「ディスティーノ」これ初めて見たが、イイネ! ダリの絵がちゃんとアニメになってんじゃん。こんなの作ってたんだ。今回の全展示でこれが一番よかった。それから……え? 舞台美術? 何かスケッチみたいなのが数多くズラズラ続く。オイちょっと待てもう油彩終わりかよ。知識と洞察力と想像力のみなぎる諸氏はこれらのスケッチからでもダリの鬼才ぶりを感じ取れるかもしれないが、オレは無理だお。ガツンとくる油彩持ってこいや。宝飾がいくつかある(ダリには違いないがなんかどうでもいい)。あとリトグラフいろいろで、「ドン・キホーテ」や「不思議の国のアリス」。小さく描かれる縄跳び少女のシルエットが一応アリスだってのはおなじみなんだが、こいつが地面をひきずるようなロングスカートでな、跳べる感じがしないんよ。別にどうでもいいのかもしれないが。主題はアリスじゃなくてやっぱりアリスを取り巻く不思議の国だよなあ。マグリットもそうだったが、達人はアリスそのものを中心になんて描かないんだな。次の「ガラの晩餐」これがキモくてよろしい。こいつぁ傑作群だ。でも油彩持ってこいや。そうだ、映画「黄金時代」の部屋もあったが、長いから見てないお。

原子力時代というコーナーでやっと油彩が復活。原爆の使用に結構衝撃を受けたらしく「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」にはエノラ・ゲイらしき機影(でできた顔)。「ポルト・リガトの聖母」は大作にして傑作の……でもこれも時々見るじゃん。福岡市美術館が持ってるのね。あとダリが仕入れた知識で描いた原子ものの絵が色々あって、パイ中間子がなんたらとかいうんだけど、まあ、やっぱし絵描きによるアート的アプローチだからなあ。SF的なセンス・オブ・ワンダーじゃないよなあ、とか思ったりする。いや、いいんだけどね。オレ一応理科系なんで(ってこないだも同じこと書いたが)。最後の部屋は晩年の作品。「テトゥアンの大会戦」これも大作だ。悪くないが、あんまりダリらしくないな。なんでだろ。「ラファエロ的幻覚」は合板に描いた一見なんじゃこりゃ的な、これもダリらしくない絵だが、よく見ると合板の木目を利用していて、意外と面白い。晩年でもたまにゃあ野心作をやるものだ。で、終わり。

その後売店だお。イマイチ消化不良だからウワサのダリ紙幣ゲットしてガチャやっていくべ~……と思ったら、好評につき本日分は終わりだと(金曜夜よ)。バッキャロー十分な数用意しとけや! ビジネスチャンスを捨てやがって。結局なんも買わなかった。あとさあ、展示してない絵のグッズ売るのやめろよ。こんな大宣伝ぶちあげ1600円も巻き上げてアレもアレもアレも来てないのかよ、というフラストレーションが溜まる一方じゃねーか。いや、もっとヒドいのはダリTシャツ着てたスタッフがいたんだが、それが出てないリンカーンのダブルイメージの名作のヤツでよ、これも出てないヤツじゃんよー そういうTシャツを平然と着てるなバカタレがっ! と、イライラしつつ、最後に有名な部屋と顔のダブルイメージもの「メイ・ウェストの部屋。撮影可能だお。いつもは撮らないオレも撮ってみた……が、ガラケーのせいかピンぼけの失敗をこく。残念だ。総じてついてねえ。

まー初めてダリを見る人にはいいんじゃないか。点数も多いし。あと、あまり目にしたことのない作品も多いから、真のダリ好きにもいいかもしんない。ダリの有名な傑作をいっぱい見たい、という期待には応えられないであろう。
http://salvador-dali.jp/

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2016年10月 2日 (日)

トーマス・ルフ展(東京国立近代美術館)

写真はアウェー(あんまし興味対象ではなく展覧会があってもほとんど行かない)なんですけど、何か話題っぽいんで行ってきました。でもどういう点で話題だったか忘れてた。それで現場で思い出したのだ……撮影可でシャッター音がウゼエ。いや、撮っていいんだから別に悪いことしてないし、アーティスト側だってこのシャッター音も作品の一要素さとか思ってんのかもしれないけど。いいかね諸君、スマフォだのデジカメだので撮っているシャッター音ってのは、正確にゃシャッター音じゃないんだぜ。撮影時に音がでないと盗撮とかに使われてマズいってんで、シャッター音に似せた電子音をスピーカーからわざわざ出してんだぞ。そんな「音のパチモン」を美の展示空間でバカスカ撒き散らして恥ずかしくないんか~い! 美を享受する者は己の放つものの醜さに少しは目を向けろや……という旧人類的なオッサンの不満はさておき、ん、でも、写真もバカにならんのよ。アンドレアス・グルスキーやニコラ・ムーランみたいに作為的なのは結構好きでね、逆にアラーキーみたいにありのままを撮るのはどうもピンとこない。ダイアン・アーバスは好きだが。

コーナー別で最初はポートレート……のデカいの。知人とかだったら「おっ」とか思うだろうけど、知らん人だと知らん人のデカい写真だね。建物の写真。これもまあ、つまらん被写体をよく「作品」にしたなあという感じ。もちろん人が写ってないんで、それはそれでいい感じでもある。インテリア写真があり、ネガがある。解説にゃネガにすると絵画的に云々とか書いてあったが、よく分からん。ネガはネガだよなあ。新聞記事からセレクトした写真群(ルフが撮ったわけではない)も、ふーんという感じ。次の、夜のデュッセルドルフを高感度暗視カメラで撮った写真群はなかなかに美しい。街灯と木をまぜまぜに撮ったっぽいのは、何か銀河団のように見える。全体に緑の光が滲んでコズミックな感じだよな。え? 解説にゃ湾岸戦争の夜の攻撃画面を思い起こさせる恐怖とか書いてあるぞ……? ……んー恐怖は感じないなあ。

jpegというコーナーで、解像度の粗いjpegを引き延ばしたって写真。あのう、Webサイトを作ったりしていると、この手の粗い画像にゃ結構悩まされるし見慣れてるんで、あーそうですかー という感じ。ステレオ写真がある。最初ふーんって見てた。いや、なかなか面白いよ。特に鳥瞰の風景。建物のちっちゃい箱が並んでいるみたいで。つまり箱庭的な……しかーし、実はこれステレオカメラで撮ったんじゃなくて、わざわざ2つの写真をどれくらい離して撮るか計算して、1台のカメラで撮ったそうな。そう、ステレオカメラだったら、鳥瞰の風景が箱庭みたいに見えることはないんだ……と気づいて、おお、すげえテクニカル~こりゃええわい。プレス写真のメモとの合成。ふむふむ。建築家ミース・ファン・デル・ローエの建物。これも普通。ヌードのコーナーがある! おお、ヌードだど。が、別にルフが自分で撮ったんじゃなくて、ポルノサイトから持ってきた画像を加工……ったって単にボケボケにしたもの。一応何が写ってるかは分かる……が、だからなに? と思わんでもない。いや、解説は読んでるけど。何書いてあったか忘れたけど。次もRGBの抽象模様みたいなのがあるが、これも何か日本のアダルトアニメの画像を加工しまくってほとんど何だか分からなくしたもの。なんとなーく、これはああいうもんかな、と思わんでもない形状であるところがミソらしい。

火星の地表面を宇宙から撮った写真。ルフは大枚はたいて火星まで行った……わけもなく、これも公開されている衛星写真を加工。懐かしの赤青メガネで見る3D写真もあるよ。サイクロイド(Zycles)という数学的な曲線をキャンバスに描いた作品は普通に面白い。うん、美しいじゃないか。このあたり、さすが美的センスあるんだな、と感じさせる。フォトグラムのコーナー。カメラじゃなくて直接感光紙に感光させるとかいうアートっぽいテクの作品……なんだけど、コンピュータ内のバーチャル暗室でやったヤツをデカく出したらしい。大きいことはいいことのようなどうでもいいことのような。次は星の写真。これも自分で撮ってなくて、どこぞの変態もとい天体望遠鏡のアーカイブからセレクトして分類して、トリミングして拡大したコダワリの宇宙フォトらしいんだけど、何か普通の星写真にしか見えない。カッシーニという土星のシリーズも同じで、こっちは画像に色なんか付けちゃって……まあ、でも、こういうのを見るとつい宇宙の神秘というか、天体観測理科系的観点から見ちゃうんで、純粋にアート作品として鑑賞するのは難しい。宇宙なんか興味ないというド文系の人なら面白いアートとして見れるかもしれん…… おっと待てよ、ここで思うに、先の夜の写真で湾岸戦争の云々のくだり。暗視カメラって単なる技術だから、一応理工学系の私には、たとえかの戦争の時にしかその技術を目にしてなくても、技術は技術。別に戦争とは関係ないって認識なんだよね。だからあの写真を湾岸戦争と結びつけることなく見たままに楽しめる。天体写真を見たままに楽しめないこっちのケースと逆になっているのが面白い。そうかー、ルフは……というか解説書いたヤツもド文系じゃないんだろうか。

しかしなんだな、写真展を見終わった後の気分って、絵画展とは何かが違う。何かはうまく説明できんが……写真を見たなあって気分(当たり前じゃねーか)。いや、でも、その、なんというか……
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/thomasruff/

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