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2016年12月17日 (土)

endless 山田正亮の絵画(東京国立近代美術館)

何かスゴい、おいなんだこりゃマジカヨというようなインパクトのデカい美術展はないのか? というアナタに、ぜひこの山田正亮展をおすすめした~い! 「描き続けたまえ、絵画との契約である」の言葉のもと「契約」として描き続けられた妥協のない絵画群だお。1929年生まれで、50年以上ガンガン描き続け、絵画はにゃんと約5000点だってお。そのうち2百何十点か出てるんだけど、それだけでもボリューム十分でよ。とにかく全編抽象画というか絵画表現を地道に、計画的に、ひたすらに変遷させていくという遙か長い一つの物語。研究も途上の知られざる画家である。

まず「Color」という最晩年のシリーズから開始。単色を塗っただけのもので、これだけ最初に見るとまだ「?」な感じ。また、全ての作品においてタイトルは「Color no.20」なんて機械的に振られていっただけのもの。

次に初期から年代順に。まず静物から始まった。色調が暗いがやってることはモランディと似たようなものかと思う。今日の気分でしっくり来るやつを描いているのだ(と思ったが後のほうを見るとどうも違うかもしれん)。あるいはシリーズタイトルが「Stll Life」からして河原温のはがきシリーズ「I am still alive」を思い出す。日々生きている証を刻印するという表現かな(多分これも違う)。スケッチではなく、実際のものの記憶をもとに描いていったものらしい。いくつも絵が並び、だんだん形が崩れていって、静物の輪郭線で画面が平面的に色分けされ抽象的になった「Still Life P.71」でこのコーナーが終わる。この時点でモランディと完全に違う方向になったぞ。

次のコーナーでなぜか変遷のダイジェスト。予習に、とのことだけど、別にここになくてもいいのでは? むしろここは大河的な流れを感じるためにも適当に飛ばしてさっさと先に進むべきであろう。

次は静物の輪郭から生まれた抽象の続きから。深緑の画面に線がガチャガチャ描かれる。それらの絵が続いて唐突に「Work B.154」で四角だけの単純な画面が登場。まるで騒々しい中の一瞬の静寂のような強い印象がある。そんな四角を含んだガチャガチャのあと、今度は急に四角の入れ子状態だけのスマートな絵画に移る。入れ子は鍵盤風になり、やがて細くなり、線ばかりになっていく。これらの地道な変化がみな一枚一枚の油彩、それも、それなりの大きさがある作品により表現されるもんで、そのひたすらで膨大な作業量にも驚く。

ここで絵は縦のストライプからすぐに横のストライプになる。これは山田の代表的なスタイルでもあるそうだが、変遷の中の、たまたま数が多いだけのものという感じもするね。しかしとにかくこの横ストライプ群は圧巻で、諸君、美術館の絵画展示で見える限り並んでいる絵画が細かい横ストライプなんて見たことあるか? 河原温の活字体日付ばっかり、というのも似てはいるがストライプの方が現実とのつながりがないだけに、何か異世界の展示施設に紛れ込んだような気がしてくるお。概ね細かくやや地味な感じの色の厚塗り風であるが、たまに間隔があいたものや、水彩風に滲んだ感じのものもある。また、画面を十字に切った絵も登場。白系も登場。あるいは紙の折り目を使ったものもある。割と広めの部屋で、片側ストライプ群、片側白系の絵画群になっているところはマジヤバい。これは、なんか、夢の中で美術館に行ったようなものではないか。夢は記憶をもとに映像をその場で瞬時に作っているとしても、広い部屋の中に絵画を巧みに並べるなんてことはできないから、全部雑音みたいなストライプでだだだだと並べてしまう。これだ。そう、夢の世界だ。この部屋の最後の「Work D.87」他2つはきれいなストライプの大画面だ。

で、これらと前後して「制作ノート」が公開されていて、これがまた結構な数なのだ。驚くのは作品一つ一つ計画的に作っているんだな。いや、書いてある文章はよく分からんのだけど、少なくとも絵はその場で衝動的あるいは気まぐれに描いてるわけではなくて、いかに描くべきか、みたいなことを常々考えて、それを反映させていることは確かなようだ。これを5000枚もだって……? マジすか?

さてストライプの次の展開は、縦三つぐらいに色分け。それから縦横正方形が並ぶタイル模様になる。前後、紙を使って鉛筆でドローイングなど。紙の質感と紙の上に描いた鉛筆線の特徴を生かしている。タイルでは概ね今までと同じ原色のない色合いだが、「Work D.253」のような黄色系のちょっとハデ目なのもあったりする。で、タイル目地の中に黒い線が入ってちょっとしたアクセントをつけるという展開に。それが続くと、今度はタイルの中がきれいな単色ではなく、いきなり筆跡を生かしたラフな感じになる。印象は違うが確かに前の手法と連続しているのだ。

アトリエのコーナー、といっても作品と絵の具なんかあるだけだが、撮影可よ。

そしてこのラフな感じのまま画面が大きくなり、線が入り乱れ、混沌とした感じの中に、タイルの名残である十字部分が浮かび上がり、それは光を伴いどこか宗教的な印象も見せつつ、この企画展示が終わる。時代的にはここから冒頭の単色だけ、というものになるのだが、まあ終わり方はこの方がいいかな……っていうかこれでまた最初に戻ると結局はタイトルと同じく「終わりのない(endless)」世界になるとも言える。

生涯続いたメタモルフォーゼの物量に驚くもよい。あるいは、無数にある一つ一つは独立しているが、それらはみな一つの世界の一部である、というような仏教的感覚で見てもよい。ストライブ一面美術館のような異世界めいた空間を堪能してもよい。行きたまえ、絵画との契約である。
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/yamadamasaaki/

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