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2017年3月25日 (土)

これぞ暁斎!(Bunkamura ザ・ミュージアム)

もう十何年も前だと思うが、東京ステーションギャラリーで暁斎展がありましてね、行ったら浮世絵版画ばかりで、まーまたすごい量で、悪くないんだけど見てるとだんだん飽きてくる。以来暁斎展にはさほど期待していなかったのです……って、見たら2015年三菱一号館で暁斎展やった時も同じこと書いてたー。まーあれはなかなかよかったが、今回も、んー、まー、行ってみるかー、みたいな感じで。しかしなんとまあ今回は「これぞ」とぶち上げるだけのものがあーる! 肉筆イパーイで、得意というか神髄というかの動物ものや妖怪ものが満載でゴキゲンだぜベイビー。ゴールドマン氏のコレクションだそうで、初めて見るものが多い。金曜夜行ったが、金曜夜にしては人が多い。なんか暁斎もメジャーになってきたな。

オーケーベイビー最初にいきなり肉筆の小サイズの動物もの(コレクションの始まりらしいが解説の内容忘れた)。得意のカエルものあるぜ「蛙の学校」「蛙の出陣」。あと「カマキリを捉える子犬」がいいね、コロコロのキャワイイ子犬が野蛮行為してるぜベイビー。

次は「万国飛」ってなっているコーナー。何か? にゃんと「世界を飛び回った鴉たち」ってことで、全部カラスだぜベイビー。明治の内国勧業博覧会で出たヤツ(「枯木寒鴉図」)が有名なんだけど(確か本物を見たはずだ……うむ、三菱一号館で見てた)、他にもこんなに多くカラスを描いておる。おなじみ枯れ木にとまって寝ているようなヤツが多いが、他にも「柿の枝に鴉」みたいに口開けてカーってやってるヤツ、「日輪に鴉」の首曲げてるヤツ、「烏瓜に二羽の鴉」は二羽でカーカーやっている上に烏瓜の色がいいアクセントだぜベイビー。見て分かると思うが胴体は墨でワイルドに描いていて、目とかその付近は緻密に描いている。動物の眼力と野生の躍動感を同時に満たす計算が実に巧みだ。暁斎が鴉を好きだったのは、胴体が墨だけでイケるから、よりワイルドに表現できるからではなかろうか。

その流れで動物の世界。最初の「枇杷猿、瀧白猿」(そうか枇杷は「びわ」って読むのか)これも胴体はザザッと描いてあるものの、顔がスゴい。うめえなコンチクショー。エテ公のツラの絵にこれだけ感心したことはないかもしれん。あとは動物イロイロ。「鏡餅にねずみ」が普通にカワイイ。ここにも定番カエルがあり「蛙の放下師」、「蓮の上で踊る蛙」蛙が踊るなんてことはないのだが、暁斎が描くとなんか自然に見えるのがスゲエぜベイビー。

武道館じゃなかった文化村ベイビー。えーと次は幕末明治の転換期コーナー。何があったかな。なんか外人を描いた絵とか。一見目立たないような小さい絵でも結構面白く描いてたりする「雀の書画会」とか「蛙の人力車」とかイイじゃん。あーそうそう「放屁合戦」があるね。おなじみの版画だけど初めて見る人にゃ衝撃だ。「居眠り鯰と猫」という寝ているナマズに、猫が何匹もにゃーにゃー集まって普通にカワイイが、何をやろうとしているのかというと、デカい毛抜きを持ってナマズのヒゲを抜こうとしてるんだそうだ(隣の知らん人の会話)。ほう、その黒いブットイ線のヤツは毛抜きだったのか。ただ集まってダンゴになっているだけかと思った。そういえば今回会場内でウンチク語っている人が結構いたな。えーと野菜と魚介の絵がある。「五聖奏楽図」でキリストがおる。十字架の上なんだけど扇子とか持たされておる。「大仏と助六」助六がいるのは分かるが大仏? どこに? ……そういえば背景がなんか抽象画みたいで、目のように見えるこれは……ええええええ! そういうことかあ! となった。こりゃー面白いぜベイビー。「墨合戦」はデカい筆で墨を塗り合うヤツラで普通に楽しい面白い。「暁斎絵日記」があって解説に「コンダー」って出ているが、「コンドル」と呼ぶ方がおなじみなんだが。ジョサイア・コンドルは弟子で明治政府お雇い外国人建築家なんだじぇ。鹿鳴館作ったんだぞ。

福と笑いのコーナーで鐘馗がずらずら。ストレートに太線で描いた力強い鐘馗もいるが、コワモテのまま妙なことしてるヤツの方が面白い。「崖から鬼を吊す鐘馗」もいいが「鬼を蹴り上げる鐘馗」これいいな。蹴りのアクションと上の端っこまで蹴り上げられている鬼さんカワイソー。あと「鬼をおとりに河童を捕まえようとする鐘馗」の鐘馗の顔は逆にユルユル。鬼をどうおとりにしてるのかも見もの。あと「鬼の恵方詣」面白いぞ(解説読んで)。あとは「貧乏神」がマジビンボーだぜベイビー。

次は「笑う ー 人間と性」というコーナーで春画あり。春画は「笑い絵」とも呼ばれてましてね、女性でも楽しく見れるものも多かったようです(そうでないヤツも多かったと思うが)。「松茸の絵を見るお福たち」春画じゃないが、まータイトルだけ見てもどういうモノだか分かりそうなもんです。あまりリアルなブツじゃなかったな。それよりお福の群がいいですな。メデタイですな。「笑絵三幅対」は合体掛け軸三連発。猫がちゃっかりいるのがポイント。これまさに笑い絵。正月に子供の来ない部屋にこっそり飾っておけば気分はマジめでたいぜベイビー。思うに性の表現ってヤツは澁澤龍彦も言うところの健全なものは全然オモシロクナイという(男目線か?)ポルノグラフィと、この笑い絵のように男女の和合をもって福となすめでたい表現という二つの流れがあるはずだが、なんとなくポルノグラフィだけが目立って生き残っていて常に健全志向なヤツラとバトルしていて、結局性表現はこっちだけと思われているフシがなくはないかい。要するに世界にもっと和合を笑い絵をって言いたいようなそうでないような。まー、とはいえ、ポルノグラフィを唾棄する気はないんだけどね。

妖怪とかのコーナー。最初の「幽霊図」は行灯の光で演出。下絵もあるよ。「閻魔と人間の舌を抜く鬼」……い、痛そうだな。「地獄太夫と一休」は2つあるけど1つがポスターにもなっている踊る一休とガイコツの。暁斎は何枚も同じのを描いているが、今回のはかなりよくて、ノリノリの一休と全体に緻密丁寧に描いてある。うむ、これは見ものだ。「百鬼夜行図屏風」がデカい。面白い……が暁斎にしてはちょっと薄味かな。いや、まあここまでがスゴすぎた。

最後は「祈る」ってことで神仏などなど。「中国山水図」「雨中山水図」って、山水画がマジ山水画じゃん。「龍頭観音」がマジ仏画じゃん。達磨がマジ達磨じゃん……って何が言いたいかっていうと、戯画みたいな変化球じゃなくてストレート直球にその分野の作品を作っていて、これがまたウマいのだよ。羅漢がマジ羅漢でよ、顔も威厳タプーリだ。「寒山拾得」はちょいユルい感じ。

まーとにかく小品でも油断できない傑作が多いぞ。金曜は遅くまでやってるし行ってくれベイビー。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/

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2017年3月21日 (火)

シャセリオー展(国立西洋美術館)

日曜日、朝10時頃なんだけど、上野駅を降りると大勢の、主に家族連れが向かっているんだよ。どこに? 動物園に。なんでも今日は開演記念日で入園無料だってお。でも普通の土日でも混んでいるのに、今日は中どーなっちゃうんだ? ってなことを考えつつシャセリオーよ……って誰? 誰だか知らんで行くんかい。はい、西美の企画だからさ、マチガイナイだろうってんでな。

知らないからイントロビデオを見る。少年の頃に実力を認められアングルに弟子入りし、若くして壁画を描き、アングルよりもドラクロワの影響を受け、エキゾチックな雰囲気にも手を出し、若くして亡くなり、その後モローやシャヴァンヌに影響を与えたんだって。ふーむ、どうも知名度がないのは、若くして死んだのと、代表作が壁画で、それも焼失しちゃったからのようですな。

最初に16歳の自画像。おーさすがアングルの弟子。リアルだ(という形容は範囲が広すぎるが)。要はアングルっぽい。でもまだこれ本領じゃなくて、次の「放蕩息子の帰還」これで17歳だってお。この放蕩息子が自画像に見えるのは気のせいかい。「オリーヴ山で祈る天使」天使というより若い娘なんで、あーなんだ青春の萌え絵かな。「アクタイオンに驚くディアナ」ギリシャ神話はある程度知っているからありがてえ。キリスト教絵画だとよく分からん。月の女神で怖いディアナは裸で後ろ向き。で、最初は油彩が連続したが、間もなく素描大会に。うううむ、アート通なら画家の実力がダイレクトに分かる素描も楽しく鑑賞するが、オレはどうもね、ミュシャみたいに絶妙な素描はともかく、普通の素描はよく分からぬよ。シャセリオーもそういう意味じゃ普通というか、これうまいのか? ラフな下描きだよな。おっと「アポロンとダフネ」だ。神のくせにストーカーなアポロンに恐怖して木に変えてくれと祈ったダフネ。月桂樹の冠は勝利の証……ってそれでいいのかアポロン。それはともかくこれ油彩もある。モローが同じ構成で絵を描いてるぞ。「サッフォー」の絵もある。これは男にふられて身投げしたところだそうだ。サッフォーって同性愛者だったはずだが、最後には男に惚れてしまったようだ。「ヘロとレアンドロス(詩人とセイレーン)」ええと……モローの印象に近い、とメモってある。どんな絵だったかな。そうモローの絵ってのも、なんかこれこれこういうもんですと表現しづらいよ特にその雰囲気とかさ。おっとドラクロワの版画がずらずらっとある。シャセリオーの版画もずらずらっとある。どっちも西美が持っているお。

それから「気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」。これが、なんか今回一番よかった。コサック娘のエキゾチックな衣装が、単なる西洋画と違う雰囲気で迫るじぇ。あと、これもモローの雰囲気と似ていて、なんかモローの原型みたいな、ロマン派とモローのつなぎみたいな面白い印象があるぞ。おっと少し先に大作が見える。「泉のほとりで眠るニンフ」裸女がドカーン! デカいし気合い入っているし、これポスターでも良さそうだけどさ、上げた腕んとこ見ると脇毛生えてんだよね。いや別に脇毛ボーボーじゃないし、別に生えてちゃいかんわけじゃないけど、なんとなく生えてないものだと思っちゃっているもので、見ると「え?」とか思ってしまう。脇毛は同時代じゃ普通だったらしい。あと十頭身ぐらいかなこれは。隣に女のリアルを描いたってことで、クールベさんの絵「眠れる裸婦」がある。これも西美が持っているヤツ。

次は肖像とか。ここでポスターにもなっている「カバリュス嬢の肖像」がある。うむ、肖像であるが美しいな。少し歯を見せて微笑しているところがまたよい。手堅く品よくまとめた感じ。これはまあシャセリオーの王道じゃないと思うが、上品で美しいところは万人向け。おーよかったなーこういう絵があって。ポスターにしてみんなにアピールできるお。それから「東方の光」というコーナーで、エキゾチック中心ながら、素描や版画が多い。油彩「コンスタンティーヌのユダヤ人女性」うむ派手だ。「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」これもモロー風(とメモってあるがどんな絵だったかな)。

最後に建築というか建物壁画のコーナー。焼失したのはパリの会計検査院の建物(オルセーの前身)にあったもの。一部だけ残ってたらしい。映像でどこが残っているが紹介されていたが、失われたのが大きすぎる。あとモローの絵とシャヴァンヌの絵と。サン・メリ聖堂の絵に、フリーダ・カーロみたいないでたちの女がいるが、気のせいかな、なんかフリーダのそんな写真か何かを見たような気がするんだが。あとはモローやシャヴァンヌの絵があったりして終わり。

うーん、なんか、こういう画家がいました、という感じだな。モローやシャヴァンヌが好きなら、その画風の源泉を見る感じがして面白いかもしれない。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2017chasseriau.html

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2017年3月11日 (土)

ミュシャ展(国立新美術館)

アルフォンス・ミュシャは劇場のポスターやら美女の絵やらアール・ヌーヴォー装飾やらで人気だったが、恐らくは常々、「我が祖国、我がスラヴ民族の力になりたい」なんて悶々としていて、五十歳を迎えて故郷のチェコに戻り、それから全身全霊で16年かけて20枚の油彩超大作を描き上げた。それがウワサの「スラヴ叙事詩」だ。ミュシャ展でこの中の1枚でも来てりゃあ目玉になるに十分なもんだけど、それが今回20枚全部来る……20枚全部来るだとぉ? あ、あ、ありえねーっすよ! マジヤベーっすよ! いいいい今すぐ行くっすよ! と知ってる者なら鼻血ものの壮絶な企画である。開催最初の金曜夜に行った。そこそこ混んでたが、絵がデカいから、混雑でもそんなに鑑賞の妨げにはならない。

入るといきなりもう「スラヴ叙事詩」がドカーン! 前菜はない。いきなりメインじゃ。とにかく天井ギリギリまである巨大な絵画群で、見上げるしのけぞるし上の方の細かいところは双眼鏡なり単眼鏡なり要るぞ。ううむ、かつて日本の美術展でこんなデカい絵展示したことあるのか? 遠藤彰子女史の絵でもこのデカさにはかなわないのではなかろうか。
20枚全てがミュシャの心血注いだ傑作には違いないのだが、その中でもそこそこのヤツと、スゲエやつがある。歴史のほうは解説読んでもよく分からんので(当然ながら120パーセント堪能したい方はよく読みたまえ。1枚ずつちゃんと書いてあるぞ)、純粋に絵を見て、象徴的やら幻想的やらの要素が強い方がオレには魅力的な絵に見えるんだお。……で、オレ的スゲエヤツを見ていこうぜっ。一番最初の「原故郷のスラヴ民族」のっけからデカい。右の方にいるのは多神教の祭司ですと。敵に怯えるスラブ娘の目つきが迫ってくる。次の「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」これもデカい。人々が浮遊している感じがなかなか幻想的でいい……って浮遊しているのか? 「スラヴ式典礼の導入」。これは左にいる輪っかを持っている上半身裸のイケメンが印象的だが、これはスラヴ人団結のメッセージですと。確かに拳を握ってこっちに向かい「さあ、君も共に!」なーんてやられると、その気になっちゃうぜっ。この絵の面白いところは、その青年をはじめ前景の人々は暗めに描いてあり、背景は極めて明るく描いてある。つまり前景だけが重要じゃないぞ、ということで、この明暗の差をもってすれば、背景にも目が行くってぇものよ。なかなか計算高いぜミュシャ。

次の部屋にも「スラヴ叙事詩」がいくつか。「言葉の魔力」という3枚組がある。えれえ巨大だがこれはまあまあ。「ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチスキー」は死屍累々な感じが……待てよ他にも馬が死んでるヤツとかあったな。歴史は厳しいのう(他人事)。「フス派の王、ポジェブラディとクンシュタートのイジー」これは室内光がよいな。ここで、今回のうち最もスゲエ絵に出くわした。「ニコラ・シュビッチ・ズリンウキーによるシゲットの対トルコ防衛」。タイトルを見ても解説を読んでもサッパリ分かりませんな。でもデカい画面いっぱいに燃える情景。画面全体が赤ともオレンジともつかない統一感のある色彩。そこに唐突に出現している中央右の黒い影は? はい、これは極めて象徴的な描画だけど、煙なんだってさ。なかなかこれ効果的だよな。全体に抽象的といってもいい感じなもんで、色彩を感じてボケーと見ていることもできる。いや、これはむしろ解釈しないで感じるものだお。

3つ目の部屋。これがなんと「撮影可能エリア」。そこらじゅうでバシャバシャカシャカシャ。マジウザい(当然オレは撮ってない)。これは要するに写真を撮っていんすちゃぐらむみたいなSNSに上げて、話題にしてもっともっと客に来てもらおうというコンタンなんだろうが、ブッチャケこんなエリア無い方がよかったよ。無くても客は来るだろ。現地での展示じゃあ撮影可能だって話もあるけどさ、客が分散する常設展と、殺到する企画展しかも部屋の一つじゃカメラのうるささも大いに違うであろうよ。あと音だけじゃなくて、結構目ざわりなのがモニターっちゅうか液晶画面っちゅうか、とにかく光って目立つ明るいヤツがそこらじゅうでチラチラしてやがる。気分はたばこ吸わないのに喫煙席に行かされたような感じか。でも6割がたのヤツが嬉々として撮ってるな。まー、でも絵はやっぱりスゲエですな。「ロシアの農奴制廃止」のかすむ赤の広場のワシリー寺院。「聖アトス山」の射し込む光。「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」の人の輪と、左側のスラヴ娘。美しく、力強く、ミュシャのスラブ魂をいやがうえにも感じるし、絵画そのものも結構魅力だお。で、この部屋をもって「スラヴ叙事詩」は終わり。

まあ、あとはどうでもようござんす。堺市とOGATAコレクションから、ウケのイイヤツをピックアップして展示してある。最初におなじみアール・ヌーヴォー。「四つの花」や「四芸術」なんてよく見るんで飽きてる人は流し見でよい。「ハーモニー」や「クォ・ヴァディス」(エロいですな)は、油彩でレアかと思ったら、これも堺市の所蔵品だってお。なんで堺市はこんなにミュシャ持ってんだ? 
とはいえ、「スラヴ叙事詩」の関係で、いつもの甘々萌え萌えアール・ヌーヴォーとはちょっと違う傾向にも積極的だ。「プラハ市民会館」の柱の下絵。スラヴもの作品いろいろ。「『スラヴ叙事詩』展」なんてポスターもあって、かの絵の中にいたスラヴ娘をピックアップした作品。切手あり、下絵あり。実はミュシャの素描や下絵は、しばしば完成品を上回るんだお。手を抜かずに見ようぜ下絵。それから混んでる売店があっておしまい。

ここで面白いのは(別に面白くねーか)「ミュシャ」って現地発音じゃ「ムハ」に近いらしいんで、そっちを使いますみたいなことが最初に書いてある。でも途中途中の解説では「ミュシャ(ムハ)」になっていたり、「ムハ(ミュシャ)」になっていたりと恐らくは担当ごとにバラバラ状態だぞHAHAHA。ここはアレだな「クラーナハ展」として従来の「クラナッハ」を完全に締め出しちゃった西美を見習ってほしかったな。まあ「ムハ展」じゃ客がミュシャだと気づくか分からんとか来ないとか文句言うとかあるかもしれんが。

6月までやってて結構会期長いし、絵もデカいし混んでても大丈夫かなあ、とも思うんだがやっぱし早く行った方がいい。
http://www.mucha2017.jp/

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2017年3月 5日 (日)

「田沼武能肖像写真展」&「お蔵出し! コレクション展」(練馬区立美術館)

どっちかというとコレクション展を見に行ったんで写真はついでだお(アウェーだし)。でもなかなか写真も良かったですな。有名人の写真ばっかだったもんで、あーこういう感じの人か、とか、あーそうそうこういう人だよ、とか、あー意外とこういうところもあるんだ、みたいな発見がイロイロできる。

田沼武能写真展、前期後期で入れ替えがあるんだな。まだ前期。第一章「芸と理を究む」黒柳徹子とか井上ひさしとか、寺山修司はなかなかカッコイイ男ですな。小澤征爾の指揮中のイイ瞬間あり。その他いろいろ。後期には蜷川幸雄とかドナルド・キーンとか出てくるようじゃ。第二章「詩文の世界で」文人達だお。佐藤春夫の渋い感じがいい。三島由紀夫のマッチョじゃない頃。その他。後期は谷崎潤一郎とか阿川弘之とか。第三章「空間とデザイン」ううむ、こりゃどういう人達だ? 手塚治虫とか土門拳とかいる。後期に魯山人など。第四章「絵画と彫刻と」もちろん画家や彫刻家だお。横山大観の目がイってるじゃん。清方がおる。丸木夫妻がおる。ヤング加山又造……えっ、これで55歳なの? 若く見える。熊谷守一、おお梅原龍三郎。岡本太郎の自分の作品を前にした隠し切れないドヤ顔。池田満寿夫の小生意気な感じ。後期は棟方志功で……ありゃ、出品リストを見ると前後期両方出ているぞ。見落としたか。そんんわけで愉しく終了。

上の階に上がってコレクション展。前半は日本画とかで、あんましオオッというもんがない……んだけど、さすがここで個展やった松岡映丘「さつきまつ浜村」はなかなかいいですな。谷口 香嶠「屈原図」は……これは横山大観も描いてたもんだな、これは大観の方がいい……こっちの方が古いのか? まああれは大観の(オレが思う)最高傑作だけどな。速水御舟が1枚。うーんそうか。靉光があって、このあたりになるとオレ好みになってくる。「花と蝶」の妖しい花のムードなんぞイイ。荒木寛畝/池上秀畝「牡丹に孔雀図/松に白鷹図」杉戸に着色。孔雀の羽根の細かさがイケる。さすがに若冲までとは言わんが。

後半になると現代アートに近づいてくる。山田正亮「Work Ep-688」おおっ、東京都近代美術館での個展のインパクトがよみがえるぜっ。今んとこあの企画は今年のナンバーワンだお。ハイレッドセンターの「センター」中西夏之「ℓ字型ー左右の停止-」リットルの字を入れ込んだ抽象画。面白いじゃん。ハイロッドセンターの「ハイ」高松次郎「影」はおなじみのアレ。白髪一雄「文覚 滝の行」白いぶっとい筆跡がまさに滝だぜ。牧野邦夫「インバール」これが今回のナンバーワン。前期だけ展示か。戦場というか、戦争で無惨に死んだ人々を結構リアルに描画。これは壮絶。実際こんなんですかい? 恐ろしいもんだな。で、隣が伊東深水ってのがにんともかんとも。小野具定「冬ざれ」暗い地上、人物の顔は見えない。空は雲か水しぶきか。マグリットのアレを彷彿とさせるようなさせないような。森脇正人「夜」。着物姿の女二人が……死んでる? 福井爽人「船」壊れ船と画面の青いような色がいい雰囲気。他いろいろじゃ。

写真展と併せてコスパがよい。
http://www.neribun.or.jp/museum.html

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2017年3月 4日 (土)

草間彌生 わが永遠の魂(国立新美術館)

私事だが小説を書いている。SFで3部構成で8割ぐらいできているが、何しろ一日あたりほとんど時間をかけないもんで遅々として進んでない。もう1年以上かかっている。で、第2部に草間彌生の影響を受けた画家が出てくる。第3部では宇宙空間に浮かぶ謎の存在が出てくるが、その名前が「ヤヨイ」というのである。もちろん語原は草間彌生。
んなわけで自分にとって草間彌生が特別な存在であるのは、宇宙や無限や量子力学や死後の世界や、そういう本をいろいろ読んだりして、そして到達したところが草間彌生の世界だと思っている次第である。彌生ワールドはもっと無限を扱う世界や宇宙科学や、あるいは哲学といった、そういった方面からのアプローチが可能であると、考えているのだ。よーするに「水玉キャワイイー」なんて言ってる場合じゃねーんだよ。まあ言ってもイイんだけど。

で、今回はまぎれもなく過去最大級には違いない。入ると最初の部屋に富士山の絵があるが、次の部屋はもう広大な空間で、そこに連作「わが永遠の魂」という作品を一挙130点公開。一つ一つもデカい。大空間の壁を埋め尽くす彌生ワールドの作品群にゃ仰天……まーその前に、その周囲の部屋が展示室で、概ね年代順になっているので見ていこう。

最初の部屋に初期作品。にしても最初の鉛筆画からして既にブツブツ的なものを描いているな。初期はエルンストみたいな形状が分かるシュールレアリズム作品が多い。「残骸のアキュミレイション」とかね。「残夢」なんぞもいいセンスしてるよな……ってタイトルだけじゃなんか覚えてないや。
がしかし、次の部屋から草間彌生らしさ本領発揮。「無限の網」の何作か。一見真っ白だが全面ブツブツだったりしてな。「凄い」とか「アートだ」とか思うと同時に「ビョーキだ」と思う人も少なくないに違いない。「Airemail Stickers」という「AIR MAIL」のシールをびっしり貼った作品は初めて見た。次はおなじみソフト・スカルプチュア。ソフトなイボイボというかイチモツイチモツがビッシリというヤツで。ええ椅子とか脚立とか、ボートもあるぞ。もう何度も見たけど、初めて見る人は多分普通にキモいであろう。何でも水玉にしちゃうパフォーマンス映像あり、著作の展示もあり。

部屋から奥の通路に入って、ここは最近の作品いくつか。ガラスの向こうは外で、おなじみ巨大な黄色い水玉カボチャが見える。室内にはキンキラのカボチャ作品がある。あと赤い水玉のマネキン群「水玉脅迫2017」がある。それからまた部屋に入るが、「生命の輝きに満ちて」という鏡の無限反射と、たくさんの光源を使った空間に入る。無限に広がって見える光源は一定時間で色が変化していく。宇宙っぽい世界にウットリしてもよし。「キャ~キレイ~」とチャラい叫び声を上げてもよし。えーオレの印象はね、これ確かタマキンこと埼玉県立近代美術館で見たんだよね。同じヤツだったかな。こんな色が変化してたっけ。まあとにかくこれはなんかエンタメ過ぎて、いや、草間らしくないとは言わないものの、こんな一般ウケするものを作るなよーとか思ってしまう。

次の部屋はニューヨークから帰った後のコラージュなどの作品群。ここがなかなか良かった。手堅い幻想絵画みたいで……手堅い幻想絵画ってのもヘンか。えええとソフト・スカルプチュアの健在で「最後の晩餐」というイボイボダイニングやら「ドレッシング・テーブル」というイボイボタンスとか。キャンバス作品になると俄然シャープになってきて「魂を燃やす閃光A.B.Q.」というのは人魂風のがイパーイ。「天上よりの啓示」も描かれているのはきっと生命の象徴。おお、そうじゃ、無限の生命の賛歌じゃという歓喜が沸き上がるような沸き上がらないような。最近の定番の一つである「黄樹」シリーズの部屋。黄色いブツブツのウネウネは一見キモいが、見慣れてくるとなんとなくいい感じで心地よさがある……ような。最後はおなじみ黄色いカボチャの絵で。

で、最初の大空間に戻る。周囲の壁一面にドバーッと飾られた色鮮やかな絵画群。中央に立体の大作。老いてさらにパワフル! 鮮やか! ステキ! オシャレ! うおおおおおっ! …………実はあんましオレはノってなかった。うーん、なぜだ? タマキ……いや埼玉県立近代美術館でやった「永遠の永遠の永遠」は結構感動したのに。なんで? どうして? と自問自答しながら大空間をウロウロ。撮影可能(携帯だけよ)なもんでシャッター音がウザいのか? 客層がミーハー(なんて今言わないか)が多くてイヤなのか? いやいや、そんなオレは排他的なヲタクではないはずだ。点数がありすぎて脳がオーバーフローしたのか?  …………埼玉で一番感動したのは実はモノクロ作品「愛はとこしえ」という作品群だった。そう、あれはモノクロだったんよ。この大空間にはカラーしかない。モノクロよりカラーの方が感動的に決まってるじゃねーかと思うかもしれないし、自分も概ねそうだと思うんだけどね、でも事実、オレはあのモノクロの方が良かったよなあ、としみじみ思い返す。思うに、カラーは色でも主張「できてしまう」もんで、描線にエネルギーを結集できないところがある、のではなかろうか。いや、単色作品もあるにはあったけどね。しかしなんてあの「愛はとこしえ」今回は出てないんだろうか。あー、あとね、全部にタイトルが付いてるんだよ。それで「自殺した私」とか「死の瞬間」とか、結構メメントモリなところにドキッとしちゃうぞ。
しかしまあこの大空間展示が圧倒的な現在の草間彌生ワールドであることは間違いないんで、ガムバッテ皆行くがよい。
http://kusama2017.jp/

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