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2017年10月25日 (水)

怖い絵展(上野の森美術館)

この秋の一番の話題をかっさらっている企画。兵庫でやっていた頃から激混みの噂で、それが東京に巡回。場所は上野の森美術館……え~? ハコとしてあそこが好きだという人は少ないと思うが。あそこは企画の規模や内容の割になーんか環境がイマイチなもんで、だいぶ前のダリ展でも混雑でサンザンな目にあっている。激混みの中で見るのはヤだよなあ。土日は論外。平日でも何十分待ちって、どうすりゃいいのよ。ということで俺の作戦は以下の通りであった。まず事前に出ている絵の知識は極力仕入れた(ネットで見る程度だが)。有休取って開場25分前に到着。既に何十人か並んでいるが、開場後の入場待ち時間はほとんどなし。多くの人は音声ガイドを使って最初から地道に見ているので時間がかかる。なもんで、音声ガイドは使わず最初の方は斜め見して、途中から本格鑑賞(っても俺のペースは結構早いが)。これで第2室以降の絵はほぼノーストレスで鑑賞。一通り終わって最初の方はもう混んでいるので第2列程度で見た。というわけで、まあ、まずまずだな。出た頃にはもう50分待ちじゃ。

中野京子のベストセラー「怖い絵」に関連する企画。その絵は一見怖くはないが、絵を読み解くことで、そこに本当は何が描かれているかが分かり、本来の怖さが浮き上がる。従来の「絵は感性で見る」ということに対しノーを突きつけ知的なエンターテインメントに仕立て上げたナイスな企画だ。俺は感性絶対派なので、俺の鑑賞法とは真っ向対立する……んだけども、まあ読み解き鑑賞が面白いのは動かしがたい事実ですからね、堅いこと言わずに行くべ。割と俺好みの絵も多いようだし。で、行ったんですね。でも、あの、結論から言いますとね、絵としてつまらんヤツはやっぱり読み解かれようが意味が分かろうかつまらんです。実際そうだったんだよ悪いな。

最初は「神話の聖書」のコーナー。この手の絵画鑑賞には知識は必須ですよー……俺は、ギリシャ神話は多少知ってるが聖書はあんまし。最初にウォーターハウスの「オデッセウスに杯を差し出すキルケー」解説は読んだけど、まあこれラファエル前派の普通の絵だよな……え? こういう技法みたいな鑑賞がダメだと言うとるのですか? いや別に悪い絵じゃないです。ドレイパーの「オデッセウスとセイレーン」。セイレーンは知っておるよ。にsても美女の誘惑みたいな絵だな。しばらく行って、おお、おなじみテーマ「スザンナと長老たち」があるじゃん。ファーブルって人が描いてる。これって元の話はどうだってよくて、水浴の美女を描く口実の定番なんだが……と、中野女史もその点はちゃんと分かっていて、解説にゃあこの絵は他の絵と違い、ちゃんとスザンナが嫌がってる様子が描かれている……ので、好感が持てるようだ。いやいやいや、俺が思うに、単に嫌がる裸女を描きたかっただけじゃないだろうかね。そういう趣向の人はおるしなウッキッキ。それから……最初の方斜め見だから飛ばす。

「悪魔、地獄、怪物」コーナー。最初がおなじみフューズリ「夢魔」確か何種類も描いてるよな。これ小さい絵です。夢魔が二匹います。「ダンテの地獄」の絵……解説読んだけど忘れた。でもこれならブレイクが描いたヤツの方が好きだな。アンソールの版画あり。ギュスターヴ=アドルフ・モッサ「彼女」あっとこれはイイぞ。男を喰らうマンイーターだってお。巨乳だしエロい。なんたってその下に積もっている男の肉体の山。これ会田誠の絵を思い浮かべる人も少なくないでしょうな。象徴派アンリ・ファンタン=ラトゥールが2枚。雰囲気イイですよね。ビアズリーもあるがおなじみなんで飛ばす。

「異世界と幻視」コーナー。チャールズ・シムスが4枚……ええと。いや、説明は読んだ。何が描いてあるかは分かった。怖くはないが。ルドンの黒シリーズから2枚ばかり。例の目玉気球。これは、こういうものだと説明するより、個々の想像に任せる方がいいと思うよ(説明で楽しむ企画だけどな)。ムンクの「マドンナ」あり。クリンガーの「行為」ってのはスケートなんだって初めて知った。人が変に傾いて超現実的な絵だと思ったし、そこが面白いと思ったんで、スケートじゃあなあ。傾いて当然だよなあ。

階段を下りて「現実」のコーナー。ホガースの版画「娼婦一代記」なんか長い。めんどくせえ読んでない。「ジン横町」ものは解説と一緒にどうじょ。ゴヤの版画「戦争の惨禍」ちょいグロ。そういえばゴヤは結構怖い絵が得意だよな。カサエール「不幸な家族(自殺)」母娘。死んでく娘がえらくキレイに描かれてますね。ゲッソリ痩せたりはしてないし。母が壁のキリスト母子像を見てるのがポイントだと思うが、解説には特に何もなし。それから切り裂きジャック疑惑があるシッカートの絵「切り裂きジャックの寝室」。ちょっと不気味な雰囲気がよいですね。しっかと見ておけよ。セザンヌ「殺人」。セザンヌにしては珍しいハードなテーマだ。

「崇高な風景」なんたってギュスターヴ・モロー「ソドムの天使」ソドムを壊滅させた巨大な2人の天使だけど、はっきり描いてないところが神秘的だ。よく見ると顔があるが、無い方がいいな。これ見たかった絵です。意外と大きくて嬉しいぜ。モローは隣にもう一つヘレネーの絵がある。ターナー「ドルバダーン城」……え? あのターナーですか? 悪くないがターナーらしくないな。下に重要なものが描いてあるらしいが、なんかどうでもええわ。

最後「歴史」コーナー。目玉中の目玉、ドラルーシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。大きい絵ですねえ。でも印象はポスターとそう変わりなくて、本物だからどうってもんでもないようだ(大きさ以外)。解説はそこらじゅうにあるから読みましょう。血を吸う藁の準備が怖いねえ。あと死体を裁判にかけたとかいうローランスとかいう人の「フォルモススの審判」がなんか面白い絵だな。

普段美術館などで絵を多く見ている人にとっては、そこそこの絵しかない感じもするかもしれん。知ってる話も少なくないだろうし。
しかしこの盛況っぷりだと第2段とかやるかもしれませんなあ。何しろそこそこの絵でも、解説バッチリなら大いに楽しめるようなんで。
http://www.kowaie.com/

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2017年10月22日 (日)

折元立身パフォーマンス 26人のパン人間の処刑(川崎市岡本太郎美術館)

Kc4i0021_2パフォーマーとして参加。いや、まさか一般募集しているとは思わなかった。川崎市民ミュージアムでの展示で、このハードなパフォーマンスの内容はある程度知っていたもので、うーん、演技力が要るんじゃないか、なんかハードルが高いよなあ。一応私は声のパフォーマンスはしているもんでドシロートではないのだが、にしても処刑されるために激しく身悶えるなんてできるかなあ、とか何とか思いつつ、ちょうど50歳の誕生日翌日なもんで、思い切って参加することにしてしまった。

折しも台風が迫っていて、天気はひたすら雨で、それでいて駅からも遠いもんで、足下濡れて10時前には到着。控え室に案内されるともう人が集まっていた。知り合いのヤリタミサコさんもパフォーマーとして参加していたりして、全くの単独参加ではなくなり、少し気が楽に。募集期間が短かったり選挙と同日とかいうことで参加人数はなかなか厳しかったようだが、多摩美術大学の学生さんが多く手伝いに来ていて、その中からもパフォーマーを選び出し、26人が揃った。

リハーサルでさっそく本番さながら。企画展示室に26の処刑台が既に設置されていて、目隠しやら、縛る紐やら、首から下げるフランスパンを積んだ箱も置かれていた。内容を書くと、首からパンを入れた箱を下げて目隠しされ処刑台にくくりつけられ、処刑の合図で苦しみ身悶えし、積まれたパンが全部落ちたら死んだというわけ。パンは欧米ではキリストの肉体であるので、処刑される者は、パンの運び手と見てもいいし、心の中のパンが処刑によりはぎ取られるなんて見てもいいと思うし、単に「パン人間」という面白人間として見てもアリだと思う。自分の番号が決められていて、処刑は3人ずつ「ナンバー1、ナンバー2、ナンバー3」と指定され、処刑の開始は皿を叩き割る音。これは本当に皿が用意してあり実際割る。リハーサルでは割らない。で、リハーサル。くくりつける時間が結構かかる。「目隠しされてんだから恥ずかしがらないで、わーっとやって」という指示で処刑リハーサル開始。3人ずつ。私はナンバー9なので3番目。まあみんな結構激しい声を出して全員終わったが、時間が短いという折元さんの指示。最初のリハーサルは処刑時間が全員で10分ぐらいで終わってしまい。もっと長くするようにとのこと。ううむ、最初からエンジン全開にすると長い時間持たないなあ。あと、言葉を叫んでもいいとか、死んだ後に座り込んじゃう人が多いので誰か立ったまま死んでとか、いろいろと指示。パンを再セットして2回目のリハーサル。ここでスマフォなどある人は撮ってくれるサービス。くくりつけられ2回目の処刑開始。私としてはなるべく時間かけるべく「やめろー」とか「やだー」とか叫んだりして死亡。場の雰囲気がハードで激しいほどによいと思うが、みんななかなかいい感じになっているのが分かる。学生が何人か入り若い人が多くなったので、声にも張りがあるというか、若い人に釣られて自分もというか、そんなテンションアゲアゲな場になっている。ううむ、このパフォーマンス想像以上に、なんか結構スゴくない? しかし目隠しされてるし、くくりつけられていて全体が見渡せないのが残念。26人死んでいてパンがそこらじゅうに散乱しているはずなのだ。で、2度のリハーサルでなんだか楽しくなってしまい、本番はどうしてくれようなどと思ったりする。

ここで昼休み。お弁当お茶が出ました。ヤリタさんなどと、処刑台にくくりつけられると、やっぱりその気になってしまうとか、本番は皿を割るというがうまいこと割れるかななどと余計な心配したりする。

それで迎えた午後1時半の本番。さすがにこの大雨の中、来る人は多くないがそれでもそれなりに来たんじゃないかなあと思う次第。なんと3、4歳ぐらいの子連れが一人(父と娘)。おいおい知らんぞぉ。パンという身近なアイテムで多少中和されてるとはいえ、そこは処刑で結構トラウマレベルだぞぉ。私の斜め前ぐらいにいて余裕こいて親子でしゃべっているもので、ここはひとつ父上を後悔させてやりますなどと意気込む(あとで分かったがヤリタさんが誘ったどこぞの先生だった)。くくりつけられ、目隠しされて本番。皿の音大丈夫かと思っていたが杞憂だった。これがまあ結構ハードな、ピキーン! みたいなキツい音がするもんで、俄然緊張感が走る。自分の番が来て、皿が割れ、無我夢中。なるべく長引かせるように。いやぁ、しかし、いくら叫んでも喚いてもいいってのは、なかなか無い体験ですなあ。柱も頑丈だし。暴れ放題。無事死亡。今回半分立ってた。今度は折元さんも処刑され「ママー」とか叫んでいた(インターナショナル向けにいろいろと英語だったようだが)。処刑は進み結構広い企画展示室内に響きわたる断末魔の絶叫! 全員が処刑され、会場内静まりかえる。そういえば先の親子は……さすがに子供が怖がって途中で出て、終わったら戻ってきたとのこと。その後、折元さんによるこのパフォーマンスについての話があった。こういうハードなパフォーマンスはなかなか日本ではできない。外国では結構ウケるようだし、いずれイギリスのテートモダンでやりたいとのこと。海外でやった時は、地元のおばあさんが「もうやめて」とか泣いてたそうです。

イベントが終わり。終わったらサイン会状態で、私もパンと割れた皿の破片にサインをいただいた……が、あとで見たら皿の方はサインは結構こすれてしまって、ほとんど落ちてしまっていた。ガーン……おおお残念じゃ。パンのサインは無事なので大事にしよう。冷蔵庫で乾燥させてからニスを塗ると長持ちするとのこと。

その後打ち上げがあったりして。なかなか評判よかったようです。「声が出ないんじゃないかと思っていたが、今日は欲求不満な人が多くてよかった」などというジョークも冴える折元さんであった。世界的なパフォーマンスに参加できて満足。参加してよかった。しかし……観客としてもこれ見たかったなあ。いずれ映像が公開されると思うが。

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2017年10月15日 (日)

澁澤龍彥 ドラコニアの地平(世田谷文学館)

昨日、両国の大ダルマイベントで描いてるところを見れずに凹んだが、気を取り直し……てないがまあ行ってきた。今回は美術鑑賞というより、文学館訪問みたいな。澁澤龍彥で最初に読んだのは「夢の宇宙誌」でしたな。小説ばかり読んでいた私だったが、おお、こんな面白い本があったのか! っていうぐらい面白く、それ以降、いろいろ読んだものです。

最初に地球儀があって、廻転する球体が好きだというような話、とその草稿。美術作品として中西夏之の卵形「コンパクト・オブジェ」などがある。最後の長編小説「高丘親王航海記」の草稿あり。うーん、手書き生原稿。こないだの建築図面もそうだが、コンピュータに入力が主体で手で書くなんてのはなくなってくるのかな(オレももう手では書いてない書けない)。まあ文学はまだ建築よりも「手で書いてもよし」な感じがするし、手書きにこだわる人も多いと思う。で、草稿なんだけど修正指示がたくさん入っていて、フキダシで指示したりしているのも面白い。

60年代のコーナーがあり、当時のポスターとか貼ってあったりする。あと、ここには暗黒舞踏の土方巽の葬儀(これは86年)での弔辞の原稿と、本人朗読の音声。うーん、こんな声だったのか。初めて聞くな。なんか知的でクールな声なのかと思ったら、意外と甲高い。でもこの頃既に喉をやられていた(癌)そうなんで、本当はもっと違ったのかもしれないが。しかし土方巽って、私はほとんど知らんのです。ダンス見ないし、まして暗黒舞踏ってあのう……白塗りみたいなやつ? うーん、ちょっと見る気がせんなあ。あ、映像が流れています。中村宏が撮ってるらしいが……あの現代美術家の中村宏か? あと池田満寿夫のコラージュ(だよな)がある。「聖澁澤龍彥の誘惑」とかなんとかいうタイトルで、そうか交友もあったのか。

それから博物誌や美術関係など、草稿いっぱい……っていうかかなりの数展示してる。はじめの方は読んでたりしたが、あまりに数が多くて読まずに眺めるだけになった。それから応接室と書斎なんてコーナーがあって、美術作品もちょっと展示。池田満寿夫あり。サム・フランシスだと思ったら加納光於ですかい。下の方のアートっぽいカラスなどは……え? 加山又造? あの現代琳派の、割と一般ウケの加山又造がこんなところにあるなんて意外だ。あと美術品では、デューラーの版画、おっとヒエロニムス・ボスの版画も一枚あるじゃないか。あと異様な建築空間のピラネージの版画も。いずれも澁澤好み。展示はガラスケースの距離があってちょっと見づらい。美術品ケースがまだあり、エロティシズムコーナー。金子國義の絵がある。四谷シモンの機械見えてる少女人形。ベルメールの少女の下半身だけ2つ結合の人形がヤバい。ヘンタイ以外のなにものでもない。あまり関係ないんだけど、この手のストレートなインパクトは、今流行りの「怖い絵」の読み解きインテリジェンスとは対極にあると思うんよ。読み解き好きのインテリどもには一言言ってやりたいが、それはまたの機会じゃ。もっとも、澁澤龍彥の絵画評も結構ちゃんと読み解いていて、その先の画家の心理にまで突っ込んでいるので、「怖い絵」の中野京子とそんなに離れていないのかもしれない(「怖い絵」読んでないのだ)。

以降、今度は旅のコーナーがあり、旅には出たくないんで不機嫌だけど出たら調子が出てきちゃって機嫌がよくなるって。なんだかんだ結構旅をしている。旅のメモがあるぞ。それから書斎のコーナーと書簡のコーナー。最後は「高丘親王航海記」の草稿連打で終わり。

この施設行ったことなくて、大した規模じゃないのかと思ったらこれがどうして、草稿がこれでもかっつーくらい展示してある。まあ全部読んでるわけにもいかんと思うが。見ごたえあり。あと常設展示でSFやってた。海野十三という知る人ぞ知る巨人のコーナーが嬉しい。
http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

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2017年10月10日 (火)

麻田浩展(練馬立美術館)

サブタイトル「静謐なる楽園の廃墟」とのことで、初めて見るような人です。いや、でも1枚だけどこかで見たようなのがあるんだよな。この人、1997年、65歳で自ら命を絶つ……だって。

概ね年代順で、最初は「画家としての出発」ということでマチエール(質感)にこだわった立体的な抽象画が多いですな。「無題」の砂のキラキラとか「作品C」のアスファルトが溶けた凹凸みたいなのとか、とにかく写真で見ただけじゃ分からない世界を探っている。

それから「変化する意識と画風」というところで、「再び血統の樹」というのは抽象のような生き物のような人間のようなヤツが横たわる。「浮上風景」は女神の下半身か。「落下土風景」あたりからシュールレアリスム風景みたいになってくる。あと、絵ごとに色調を統一させているので、実にセンスがよい感じがする。「水の風景」も深い緑色を中心にしている。

それから「パリへ」ということで、パリへ行き始めると「原風景」という月面みたいなのが登場。「原風景(重い旅)」なんてのはまんま月面みたいですな。「原風景(赤)」も赤い月面つまりクレーターの大地。あとアイテムとして鳥の羽根が使われてくる。時に世界を浮遊しているのだ。「かなたから」とか。あとは溝が画面を横切ったりする作品「ひとつの溝」は赤系の世界、「緑の風景」は文字通り緑の世界。先の色調の統一感もあり、なかなかオシャレなアートで、それでいて安っぽくない印象だ。蝶や羽根などのアイテムも装飾的といってもいい感じで使われる。

「帰国」ということで、やや鳥瞰気味だったのが、真横からの視点への変化。「物・漂白」で真横から。相変わらず幻想風景で、「地・洪水のあと」なんていう大作は、描いてあるアイテムがいちいちゴミのようで、「旅・陰」はそれでいて色調が整っているので、品のよい作品に見える。「蝶」という作品があるが、なんと立体のガラス絵で、解説にある通りこジョゼフ・コーネルの影響を受けて見える。小さい箱庭のような、それでいて、広い世が小さくまとまった感じ……ま、さすがにコーネル御大にはかなわないと思うが。。

それでとうとう「晩年」。「水の中」や「何時か」は海の中を描く、ちゃんと魚もおります。「庵(ラ・タンション)」は幻想風景の中央に横向きの老婆のような女性のような、いや誰だというような。あと最後のほう「無題」というのが絵が光を放っている(そう見える)。何が光ってるんだ、おお帆船の帆のようだな、輝いていて、光が地上を照らしているではないか。不思議な絵だ。「四方・光」も光を感じる(この光を感じるといえばあれだな、速水御舟の「炎舞」を思い出しますな。だいぶ違うが)。「四方・影」は今度は海の中。深海クラゲみたいなのがいて面白い。晩年の「源(原)樹」は木に絡みつくヘビがモチーフ。晩年でも充実している。

何とも不思議な感じというか、静かな感じで色調と雰囲気がよい幻想風景が多数。まったりできるぞ。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201706081496892744

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2017年10月 2日 (月)

安藤忠雄展 挑戦(国立新美術館)

何を隠そうというか、隠した方がいいんだけど、私は建築学科出です(ほとんど忘れているもんで)。まそれはさておき、建築系の展覧会は当たり外れが大きいです。つまらんものは図面と模型少しとかでじぇんじぇんつまらんです。もちろん図面が読めてその建築の凄さが分かる人にゃそういうのも面白いでしょうが、まあそんな人は多くはないでしょう。近頃はCGを使っていたりして、見ごたえあるのもしばしばありますな。で、そういう意味ですと、今回のこの企画はかなり面白い。なんたって実物のコピーがあったりする。にしても、日曜朝一でもそれなりに混んでいた。

最初は住宅。私が学生のころに既に話題だった「住吉の長屋」というのがあって、その大きな模型や図面がある。家が中庭で分断され、部屋の移動にゃ一回外に出るという画期的な家。季節を、外の風を感じるゾ……まちょっと住みにくそうだが。あと、家じゃないけど「大淀のアトリエ」の空間再現もある。建築はその空間を感じるものであるからして、いかに感じさせるかが展示のポイント。その後、住宅がいろいろ並ぶが、解説が丁寧で一つ一つ大きくないもんで、人が列をなしていて動かない……なんで、ここは斜め見。まあだいたい「住吉の長屋」っぽい、バリアフリーじゃない感じの、というかあえてバリアーを作って空間演出するのが多い感じで。あ、あとほとんどコンクリート打放し。つまり灰色の壁。安藤忠雄といえばコンクリート打放しだよなあ、というぐらい定番。

ところで、ここで大事な話。建築学科の学生諸氏にぜひ注目してほしいのは「手描き図面」だ。現在、仕事で図面を描くのは全てCADつまり、コンピュータの作図ソフトを使う。進んでいるところではその建築データが3次元(3次元CADな)であって、そのままCGに持って行く(光とか計算して本物そっくりよ)。つまり現代において、手描きはラフスケッチぐらいしか存在しない、今回の企画においても、最近のプロジェクトでは図面は展示されていない。存在していないのだ。従って、手描きの建築図面、特に名建築のものは、見る機会がほとんどない。貴重だぞぉ。刮目しろぉ。ぜひ「手描き図面の味」を感じていってほしいぜっ。

住宅が終わると、今度は「光」というコーナーになり、ここで有名な「光の教会」の紹介。これも学生の時話題だった。正面のコンクリート打放しの壁が十字に切られていて、十字の光が射してくる神秘の演出。なんと実物大のものが美術館の屋外に再現されていて、建築空間がそのまま体験できるっ! これは見ものだ。目玉だ。これだけでも元は取れる。写真も撮れるんでインスタ蠅が群がっているが、まあ建築空間だからそんな気にならん。俺も1枚撮っちまったい。しかし、教会としてこういう簡素なつくりなんでプロテスタントかなと思ったらやっぱりプロテスタントだった(カトリックは絵画とか装飾使ってゴテゴテ演出してる)。プロテスタントなんだけど、なかなか粋な演出ではないか。あと教会の紹介では「水の教会」というのがあって、水の上に十字が立つこれも神秘。北海道にあるそうです。どこにあるのかな……え? トマム? ああっ、今年夏に行ったんだけど見てねえじゃん。知ってたら見に行ったのに。

後半の展示では結構規模のある商業施設とか。島にいくつも建物を建てた「直島プロジェクト」がデカい模型と映像で紹介される。他のプロジェクトも見ごたえあるデカい模型が豊富で、なかなか楽しい。あと、安藤建築は意外と身近にもあると知った。「表参道ヒルズ」これね、確かに安藤だ。今時の建築だから地域から浮いているかというと、意外とそうでもない。そうそう、表参道ヒルズは何回か行ったけど、結構表参道からの導線が自然で、入っていって気がつくと、不思議な大空間に出る感じだな。よくできてるじゃん。東京ミッドタウンにある、「21_21」も外面はちょい地味だけど、中で凝った空間になっている。安藤建築は外見は周囲環境からあまり浮かないようにして、中の空間で勝負というのが多いようだ。東急東横線の渋谷駅もそうで、中に球体というか、丸いものを抱えた空間演出をしている。それから上野にある「国際子ども図書館」も安藤らしい。行ってない。他に目立つのは「上海保利大劇院」という劇場で、外観は四角いけど、丸い穴なんかあいていて、中の空間は曲面が主体というような、これまたドラマティックな演出だな。あとは完成しなかったあるいは途上のプロジェクトもいろいろ。中之島の計画案は有名ですな。海外のプロジェクトも多く、世界の安藤を感じることができる。

最後は植林など緑を育てるプロジェクトもしているという紹介。いやあ、これは鑑賞してどうというもんじゃないけど、活動としては素晴らしいですねえ。

とりあえず実物大「光の教会」だけでも見もの。ただ、「建築は芸術」には違いないけど、芸術面だけを全うしてもダメなんだな。「形が美しいだけで音の鳴らないピアノ」じゃいかんと言ったのは、バックミンスター・フラーだったかな。あと形は凝っているがメンテがやりにくくて悪評とかな、そういう問題も出てくるのだ。
http://www.tadao-ando.com/exhibition2017/

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