« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »

2017年11月24日 (金)

ディエゴ・リベラの時代(埼玉県立近代美術館)

それは今から20年前、フリーダ・カーロに心酔していた私は治安の悪さもものともせずメキシコ・シティに赴いた(若かったですな)。聖地「青い家」ことフリーダ・カーロミュージアムに行くため、もっと言えば、「Viva La Vida」というただ1枚の絵を見に行くためであった。それはそれとしてフリーダの夫ディエゴ・リベラの壁画も2つ見ている。今ならもっとチェックするであろう。ましてシケイロスやオロスコは見ていなかった。フリーダしか頭になかったもんで壁画運動などよく知らなかったからである。今思えば、シケイロスの壁画館みたいなのがあったのだがスルーしてしまった。うーんもったいない。土産物屋でフリーダのTシャツを物色していたが、店の人が「ディエゴのは買わないのか」などと言ってきた。そう、実はメキシコではディエゴ・リベラは偉大な画家「マエストロ・ディエゴ」なんだぜ。で、そのディエゴを中心とした企画。メキシコ近代美術の流れが変わる感じでなかなかいいんだよ。

一応ディエゴの年代順、印象派っぽいものから始めている……が、これが決してうまくはない。「農地」にしろ「オリサバ山」にしろなんだか大味なんだよね。むしろ隣のホアキン・クラウセルって人の「海の夕暮れ、赤い波」なんてのが、いい感じの赤い色の海だわな。それから目に付いたところではホセ・グアダルーペ・ポサダの風刺版画がいくつか。ガイコツが大活躍。アンソールにも雰囲気は似ているが、ガイコツはメキシコでは死生観にも関係する重要な存在。「死者の日」というのがあって、ガイコツのコスプレとかして、死を想い生きている自分を祝福するとか何とか。

それからディエゴはヨーロッパへ行き、いろいろ学ぶんだが、まだどうにもウダツが上がらない。モネのような印象派にしようとした「パリのノートル・ダム(霧にかすむノートル・ダム)」はモネとかのを見ちゃうとコレジャナイ感満載、単にボケっと描いただけで印象派はこうじゃねえだろという感じだ。「カタルーニャの灼熱の大地」も点描法に挑戦するも、単に点で描いただけで原色分解とかじゃないんで、どーもこれもイマイチだ……イタリアン印象派がこうだっけ? 忘れた。しかしキュビズムに手を出したあたりから調子が出てくる。ディエゴは印象派には向かない。「銃を持つ水平(昼食をとる船乗り)」やら「瓶のある静物」などキュビズム作品はなかなかキレのあるいい感じの作品になっている。ディエゴはヨーロッパではまずキュビズム画家として認知されたんだって。さもありなん。

壁画をやるようになって、やっとディエゴの画風ができてくる。本人と同じくガッチリ型人物みたいな。「とうもろこしをひく女」はピカソの新古典みたいな感じだが、腕太い。たくましい。「テワンペクの水浴」もオッパイがたらちねで、なにディエゴはこういうのが好みなのか? それから「宗教の歴史Ⅰ(アステカ)」という絵はグラフィカルながら生贄が血を流しているような結構残酷なヴィジュアル。フリーダも残酷なヤツを結構描いていたし、こういうのがメキシカンなのか? しばらく行って壁画運動の一人シケイロス「奴隷」。反復と遠近を巧みに使った絵だ。あーつくづくメキシコシティで見ておけばよかったのう。もう一人はオロスコ「修道士とインディオ」。なんかルオーの「ミセレーレ」みたいな雰囲気だが、こっちの方が直接的にガリガリの人物とか描いてますな。オロスコ「群衆」も口がいっぱいの異様な絵だ。

日本人画家、北川民次がメキシコに行き、メキシコの絵を描き、なんとメキシコの野外美術学校の先生になったとか。その北川民次のメキシコ風絵画あり。あと日本の近代洋画かと思ったらアルフレド・ラモス・マルティネスって人の「少女とアジサイの風景」だってお。

メキシコの前衛のコーナー。前衛ったって今から見ると普通な感じで、取り立ててスゴいものはない。版画が多い。あと音声詩の朗読みたいなのが流れてましたな。あと日本人とか関わりで藤田嗣治の「ディエゴ。リベラ肖像」がある。インクだけで描いてる。ふーんって感じ。それより隣の「メキシコの家族(二人の男と少女)」の方がフジタらしい。乳白色も使っているし、少女がうまい。それからフリーダとの浮気がばれてディエゴにピストル持って追っかけられたとかいうイサム・ノグチが「ディエゴの肖像」を描いている。面白い。

肖像のコーナーでディエゴの「自画像」これがまた、迫力の自画像ですな。ここでポスターにもなっている「裸婦とひまわり」。確かにこいつぁいい。裸婦が褐色であるが、ゴーギャンのタヒチもんよりずっと肉感的で肉付きもよい。肌合いが見事ですな。隣はフリーダを描いたのかと思ったら衣装がフリーダ好みの民族衣装なだけで顔が違う「クカ・ブスタマンテの肖像」。そのフリーダの絵もⅠ枚「ディエゴとフリーダ1929-1944(ディエゴと私Ⅱ)」ディエゴとフリーダで顔が半分ずつ。実に小さい絵ながら、象徴的表現が実にフリーダらしい。

それからシュールっぽい他人の作品がいろいろあって、最後の方、ディエゴの幻想的作品「聖アントニウスの誘惑」おお、この題材を何と野菜……赤い大根(?)の擬人化でやっている。それから「戦後」はダリ風に挑戦。悪くない。

壁画は映像なんかで紹介。それにしてもミュージアムショップにあったものがフリーダものが多く、ディエゴはほとんど見あたらないというのが何とも切ない。人気というか知名度の違いというか、でも私も何か買うならディエゴよりフリーダだなあ。
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=361

|

2017年11月18日 (土)

単色のリズム 韓国の抽象(オペラシティアートギャラリー)

韓国のアートといやぁ、イデオロギー満載だった「表現の不自由展」で見た慰安婦像ですかねえ。歴史的真実は分からないが、作品としてはなかなか、悪くなかった。あーそうそう、有名どころではイ・ブルがそうでしたな。行ったよ森美術館。他にもアジアの現代美術もので、いくつか見ているとは思うが覚えておらぬ。で、今回は韓国の抽象だそうで、まー有名どころも知らんので、あんまり期待してなかったんだけど、行ったらなかなかいい。いや、これは抽象画好きなら行った方がいいぞ。
抽象画家といやぁ、私が圧倒的に好きなのはザオ・ウーキーです。中国の人なんだな。あとは今年始めに見た山田正亮、うん、ありゃあ凄かったですねえ皆さん。ぬぁに見てない? そりゃいけないねえ。まあとりあえず、意外とアジアじゃん。
今回、出品リストがなくて、なんと豪華パンフレットをくれるのだ。カラーで載ってるちょっとした図録だぞ。こいつぁいいね。

最初の絵はリ・ウファン(名前は実際漢字なんだけど、どうやってワープロ変換できるかよく分からんの)なんだけどあとで出てくる。次が……いや、グッときたものだけ行こう。クォン・ヨンク。白一色、というか韓国の紙であるところの韓紙だけでできている。破れ目で表現したり、紙でできた丸い水玉のようなもので構成したり、これ写真じゃダメだ。実物の立体を見てナンボのものよ。絵画でありながら特徴は単色での凹凸、というのは今回の展示のテーマでもある。次のチョン・チャンソプも単色凹凸。ユン・ヒョングンは茶色系の単色ながらマーク・ロスコ風に、光った感じの四角を描いておる。

次が一番よかったパク・ソボ。白一面を筆で一方向にササッと塗ったような、白い草原みたいな感じがナイスの「描法 No.27-77」。あと「描法 No.910715」は、ややピンクな色も意味ありげで面白く、筆跡の凹凸パターンも素晴らしいね。ググッときますね。結構なものです。あと黒一面や灰色一面に紙の凸面を使ったストライプ。うーん、言葉での説明だけじゃ難しいけど、こりゃ面白いぞ。

チョン・サンファの白いマス目作品、これも面白いねえ。イ・ジョンジの茶系でガシャガシャしたネイチャーな感じも悪くない。しかしそれよりハ・チョンヒュン。麻布をキャンバスとして使い、麻布の後ろから、絵の具をギュッと押し込むと、いい感じに細かいボツボツができる。それをうまいこと演出に使って抽象画を作る。これが見事、よくぞこれを作った。それから最初にあったリ・ウファンがまとめてある。「風より」というのがよくて、青い単色の太い筆でササッと描いているだけに見えるが、バランスが非常によく、風の感じが出ているじゃないだろうか。

細い通路にも絵がいろいろ。リ・インヒョン「9つの絵画の鏡」は丸い絵の連作だけど、水とも光ともつかない一枚一枚違う世界だ。

収蔵品展も見れて、企画展がこれなら、収蔵作品は難波田龍起あたりかなと思ったら難波田龍起だった。
とっつきやすい抽象画も多く、ボケーと見てても楽しいのではなかろうか。
https://www.operacity.jp/ag/exh202/

|

2017年11月16日 (木)

北斎とジャポニズム(国立西洋美術館)

右目に飛蚊症が発生し(左目は前からあった)、某眼科に行ったのです。網膜に穴とかいう事態なら網膜にレーザー照射の手術だったのだが、幸い網膜にゃ問題はなかった。なもんで、午後はフリーになったので行こうと思っていたこいつに行ってきたのさ。がしかーし。目の検査のため右目の瞳孔パックリにする目薬入れてたもんで右目焦点合わない。左目だけでは浮世絵版画が多い暗い会場ではロクに見えない。しかーも……なんでこんなに混んでるの? 北斎ブームなのか? ハルカスでもやってるしな。「怖い絵展」ほどじゃあないが、人間スズなりテンコ盛りぢゃないか。しかも壁に展示じゃなくて展示ケースだったりして並んでないと見れねえとか、そんなこんなで鑑賞テンションがダダ落ち状態。出だしからボーゼンとしてどこから手をつけたらいいのか分からない。

最初の方は日本を紹介している海外の資料らしい……のわりに激混みなんで飛ばす。ドガあたりから見始めた。「風呂上がり」というエッチングが北斎の何とかの影響がとかで、「踊り子」は扇子絵で、それより油彩……じゃないパステル画か「踊り子たち、ピンクと緑」いや、イイ色ですなあ。見事ですなあ……先日やっと中野京子の「怖い絵」を読んだんですが、ドガの絵もあってね、当時の踊り子は決して地位が高くなくて、男に買われてナンボみたいな世界でもあって、そういう部分で踊り子を軽蔑しているくせにキレイに描いてるドガって野郎は怖いとか何とかで、あーそうだね、「舞台袖の三人の踊り子」にも男の影がチラついていますな。横浜で見落としたメアリー・カサットの絵がいくつか「青い肘掛け椅子に座る少女」が北斎からヒントをもらっているとか何とかで見たらどうも北斎漫画(だったよな)でグデッとしている布袋さんらしい。そうなのか? ちょっと無理がないか? ボナールの「洗濯屋の少女」もムリヤリ……とメモってあるがどんなんか忘れた。ロートレックが浮世絵の影響受けてたのは有名。飽きるほど見た例のポスターがいくつか。それから壁に囲まれたエリアがあり、なんでそんなことをわざわざするのかと思ったら、ここには春画があった(デカくここは春画だとは書いてないんで、子供も普通に入ってたが)。北斎の春画とロダンの水彩とか(淡い)。春画を抜けルドンの黒い絵のいくつかが、北斎の百物語に似てるとか、ほう、言われてみれば似てなくもない。

ボナールがなんと屏風なんか描いている「兎のいる屏風」。ええと、どこぞの皿の模様が北斎から持ってきたものだとか。北斎柄工芸品がまだいろいろあって、中でも……これは北斎柄か分からんが、ティファニーの「ランプ:トンボ」は緑色がきれいだぞ。それから花鳥のコーナーになりモネの「黄色いアイリス」「菊畑」はうまい。おなじみのエミール・ガレがいくつか。雪景色なんかもあり、ピサロの「モンフーコーの冬の池、雪の効果」。おお、モローの愉快な怪物作品「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」に再会。これのどこが北斎だと? 岩場の描写? ジャン=ルイ・フォラン「釣り人」これも北斎の「富嶽百景」からヒントらしい。いや、これは分かる。おなじみ波の絵にインスパイアされたのもいくつか。中でもカミーユ・クローデル「波」は彫刻であり、グレートウェーブである。中に三人の女。富士の絵の影響もあり、アンリ・リヴィエール「エッフェル塔三十六景」が出てい……たはずだが覚えてねえぞ。セザンヌの「サント=ヴィクトワール山」連発でおしまいなのだ。

出点数は相当なもの。北斎も錦絵から北斎漫画までかなりの数出ている(肉筆はなかったようだ)。オリジナルで見比べができる。がしかし、オレ的にイマイチ盛り上がりに欠けるのは、北斎もそれ以外も、どこかで見たようなヤツがほとんどで、北斎と連携して見事に再構成しているんだけど、目玉作品とか、初めて見る衝撃作とか、そういうのが無い感じなんだなあ。これも怖い絵と同じで読み解き好きのインテリに向いてるんじゃなかろうか。
http://hokusai-japonisme.jp/

|

2017年11月11日 (土)

オットー・ネーベル展(Bunkamura ザ・ミュージアム)

うむ、知らん人だ……知名度がない。企画側もそれを分かっているのか、同時代近くにいたシャガールとかクレーとかカンディンスキーなぞをほどよくブレンド。しかしなー得てして知名度がないヤツはそれなりの理由があるんだよなーと期待もそこそこであった。
オットー・ネーベルはワイマールのドイツにいてバウハウスにいて、ナチスに追われてスイスに亡命。マイスターであるところのパウル・クレーとたいそう親しかったそうです。

展示の最初はワイマールの美術と建築の学校バウハウス関係です。当時の美術教育とはにゃんであったか、をまじめに鑑賞するより、建築を中心とした美術教育と、クレーやカンディンスキーの抽象が入り乱れる一種独特の世界がいかに切り取られて展示されているか、をエンジョイするのがオレ流だ。おなじみ混色独楽や、積み木や、銀製のティーポット、木が組み合わさって掃除がめんどくさそうな椅子や。水平のガラス板を使って埃かぶりそうな照明などを鑑賞。

それからいよいよオットー登場。まず初期。水彩の「山村」とか「アスコーナ・ロンコ」は派手目でなんかシャガール風だな……と思ったら次にシャガールの作品が3つほど。なるほどオットーはシャガールの影響をしっかり受けてたようだ。シャガール「夢」は、らしい絵で青色が美しいぜっ。それから時代はナチスが台頭してきて、抽象画が退廃芸術とか言われたんでドイツにいられなくなりスイスに亡命、そのあたりの政治的な作品「避難民」……クレーみたいだな、と思ったら隣にクレーの「移住していく」とか「恥辱」とかいう線画がある。

それから「建築的景観」とかいうコーナーで色分けされた建物が並んでいるような作品群。クレーが描きそうなもんなんでクレーかと思っちゃう。「プロイセンの塔」はシマシマ模様が目に付きますな。それから「大聖堂とカテドラル」というコーナーで「煉瓦の大聖堂」「高い壁龕(へきがん)」は、いずれも教会の柱とその間から見えるステンドグラスをデザイン的に描き、これが結構イイ! おお、この手があったか、という感じ。次に「イタリアの色彩」というコーナーで、オットーはイタリアの各都市について、色の印象を色でまとめる。これが「イタリアのカラーアトラス(色彩地図帳)」オットーのバイブル的なブツになっている。こうした都市の印象をもとに「トスカーナの町」とか、そういう作品が描かれる。それから「音楽的」作品のコーナーで音楽用語をタイトルにした抽象画。よくできているが、やっぱりクレーとかカンディンスキーと似てるし、音楽的な点で言うとデュフィとはまた違うし、デュフィのがオレは好みだ。カンディンスキーの絵もあったりする……

うーんしかし、なーんかオットーは中途半端だなー 知名度もないわけだわHAHAAHとか思っていて、なんとなく流れている藤井隆ナレーションのオットー紹介ビデオを見るともなく見ていた。すると、オットーの絵を顕微鏡で見ると塗りつぶし部分も線が重なっていて非常に細かい、それがクレーとの違いだとかいうのをやっていて、へーそうなのかと見てみると……うむっ、なんだこりゃ! 確かにその通りで、絵の具で塗りつぶしてあるだけと思っていたところが、ほどんど細かい色付き線のハッチングでできているではないか。おいおいおいなんかマズいものを見落としてるぞ、と会場を逆流し(別に人は少なかったが)、前に戻って再度見てみる。すると、先の「避難民」からして細かいハッチでできていて、「建築的景観」、「イタリアの色彩」いずれのところの絵もこの細かいハッチングが炸裂している。特に「音楽的」作品はどれも充実。絵としては大きくはないがかなりの密度だ。遠目の印象ではオットーの絵はクレーやカンディンスキーと同類みたいで、そう大したものではないが、近づくとこれがまあ、病的なまでにハッチングでパターン塗り分けをしている。適正鑑賞距離10cm! えーつまりですな、ササッと描いたような模様の模様部分と地の部分とを丁寧にパターン分けしてるわけで、これ解説ビデオでも「堅牢」って言ってたけど、まさに非常に「堅牢」な印象のものです。つまり動かしがたくガッチリキマっている。線の交差だけではない、線を交差させて、その囲まれた部分を細かく塗りつぶしまた別のパターンとする、みたいな凝ったのも少なくない。あとレンガ模様みたいなものもある。話は逸れるが、同じように堅牢な印象があったのが意外にも村上隆なんですよ。アニメ風のキャラをポンと描いているようで、近づくとアクリル絵の具でガッチリ描いてあるのが分かって、意外と堅牢な印象をおぼえたもんです。

さてさて、展示は抽象のコーナーとなりオットーが続く。遠目ではカンディンスキー風やクレー風が多いが、そのカンディンスキーも出てくる「複数の中のひとつの像」なんて大きめ作品で、オットーに比べるとカンディンスキーは分かりやすく(感じやすく)親しみやすい感じ。なによりこの絵は明るい。楽しい。クレーの晩年の絵もいくつか。あとオットーがルーン文字を導入したコーナー。ルーン文字といえば魔法の世界の文字みたいで神秘的だが、オットーはおもしろデザイン風に扱っている。「照らされて」という作品があって、これも遠目ではやっぱしクレー風なんだが、近づくとなんと、絵の具がきれいに凹凸の縞を作っているではないか。ナイステクニック。あとは近東と演劇とリノカットのコーナーがあっておしまいなのだ。

その細かさに気づかないと気づかないまま、クレーやカンディンスキーのパチモンみたいに感じてしまうだけかもしれないが、ここはよーく見てみよう。違いが分かるよなあ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_nebel/

|

2017年11月 4日 (土)

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」(東京都美術館)

祝日金曜日に行く。「怖い絵展」にはもう行ってしまったので、余裕こいて行ったら、ここも並んでいて入るのに10分ぐらい待たされた。西美も並んでいたし、上野動物園も並んでいたし、休日はメタメタですな。
結構豊富にゴッホの絵がある。が、嗚呼去年の「ゴッホとゴーギャン」からなんだが、ゴッホ作品保存のため照明が抑え気味なんだな。油彩だから大丈夫じゃねーかとか思うが、とにかく会場内全体に薄暗い。まして今回浮世絵も数々出ているしな。だから、もはやゴッホは「色鮮やかな原色の絵画」ではないんです! 逆に、割と普通の色に見える絵が増えた。

ゴッホは日本の浮世絵が好きで、日本を画家のユートピアだと思っていたそうだ(もちろん実際は違う)。展示で最初は「画家としての自画像」それから北斎と広重の浮世絵があって、ゴッホの「種まく人」これは浮世絵風なんだが、うん、あんましうまく描けていない。渓斎英泉の美人画(っても幕末のキツいやつな)を模写した「花魁」一応目玉。がんばって模写してるし、他の絵も混ぜてレイアウト。それからええと……出品リストと順番が違ったんだよな。出品リスト順に行くとだね、次に注目したのが「エゾギク、サルビアを生けた花瓶」これはなんか珍しく背景が黒っぽい静物。あと「三冊の小説」という楕円の板に描いてある絵があったが、この板というのが日本のなんたら工商会とか書いてある。どういういきさつかは分からん(イヤホンガイドにはあるのかもしれんな)。ゴッホじゃないジャポニズムものもあって、マネの「白菊の図」は扇絵のイメージでなかなかいい。あとベルナールのクロワゾニズム(ステンドグラス風)のやつとか。

あと浮世絵がいろいろあるんだけど、なんか見たものばかりなもんで、いちいち記録も面倒なんでほとんで見てません。要するに太田記念美術館にでも行きゃあよく出くわす奴らね。ゴッホいろいろに注目。「アイリスの咲くアルル風景」は広大な感じがいい~んだけど、照明がもうチクショウメイって感じで。もう少し明るいイメージの絵だよなあこれ。「麦畑」なんかもそうですね。「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」は水のグラデーションが冴えてる。

階を上がると……なんだったっけな。肖像画か。うん、浮世絵の大首絵とか、そんなのが並んでいて、おお写楽があるじゃん、貴重な。なにニトリが所有? なんであそこが。お値段以上か。ゴッホの描いた肖像2つ。「アルルの女(ジヌー夫人)」と「男の肖像」いずれも浮世絵の大首絵っぽいですな。まあ、そういう関連で展示されてるんだけど。それから日本を舞台にした小説にインスパイアされて描いた「ムスメの肖像」のペン画。これは油彩バージョンもあるらしい。「夾竹桃と本のある静物」「オレンジ、レモン、青い手袋のある静物」は手堅い静物。「寝室」はよく見るヤツ。「渓谷(レ・ペイルレ)」は今回全部の中で一番「日本」を感じちゃったなmなぜか。例の「奇想」系の絵画に近い印象というか。

それからゴッホの死後に日本人達がゴッホ巡礼でアルルとか行ったってコーナー。芳名録にいろいろ名前書いてあるって。資料が多いのであまり見てない。絵としては佐伯祐三の「オーヴェールの教会」がたいへん結構なものであった。どこかで見たかな。

階を上がって、晩年にバカスカ描いたものが並ぶ。先も書いたがゴッホはこれまで、特に晩年の油彩は鮮やかな、ちょっとクレイジーな原色って印象だったが、今回のようにやや落とした照明で見ると、意外と元の色に忠実に描いてたんじゃないかって気がしてきた。「河岸の木々」は水彩風だし、他のも、晩年の太めな荒い筆遣いでありながら、原色ではない実景風な印象だ。最後の3つ「下草とキヅタのある木の幹」「草むらの中の幹」「ポプラの中の二人」なんてのも、もはや原色世界ではない(と、タイトルを書きつつ記憶と連動していないので、どんな絵だったかな、とか思っているんだが)。あの原色のゴッホは今いずこ……

帰り際に怖い絵展の列を見たら210分という驚異の事態。あの若冲展に迫る勢いになってきたな……
http://gogh-japan.jp/

|

« 2017年10月 | トップページ | 2017年12月 »