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2017年12月11日 (月)

「世界を変える美しい本」(板橋区立美術館)

「インド・タラブックスの挑戦」ということで、手作りで美しい本を作るので定評があるという出版社、タラブックスの作品紹介で、原画なども出ている。ここの美術館は絵本原画展で定評があるんだが、行ったことが無いし、うーん、美術作品ったって絵本用のヤツだろー、と実はあんまし期待していなかったんだが、実際はかなりよかった。というか個人的にエキサイティングな発見があった。

個人的な話はあとにして、入ると最初に目につくのは、デカい映画ポスター風の「インド映画の広告に見る九つの感情」の原画であるところのキャンバス画の「愛(現代の)」と「勇気という名の感情」。愛もいかにもインドだが、勇気の方がこれまた髭のナイスガイの濃ゆい雰囲気でイイ。おおインド映画だ、って感じ。で、その前に絵本(子供向けばかりではないぞ)を読めるコーナーなどがある。

展示室に入ると、まずは「ゴンド芸術と『夜の木』」。ゴンド族の優れた芸術を子供向けやらアートやらの絵本化したもの各種。原画が並ぶ。子供向けの「123インドかずの絵本」からして、線描で非常に細かくてインドテイストでアートだ。人物なんぞも細かいハッチングがかかった独特の線描で描かれている。女性が世界をまとめる方が素晴らしいとするフェミニスティックな「スルターナの夢」。あとで述べるラーム・シン・ウルベティの「わたしは燃えさかる尾を持つ孔雀を見た」のペン画なのだが極めて芸術性が高い原画。中でも「わたしは人の涙でいっぱいの井戸を見た」は、優れたシュールレアリズム絵画のようでもある。目玉は「夜の木」という木の絵各種。三人ほどの作家による様々な木の絵が絵本になっているが、その原画。絵本は単色カラーだが、原画は黒いペン画だね。木だけじゃなくて動物がいたりする。これも細かい線描のゴンド芸術だ。

もう一つの展示室にゃ「民族画家との本づくり」ということで各地の民族による絵を本にしていったわけだ。さっきのゴンド芸術の方がインパクトがあったので、こっちは普通のインド民族画の絵本な印象。「筆にみちびかれて」という絵としてはなんとなく稚拙な印象があるが、線描が細かく色彩が美しい原画……内容は人物で日常生活だっけ(なんかどうでもいいとか思っている)。あと「語りから本へ 本から語りへ」で絵巻物を見せつつ、語る、というか歌う、というスタイル用の絵巻物の原画。これがまあドップリインド様式の雰囲気がある絵で、展示ケースにどばーっと置いてある。「わたしは約束の地を見た」や「シータのラーマーヤナ」なんぞ様式が迫ってくるもんで、「鑑賞している」というより「浴びてる」感じがする。ラーマーヤナは実際やっている映像があるぞ。他にも「本のかたち」ということで、絵本原画いろいろ。全体通して絵画様式に非常に味がありインド気分が満喫できる。下の階には期間限定カフェもあるしな。おすすめだー! 
http://www.itabashiartmuseum.jp/exhibition/2017-exhibition/ex171125.html

でここから、個人的にここでいったいナニがあったかという話。時に一年以上前、死んだらどうなるだとか考えていて、死後の世界だとか、量子論だとか、宇宙の始まりだとか、シェルドレイクの仮説(トンデモ科学?)だとかいう本をいろいろ漁って読んでいて、ふと、草間彌生は絶対何かつかんでいるという直感を得た。なぜに草間彌生? それは作品に「永遠」とか「無限」とかいういう言葉をよく使うもんで。宇宙とか考え出すと、どうしても永遠や無限とは切っても切れないんで、草間作品は実にリアルな(科学的にアプローチできそうな)「宇宙的な何か」であると思ったのです。で、私はこれらの考えを集積して長編の三部構成のSF小説を書き始めた。当初タイトルは草間作品から取った「永遠の愛」とした(今は変えてある)。作品内で草間彌生は重要なモチーフであるが、もう一つ重要なモチーフが木なのだ。それも枝が二つずつに分岐していく木なのである。
さて、今回の会場で「夜の木」がいくつも並んでいた。私としては枝が二つずつに分かれている木を探して、これが近いかな、というのを見つけた。分岐点に必ず目のような模様があるため二つにしか分岐できないのだ。そのタイトルを見ると……「永遠の美しい愛」。おお! なんというタイトル!(もっともこれは絵のタイトルというより何かの物語から取っていたようだが) 絵を描いた人、ラーム・シン・ウルヴェティ。何者なのだ? で、この人の作品が見れば見るほど草間彌生に似ている。絵本「私は燃えさかる尾を持つ孔雀を見た」もそうだし、最後の方にあった「太陽と月」の太陽の絵などは、草間作品として出していても多分違和感がない。それぐらい似ている。こうなると、自分の作品と草間彌生とウルヴェティが何か科学的にリンクしていると思えて個人的には非常にエキサイティングな体験をしたわけだ。しかしまあ、見たところウルヴェティ以外でもゴンド芸術(「ゴンド画というらしい)は、総じて草間彌生風だし、ランバロス・ジャーの「水の生きもの」(ゴンド画じゃなくてミティラー画というものらしい)にも草間風の何かを感じた……ということは逆に、草間彌生がインドの世界観や宇宙観と本質的に近い何かを持っているのではないか、と思える。有名な話で「0」という概念は古代インドが発見したとかで、0があるなら無限もある。無限を抱え込むと、あんなアートができる。なぜ? それは輪廻転生だと思っていたことが実は……おっともう書けねえ。
で、小説は一応応募するのだが、何しろ過去にいくつか応募しても一次予選もおぼつかないもんで。どうも小説の文才は足りないのだ。このたびも出版など期待はできぬ。諸君の目に触れるとしたらまあ「小説家になろう」サイトかなあ。落ちたらあそこに出そうと思っているし。でも500枚のボリュームがあるんで、それを読むヒマ人がいるとも思えんのだが。

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