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2018年4月 2日 (月)

国立ハンセン病資料館

行きたい美術展がない……わけでもないが今日(日曜)は混んでそうだから、前から行きたかったここに行ってみたのだ。美術館ばっかり行ってるわけじゃないんだぜ。西武池袋線清瀬駅からバスで10分ぐらいで着く。
ハンセン病は伝染する不治の病と思われていて、患者を療養所と称するところに隔離した。放浪していたところ連れてこられた人や、家にいたのに強制的に連れてこられた患者、差別に耐えかねて自ら行った患者もいる。もちろん一生出られない。患者がいると本人はもとより家族も差別対象になったりする。で、戦後ぐらいに治療法がちゃんとできて、感染症としては非常にうつりにくいってことも分かった。でも差別や偏見はなかなか無くならないで、まだ残っていて今に至る。
内容が重たいもので、建物が重苦しくて暗いのかと思ったらそういうものではなく、きれいな建物だし、展示量も豊富だし、資料映像などもしっかりあって、一通り学ぶことができる。
多くの人は、なんてひどい人権侵害をやってしまったのだと思うかもしれないが、私はそうスッキリ怒りあるいは嘆くことはできなかった。なんとなれば……これは簡単に伝染するってのが誤りだってことが分かったから結果的に人権侵害になったのであって、その情報は分からないうちは、「やむをえない」措置だったんではないだろうか。見ると教育やら娯楽やら行事も中では行われていたので、出られないながら、一応は外と同じような状態で生活できる。まあ結婚が患者同士だけ認めるとか、断種しちゃうとか、そういうまずい部分もあるが、理念としては伝染性が高いから離れてもらって、それでも普通に生活してもらおうという、割と普通のやり方のように見えるんよ。しかしながら展示のほうはこれを「やむをえない」なんて思わせないために、あえて劣悪な生活環境やら、懲罰施設で何重も思い扉で囲った「重監房」をドンと出しているんじゃないだろうか。あと、患者が施設の労働に携わっている部分が、なんとなく歯切れが悪いように見える。「病人をむりやり働かせるなんて」という非難の視点と、「誰でも仕事を持って社会参加したい」という患者側の思いがぶつかって見えるんだな。
そういうもんだから、自分としては問題は次の一つになる。結果的に人権侵害だった。うん、確かにそうだ。でもこれ、実際に伝染性が高かったらどこまでアウトだったの? 今の時代、認知症で外に出ていってしまうお年寄りでも拘束は禁止です。違法です……タテマエ上はね。んじゃあ伝染性の高い病人は? うーん、やっぱし隔離するんじゃないか。今の時代でもそうなるんじゃないかねえ。今後、そういう伝染性の病気が発生しないとも限らないし。で、差別だって起こるだろう。さあ、どうする? ……というところが問題なんじゃあないかなあ。何か過去に誤解にさらされていた悲劇の出来事っぽく扱われているんだけど、実は今でも十分起こり得る問題なんだよね。
断種の問題はそう大きく扱われていなかった。記述はちゃんとありましたが。でも、この問題はデカいぞ。ハンセン病は遺伝しないから断種がストレートに問題になれる。「なに人権侵害やってんだぁっ!」と怒れる。がしかし、それ遺伝性だったら、どうする? 「え、えーと……でもなんかいけないような気がします」 これ理想論というか建前論というか、そういうものをガッチリ持っている人は平然と次のように答えるであろう。「遺伝性疾患を持っていても断種するなど人権侵害! 許せません。もし病気を持って生まれてきても幸せに生きられる社会を目指すべきです!」 まーこーいう人はいかに実現のハードルが高くても、自分はその理想主義者のポジションで平然と主張して、少しでも現実主義のヤツを汚らわしいと唾棄して、テメエはいつだって「人として素晴らしい考えの持ち主」でいられるんだよね。なんかね、オレはイヤなんだよそういうヤツ。理想論だけで攻めてきて現場にまるっきり理解のないヤツ。人権侵害に見える数々の事項、あるいは天下の悪法と呼ばれているものも、実はみんなが安全に暮らせるように、という配慮が大もとにあったりする。そう、悪人が人権侵害をしているわけじゃないんだけど、人はこの手の問題で「根っからの悪人」を作りあげ、そいつを責めることでオレってエライぜ善人だぜ。万事オッケーとしてしまう生き物なのだ。あーヤダヤダ。……かとっいってやっぱり断種が許されるわけはない。病気だろうが障害だろうが個性だ。しかし……ものには限度ってもんがあるんじゃないのか?
さて、展示は歴史の流れ、療養所の生活、生き残った人の活動の三部構成。第三部で、患者だった人の美術作品などが展示される。病気の後遺症でハンディキャップを背負っていても、人間らしい活動ができるのだし、人間として尊重されるべきという話だ。しかし思ったのだが、「人権」って言葉がやたら出てくるんだけど、これってなんとなく漠然としてないだろうか? あと、この言葉はね、もう氾濫しすぎて風化してると思うよ。もちろん人権、人としての権利は大事だけど、今はもちっと進んで、福祉や医療の用語である「ノーマライゼーション」や「QOL」という言葉の利用も併せて進めた方がよいと思います。簡単に言えば「ノーマライゼーション」はいかなる人であっても「普通の」生活を保証すること。「QOL」はクオリティオブライフつまり生活の質。人としての尊厳を保った生活、など、人の幸福につながる用語があるんだから、人権に加えてそういう用語を使ってみてもいいと思うぞ。
「もっとハンセン病のことを知って下さい」は、いいんだけど、「うつりにくいです」「治療法があります」という点を強調すればするほど、「うつるんだったらああいう施設はアリだったのか」「治療方がなかったらアリだったのか」なんて考えに陥ってしまう。突きつけられているところは、実はそういうところではなかろうか。
http://www.hansen-dis.jp/

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