« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

2018年7月29日 (日)

誕生100年 いわさきちひろ、絵描きです。(東京ステーションギャラリー)

通常、いわさきちひろ展といえば初期の油彩とかがちょっとあって、あとは絵本原画がダダダダダダと並ぶってのが多いし、それがまあ一番魅せるやり方ですな。なんたって水彩テクがハンパないので、その辺が発揮されるのが絵本であります。でもそれはもう晩年近かったりして、実はその前に戦争があったり、共産党の活動してたりするんだけど、通常、その辺はさらっと流されちゃう。今回は、まさに「絵描き」としての紹介で、そのあたりの作品もちゃんと出ておるよ。なかなかマニアックだお。

最初に「プロローグ」ってことで、使っていた手袋とか帽子とかの持ち物が展示されている。ほう、いきなりですな。すでに知名度があるんでこういう手法が取れるんですな。
次は「私の娘時代はずっと戦争の中でした」だそうで、いや、戦後の人だと思ってた人多いかもしれないけど(俺も)、思いっきり戦争体験者なんだな。画家を断念させられ、習字の先生になってたりして、親について満州まで行ったこともあるそうな。第六高女というところに行ってたそうで、女子は長髪が当然の時代にここだけ短髪が流行っていた先進的学校。その制服とか展示してる。あと、ちひろの原点を作った雑誌「コドモノクニ」やら、ペールトーンという色の使い方が大変好きだというマリーローランサン「ブリジット・スールデルの肖像」いいね。使ってたイーゼルとか、石膏像とか、ちひろが師事した岡田三郎助の絵「坐裸婦」……うむ、こんなエッチい絵を描く男によく師事しましたな。中谷泰の「若い婦人像」これ、ちひろがモデルだって。

次は「働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい」ということで、戦争が終わって、共産党活動やら、「原爆の図」でおなじみ丸木夫妻とのおつきあい。丸木俊「原爆の図デッサン(ちひろモデル)」……って裸婦じゃん。児童画や絵本画家としておなじみな人が裸婦モデルになっているってのも、なんか、奇妙な感じがしますな。丸木位里の「老松白梅の図」なんてのもある。プロレタリア芸術というか、社会的な視点での絵が増える。「ほおづえをつく男」鉛筆画だが、これがまあ男臭い感じでいいぜ。「日比谷野外音楽堂(メーデー)」人民新聞記者してたんだって。あと広告や雑誌の仕事、雑誌「大衆クラブ」の表紙は油彩っぽい、ヒゲタ醤油の広告もある。伊勢丹のXマス広告もある。この頃結婚して、長男が生まれた。そのスケッチ、「長男・猛」う、うまっ…… 「長男・猛3態」うめっ……しかしこれ、デジタルで精密に複製した「ピエゾグラフ」で、今回時々出ている。しかし見かけはじぇんじぇん本物と変わらんな。紙芝居も作っている。アンデルセンの『お母さんの話』なんだが、子供を死神に連れ去られて、取り返すために出向くが、行く先々で試される母みたいな酷な話である。母の愛を浮き上がらせるために、ずいぶん不条理な目にあわせるではないかアンデルセンよ……って話ばっかり見ててどうすんだよ。絵は? っていうと絵は割と普通ってことですな。あと、油彩もあり、やっぱり水彩とずいぶん感じが違う。でも「赤いくつ」とか児童画としてもうまい。「母の絵を描く子ども」も室内の壁の感じは油彩ならではですな。それから紙芝居が2つ、全部の絵がドバッと並んでいる。面倒なんで文字はほとんど読んでいないんだけど、一つは「赤いセーター」という防災教育もの、なんか普通な感じ。もう一つが「ばら寮でのできごと」という、女子寮の運営を話し合うとかなんとかで、社会派な感じなんだけど、見てると話し合っているだけのシーンが多くて結構地味な印象。いや、分かんないですよ、話はエキサイティングかもしれない。

次「私は、豹変しながらいろいろとあくせくします」で、この辺りからおなじみのちひろの絵が登場。特に1970年……って晩年近いんだけど、「あごに手をおく少女」の超シンプルな線だけで描いた顔が見事。「絵をかく女の子」のパステルの見事な使いっぷり。1967年の赤ちゃんをスケッチしたのが並んでいるが、まさに赤ちゃんが何ヶ月目かも描き分けるすごさが分かるであろう。で、いよいよ絵本原画が登場するが、今回は絵本としても楽しめるっていう展示じゃなくて、あくまで画家だ。絵本のある一枚がどうできていったか、習作と一緒に並べてあるマニアックな展示がある。絵本「となりにきたこ」の「引越しのトラックを見つめる少女」の習作からの変化が面白い。最初壁によりかかっていたりしたが、完成版では毅然と立っていて強気な感じになっている。「夕日の中の犬と少年」も全体の向きが習作では右から左だったのが、左から右に。うむ、これは何か心理的な意味があるような気がするな。「落がきをする子ども」も壁が色地から白地になった。それから有名な戦争ものの絵「戦火の中のこどもたち」からいくつか。「焔の中の母と子」は傑作とされる。母の怒りと恐怖の表情と、子供の無垢な表情の対比が痛い。

次「童画は、けしてただの文の説明であってはならない」ということで、絵だけでも魅せる絵本を目指した数々。ここが今回水彩バカテクを味わえる場所だ。「あめのひのおるすばん」は、もう文句なしの傑作。これほど水彩のにじみや垂れや混ざりを効果的に使った画家もそうそうおらんと思うのです。他にも水彩いろいろ。私が極めて好きだった絵が「海と二人の子ども」で、この海がまたすごいんだけど、今回のはピエゾグラフだな。最後に高畑勲によるインスタレーション。絵本の一枚がピエゾグラフにより等身大拡大され、絵の中に入ったような気になる……というもんだけど、まあ、単に大きくしたパネルみたいな感じでもあるな。黒柳徹子がいろいろしゃべってるビデオがあっておしまい。徹子はちひろ美術館の館長でもあるんだって。

今までになく画業全体の流れが分かっていいんでないの。おすすめしますよ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201807_chihiro.html

|

2018年7月23日 (月)

イサム・ノグチ - 彫刻から身体・庭へ -(東京オペラシティアートギャラリー)

超暑い……んで、駅から屋外に出ることなくアプローチできるところってことでここに。彫刻家だけど、知っているようであまり知らないし。フリーダ・カーロと浮気して、夫のディエゴ・リベラにピストル持って追いかけられたとか、そんな話しか知らんの。

最初は「身体との対話」ってことで、身体ものあれこれ。「北京ドローイング」という墨で描いた身体……墨じゃない? インク? まあいいや、どう見ても墨のドローイングがあちこちにある。東洋テイストですな。「中国人の少女」彫刻で全裸だが……そこのお前、これ見て、局部を作ってあるのかとか気になったろう。陰になってて見えんのよ(見たのかよ)。「歓びの日」という人体の彫刻。ウィリアム・ブレイクの有名な絵がモチーフらしいが、なにバックミンスター・フラーに贈ったですと? なんとイサム・ノグチはフラーと親友なんだって。えー初めて知ったぞ。フラーはバキバキのインダストリアル人間だと思ったが、こんな接点があったとは。「玉錦(力士)」おお関取だ。「ラジオ・ナース」はラジオだけど顔みたい……剣道の面かとも思ったがちょっと違うか。ちなみに来日してたんだって。それから舞台美術の部屋があり、舞台用の彫刻としては「鏡」と「化身」でいずれもインターロッキングスカラプチャという板状のもので立体を構成したもの。つまり2Dで3Dを表現ってとこですな。

次は「日本との再会」ってことで、2度目の来日についてで、既に有名人になってたそうです。ここはシュールレアリスティックで手堅い彫刻が並ぶ。あー、彫刻美術を鑑賞しているなあって気分になるであろう。この中で「こいびと」だけはちょっとカワイイ系でギャルウケもよさそうだ。あと「広島の鐘の塔」これは……シロート目にはなんか適当なシロモノに見えるぞ。その、ところどころくっついている白いのは何だ? 人間ドックのあとのバリウムウ○コか? あと「広島の原爆慰霊碑の習作模型」とか、慶応義塾大学の萬來舎(ノグチ・ルーム)のインテリア「萬來舎のためのコーヒー・テーブルと4脚のスツール」がなんとも感じいいですね。

その次にあかり(AKARI)の部屋がある。提灯もの多数な感じ。見てるとどこかで見たような気がするのは、インテリアショップなんかでも売ってるんだよね。イサム・ノグチデザインのあかりってことで。和室によく合いそうだ。それから「2mのあかり」というデカい提灯がある。これだけは撮影可能……撮らなかったが。まあこういうのをせっせと撮って一緒にブログに出しゃあ、もちっとアクセス数も増えるんでしょうけどねえ。美術鑑賞というのはだね、あくまでその場の体験なのだよ。写真に撮って見たってしょうがない。インスタ映えなどクソクラエじゃ。というのは建前で、本音は撮るのがめんどくさいの。

それから「空間の彫刻 - 庭へ」なんとバックミンスター・フラーが「庭は空間の彫刻である」なんて言ったそうで、イサム・ノグチも気合い入っちゃった。「プレイ・マウンテン」子供も遊べる広場だお。斜面があるんで冬にはそり、夏は水張ってウォータースライダーができるお……ええええ今日はえれえ外が暑くてですね、ドタマがぼーっとしてましてね、これを見ても、これ、もしかして全部コンクリートでできてるの? 石? 日陰じぇんじぇん無いじゃん、子供ら焼けちゃうぞ……ってな感想しか出ません。いや、悪くないんですよ。気候が悪いんであって。それから、なんかリストにはないんだけど「火星から見るための彫刻」だとかいう構想図? があって、顔なんだけど、これ火星にあった顔(みたいなヤツ)と似てるじゃん。お互い顔同士で見合っちゃって。それから「チェイス・マンハッタン銀行プラザの沈床園(サンクンガーデン)」の模型とか映像。竜安寺を意識して作られたんだって。映像は水張って涼しそうですな。それから「オクテトラの模型」おっと、これは子供が入ったり出たり上ったりできる遊具で、箱根の彫刻の森美術館にあったぞ。この幾何学っぽいところはフラーの影響なんだって。あと遊具といえば滑り台「スライド・マントラの模型」ぐるぐるだ。やりたい。

「自然との交流 - 石の彫刻」屋外向けの石でできた、ちょっとサイズのあるヤツラいろいろ。「空間のうねり #2」平面からもっこり、みたいなのは見てて楽しいぞ。「不死鳥 #1」ゴツゴツした石の一部をきれいにカッティングした作品。こういうのも面白い。「下方へ引く力」2色の長いヤツが丸くなっている。これ横浜美術館にあったな。同じようなのが。その他、ここも手堅く見どころだ。撮影できるヤツが一個あるぞ。よかったな蠅ども。あとリストにないイエール大学の写本図書館の沈床園の紹介がある。最後に高松空港のための石積み彫刻「タイム・アンド・スペース」の紹介。マジで石積んであるだけ。でもなかなか巨大だな。現場に行きたいもんだねえ。古墳みたいな感じかな。

形もいろいろ。見るものいろいろ。分かりやすくていいんじゃなかろうか。
https://www.operacity.jp/ag/exh211/

|

2018年7月17日 (火)

中村忠二展(練馬区立美術館)

2階展示室だけ使った小さめの企画。まあ連休最終日であって、混んでるところに行くのもイヤなんで、混んでなさそうな場所ってことで。生誕120年だそうです。

最初に代表作っぽいの3つが並ぶ。「からす西へ行く」という抽象っぽいの。「どろぼう」という人物っぽいの。「石神井風景」という風景っぽいの……いや、ぽいのじゃないよ風景だよ。これ、いずれもモノタイプという技法で、ガラス面などに絵の具などを塗って紙を置いて刷る版画。ってことは版画ったって1回しか刷れない。ほー、そういうものがあるんだ。

それから年代順で、初期は油彩なんかやっている。船をよく描いている。風景も描いている。筆跡も見える感じで、ゴッホが地味になったみたいな感じ。次に水彩があるが、最初にある「霜の花」これが……よく分からない。これうまいのか? なんか小学校の展覧会にそのまんま出ていても違和感ない感じなんだが。ヘタウマか? いや、多分見る人が見ると「いやーこれはヘタな人では描けませんよー」と言うかもしれないが、俺にゃあどうも……なんだ。えええ何が優れてんだ? 木の陰影とか? 全体の色彩とか? そんなところがいいのかなあ。えーそれで次が水墨で「敗戦風景」とか。水彩よりはいい感じに見える。あのう……いい感じっていうのは、シロウトが描けない感じかな……って見てる方シロウト丸出しじゃん。

で、ここまでは全体に微妙な感じだったんだが、モノタイプをやるようになってから、俄然作風にエンジンがかかってくる。半抽象や抽象を入れ込んできて、割と心に訴える系のもんが増えてくる……よな。「青い星の下で」の人だかそうでないんだかしかし何かいい感じ、「野の女」の暗い存在感。「メシとヒト」が何とも面白く、ローマ字でグチのようなものが一面書いてある。金がなければ働かなければ、でも働きたくない。いいじゃないか働かなくても。ところが下半身だけ働きに出て行ってしまった……とかいう内容だったよな。次の「アルバイト ユキ バステー」も、こういう専業画家じゃない感じって、なかなか好きですね。それからより抽象的な「遠い歌B」等を経て、より独りを感じさせる作品、つまり独りの人がいる作品がなかなか魅せる。特に「夜の沼」独り佇む人、水辺、そして空に星。半抽象ながらしみじみできるじゃないか。他にも「夜汽車」なんてのも窓に独りだ。

詩画集をいくつか作っていて、その展示。ちょっとした抽象風の絵と、いくつかの言葉。分かりにくくはない。中でも、この展覧会のサブタイトル「オオイナルシュウネン」の元ネタ。これは「秋冬集1972」の中の「秋蚊」で、もう涼しくなった秋でも血を吸いにくる大いなる執念。じぶんもそうありたい。なんてもの。いいじゃん。他にも虫や物に託した自分の心情を描いている。

妻は画家の伴敏子という人だそうです。この人の絵もいくつか。特に変わった絵ではない。あと彼女は、中村忠二に関する小説も書いていて、何度か離婚のようなものをしたり、中村が奇行をやらかしたりしたらしい。本をいろいろ紹介して終わり。

小規模ながらもちょいと光る展示。悪くない。
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/nakamurachuuji.html

|

2018年7月 8日 (日)

ミケランジェロと理想の身体(国立西洋美術館)

彫刻はアウェーだ……が、まあこの手なら、ギリシア・ローマから続く彫刻美術の最も初期に近いもんなんで、別に難しいわけではない。「ミケランジェロと」となっているが。この「と」がクセモノでね、「フェルメールと」と同じでね、要するにミケランジェロは2つっきゃないの。しかーし、なかなか強力なブツを2つ持ってきた感じだ。

最初は「子供と青年の美」というコーナーで、もちろんミケランジェロはまだ出てこなくて、ほとんどガキの彫刻(※ガキが作ったのではない)。ええと、その前に、「コントラポスト」という用語が頻発するので覚えておこう……というかイントロビデオ見ればすぐに覚える。片足を浮かせて片足に重心を持ってくるポーズで、これで、ただ突っ立っているだけでもサマになる形になるんだってさ。がしかし、子供の体だとそれも通用しない……てとこがこだわりなんだって。最初の1世紀前半「プットーのレリーフ」プットーってのは有翼の童子だそうで、しかしこの子供がブクブクでぷっとー吹き出してしまう……ってこともないか。2世紀「蛇を絞め殺す幼児ヘラクレス」ギリシャ神話最大のマッチョヘラクレス。幼児にして蛇を絞め殺す有名な話だ。よくできてる。ヘラクレスの顔が既に強者。アンドレア・デル・カスターニョのフレスコ画「花綱を伴うプットー」花綱か……何のことか分からないが、背中のロケットで飛んでる絵ではなさそうだ。ニッコロ・ロッカタリアータの工房「6人の奏楽天使の群像」うん、それぞれよくできてるよ。2世紀末「弓を引くクピド」キューピッドのこと。天使と違うよ。上向いてるがなぜだろう。スケッジャという人のフレスコ(だったかな)「スザンナ伝」おお、これは定番画題の「スザンナの水浴」……ではなくて、その後の場面で、覗いてセクハラをしたジジイ二人が石打ちの刑にあっているところ。珍しい場面ですな。

「顔の完成」コーナーでバッカスが2つぐらいあるが、いずれもイケメンで……バッカス(酒の神)らしくないな。もっとご陽気でアル中っぽい方がいいよ。それから「アスリートと戦士」コーナー。やっぱり肉体美ったらスポーツ系だよな。紀元前4世紀「香炉を支えるディスコボロス」おお、円盤投げじゃないか。オリンピックでやってるんで、やっぱり歴史あるんだなあ。紀元前2世紀ぐらいの「レスラー」おお、小さいがよくできてる。紀元前1世紀の「アメルングの運動選手」ボディのみ。アンドレア・デル。ヴェロッキオの追随者「紋章を支える従者」……これは、わざとかな? コントラポストに失敗してて倒れそうじゃないか。と、この辺りで気づくのは……野郎のヌードばかりぢぁないか。腐女子大喜び……でもないか。とにかく女性の肉体美は今回どこにもないのだよ。

「神々と英雄」コーナー。ヤコボ・サンソヴィーノ工房「ネプトゥヌス」うん、なんか定番な感じ。フレスコ画、65~79年「子供たちを解放するテセウス」「ヘラクレスとテレフォス」絵としてもなかなかだが、フレスコがひび入って落ちそうに見えるのがヤバい。彫刻、紀元前4世紀後半「ヘラクレス」、1世紀「座るヘラクレス」……ここで一見サイテーの、しかし素朴な疑問。なぜ最強の英雄ヘラクレスの股間のブツが結構小さいのか? なぜヘラクレスサイズでないのか? 貴様何を言ってやがると思うかもしれないが、これ、結構普通に疑問でないかい? 強いといやあ性欲の、子孫繁栄の、それだけで象徴できるアイテムだぞ。で、思う理由は2つ。その1、表現方法としてカッコワルイから。そりゃあすぐ下ネタに走るお笑い芸はどうも安直だ。エロいシーンで客を呼ぼうとする映画も(それが目的の映画なら別として)、そんなんで客寄せかよ。やっぱそういうものを使わないでキメてこそインテリジェンスだしカッコイイ。その2、笑っちゃうから。江戸の春画でブツをデカく描いたのは有名だけど、あれは見るとつい笑っちゃうんで「笑い絵」とも呼ばれてたんだよね。転じてめでたい絵にもなった。がしかし、彫刻において強靱で美しい肉体を表現したいからってブツまでデカいとどうも姿が滑稽になってしまい、つい笑ってしまう。そりゃあいかん。印象として凛々しくないといかんよ。だからなるべく目立たないでいただきたい。それでヘラクレスでも小さいのだよ。多分。

「ミケランジェロと男性美の理想」コーナー。ここでやっとミケランジェロへの道が示される。ミケランジェロ周辺の芸術家「磔にされた罪人」おお人体。筋骨隆々ですな。2世紀初頭の「竪琴を弾くアポロン」これは筋骨隆々って感じじゃなくて、下半身は男でも女でもない感じに柔らか系。そして階段を下りていって、やっと目玉のミケランジェロ「ダヴィデ=アポロ」実は未完で、ダヴィデがアポロか分からんうちにシスティーナの天井画作成に呼ばれてしまって行くしかなくなった。しかし、その体のデキはシロウトでも分かるぐらい今までと違う。あーたしかに、ここにこう肉付いてるよな。こうなっているよな、という感じが分かって。こりゃミケランジェロ筋肉オタだわ。スゲエわとか思ってしまう。次のミケランジェロの「若き洗礼者ヨハネ」これは初期の作品だそうで、行方不明だったのが見つかって修復された(んだよな)。先と違って少年っぽさと、ただの少年じゃねえ感(?)が見どころですね。目つきがヤバい。次のところにある「若き洗礼者ヨハネ」はこれが見つかる前までミケランジェロ作じゃないかと思われていたものらしいが、だいぶ違うよな。それから階段上がって、ローマヘレニズム彫刻の傑作「ラオコーン」の模作がどどーん! 撮影可能な大盤振る舞い。もちろんインスタ蠅がぶんぶん。しかし解説を見ると、模作というより、細かいところが結構違っていて、作者が自分なりにいろいろ解釈したものらしい。って言われてみると、なんとなくデキがそうよくないように見えるんだな。情報のせい? 比較写真もあるけれど……やっぱオリジナルの方が、よくない? 

「伝説上のミケランジェロ」コーナー。もう終盤で、ミケランジェロの肖像とか。そう見るものはない感じだ。

順を追ってみていると、やっぱミケランジェロすげーなとか思ってしまう、いい演出ですな。2点でも満足できる。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2018michelangelo.html

|

2018年7月 1日 (日)

建築の日本展(森美術館)

規模がデカいだろうと思って行ったら案の定規模がデカい。デカい模型がバンバン出ているし、本物の茶室はあるし、ライゾマティクスのイケてるインスタレーションもあるんで、ほとんど日本建築博物館みたいなものである。

最初は「可能性としての木造」で、木造建築いろいろ。最初にミラノ万博2015日本館で出てたという「立体木格子」のデカい壁。木材を釘を使わず組んで壁にしているいきなり見ものだ。木と木を繋げる技術として「継手仕口」があるが、木とアクリルを使ったモデルがいいですな。おお日本の技術。「会津さざえ堂」というケッタイな螺旋の木造建築、普通に行きたい。この手ではおなじみ出雲大社。かつて高さが今の倍、48メートルだったという説もあり、そんなにあったら仰天だ。あと「ティンバライズ200」という木造高層建築の構想図と模型がある。これもできたらすげえ。

「超越する美学」のコーナー。見えないけれども何かある、というもので、まず「伊勢神宮」が紹介されているが、高名な割に見た目は地味だ。「佐川美術館」の方がなんとなく言わんとしているところが、分かるような気がする。今時の陰影礼賛かな。

「安らかなる屋根」コーナー。日本武道館の巨大にして日本的な屋根を紹介。武道館の模型。中年世代にはいやが上にも爆風スランプの名曲「大きなタマネギの下で」が耳によみがえるほどちゃんとタマネギが乗っている……いや、俺はあんまりあの曲好きじゃなかったが。「The Tsurai」みたいな方がいい。それはそれとして、おなじみ丹下健三の代々木の体育館もここにある。鶴岡の「荘銀タクト鶴岡」のナイスな模型と屋根。設計がSANAAだから見た目がイイぞ。

「建築としての工芸」ってことで、工芸風のもの、大阪万博での「東芝IHI館」の木組み組み合わせパビリオンってんですか、すごいですな。それから目玉の一つ、茶室「待庵」の原寸大模型。要するにコピー。中に入れるぞ(茶は飲めないが)。マジ入れる。楽しい。外を見ると、窓の向こうは遙か空中。こいつぁシュールだ。

「連なる空間」では休息スペースがあり、建築家の名作椅子なんぞに座れたりするが、それより継手仕口の実物があって、これがパズルみたいでおもしろい。手でいじくって繋げたり外したりできる(ちょっと重いが)。なるほどこうなっているのか。イイ技術ですなあ。それからライゾマティクスのレーザーファイバーとか映像を使ったデジタルでカッコいいインスタレーション。内容は建築と人間のスケールについて(だと思うが、まあどうでもいい感じ)。いろいろな建物の大きさがその場で再現される。クールだ。あとは丹下健三の自邸の模型……ったって1/3スケールだってお。デカすぎる。あとは名建築としておなじみ「香川県庁舎」の紹介。国立博物館の法隆寺館とか。

この辺でだんだん疲れてきて「開かれた折衷」うん、文明開化ぐらいの洋風っぽい和風っぽいケッッタイな建築であるところの「第一国立銀行」面白いですな。現存してないとはもったいない。ややケッタイな「祇園閣」の模型もある。

「集まって生きるかたち」という集合住宅ではないけれど、この先の時代にいかに集まって生きるか、という俺的には、ここが一番現代とつながっていると思った次第である。例のバブル時代のポストモダンのでさんざんもてはやされた「代官山ヒルサイドテラス」もここで紹介。それより単身世帯が増えたので、新しいシェアハウスのかたち「LT城西」に注目。個々人のフロアの高さを変えてプライベート感を出しつつも集合感も出す。よく狙っている。しかーし、単身の問題は高齢者の方が深刻だと思うんで、こうも段差階段が多いときついはずだ。ここも住んでいる人は若者達のようだ。高齢者のケースとしては、フラットな「52間の縁側」これはまだできてないのかな。今後こういうのが進んでくるはずだ。

「発見された日本」コーナー。やっぱしフランク・ロイド・ライトが手がけた「帝国ホテル」がいい。規模拡大の必要性と老朽化で取り壊し……というか玄関だけ明治村に移った。規模拡大はともかく、老朽化ってアナタ、なじぇヨーロッパみたいに何百年ももたんのじゃ。ダメじゃないか。

最後「共生する自然」ええと……何があったかな。あ、「名護市庁舎」ね。あと断崖絶壁のバカ建築「投入堂」調べたらマジすげえよここ。あー、あとトマムに行っておきながら見落とした痛恨の「水の教会」もここです。

そんなわけで日本の建築の特徴が分かり、タプーリ楽しめる大規模展示だ。今回イヤホンガイドはただではない(ので借りてない)が、イラストガイドが分かりやすいぞ。
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/japaninarchitecture/index.html

|

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »