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2018年7月29日 (日)

誕生100年 いわさきちひろ、絵描きです。(東京ステーションギャラリー)

通常、いわさきちひろ展といえば初期の油彩とかがちょっとあって、あとは絵本原画がダダダダダダと並ぶってのが多いし、それがまあ一番魅せるやり方ですな。なんたって水彩テクがハンパないので、その辺が発揮されるのが絵本であります。でもそれはもう晩年近かったりして、実はその前に戦争があったり、共産党の活動してたりするんだけど、通常、その辺はさらっと流されちゃう。今回は、まさに「絵描き」としての紹介で、そのあたりの作品もちゃんと出ておるよ。なかなかマニアックだお。

最初に「プロローグ」ってことで、使っていた手袋とか帽子とかの持ち物が展示されている。ほう、いきなりですな。すでに知名度があるんでこういう手法が取れるんですな。
次は「私の娘時代はずっと戦争の中でした」だそうで、いや、戦後の人だと思ってた人多いかもしれないけど(俺も)、思いっきり戦争体験者なんだな。画家を断念させられ、習字の先生になってたりして、親について満州まで行ったこともあるそうな。第六高女というところに行ってたそうで、女子は長髪が当然の時代にここだけ短髪が流行っていた先進的学校。その制服とか展示してる。あと、ちひろの原点を作った雑誌「コドモノクニ」やら、ペールトーンという色の使い方が大変好きだというマリーローランサン「ブリジット・スールデルの肖像」いいね。使ってたイーゼルとか、石膏像とか、ちひろが師事した岡田三郎助の絵「坐裸婦」……うむ、こんなエッチい絵を描く男によく師事しましたな。中谷泰の「若い婦人像」これ、ちひろがモデルだって。

次は「働いている人たちに共感してもらえる絵を描きたい」ということで、戦争が終わって、共産党活動やら、「原爆の図」でおなじみ丸木夫妻とのおつきあい。丸木俊「原爆の図デッサン(ちひろモデル)」……って裸婦じゃん。児童画や絵本画家としておなじみな人が裸婦モデルになっているってのも、なんか、奇妙な感じがしますな。丸木位里の「老松白梅の図」なんてのもある。プロレタリア芸術というか、社会的な視点での絵が増える。「ほおづえをつく男」鉛筆画だが、これがまあ男臭い感じでいいぜ。「日比谷野外音楽堂(メーデー)」人民新聞記者してたんだって。あと広告や雑誌の仕事、雑誌「大衆クラブ」の表紙は油彩っぽい、ヒゲタ醤油の広告もある。伊勢丹のXマス広告もある。この頃結婚して、長男が生まれた。そのスケッチ、「長男・猛」う、うまっ…… 「長男・猛3態」うめっ……しかしこれ、デジタルで精密に複製した「ピエゾグラフ」で、今回時々出ている。しかし見かけはじぇんじぇん本物と変わらんな。紙芝居も作っている。アンデルセンの『お母さんの話』なんだが、子供を死神に連れ去られて、取り返すために出向くが、行く先々で試される母みたいな酷な話である。母の愛を浮き上がらせるために、ずいぶん不条理な目にあわせるではないかアンデルセンよ……って話ばっかり見ててどうすんだよ。絵は? っていうと絵は割と普通ってことですな。あと、油彩もあり、やっぱり水彩とずいぶん感じが違う。でも「赤いくつ」とか児童画としてもうまい。「母の絵を描く子ども」も室内の壁の感じは油彩ならではですな。それから紙芝居が2つ、全部の絵がドバッと並んでいる。面倒なんで文字はほとんど読んでいないんだけど、一つは「赤いセーター」という防災教育もの、なんか普通な感じ。もう一つが「ばら寮でのできごと」という、女子寮の運営を話し合うとかなんとかで、社会派な感じなんだけど、見てると話し合っているだけのシーンが多くて結構地味な印象。いや、分かんないですよ、話はエキサイティングかもしれない。

次「私は、豹変しながらいろいろとあくせくします」で、この辺りからおなじみのちひろの絵が登場。特に1970年……って晩年近いんだけど、「あごに手をおく少女」の超シンプルな線だけで描いた顔が見事。「絵をかく女の子」のパステルの見事な使いっぷり。1967年の赤ちゃんをスケッチしたのが並んでいるが、まさに赤ちゃんが何ヶ月目かも描き分けるすごさが分かるであろう。で、いよいよ絵本原画が登場するが、今回は絵本としても楽しめるっていう展示じゃなくて、あくまで画家だ。絵本のある一枚がどうできていったか、習作と一緒に並べてあるマニアックな展示がある。絵本「となりにきたこ」の「引越しのトラックを見つめる少女」の習作からの変化が面白い。最初壁によりかかっていたりしたが、完成版では毅然と立っていて強気な感じになっている。「夕日の中の犬と少年」も全体の向きが習作では右から左だったのが、左から右に。うむ、これは何か心理的な意味があるような気がするな。「落がきをする子ども」も壁が色地から白地になった。それから有名な戦争ものの絵「戦火の中のこどもたち」からいくつか。「焔の中の母と子」は傑作とされる。母の怒りと恐怖の表情と、子供の無垢な表情の対比が痛い。

次「童画は、けしてただの文の説明であってはならない」ということで、絵だけでも魅せる絵本を目指した数々。ここが今回水彩バカテクを味わえる場所だ。「あめのひのおるすばん」は、もう文句なしの傑作。これほど水彩のにじみや垂れや混ざりを効果的に使った画家もそうそうおらんと思うのです。他にも水彩いろいろ。私が極めて好きだった絵が「海と二人の子ども」で、この海がまたすごいんだけど、今回のはピエゾグラフだな。最後に高畑勲によるインスタレーション。絵本の一枚がピエゾグラフにより等身大拡大され、絵の中に入ったような気になる……というもんだけど、まあ、単に大きくしたパネルみたいな感じでもあるな。黒柳徹子がいろいろしゃべってるビデオがあっておしまい。徹子はちひろ美術館の館長でもあるんだって。

今までになく画業全体の流れが分かっていいんでないの。おすすめしますよ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201807_chihiro.html

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