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2018年8月28日 (火)

芳年(練馬区立美術館)

こいつぁ日曜の午後に行ったのですが、午前中に映画「カメラを止めるな!」を見に行っていて、映像酔いのヘロヘロ状態がやっと治ってきたところで鑑賞したわけです。「カメラを止めるな!」は一応ゾンビもので、血がドバァみたいなところもあったりする。んで同時に芳年も血みどろ絵で高名だったりするという奇妙なリンクが成り立ったわけだ(だからどうってもんでもないが)

芳年に注目するというなかなかな企画。いつもとは逆の展示室順路で、3階左から入って2階はあとだ。年代順で最初は国芳の弟子になったあたり。15歳にしてもうかなりうまい。「文治元年平家の一門亡海落入る図」なんてもう3枚続きを任されているではないか。「近世侠義伝 盛力民五郎」で早くも血の気が多い……っていうか、国芳も結構血の気多かったと思うが。武者絵の国芳だし。それから戯画を意外と描いている。「於吹島之館直之古狸退治図」なんか妖怪もので、コミカルじゃん。あと将棋の駒もの戯画「狂画将基尽し」そうかこういうものも描いてたんだなあ。国芳も戯画得意だったしな。あとは役者絵いろいろ。似顔付き玩具で構成された戯画風の「正札附俳優手遊」うむ、3枚続きもある。

次がいよいよ芳年の名を知らしめた残酷もの錦絵「英名二十八衆句」。落合芳幾との共同作成なんで芳幾の絵もある。コーナー入口に警告文があって、残酷だが、それでも目を背けぬよう、みたいなことが書いてあるのだ。こりゃあスゲエぞ……と思ったが、午前に「カメ止め」を見ていたせいか割と普通に見れたりして、あと、有名なものは既に見て知っているのだ。で、その有名なものが結局のところ一番残酷だったりする。「英名二十八衆句」でヤバいのは展示終わりあたりの三枚「稲田九蔵新助」女を吊して斬っているヤツ。うむう残酷~ でも女の顔が浮世絵なんでそう生々しくはないですな。「直助權兵衛」顔の皮剥いでいるヤツ。「団七九郎兵衛」は血と泥まみれ。芳幾でがんばっているのは「邑井長庵」の頭に刀ザックリ。実のところ、あとは血がついてますっていう程度で、そんなに酷いものは無かったように思う。「清盛入道布引滝遊覧悪源太義平霊討難波次郎」が縦三枚続きでよい……とメモってあるが、ありゃ、どんなんだったかな? 「魁題百撰相」は戦場を見てきたリアルが反映されているというが……似顔集みたいでよく分からん。「一魁随筆」シリーズは武者絵でありながら結構繊細さが分かる傑作だべ。このあたりで芳年、精神がヤバくなったらしい。

で、精神の病を脱して「大蘇芳年」と名乗って調子もよくなった。「大日本略図会 第八十代安得天皇」は波のリアルであり、戦いでもあり。あと美人画も描いているが、画風からすると、江戸後期風の目がキツい美人で、今の感覚からするとちょっとアレかもしれない。「全盛四季 春」の花見美人もいいが、「全盛四季 夏」の風呂屋の女湯……って、なんでこういうものを描けるのだ? 見たのか? 「全盛四季 冬」は雪景色と美人ですな。

新聞錦絵を描いていた頃のが次に並ぶ。「皇国二十四功」シリーズは調子がよくてノリノリになってきたもんで、絵が近代イラストみたいになっているし、ポーズなんかキマっている。あのぅ、ストップモーションっていうんですかね。動作の瞬間を描くような、それが得意よ。「芳年武者无類」は顔をバッチリ見せないで、横向きとか、隠れてるとか、そんな演出をしたものらしい。「藤原保昌月下弄笛図」は有名な絵で、笛を吹いているが隙がない、というヤツで、実はこれ一番最初に展示されている。「東名所隅田川梅若之古事」は風景だが、水面に映る月が光線画っぽくて超リアル。こういうところが文明開化だし、近代版画に突入していて、さらに言うと、もうあまり「浮世絵」っぽくないのだ。「修紫田舎源氏」なんだけど、細かい模様の描き込みバッチリで、このあたりまだ江戸浮世絵技が残っているね。「曽我時致乗裸馬駆大磯」は太い水墨の馬が何ともイカす逸品だ。それから縦2枚続きの版画がイパーイ並ぶ。見てると名作揃いで、芳年はこの形が一番得意だったんじゃないかと思わせますな。「奥州安達がはらひとつ家の図」は妊婦を裸に剥いて逆さ吊りしている山姥の絵で、ヤバいんで当初発禁になったと。「芳流閣両雄動」は八犬伝もの。屋根の上での対決。国芳に同じ場面の絵があるが、芳年のはもう明治近代画の雰囲気。あと町に火をつけてはしごを登っていく八百屋お七を描いた傑作。タイトルは……あれ、どれかな……まあいいや、それもここだ。

階を降りて、まだ展示は続く。有名な「月百姿」シリーズがいくつか。こうして見るとやはり完成度が高いですな。「はかなしや……(長い)」は水面の反射だけで月の存在を分からせる粋な傑作だ。「源氏夕顔巻」の女幽霊もなかなか。あと孫悟空もあったよな。ストップモーションで。それから、意外なところで素描がある。なんと「骸骨」おお医学的にして現実的。あとは晩年になってきて、ここで美人画の傑作「風俗三十二相」。様相の江戸顔美人はちょっと見もの。あとは少ないながら肉筆がいくつか。「鐘馗」はなかなか迫力があって傑作ですな。肉筆でもイケるのに少ないのはもったいないですな。

いやボリューム多いですよ。十分ですよ。行ってみよう。8/28から展示替えなんで、いくつか違うかも。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201805131526201032

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2018年8月21日 (火)

BENTO おべんとう展(東京都美術館)

弁当の展示を美術館でやる。そうかこういう着眼があったか。みんな弁当好きだよな。俺も好きだぞ。これで面白くないわけがない。

最初にあるのは弁当の歴史。主には弁当箱なんだけど、紅白のひょうたん型とか、家の形をしたのもある。重箱もいろいろ、江戸時代の花見の時の弁当の内容が模型再現されている(うまそうかというとイマイチかな)。あと、昔なじみのアルマイトの軽い弁当箱(ウルトラマンとかキャラもの)。それから世界の弁当箱いろいろ。丸い形が多いですな。オーストラリアだけ四角い。
阿部了の写真コーナー。弁当を食べる人々の姿をすっと撮ってきたとのことで、いやぁ、弁当を食べる姿ってのは、なかなかいいものですなあ。うまそうだし。
触れるコーナー。手袋をして。展示されてたものを、実際いじくることができる。重箱のいくつも重なっているのとか。ブータンの弁当箱が軽いもんで、これざるですな。タイの軽い金属製のものがよくできている。丸いのを何重にも重ねて、一度に持ち運べる。ちゃんとロックできる。タイカレーも持ち運べるんじゃないか。
それから、大塩あゆ美という人の、人から話を聞いて、その人にとっての誰かに贈る弁当を作る、という作品。弁当と、それを作るに至った物語がパネル展示されている。新幹線通勤して大変な妻とか、最近会話が少ない剣道部の息子とか、90歳の祖母とか。剣道部息子に贈る。スタミナ肉弁当がうまそうだっ。

次は一部屋使ったマライエ・フォーゲルサングのインスタレーション。こういうところが美術館展示ですな。お弁当の精霊がいろいろな話をしてくれる。まずイヤホンガイドなんかで使うような装置を渡される。六角形の複数コーナーに分かれているが、それぞれのれんというか、上から下がっている長い紐状のカーテンみたいなのがあって、それをかき分けていくと、中央に作品と解説番号プレートがある。プレートに装置をかざすと、そのコーナーの精霊の話が聞けるってわけ。主に食材の話……なんだけど、どうもお弁当の精霊というより、エコの精霊で、いきなり肉食を否定されて面食らう。肉を食べられるようにするためには大量の水を消費するんだそうな。家畜を育てるのまで入れるとミートボール1個でもう何十リットルとか。ヤバいじゃん。先ほど剣道部息子への肉弁当で感動してたらコレだよ。あとはキノコはいいだの、魚は素晴らしいだの、コンビニ弁当は容器は使い捨てだし、売れ残ったら廃棄されるからいけませんみたいな話もあって、なんか説教臭いもんでだんだん気が滅入ってくるが、まあこの手が好きな人は、うんうん言いながら共感するでしょうなあ。しかし、もったいないもったいない言ってる人は、しばしば「流通」をナメすぎてるフシがありゃしないかね。豊作のキャベツを売らずに踏みつぶしているのはなぜか? もったいないじゃーん そうだね。じゃあ、あげるから取りに来なよ。えー時間がないし交通費がもったいなーい。そこなんだよ流通をナメるなって話。で、終わったらハガキもらえました。

階を上がって、北澤潤の「おすそわけ横町」なんか雑貨屋みたいな感じなんだけど、みんな「おすそわけ」でもらったものを展示してるんだって。いろいろあるし、手にとって見れるんで楽しいぞ。オモチャやら古いカセットテープやら、外国のおかしなどもある。ペンもある。自分もおすそわけしたい、という人用に、持ち帰りの空箱も用意してあり、箱を持って帰って後日おすそわけを入れて持ってきて、みたいなこともしている。

それから最後の部屋。なんたって小山田徹の弁当写真。子供が弁当のイメージ画を描き、それに従って小山田が弁当を作る。子供の発想がものすごく、地球とか、台風とか、蛇行する川とか、子供ならではの世界に父が技術を駆使してこたえる。実はこのパターンは最強で、私も子供に詩のようなものを言わせて、それを記録して、音楽をつけて朗読作品にするとかやったことがあるのだ。大人にはできない発想をたやすくやってのけるのがマジ凄い。芸術家は結構子供の発想に憧れているのだ。で、弁当作品を見ていると、卵焼き、海苔、竹輪が結構活躍しているようだ。
あとは中学生のワークショップ、実際に弁当を作って、それに関するショートムービーを作る。フィクションでオッケー。実際にできたムービーを見ることができる……一つ見てみた。アボカドサンドイッチの話。まあ中学生が作ったんで、老人と称するのがどう見ても中学生だったり、行動中に常に独り言言っててもご愛敬である。
あと、自分で弁当の絵を描けるところがあるが、
よく見ていない。

美術展示であり、お弁当に関する展示でもある、という大変面白い着眼。よく思いついた。
http://bento.tobikan.jp/

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2018年8月11日 (土)

大Ah!!rt展(西武渋谷店)

思わず「アー!!ッ」っと叫んでしまうアート作品を集めたそうで、これがまたデパートの催事場で無料でやるのがちょっともったいないぐらい面白いのが集まっている。プロデューサーは放送作家の倉本美津留で、後援がフジテレビ……なもんで、テレビ企画っぽいノリがあるが、まあそこは誰でもウェルカムな雰囲気で、こういうところで現在アートにとっついてもイイじゃないか。
よく、この手合いだと、面白い「だけ」の場合も少なくないし、また「わけわかんない」というのも少なくないが、今回はテクニカルな(芸術的スゴ技を感じさせる)ものも結構あるし、意図が分かりやすいものも多い。もちろん撮影可能。インスタできるぜっ。

で、面白かったものをいくつか。江頭誠、ロココみたいな毛布だけで作った部屋セット。これ、とっても趣味が悪く見えるが、実は全部そこらにある毛布だったりするんだな。高石優真、おお、金属でできた動物骨格……ではなく骨にメッキしただけだが、この手があったのか。入江早耶、ポスターの鳥を消しゴムで消し、その消しかすで鳥の立体を作ってしまう驚異の技。これは思わず唸っちゃうぞ。こういう技を感じられるものは好きだなあ。小宮太郎、碁盤に並ぶ碁石でどれか一つだけ回っている……っていうのだが、とうとうどれか分からなかった。木村雪乃、丸いシールだけでネオンが灯る夜の街の絵を作る。これもなかなかの技あり。高田安規子・政子の切り子細工。なんと風呂の壁とかに使う吸盤に切り子細工を加えている。あれ確かに、上向けると器みたいだし、透明なもんで切り子入れるとキレイなんだなこれが。イイじゃないか。久村卓。シャツのワンポイントの絵に、さらに刺繍で周囲を追加。面白い。(euglena)タンポポの綿毛を加工するという、これも驚異の技。球形にしている作品がスゲエ。LEE KAN KYOのスーパーの広告そのままの絵画。なんちゅーかポップアートですな。

がしかし、私が最も驚いたのは太田祐司の作品……これについて、書こうかどうしようか……イタコに有名画家を憑依させて絵を描かせるというものです。あとは、何も知らずにいきなり見た方が面白いんだよなあ……なもんで、行く気のある人はこの先を読まずに行きなさい。(しばらく改行する)









憑依させた画家はジャクソン・ポロックです。地面にキャンバスを置き、絵の具を垂らしたりまき散らしたりして絵を作る人、イタコに憑依させて描いた絵の実物と、ビデオがある。ビデオじゃ実際イタコにジャクソン・ポロックを呼んでもらい、憑依したら本人確認含めていくつか質問。憑依ポロックが絵を描きたいと言うので、地面に置いたキャンバスに絵を描かせる。
できた絵の本物を見ると……え? ちょっと待てよ。どう見たってこれジャクソン・ポロックじゃないか! 色使いも全体のバランスもとても素人のものではない。ビデオ内でもちゃんと、イタコのおばちゃんがポロック的手法で作っている。え? ……マ、マジですか? ガチでやってんのこれ? イタコってそんな凄かったの?
あまりに驚いてしまい混乱の極みである。近くにこのアーティスト(イタコではない太田祐司)のファイルがあって、他の作品も見たが、どうも恐らくは「嘘」が一部混じっているらしい。本人もそう書いている。でも、その判断は私達にはつかないのだ。この判断がつかない、というところがミソで、このアート作品の意図なのですよ。イタコじゃなくて役者かもしれない……しかしもしかすると本物かもしれない。分からない。分からないが、驚いてしまったという事実は残るし、これの否定もできない。もう向こうの勝ちなのだ。
これについて、事前情報として、イタコに有名画家を憑依させて絵を描かせたらというものがあるのは知ってた。でも、多分、どう見ても似ても似つかない、なんてものが出てるんだろうなと思ったら違ったな。確かにそれじゃ当たり前過ぎて、表面的に笑うだけで面白さに深みも何もないもんだ。だから今回の、これぞアートである。

そんなわけだから、渋谷に用でもあればついでにサクッと入ってしまいなさい。
https://www.sogo-seibu.jp/shibuya/topics/page/180720Art.html

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2018年8月 5日 (日)

藤田嗣治展(東京都美術館)

没後50年の大回顧展。意外なことだが、これだけ年代順にちゃんと見たのは初めてな気がするんだが、だいたい藤田といえばパリでウケた乳白色裸婦があり、戦争画があり、晩年のレオナール時代の子供の絵とかがあるってもんです。今回は見たことのある絵もあれば初めての絵もあり、何より、知ってたあの絵がどの時代だったのかってのが分かってよかった。

というわけで、手堅く年代順の展示。最初は、「原風景 - 家族と風景」ということで4点。初めての自画像は、例のヘンな日本人じゃなくて至って普通。父の肖像は偉い医者らしいんで勲章だらけよ。「婦人像」ってこれ母じゃなかったよな……だれだっけ? あと「朝鮮風景」。朝鮮に行ってたようで、絵としては印象派っぽい普通さ。

「はじまりのパリ - 第一次世界大戦をはさんで」ということで、初めてパリに行って描いてデビューして人気者になるまで。「キュビズム風静物」おお、やってたんだねぇキュビズムを。でも特にのめり込まず。「トランプ占いの女」も未来派風だそうで、確かに動きを洗わす手が何本もあるようだ。この手にものめり込まず。「パリ風景」という大きめの絵がよい。モノトーンと有機的にうねる道路。人もほとんどいなくて寂しいんだけど、何か街そのものの気配のような。うむ、この作風だけでもそこそこイケるじゃん。あと「目隠し遊び」これも仲がよかったというモディリアーニ風の長い体、だけじゃなくS字にうねっている妙な絵。こんなのも描いてたんですなあ。「花を持つ少女」一見かわいいが……顔が爬虫類っぽくね? 「二人の女」「二人の少女」まだ乳白色じゃなくて灰色ですな。「野兎の静物」おっと日本人(オレ)の苦手な死んだ哺乳類の絵だお。でもあんまり死んでるように見えません。リアルに死んでるの(縛られて吊されてるとか)は藤田も描く気がなかったとか。「アネモネ」これは先のモノトーンを彷彿とさせる。「バラ」おお、ここであの乳白色が登場。藤田嗣治といえば、あの特徴ある乳白色の地肌。あとバラの花自体も方々に広がって咲いてて変わっているところがよい。なんだろう、琳派っぽいのかな。ここで初期の宗教画が少々。「母と子」これ……ほら、あの、滝田ゆうってマンガ家いたでしょ。あれの描く女性に似てないかい? 

「1920年代の自画像と肖像 - 『時代』をまとう人の姿」ってことで、画家として本格活動し始めた1920年から。最初の「自画像」は不安いっぱいなようで、ちょっと暗い。他にも自画像が何種類か。おなじみ猫と一緒にいるやつは、東京国立近代美術館所蔵。他の人の肖像では「エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像」注文品のようだがマチエールがリッチな感じでなかなかですな。「ヴァイオリンを持つ子ども」は普通にかわいい系……なんだけど、近くにいた人が「棒が長い」などと会話しとる。おお、確かに見ると、ヴァイオリンの弓が異常に長いんじゃ。「猫」の絵はおなじみだが藤田の猫は気高いですな。

「『乳白色の裸婦』の時代」ってことで、いよいよ藤田といえばコレだね! コーナー。「横たわる裸婦」のまだ初期型な感じ。「タピスリーの裸婦」では猫がにゃー。「五人の裸婦」という大作。肌の白さが引き立つ背景の布地……ええと、何とか布っていったがメモるの忘れた。「舞踏会の前」これも裸婦と着てるの混ぜ混ぜで。下に落ちてる仮面を見ると、ちょっとアンソール風の絵に見える。藤田はアンソールも知ってたようだが。この後も裸婦が続くが、背景も白地になってしまい、全体がマッシロシロな感じが多い。うーん、背景は色付きの方がなんかイイですなあ。

「1930年代・旅する画家-北米・中南米・アジア」ということで、世界恐慌になってパリを出た。同時に作風をガラッと変える。最初の「モンパルナスの娼家」はそれまで見ていた乳白色をイッキにぶっ壊す濃ゆい色使い。娼婦も肉感的で、いや、これがなかなか悪くない。リオデジャネイロに行き、「町芸人」も鮮やか。「婦人像(リオ)」当時の恋人の……マドレーヌだっけ。乳白色の肌も使ったいい絵ですな。あと、水彩の「リオの人々」とか、こじゃれたパリ時代を離れ、生き生きした感じがする。うん、新しい、新鮮な題材を見つけると、芸術家というものは生き生きするものだよ。「娼婦(マドレーヌ)」は手堅い乳白色もの。やる時はやる。これはホテル用だそうで。あと日本に戻ってきて、「秋田の娘」とか、実に秋田だなあ(?)。いや、リオもそうだけど土地柄あふれる人を描くのうまいですな。沖縄の「客人(糸満)」とかも。あとはちょっと大きめ「自画像」全身像で日本家屋の中。アット日本。

「『歴史』に直面する - 二度目の大戦との遭遇」戦争前に、ちょっとパリへ行ったそうで、1年だけだけど結構充実してたそうです。有名な「争闘(猫)」。何匹もの猫が入り乱れバトルしている名画、はなんとこの時だったんだな。あと「人魚」乳白色ものだが、顔がなんか日本人っぽくて面長だぞ。この時の恋人が妻になるんだったかな。

「『歴史』に直面する - 作戦記録画へ」。いわゆる「戦争画」なんだけど、軍から依頼されたものは「作戦記録画」というのが正式な呼び方らしい。「戦争」って言葉を除いたんで気に入らねえ、という御仁もおるだろうか、まーあんまし気にするところでもないだろう。どう見たって戦争なんだから。代表作「アッツ島玉砕」がある。死屍累々なんだか、一応まだ戦ってるのもいるんだか、分からんが、なんかすごい雰囲気で、まあ殉教画みたいな感じですな。これが展示され拝んでいた人がいるというのも分からんでもない。戦争も末期になると、信じる者は救われるんです、みたいな根拠も何もない精神的なものになり、靖国で英霊になるんだとか、それはもう心より信じる宗教みたいになってしまう。祈れ、崇めよ、運命を嘆け。次の「サイパン島同胞臣節を全うす」も宗教画っぽい。単なる戦争画でも、ましてや作戦記録画でもない。藤田は絵に求められているものを十分分かっていたといえる。

「戦後の20年 - 東京・ニューヨーク・パリ」戦争画をマジで描いてた藤田は、戦争責任を糾弾されてしまう。人々はこないだまで鬼畜米英とか言ってたくせに手のひらを返して、自分は騙されてたやっぱしあいつが悪いんじゃとか言い始めた。非難の指先を突きつけられた藤田は(これがあって藤田は戦後長いこと評価されなかった)日本を出て、二度と帰らなかった。まずはニューヨークへ、絵の方はまた生き生きし始める。「優美神」は正攻法の裸婦三人。「私の夢」も裸婦と動物(猫もいる)で二度おいしい。有名な「カフェ」もこのニューヨーク時代。女性像の傑作ですな。「ラ・フォンテーヌ頌」動物ものでうまいぞ。「姉妹」ベッドの上でもの食うなよ。「室内」ドールハウスっぽいが、これのドールハウスをどこかで見たぞ。それからパリへ。そう、もう日本人を捨ててフランス人、レオナール・フジタの誕生だ。「ビストロ」は人いろいろの描写が楽しいねえ。猫もいるし。ビストロは誰でも利用できる食堂だって。でも日本じゃビストロって呼ばれる店は高いよな。「すぐ戻ります(蚤の市)」ごちゃごちゃしてるのに、うまい、いい雰囲気なのはさすがだ。

そしてラスト「カトリックへの道行き」。フジタはクリスチャンとして、宗教画など本格的に描き始めたぞ。「黙示録」のごちゃごちゃ感が面白い(何描いてあるかよく分からん)。「キリスト降架」は西洋美人をちゃんと描いた正統的な傑作。「マドンナ」は異色の黒人マリア様と黒人キッズの天使。「礼拝」では本人と奥さんがいる。おなじみ子供の絵もあり……っていうか点数多くてこの辺でもう疲れてくるじゃ。

時代の流れを追って今までになく分かりやすく、ボリュームもあり、手堅くおすすめできるじょ。
http://foujita2018.jp/

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