« 誕生100年 いわさきちひろ、絵描きです。(東京ステーションギャラリー) | トップページ | 大Ah!!rt展(西武渋谷店) »

2018年8月 5日 (日)

藤田嗣治展(東京都美術館)

没後50年の大回顧展。意外なことだが、これだけ年代順にちゃんと見たのは初めてな気がするんだが、だいたい藤田といえばパリでウケた乳白色裸婦があり、戦争画があり、晩年のレオナール時代の子供の絵とかがあるってもんです。今回は見たことのある絵もあれば初めての絵もあり、何より、知ってたあの絵がどの時代だったのかってのが分かってよかった。

というわけで、手堅く年代順の展示。最初は、「原風景 - 家族と風景」ということで4点。初めての自画像は、例のヘンな日本人じゃなくて至って普通。父の肖像は偉い医者らしいんで勲章だらけよ。「婦人像」ってこれ母じゃなかったよな……だれだっけ? あと「朝鮮風景」。朝鮮に行ってたようで、絵としては印象派っぽい普通さ。

「はじまりのパリ - 第一次世界大戦をはさんで」ということで、初めてパリに行って描いてデビューして人気者になるまで。「キュビズム風静物」おお、やってたんだねぇキュビズムを。でも特にのめり込まず。「トランプ占いの女」も未来派風だそうで、確かに動きを洗わす手が何本もあるようだ。この手にものめり込まず。「パリ風景」という大きめの絵がよい。モノトーンと有機的にうねる道路。人もほとんどいなくて寂しいんだけど、何か街そのものの気配のような。うむ、この作風だけでもそこそこイケるじゃん。あと「目隠し遊び」これも仲がよかったというモディリアーニ風の長い体、だけじゃなくS字にうねっている妙な絵。こんなのも描いてたんですなあ。「花を持つ少女」一見かわいいが……顔が爬虫類っぽくね? 「二人の女」「二人の少女」まだ乳白色じゃなくて灰色ですな。「野兎の静物」おっと日本人(オレ)の苦手な死んだ哺乳類の絵だお。でもあんまり死んでるように見えません。リアルに死んでるの(縛られて吊されてるとか)は藤田も描く気がなかったとか。「アネモネ」これは先のモノトーンを彷彿とさせる。「バラ」おお、ここであの乳白色が登場。藤田嗣治といえば、あの特徴ある乳白色の地肌。あとバラの花自体も方々に広がって咲いてて変わっているところがよい。なんだろう、琳派っぽいのかな。ここで初期の宗教画が少々。「母と子」これ……ほら、あの、滝田ゆうってマンガ家いたでしょ。あれの描く女性に似てないかい? 

「1920年代の自画像と肖像 - 『時代』をまとう人の姿」ってことで、画家として本格活動し始めた1920年から。最初の「自画像」は不安いっぱいなようで、ちょっと暗い。他にも自画像が何種類か。おなじみ猫と一緒にいるやつは、東京国立近代美術館所蔵。他の人の肖像では「エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像」注文品のようだがマチエールがリッチな感じでなかなかですな。「ヴァイオリンを持つ子ども」は普通にかわいい系……なんだけど、近くにいた人が「棒が長い」などと会話しとる。おお、確かに見ると、ヴァイオリンの弓が異常に長いんじゃ。「猫」の絵はおなじみだが藤田の猫は気高いですな。

「『乳白色の裸婦』の時代」ってことで、いよいよ藤田といえばコレだね! コーナー。「横たわる裸婦」のまだ初期型な感じ。「タピスリーの裸婦」では猫がにゃー。「五人の裸婦」という大作。肌の白さが引き立つ背景の布地……ええと、何とか布っていったがメモるの忘れた。「舞踏会の前」これも裸婦と着てるの混ぜ混ぜで。下に落ちてる仮面を見ると、ちょっとアンソール風の絵に見える。藤田はアンソールも知ってたようだが。この後も裸婦が続くが、背景も白地になってしまい、全体がマッシロシロな感じが多い。うーん、背景は色付きの方がなんかイイですなあ。

「1930年代・旅する画家-北米・中南米・アジア」ということで、世界恐慌になってパリを出た。同時に作風をガラッと変える。最初の「モンパルナスの娼家」はそれまで見ていた乳白色をイッキにぶっ壊す濃ゆい色使い。娼婦も肉感的で、いや、これがなかなか悪くない。リオデジャネイロに行き、「町芸人」も鮮やか。「婦人像(リオ)」当時の恋人の……マドレーヌだっけ。乳白色の肌も使ったいい絵ですな。あと、水彩の「リオの人々」とか、こじゃれたパリ時代を離れ、生き生きした感じがする。うん、新しい、新鮮な題材を見つけると、芸術家というものは生き生きするものだよ。「娼婦(マドレーヌ)」は手堅い乳白色もの。やる時はやる。これはホテル用だそうで。あと日本に戻ってきて、「秋田の娘」とか、実に秋田だなあ(?)。いや、リオもそうだけど土地柄あふれる人を描くのうまいですな。沖縄の「客人(糸満)」とかも。あとはちょっと大きめ「自画像」全身像で日本家屋の中。アット日本。

「『歴史』に直面する - 二度目の大戦との遭遇」戦争前に、ちょっとパリへ行ったそうで、1年だけだけど結構充実してたそうです。有名な「争闘(猫)」。何匹もの猫が入り乱れバトルしている名画、はなんとこの時だったんだな。あと「人魚」乳白色ものだが、顔がなんか日本人っぽくて面長だぞ。この時の恋人が妻になるんだったかな。

「『歴史』に直面する - 作戦記録画へ」。いわゆる「戦争画」なんだけど、軍から依頼されたものは「作戦記録画」というのが正式な呼び方らしい。「戦争」って言葉を除いたんで気に入らねえ、という御仁もおるだろうか、まーあんまし気にするところでもないだろう。どう見たって戦争なんだから。代表作「アッツ島玉砕」がある。死屍累々なんだか、一応まだ戦ってるのもいるんだか、分からんが、なんかすごい雰囲気で、まあ殉教画みたいな感じですな。これが展示され拝んでいた人がいるというのも分からんでもない。戦争も末期になると、信じる者は救われるんです、みたいな根拠も何もない精神的なものになり、靖国で英霊になるんだとか、それはもう心より信じる宗教みたいになってしまう。祈れ、崇めよ、運命を嘆け。次の「サイパン島同胞臣節を全うす」も宗教画っぽい。単なる戦争画でも、ましてや作戦記録画でもない。藤田は絵に求められているものを十分分かっていたといえる。

「戦後の20年 - 東京・ニューヨーク・パリ」戦争画をマジで描いてた藤田は、戦争責任を糾弾されてしまう。人々はこないだまで鬼畜米英とか言ってたくせに手のひらを返して、自分は騙されてたやっぱしあいつが悪いんじゃとか言い始めた。非難の指先を突きつけられた藤田は(これがあって藤田は戦後長いこと評価されなかった)日本を出て、二度と帰らなかった。まずはニューヨークへ、絵の方はまた生き生きし始める。「優美神」は正攻法の裸婦三人。「私の夢」も裸婦と動物(猫もいる)で二度おいしい。有名な「カフェ」もこのニューヨーク時代。女性像の傑作ですな。「ラ・フォンテーヌ頌」動物ものでうまいぞ。「姉妹」ベッドの上でもの食うなよ。「室内」ドールハウスっぽいが、これのドールハウスをどこかで見たぞ。それからパリへ。そう、もう日本人を捨ててフランス人、レオナール・フジタの誕生だ。「ビストロ」は人いろいろの描写が楽しいねえ。猫もいるし。ビストロは誰でも利用できる食堂だって。でも日本じゃビストロって呼ばれる店は高いよな。「すぐ戻ります(蚤の市)」ごちゃごちゃしてるのに、うまい、いい雰囲気なのはさすがだ。

そしてラスト「カトリックへの道行き」。フジタはクリスチャンとして、宗教画など本格的に描き始めたぞ。「黙示録」のごちゃごちゃ感が面白い(何描いてあるかよく分からん)。「キリスト降架」は西洋美人をちゃんと描いた正統的な傑作。「マドンナ」は異色の黒人マリア様と黒人キッズの天使。「礼拝」では本人と奥さんがいる。おなじみ子供の絵もあり……っていうか点数多くてこの辺でもう疲れてくるじゃ。

時代の流れを追って今までになく分かりやすく、ボリュームもあり、手堅くおすすめできるじょ。
http://foujita2018.jp/

|

« 誕生100年 いわさきちひろ、絵描きです。(東京ステーションギャラリー) | トップページ | 大Ah!!rt展(西武渋谷店) »