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2018年9月 2日 (日)

モネ それからの100年(横浜美術館)

横浜そごう「フェルメール 光の王国」の券をもらった……んだけど、それだけじゃあなんだから、行ってなかったこれに行こうと決めた土曜午後。しかしイチバン行ってはイカン時間帯に行ってしまったようで、このモネ展がまたえれえ混んでいる。
ちなみにフェルメール展でのフェルメールのパチモンじゃなかった精密複製画は、うーん……なぜか絵がみんな小さく見えるんだよね。オリジナルと同じ大きさのはずなんだが。展示方法の問題か。あとなんか本物の記憶と違う感じなんでやっぱり本物の方が……

それはさておき今回のモネ展なんだけど、モネだけじゃなくて、モネのエッセンスを持ったその後のアーティスト達の作品も集まって並列展示されているわけだ。で、これが今回の企画の面白さなのだが、見たところモネの絵にばっかりタカっているではないか。逆にオレはモネはもう飽きてるもんね……ってほどでもないんだけどさ、ちょっとした印象派展ならモネはしょっちゅう出くわすんよ。

冒頭モネ「睡蓮」いきなりだぜっ。で、そこから入るともう人ギッチリ。特に最初の方のモネが酷い。3重4重はあたりまえ状態。でもまあその中でも、初期の冴えてるの「サン=タドレスの断崖」いや、空がキレイですな。モネはボケボケした印象派だと思っているかもしれんが、風景の写実をやらすと結構すごいんだぞ。モネ以外では、ルイ・カーヌ「彩られた空気」、網の上に描いてて、その下に影ができる。ウィレム・デ・クーニング「風景の中の女」おお、これは例の、フォーヴよりさらに野獣ななんだか分からない女だ。中西夏之「夏至・橋の上」が2点。ほう、ゴミ卵作ってた中西にしちゃ上品な色使いではないか。岡崎乾二郎って人が厚塗りベタベタ。湯浅克俊が、これ油性木版とかいう技もの。思い切り現代の人ですな。

それからまたモネが並んでいて、人がたかっておる……ちょっと待て、その並んでいるのと対峙して展示されているのはマーク・ロスコではないか。例のぼんやり四角の作品2つ。うむむむ……諸君はモネばっかり見ているようだがこのモネとロスコのシンクロが結構面白いんだぞ。モネの言葉が書いてあって「描くものと自分の前に横たわる『何か』を描く」んだって。その言葉をもってロスコを見ると、おお、これまさにその「何か」をスパッと抜き出してきた感じに見えるのだよ。ロスコの絵は極めて心象的だ。モネ対ロスコ、こりゃあ見どころだ。

次は煙や霧の世界。モネの「テムズ河 チャリング・クロス橋」は煙っているが極めて色がいい。あの青みがかった世界はモネの十八番ですな。その裏の「霧の中の太陽」も太陽の光が見事に演出されている。この2枚を中心に、周囲は違う人。ゲルハルト・リヒター作品は、まさに霧の向こうだ。松本陽子も煙っている。霧と煙を感じさせる何かの群。

それからモネに捧げる作品群。ロイ・リキテンスタイン「積みわら」シリーズと「日本の橋のある睡蓮」。ルイ・カーヌも「睡蓮」違いが分かりにくい他にも睡蓮もの多し。おっと福田美蘭。大原美術館の建物に、モネの睡蓮を合成させた会画。テクニックはすばらしいものがあるが、どうしても元絵があってそれを料理する、というサブカルチャーな作品から抜けれない。まあ抜けようともしてないかもしれないが。福田美蘭は1、2枚見る分には大変面白くていいのだが、まとめて見るのはあまり向いていないんだ。モネの睡蓮がたくさん並ぶ。ここでまたモネ「バラの小道の家」色がやや毒々しくなり、描画は荒れて、晩年の感じ。そのとなりにある「ジャン=ポール・リオベル」がモネの晩年風で、ちゃんとモネのエッセンスを取り入れているぞ。サム・フランシス。これも2枚ぐらい見るのがちょうどいいよな。ウォーホル「花」これがここか。最後にまた福田美蘭「睡蓮の池」。夜のレストランから見える風景と、レストランのテーブルが、ちょうど睡蓮の花のよう見えるという技もの。「睡蓮の池 朝」ってのも特別に出ている。

現代の絵画と並べてみて感じ取ってナンボの企画。できればやっぱりすいてる時間に行って、見渡して鑑賞してみたいものですなあ。
http://monet2018yokohama.jp/

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