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2018年9月29日 (土)

ピエール・ボナール展(国立新美術館)

これから秋の大美術展ラッシュなんですけど、その手始めっちゅーか、そんなんで行ってきたのです。いや、ボナールって私はそんなに好みじゃないんだよね。でも行かないわけにもいかん画家である。

入るといきなり空間が広い。まずは「日本かぶれのナビ」というコーナー。ゴーギャンを師とするナビ派の中でもボナールはとりわけ日本好きだったそうで。そんな日本の、特に浮世絵のエッセンスを取り込んだ作品を多く描いている。「アンドレ・ボナール嬢の肖像」妹だってお。縦長の構図は掛け軸か、あるいは浮世絵の大判縦二枚摺か。赤いスカートは明治の赤絵かってとこですな。「砂遊びをする子供」これはモロに掛け軸風ですな。色も日本画っぽい地味な感じ。「白い猫」これが妙な猫でな、足が長くて首がないのじゃ。「乳母たちの散歩、辻馬車の列」は屏風風なんだけど、結構いいセンいってるじゃん。日本画の空間の取り方がちゃんとできている感じだぞ。これ見ると、ゴッホより日本美術消化してんじゃね? ゴッホはがんばって浮世絵の模写なんかしたんだけど、自分の描く絵は日本風というより、あくまでゴッホだったからねえ。「庭の女性たち」四枚組。ボナールの美人画としてみていいんじゃなかろうか。服の格子模様が平面的で、これが浮世絵版画風というわけです。装飾感にあふれておる。「「黄昏(クロッケーの試合)」も格子ドレス縦横ですな。それから小品が続き、「男と女」これはボナール(つまり自分)と恋人のマルトらしいが、裸じゃねーか。コトのあとか。絵を見るとあんまり明るい感じじゃないし、男女の間についたてなんかあって、あんまりうまくいってねーって感じがするが、この二人はいずれ結婚するのです。「ブルジョア家庭の午後あるいはテラス一家」一見普通のように見えるが何となく普通でない人々の絵。いや、面白いんだがなあ。この手だとどうしてもバルテュスを思い出しちゃうなあ。ヤツは強力だったからなあ。

それから「ナビ派時代のグラフィックアート」だそうで、ポスターとか。「百人展」の筆でササッと描いた感じなんて、これも日本画風かな。あと「ユビュおやじ」ものの本があるが……あれ、これってルオーがやってなかったっけ? 調べたらやっぱりルオーのが有名。でも当時一世を風靡した戯曲なもんで、別に誰がやってもいいわけだ。ただ、表紙だけで中身が見えんのだが。

「スナップショット」コーナー……って写真じゃん。写真なんか使ってスペース埋めやがって、とか思ったりしたが、なんとマルトのヌードいっぱい。これは後に描く数々の、有名な裸婦像のネタとなったようで、ボナールの裸婦像を知っている向きには、これらの写真はちょっと面白い。いや、だいぶ面白いな。ボナールの裸婦画がモノクロ写真になったみたいでな。実際は逆なわけだ。

それから「近代の水の精(ナイアス)たち」てことで、ここでおなじみ裸婦画がダダダっと……七つぐらいかな。「浴室の裸婦」は定番テーマ。「浴盤にしゃがむ裸婦」はなんとさっき見た写真が元ネタじゃん。がしかし、絵の方は写真を撮った約十年後に描いてんだって。つまり絵を描く時に、十年前のマルトのヌード写真を見ながら描いてた…………なんだかなあ、どう思いますぅ? 裸婦を描きたいからって十年前のカノジョの写真持ってきちゃって。じゃあ今のあたしはナンナノヨ、今のあたしじゃダメなのか? となりませんかね。こういう容赦ないところが芸術家じゃん。次の「靴をはく若い女」は裸婦だけで色合いも一番普通の感じの絵。他にも「バラ色の裸婦、陰になった頭部」なんてのもあるが、どうも見たところ……そそられませんな。なんでだ? 単にモデルを造形のモチーフとしてしか見ていないのか? それにしては冷たい感じはしないな。思うに、要はそれを描きたかったのでは? 肉体という温かくて、うねうね動いているものに大変興味があったと。だから写真を撮る時も動いてオッケーだったのでは(適当な解釈)。あと自画像が一つ「ボクサー(芸術家の肖像)」顔が赤くてヤバい雰囲気だ。

「室内と静物」コーナー。華やかなロココ時代において一人渋い静物を描いたシャルダンを尊敬している……のでシャルダン風の絵もある。「果物、赤い調和」とか。「猫と女性 あるいは 餌をねだる猫」は、ポスターにもなっているがボナールにしては落ちついた雰囲気の絵だな。「バラ色のローブを着た女」はいい感じの逆光。「テーブルの片隅」という絵が白い。平面っぽい絵だけど、平面的な印象を受けるし、こうなると抽象画モードの鑑賞もイケる。「(何が描いてあるか)考えるな、感じるんだ!」ってやつね。こういう場合は諸君、何が描いてあるか、あえて分かろうとしないことが肝心だお。

「ノルマンディーやその他の風景」のコーナー。ノルマンディーに行くようなりました。やがてコート・ダ・ジュールあたりのル・カネってところに住んじゃいます。ここでは大作「ボート遊び」がよいですな。やはり大きいと迫力が違う。風景だけじゃなくて人物が描いてあるってのがいいですな。自分がその人物になったように思うと、ボナールの風景の中にいるような気分になるようなならないようなで。

最後「終わりなき夏」ここも風景の大作ぞろい。「水の戯れ あるいは 旅」と「歓び」の2つは渋い色使いだが、依頼品で食堂用なんだって。なるほど。あとちょい神話的な画面が面白い。「にぎやかな風景」や「夏」いずれもボナールの色彩世界の下に人々がいて、何となくいい気分だぜっ。そして遺作「花咲くアーモンドの木」は、やはり遺作だけあって最後の力を振り絞ってなんとか絵になっている感じのもの。なんか府中で見たデルヴォーの最後の作品を思い出しちゃったな。

ボナールってどんな絵描いてたのってのが、一通り見れる。スペースにも結構余裕がありますな。この先混むのかな。そういえばJOJOの原画展もやってて、そっちは時間予約制のようで列をなしていたが。
http://bonnard2018.exhn.jp/

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2018年9月24日 (月)

横山崋山(東京ステーションギャラリー)

こないたここの、いわさきちひろの展示に行き、次は横山崋山だそうで……って誰? 知らんから別にいいや~とか思っていたが、なんか凄いらしいんで、行ってみたらやっぱり凄いっていうか、これは今後混み始めるかもしれないぞ。江戸時代後期に活躍した京都の画家だお。

まず9歳の時の絵がある「牛若弁慶図」なかなかうまい。いやウメエよ。何しろ橋の円柱がね、実に自然ということは、ちゃんと物の形の認識と平面への展開ができているのだ。これ昔はなかなか難しいもんだ。その能力は水墨にも発揮され……いや、描いてるんだよ水墨画を。「四季山水図」では岩がどんな形状をしているのかちゃんと分かるではないか。あと建物がちゃんと立体感亜あるぞ……ってこれ簫白の模写? ええと、横山さんちはあの曾我簫白と交流があったそうで、そおっ、あのっ、簫白。簫白の模写なんかもしていてそれが簫白と並んででている。「蝦蟇仙人図」。比較すると、簫白のは例のちょっとキツい顔の人物と太ったガマ。崋山のは若干マイルドで、割と普通のガマです。でも見たところ、どっちもそんなに差がない。これはなかなか凄いことではないか。あと簫白風の「寒山拾得図」なんかもあり、風味(?)がちゃんと生きている。

人物画も割と得意としてたそうで、七福神の絵が並ぶ。いやぁ、「寿老人図」「布袋図」顔が実に福福しいですなあ。「大黒天図」これは人物よりも俵が妙に立体的。そう、西洋風陰影も使えるんだよこの人。「西王母図」おお、なかなか美人を描くではないか。しかし「諾矩羅尊者図」(誰?)は凄い。これも人物じゃなくて龍の部分、水墨の陰影が非常リアルだ。西洋画っぽいが、ただ雰囲気を真似したってだけじゃなさそうだぞ。これはマジでヤバい。しかし、さらにスゲエのがある。「唐子図屏風」金地に子供達が何人も生き生きと遊んでおる。この子供達、表情がパワフルで。簫白風のメリハリのある顔というんでしょうかね、あれが子供のパワーにつながってうまいこと生きている。こりゃもう江戸のセンスじゃなくて、明治あたりのコドモノクニとかそんな感じだ。しかもそれが金地だぜ。「張飛図」も西洋風陰影の馬がなかなか。

花鳥のコーナーになり、崋山は虎の絵を得意とした岸駒(がんく)って人の弟子だったそうだ。なもんで、虎がいくつか。「雪中烏図」は、暁斎のにも似てる渋い存在感のあるカラスだ。「桃錦雉、蕣花猫図」(ムクゲ?)の猫もちょっと日本画離れした雰囲気を持っている。「日の出・波に鶴図」は横山大観とかが描きそうな感じだが、江戸時代にもうこういうキメの画題があったわけか。あとはおなじみ「三猿図」とか席画のガマとかあるよ。

風俗画のコーナー。風俗画も得意だったそうだ……って何でもイケるんじゃん。「四季漫画風俗絵図」実に楽しそうだし、何たって北斎漫画も驚きの人物スケッチ。しかもこっちはカラーだぞ。デキる。描けるぞ横山崋山。階段を下りて「花見図」これは浮世絵風の美人揃い。でも顔は京風ですな。「百鬼夜行図」これは戯画っぽい。「紅花屏風」紅餅を作る行程を屏風に。例の見下ろす構図な。北斎漫画風人物いろいろな状態が面白い。

そしてクライマックスが祇園祭を全部描く図巻「祇園祭礼図巻」だ。上下巻あわせて全長30メートルだって。町の様子から始まって、「山鉾」が次々と描かれる。いろんな場面や風景が立体で作られているもので、「山」はみこしだな。結構デカいけど。「鉾」は車輪がついた山車ですな。一つ一つ全部描いてる。鉾については、上の部分を見せて車輪はトリミングという場合も多々あるが……うーん、無駄なようだけど車輪ついてた方が気分出るな。後半になるとみこしの人々やら行列の人々も描かれて、これがもうかなりの人数。群衆じゃん。崋山晩年の超大作だ。

あとは山水画。京都を鳥瞰で描いた「花洛一覧図」が出世作らしい。このコーナーについては、そんなに極端なものはないようだ。富士山はあるけど。

解説によると、横山崋山、江戸時代はもちろん大正ぐらいまでは結構知名度があったようだ。それから日本画の研究と分類は進んだものの、様々な画風の横山崋山をどこに入れようか分からなくなってしまい、そのまま忘れられてしまった説。今回あらためて日の目を見たというわけです。簫白が好きなら、北斎漫画が好きなら、ぜひ行くべし。前期と後期で入れ替えがあるっぽい。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201809_kazan.html

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2018年9月22日 (土)

2018年のフランケンシュタイン バイオアートに見る芸術と科学と社会のいま(EYE OF GYRE)

表参道にあるGYREという建物にある展示スペース。無料です。写真も撮れます。しかしここがまた、1階にシャネルがあるようなこじゃれた建物で、ブクロ(池袋)が一番居心地がいいなんちゅー私なんぞはてんで落ちつかない。見てる間もファッションもキマった意識高い系カップルが入ってきたりして、軽く英文読んでたりして、なんかもう人種が違うじゃん。

しかし展示は実際のところ結構面白いんです。近頃のバイオテクノロジーをテーマにしたアートで、社会問題もちょっと入っている。最初何の解説も無くて(しかも英語まんまが多い)、意味分かんねーよ意識高い系以外来るなってことかよとか思ったが、解説の紙がちゃんとあった。今回の展示物は感性だけで見るもんじゃなくて、情報も加味しないと意図が分からないぞ。

3コーナーに分かれていて、第1章は「蘇生」。テクノロジーで死者あるいは死んだ何かを蘇らせる。ティナ・ゴヤンクによる一見革でできたカバンだのジャケットだのがある。さて何か? なんと人の皮膚を幹細胞技術で再生し……って培養か? 要は増やしたんだが、それで作ったというのだ。うぎゃああ……一応ここにあるのはフェイクらしいが、実際にやろうともしているらしいぞ。次に平野真美。ユニコーンが横たわっていて、なにやら生命維持装置っぽいもんが付いていて内蔵を見せて蘇生の最中。うぎゃああ……うーん、ちょっと作り物っぽさが目立つな。特に内蔵とか。もちっと本物そっくりにもできたんじゃないだろうか。それからディムット・ストレーブのゴッホの耳の再生プロジェクト。生きていて、音に反応するらしいが……本物が置いてあるわけじゃなくて写真と映像だけ。しかも映像は英語で字幕も無くてよく分からない。表参道ヤングにはどってことないかもしれないが、オレは英語なんぞ聞いても分からぬ。

第2章「人新世」。人間が出てきて地質を荒らし回ったので、地質年代も変えちゃえってのが「人新世」なんだって。展示はロバート・スミッソンの、ドラム缶の中の工業用接着剤を倒して流れ出したところ、の写真。衝撃の自然破壊の象徴よ。でも写真だけじゃイマイチだな。マーク・ダイオンのタール漬けになった鳥の彫刻。ええと、これは分かりやすい。AKI INOMATA「やどかりに「やど」をわたしてみる」これも面白さは分かる。水槽があって、ヤドカリがいる。ここで、ヤドとして提供するのは3Dプリンタで出した透明のプラスチックの貝殻。おお、透明なんで中が見えるぞ。面白い。本田沙映、一見きれいな石ころ。でも実はそこらのビニールやプラスチックを高温で溶かして混ぜて固めたもの。材料の説明が面白い。どこそこのビニールとか、何々のプラスチックとか。一つずつ解説が入っているぞ。

第3章「生政治」。ここもそれぞれテーマがある展示。ヘザー・デューイ・ハグボーグは、リアルな人形の顔が3つ。何か? その下に箱がある。どこそこで取れたガムの残り、たばこの吸い殻、とか、要はそこからDNAを採集し、情報を読みとって顔を再現させたんだってお。おおおおお。もちろんフェイクだとは思うがそんな時代はすぐそこだ。最後、BCL「DNAブラックリストプリンター」。プリンタが文字を出している。何か? これなんと、合成禁止となっているDNAだって。それらをサクッと出しちゃうって怖いじゃないかって話。
関係あるかどうか分からないが、例の障害者殺害事件で、今また再び優生思想が問題化しているのだが、いかなる状態であれ、人として生きている命を殺さない、なんてことは当たり前だし、ほとんど人は同意できるはずだ。がしかし、優生思想の主戦場はもはや出生前だ。疾患を持った胎児は、胚は、DNAは、生むか生まないか、それは命の選別なのかそうでないのか、どこからが命か、は人それぞれで簡単に結論も出ない。受精前、受精後、胚、胎児の何週間、新生児、さて君はどこに線を引く? それはグレーゾーンでの戦いなのだ。

企画のコンセプトは面白い。あとは、がんばってここに足を運んでくれ。
https://gyre-omotesando.com/artandgallery/bioart/

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2018年9月 2日 (日)

モネ それからの100年(横浜美術館)

横浜そごう「フェルメール 光の王国」の券をもらった……んだけど、それだけじゃあなんだから、行ってなかったこれに行こうと決めた土曜午後。しかしイチバン行ってはイカン時間帯に行ってしまったようで、このモネ展がまたえれえ混んでいる。
ちなみにフェルメール展でのフェルメールのパチモンじゃなかった精密複製画は、うーん……なぜか絵がみんな小さく見えるんだよね。オリジナルと同じ大きさのはずなんだが。展示方法の問題か。あとなんか本物の記憶と違う感じなんでやっぱり本物の方が……

それはさておき今回のモネ展なんだけど、モネだけじゃなくて、モネのエッセンスを持ったその後のアーティスト達の作品も集まって並列展示されているわけだ。で、これが今回の企画の面白さなのだが、見たところモネの絵にばっかりタカっているではないか。逆にオレはモネはもう飽きてるもんね……ってほどでもないんだけどさ、ちょっとした印象派展ならモネはしょっちゅう出くわすんよ。

冒頭モネ「睡蓮」いきなりだぜっ。で、そこから入るともう人ギッチリ。特に最初の方のモネが酷い。3重4重はあたりまえ状態。でもまあその中でも、初期の冴えてるの「サン=タドレスの断崖」いや、空がキレイですな。モネはボケボケした印象派だと思っているかもしれんが、風景の写実をやらすと結構すごいんだぞ。モネ以外では、ルイ・カーヌ「彩られた空気」、網の上に描いてて、その下に影ができる。ウィレム・デ・クーニング「風景の中の女」おお、これは例の、フォーヴよりさらに野獣ななんだか分からない女だ。中西夏之「夏至・橋の上」が2点。ほう、ゴミ卵作ってた中西にしちゃ上品な色使いではないか。岡崎乾二郎って人が厚塗りベタベタ。湯浅克俊が、これ油性木版とかいう技もの。思い切り現代の人ですな。

それからまたモネが並んでいて、人がたかっておる……ちょっと待て、その並んでいるのと対峙して展示されているのはマーク・ロスコではないか。例のぼんやり四角の作品2つ。うむむむ……諸君はモネばっかり見ているようだがこのモネとロスコのシンクロが結構面白いんだぞ。モネの言葉が書いてあって「描くものと自分の前に横たわる『何か』を描く」んだって。その言葉をもってロスコを見ると、おお、これまさにその「何か」をスパッと抜き出してきた感じに見えるのだよ。ロスコの絵は極めて心象的だ。モネ対ロスコ、こりゃあ見どころだ。

次は煙や霧の世界。モネの「テムズ河 チャリング・クロス橋」は煙っているが極めて色がいい。あの青みがかった世界はモネの十八番ですな。その裏の「霧の中の太陽」も太陽の光が見事に演出されている。この2枚を中心に、周囲は違う人。ゲルハルト・リヒター作品は、まさに霧の向こうだ。松本陽子も煙っている。霧と煙を感じさせる何かの群。

それからモネに捧げる作品群。ロイ・リキテンスタイン「積みわら」シリーズと「日本の橋のある睡蓮」。ルイ・カーヌも「睡蓮」違いが分かりにくい他にも睡蓮もの多し。おっと福田美蘭。大原美術館の建物に、モネの睡蓮を合成させた会画。テクニックはすばらしいものがあるが、どうしても元絵があってそれを料理する、というサブカルチャーな作品から抜けれない。まあ抜けようともしてないかもしれないが。福田美蘭は1、2枚見る分には大変面白くていいのだが、まとめて見るのはあまり向いていないんだ。モネの睡蓮がたくさん並ぶ。ここでまたモネ「バラの小道の家」色がやや毒々しくなり、描画は荒れて、晩年の感じ。そのとなりにある「ジャン=ポール・リオベル」がモネの晩年風で、ちゃんとモネのエッセンスを取り入れているぞ。サム・フランシス。これも2枚ぐらい見るのがちょうどいいよな。ウォーホル「花」これがここか。最後にまた福田美蘭「睡蓮の池」。夜のレストランから見える風景と、レストランのテーブルが、ちょうど睡蓮の花のよう見えるという技もの。「睡蓮の池 朝」ってのも特別に出ている。

現代の絵画と並べてみて感じ取ってナンボの企画。できればやっぱりすいてる時間に行って、見渡して鑑賞してみたいものですなあ。
http://monet2018yokohama.jp/

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2018年9月 1日 (土)

加賀美健レトロスペクティブ(Parco Museum)

なんか近頃お上品なアートばかりでイヤになってるそこの君、ここらで一つ加賀美健。それにしてもこないだの「大Ah!!rt展」といい、デパートでの展示がなかなかハッチャケてきているのが面白い。老舗デパートでの日本画家展なんぞとはまた違う攻めの姿勢は注目していきたい次第である。にしてもアート系のサイトにも案内載せてくれお。なかなか気がつかないぞ。

で、加賀美健って初めて知った次第です。冒頭から鼻に指突っ込んでる人形の頭の「Smooth & Creamy」。あと顔を隠した人物のケツにバナナが刺さっている妙な絵「MILK MAN」。オリンピックの表彰台っぽいところの1から3位に、何やら銀玉が乗っている「Olympic Snot」……Snotって何だ? あとで調べたら「鼻汁」だと。かようにややバッチイ系でも迫ってくるがまだ序の口だ。シャンプーや石鹸の容器に文字が書いてある「Celebrities' poop」「Celebrities' pee」セレブのウ○コとシッコだ。あとパンティーとかも書いてあった。要するに結構しょーもないギャグみたいなのが連発。次に雑然と色々と置かれている展示台があって、どれもキッチュでウ○コものもある。

そういや全部撮影可能だ。俺は撮ってねえ。撮ってブログと一緒にレイアウトすれば、少しはアクセスも増えるだろうにめんどくさいの。
次にドローイングが並んでいるんだけど、どう見てもスヌーピーとチャーリーブラウンじゃないか。でも、かろうじてキャラクター権が引っかからない程度似ていない……いや似てるよな。これも結構しょーもないことをしているんだけど、ここはシモネタはありませんな。次に捜し物の手描きポスター。何を捜しているのかを絵とともに「Pasta(パスタ1本)」「Solt(塩何粒か)」「Mole(ほくろのようですな)」とか。脱力ものですな。次はアイロンの跡作品。犬の糞と餌と骨。おむつトレーニングのあと(だと思う)。おっぱいでカラテの写真と実物っぽいオブジェ……って書いたところで何のこっちゃら分かりませんよねえ。あのう、女性のおっぱいで瓦を割ったらしいです。

それからピカソ描く女性像の目とおっぱいだけに画鋲刺してる作品……中二レベルのヤバさが冴える。次にドローイングで、キャンバスに文字「Oil on canvas」(キャンバスに油彩)ってそのままや。チェーンソー持ったヤツがトゥオンブリー……ってごめん知らん。刃物持ったヤツがフォンタナ……これは知ってる。クラインが……ごめん意図が分からん。「Art is joke」の文字絵。「Onry a rich person can see this painting」(金持ちのヤツだけがこの絵を見ることができる)という文字絵。それから展示室の中の方に立体いくつも。ウ○コものの立体や、下着かぶった犬や、ケツにバットが刺さった犬とか。下品でバッチイけど、別に展示空間が汚いわけではないので、ああこういう作品だな、とやりすごせないこともない。

まだある。映像作品が2つあるのだ。1つはアーティストの活動説明とインタビュー。何を答えてくれるかな? これはタイトルも知らずにいきなり見た方が面白いが、タイトルで中身分かっちゃうな。もう一つは映画……ってほどでもないな。YouTubeにありそうな動画作品。ウ○コオブジェが重要なモチーフで出てくる。展示品はいかにも作り物だけど、映像に出ていると意外とリアルでバッチさマシマシですな。それ使って叩いたりするのだが、いかにも固いんだなあ。柔らかかったら面白いのに。まあリアルだからいいってもんでもないよな。

そこを出るとショップがある。脱力アートグッズいろいろ。楽しいぞ。「現代美術よくわからない」というTシャツほしいな……も、もう少し安ければ買ったんだが。
面白いがバッチイ系も結構あるので、それを楽しめるかどうかだな。いや、オレは嫌いじゃないぞ。
http://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=1310

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