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2018年10月29日 (月)

筒井康隆展(世田谷文学館)

先週金曜夜に「ムー展」に行ってたのであるが、特にブログに書かなかったのは、書くことがあまりなかったからなのです。バックナンバーの表紙がずらっと。あと主要記事の紹介と、怪しいブツがいくつか。生頼範義の原画2枚はなかなかよかった(前やってた生頼範義展を見落としたのが実に悔やまれる)。バックナンバー等を読めるコーナーがあって、入り浸りたかったが時間もない。んで、何が言いたいかというと書籍が面白いからといって、書籍に関する展示が面白いかというとあんましそうでもない……

という事態が筒井康隆展でも起こるんじゃないかなと思ったが……んーまあまあかな。いやしかし、筒井康隆こそは私が最も影響を受け、学生の頃には既にあった全集を読み、今でも一部ではあるが出たものを読んでいる。行かずにおれぬ。

何があったか。最初に「薬菜飯店」の表紙絵パネルがあるが、あれ筒井本人が描いたんだそうだ。それから割と詳細にしてヴィジュアルな年表。これがかなりのボリュームがありマジで長い。最初はマンガ描いてたり役者やってたりしたんですね。根っからの文豪じゃないんだ。
過去に出た書籍そのものの展示がある。あと、いくつもの生原稿あり。これは同じ原稿用紙に同じようなペンで同じように書いてあって、同じように綴じてある。推敲とかほとんどないのが驚きだ。文豪だとめちゃめちゃ推敲してツギハギだらけだったりするんだが、句読点とかの修正がある程度。「虚構船団」の原稿があるのが嬉しいじゃん。私が思う最高傑作は「虚構船団」だと思うのだが、とにかく読むのに苦労する作品でもある。特に第二部のところ。あと、第一部と第三部に出てくる文房具とかが並んでたりね(普通の文房具だからどうというものでもないのだが)。
原稿のコピーが壁に貼ってあって、まとまって読めるところもある……といって全部読んじゃう物好きは少ないと思うが。ただその中に、有名なキャンタマが風呂の排水溝にはまっちゃった話があって。ははは……筒井さんの字で読んだ。
有名な「時をかける少女」グッズいろいろ。昔からドラマになり、アニメになってたりするもんで、それだけでコーナーがある。アニメ「パプリカ」の展示。あーこれまだ見てないや。名作らしいんで見なければ。
文学賞の賞状とか紫綬褒章とかの展示……そうだよなあ、結局展示ってなると、こういうものになるよなあ。作品が面白いからって、その文学賞の賞状見ても、ふーんそうかー、ぐらいしか感じませんが。
作品の分類。SFが中央にあり、ナンセンスとか、文学とか、いろいろ丸で区切られて分類されているパネル解説。いいね。そのパネルほしいな。
イベントなんかのポスターが柱とかに貼ってある。
役者もやっているので舞台のビデオ上映。あ、これ土日だけか。
段筆宣言の時の、旗っててんですかね。それがあります。

うーん、前にやってた澁澤龍彦展の方が自分には見どころがあったと思う。あと行って思ったこと、私は現在五十一歳なのですが、筒井康隆のキャリアでは五十一歳はまだまだ半ば。だいぶ昔だと思っていた「虚構船団」が出たのが五十歳だって。うむ、私もまだ終わっていないぞ。
https://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

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2018年10月25日 (木)

ルーベンス展(国立西洋美術館)

ルーベンス展、というものはかつて無かったんじゃなかろうか。大巨匠なわけだけどそうそう持ってこれるものじゃないし、いい絵はデカい。それがこのたび実現したとなっちゃあ大騒ぎだぜっ。ある意味フェルメール展よりスゲエことである。
ルーベンスじゃないヤツもチラホラいるし、模写も工房作もあったりするが、ほとんどはご本人で、ルーベンス展と呼ぶに十分である。ルーベンスはイタリアに学んだことが多く、今回もイタリアの画家としての展示だそうだ。

最初は小物、ただ「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」なんて、これ長女5歳だって、血色いいよな。たぶんこの絵は再会だが。「眠るふたりの子供」もプクプクしとる。「幼児イエスと洗礼者ヨハネ」も子供ふたりだ。

ここからいよいよイタリア美術のエキスを吸収した作品が炸裂してくる。「《ラオコーン群像》の模写素描」うむっ、ギリシアヘレニズムの傑作彫刻を、オレもこういうのやりてーと模写したとな。確かにバロックの仰々しさとヘレニズムは通じるところがあるよな。それからカメオが2つ。そんで絵画があり「髭を生やした男の頭部」や「老人の頭部」は特にこれ誰ってもんでもないらしいが、それでもバッチリ描いて消化し、大作に使ったんだって。「毛皮を着た若い女性像」おっと見たことあるような、と思ったらティツィアーノの模写だお。腕が太いぞ。そのティツィアーノと工房「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」これもちょいデブ。ルーベンスは細いヤツよりもボリュームタプーリの方が好みだった。ラファエロの模写までしている「賢明」。こうして見るとやっぱ勉強して努力してるんだなあ(当たり前か)。こうしてイタリアの人体描写まで吸収し「セネカの死」なんて絵ができたりする。男のリアルというかごつい肉体描写だ。

ここから宗教画。この手は当然何が描いてあるのか、何のシーンなのかが分かった方がいいのだが、別に分からなくってもいいと思わせるほどルーベンスはドラマチックに迫る。なんたってカトリック。宗教の力を絵で演出して布教しようぜってんで、派手にやっちゃうんだ。「聖ドミティラ」これもちょいデブ。それで地下の展示室へ行くと、天井の高さを利用して大型の絵が9枚も並んでいる……って、全部がルーベンスではないが壮観だ。ヨーロッパの美術館とかこんな感じだよな。「アベルの死」はカラバッジョ風のコントラストだ。傑作としてまず「法悦のマグダラのマリア」カラバッジョが同じようなやつを、マリア単体で描いてたと思うが、こっちは天使が二人おって演出に手を貸している。マリアが生きてるんだか死んでるんだか分からない状態で法悦しておる。「キリスト哀悼」これも仰々しい。なんたってキリストがマジ死んでる。いや、死んでるんだから当たり前だけど、死んでるんだぞという容赦ない血色の無さで迫ってくる。マリアが目を閉じさせようとしている演出もニクいぜっ。「聖アンデレの殉教」X字の磔の様子。てんこ盛りのバロック。人間いろいろ、空には天使……じゃなくて羽の生えたガキンチョ……なんつったっけ? ピットだっけ。中央にヴェルデーレのトルソ。元は1世紀のものだけど、参考にしているんだって。

階段上がって、「神話の力」ってことで、男女のヌードコーナー……の前にルノワールもルーベンスを模写してたって話で、ルノワールの模写絵1枚。確かにルノワールもデブ女好きだしな。で、ヌードはグイド・レーニの「ヒュドラ殺害後休息するヘラクレス」へえ、グイド・レーニってルーベンスと同時代だったんだ。もっと最近だと思ってた。ルーベンスは「ヘスペリデスの園へのヘラクレス」なんか巨人族みたいな、いや、なんちゅーか「男」だ。女性ヌードは、おなじみテーマ「スザンヌと長老たち」しかし、やっぱり尻の肉付きとか、そっちの方に重点を置いているようですな。「バラの刺に傷つくヴィーナス」顔が「いてっ」と言ってるぜ。さっきのヘラクレスと対になる感じで展示されている「『噂』に耳を傾けるデイアネイラ」これは、そんなにデブじゃないぞ。

「絵筆の熱狂」というコーナー。大きくはないが傑作がある。「聖ウルスラの殉教」幻想絵画っぽい構図でキメる。「パエトンの墜落」は馬と人が入り乱れて、いやしかし、よくこんなの描けるよなあ、と感心。あとはルーベンスじゃないルーベンスっぽい絵がいろいろ。コルトーナの「ゴリアテを殺すダヴィデ」なんぞは明るい画面だが……もうルーベンス風でも何でもない感じだぞ。

寓意と寓意的説話のコーナー。「マルスとレア・シルウィア」これは「いいだろ」「いやよ」の絵だな。「ヴィーナス、マルスとキューピッド」キューピッドの口に母乳発射。別んとこでも同ような絵を見たが、遠隔母乳って昔の絵の定番なのか? 「ローマの慈愛(キモンとペロ)」鎖につながれて飢えた父親のため、娘が母乳をあげるシーン。これが慈愛なんだそうだが……そうなのか? 娘を持つ親としては、娘の母乳はできれば飲みたくないもんですなあ。「エリクトスを発見するケクロプスの娘」これは珍しくキレイキレイなルネサンス風。これで最後のキメだ。

なんかこう、ごちゃごちゃ書くより、いいから行けよ、という感じ。有無を言わさない。西洋絵画こってりメチャ盛り系、いや海外にゃもっとスゴいのはあるんだが、日本でこのレベルの展示はめったにないんで。四の五の言わずにとにかく行っておけ。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2018rubens.html

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2018年10月14日 (日)

フェルメール展(上野の森美術館)

P_20181014_105705_2 どうせ上野の森でしょー。アコギに詰め込めるだけ詰め込んだ上に中は阿鼻叫喚であろうと思ったが、さすがに2500円も取った上に入場時間指定でその事態はマズいと思ったか、いつもの上野の森を覚悟して行ったらマズマズである。混んではいるが殺人的ではない。時間指定の功は奏している。
私が行ったのは9時ちょっと前で、その時点で100人ぐらい並んでたか。9時過ぎると急に増え始めるようで、9時半頃だともう長蛇の列ですな。9時25分頃から入れ始めて、10分ぐらいで入れた。このポジションだと全員フェルメール部屋に直行であろうと思ったが、意外と最初から律儀に見ている人も見かける。

で、いきなりフェルメールルームへ突撃だぜっ。まだかぶりつける。初めて見る「ワイングラス」から、これは窓のステンドグラスが大変美しい。ステンドグラスが美しい柄ってんじゃなくて、その光の描写ってんですかね、こりゃあフェルメール作品の中でも上モノでしょう。見とれちまうぜ。次、「手紙を書く婦人と召使い」これは再会で、最初見た時はえれえキレイな絵だと思ったんですが、はい、キレイですよ。少し遠目で全体の雰囲気を感じた方がいいですかな。「牛乳を注ぐ女」いわゆるミルクメイド。見たのは3回目ぐらいじゃなかろうか。しかし、これはテーブルの上の描写がハンパない。写実だ……って、いや、写実で描ける画家なんて当時でもいくらでもいたでしょうに、やっぱ何かが違う。牛乳の液体っぷり(?)も見事ですなあ。あと全体もいい雰囲気ですね。名画と言われりゃ納得できる。「真珠の首飾りの女」これも再会だと思うんだが、小さめの品でも今回、意外といいな、と思ったのがこれ。この女性の表情が微妙な感じで魅力がある。表情ナンバーワン。あと「マルタとマリアの家のキリスト」これは大きいんだけど、あまりフェルメールらしくない。「リュートを調弦する女」「手紙を書く女」いずれも悪い絵じゃないんだけど、他に比べるとイマイチかな。手紙の方は再会だが、前に、ちょっと顔をボヤッと描いているのは、それは「人間」だからじゃないかとか、思ったりしたもんです。「赤い帽子の女」これはフェルメールなのか分からないって噂もあるようだが、フェルメールのよさって感じじゃないし、人気もあまりないようで、混んでる時でも、この絵にはかぶりつける。で、フェルメール部屋も混んできたので、最初に戻って他を鑑賞。

もちろん人ギッシリであるが、今回ナイスサービスなのは絵の解説冊子がもらえるとこと、遠目で見て、解説を見て、近くで身たけりゃ接近。音声ガイドもくれるが、全部に解説があるわけではないしな。で、最初は肖像画、おなじみフランス・ハルスの絵があるが……普通だな。それよりフェルディナント・ボルって人の「ある男の肖像」この表情はいいですな……と思っていたらこの人、レンブラントの弟子だそうだ。なるほどレンブラントの自画像の名状しがたい表情に似ている。ヤン・デ・ブライの集団肖像画は音声ガイドがあるぞ。

それから神話画と宗教画、ヤン・ファン・ベイレルトの「マタイの召命」音声ガイドでは光と陰のカラバッジョの影響とか言ってたが、カラバッジョっぽくはないぞ。ありゃもっとコントラスト強いし。パウルス・モレールセ「ヴィーナスと鳩」これは婦人が婦人がヴィーナスを演じているんだそうで(胸出してるが)、確かに人間っぽいんだな。わざとこう描いたんならなかなかのもんではないか。パウルス・ボル「キュデッペとアコンティオスの林檎」えー、ギリシャ神話のなんたらで、美少女だそうです。ちょっと微妙だが。それよりここんところがコーナー(角)で導線がハナハダ悪い。斬首の絵とかあったりして、次が風景画エリアなんだが、細い通路(中央は人が通るのであけて下さいとアナウンスが飛ぶ)だの、行き止まりの細い展示空間だの、上野の森美術館のクソッタレな導線に悩まされるが、主催者側も一応分かっているようで、細い展示空間には船とか建物とかどーでもいい……いやまあどーでもいいくもないんだろうけど、回転が早そうなヤツばかりで、別に見なくても大丈夫。次も静物画で魚とか死んだほ乳類とか、これもまあよく出くわすヤツラですな。

日々の生活:風俗画のエリア。まあフェルメールも風俗画なんで、ここはなかなか楽しめる。ユーディト・レイステル「陽気な酒飲み」なかなかだがもうちょっと飲んでほしいな。飲みが足りねえ。ヘラルト・ダウ「本を読む老女」これがなかなかすごい絵で、本に文字が全部書いてあるんだぜっ。新聞の文字を全部書いちゃうとかの今時の写実にこだわりのある画家が描く写実画みたいじゃん。ニコラス・マース「糸を紡ぐ女」あー、細かく描いているようだがフェルメールの緻密さには及ばんのう。クヴィリング・ファン・ブレーケレンカム「仕立屋の仕事場」これ窓辺だが、フェルメールと比べるとやぱし陰が弱い。ハブリエル・メツー「手紙を読む女」「手紙を書く男」対になっている作品。構図がフェルメールとよく似ているし、壁に絵とか貼ってあるのも同じ。でもフェルメールより魅力がない。やっぱり陰が弱いんだよね。でも一つ一つのものを見ていくと、バッチリ描いてあったりするもんで、こういう写実的な描写力ってのはフェルメールじゃなくても十分持っていたわけだ。あとは全体の印象の差か。そして風俗画といえばこの人、ヤン・ステーン。いつもいつもフェルメール展で抱き合わせみたいに持ってこられるもんで、知名度もなかなか上がらず気の毒だが、寓意に満ちたなかなかいい画家なんですよ。「家族の肖像」もうズバリ、ドキュンの子はドキュン、という絵である。「楽しい里帰り」も人間のヨレヨレっぷりがいいだろ。ヤン・ステーンは、それだけで展覧会やってもおかしくはないと思うんだが、いかんせん知名度が低い。惜しい。

それでフェルメール部屋に戻る。さすがに人が溜まってて近づくのは難しいが、待てばできなくはなさそうだ。あと今回は単眼鏡がフル活躍。2列目3列目でも単眼鏡を使えば十分鑑賞はできる。
あと音声ガイドの最後のところで、「フェルメールは今のSNSみたいなもの」などと言ってたが、何を言ってやがる石原さとみ~(別に石原の意見ではないだろうが)。

会場を出たのは次の時間帯の直前のなのだが、なんとまあまた長蛇の列。でも、次の時間帯トップで入ってもすいているのは最初のところだけで、フェルメール部屋は結局混んでいる。単に入場の時間を指定しているだけで、時間入れ替え制ではないのだよ(入れ替え制と思っている人がおるのか?)。指定時間前に来てがんばって並んで意味があるのは一番最初の時間帯、会場にだれもいない9時半だけである。もし他の時間帯の場合、指定時間前に並んでもあまり意味はない。入場指定時間1時間後だと入るのも時間はかからないんで、そっちの方をおすすめするよ。フェルメール部屋はすいてはいないが、まあ何とかなる。この指定時間制は上野の森にしては上出来なんで、来年のゴッホ展でもやってほしいものだ。
https://www.vermeer.jp/

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2018年10月 9日 (火)

マルセル・デュシャンと日本美術(東京国立博物館)

平成館でやるってんで、あのデカいところ全部でやるのかこりゃ大変だと思ったら、半分なんだな。もう半分は「大報恩寺」……うん、行かない。仏像興味ない。そんなバカなと思うかもしれないがないものはないんです。で、半分だから少ないかというとそうでもなく、ボリューム十分。解説も十分。日本美術とのコラボが一部屋で……もっとあるのかと思った。
デュシャンといえば意識高い系のアート好きがあれこれ言いたがる筆頭。こいつとロスコ好きは始末に負えねえよな。デュシャンをものすごく簡単に言うと「アートはやったもん勝ち」を最初にやったヤツだ(まあ、最初じゃないかもしれないが)。

一番最初にあるのが「自転車の車輪」で、レディメイドの代表作の一つ(一応レプリカ)。既にあるものを組み合わせて作品にしちゃうのがレディメイド。椅子の上に車輪をくっつけて、はいこれがアート作品じゃ。組み合わせるならまだましで、有名な「泉」は便器を横にして適当にサイン入れて、「泉」ってタイトル付けて、はい作品じゃ。さらにひどいのがあって、瓶を差して乾燥する器具を「瓶乾燥器」というそのままのタイトルで「作品」として「出しちゃう」。形が何となく面白いし、それっぽく見えるので、「あり」なんです。これらを「芸術とはいかなるものか」みたいな観点で小難しく語るアートの達人みたいなのが山のようにいるのだが、我々シモジモは面白がっていればよいと思います。で、「自転車の車輪」ですが、何か回したいですよね(意識低い系)。

それからはまあ年代順で、最初に写真(作品ではない)があって、若い頃描いた絵がある。「ブランヴィルの教会」は15歳。まずまず。「ブランヴィルの庭と礼拝堂」これも15歳だが、なんと印象派をバッチリキメているではないか。「芸術家の父親の肖像」23歳。これがまあ、ルオーかセザンヌかってぐらいの風格を持っている。このあたりでもう「ただものではない」感じが出てきているな。「デュムシェル博士の肖像」は彫りの深いってんですかね、顔が特徴。シャガールのちょっと不気味な人物に似てるかな。ここからさらにキュビズムに手を出し始めるが、明らかに独自性を出して迫ってくる。母と姉妹を描いた「ソナタ」はキュビズムだけど、ちょっとホワッとした感じで、ピカソやブラックのとはずいぶん違う。「ぼろぼろにちぎれたイヴォンヌとマグドレーヌ」これはパーツを適当にレイアウトしているが……シュールでイケるじゃん。1911年作品だって。シュールレアリズムが出る前のはずだがずいぶん先駆けてね? 「肖像(デュルシネア)」これも独自性の高いキュビズム。女性の描写にこだわりが見える。エロチックな要素にも興味を持っていたんで、対象を造形物としてぶっ壊しまくる、なんてことはしなかったようですね。このキュビズムはさらに発展。「階段を降りる裸体 No.2」いやもうキレッキレですな。何描いてあるんだか分からないぐらいなんだが、未来派的な運動の表現だよね。メカニックな印象もある……がしかしメカではなくてあくまで女性なんだって。その次のところにある「花嫁」というのも相当なシロモノで、花嫁の臓器(!)を表現したらしいんだけど、ほとんど超現実絵画みたいになっている。これでもう来るところまで来ちゃった、みたいな感じだ。

1912年、デュシャンは絵をやめてしまった。いよいよレディメイドが生まれてくる。「チョコレート磨砕器」なんて絵が一応あるが、これは大作「大ガラス」のもとである。「大ガラス」こと「彼女の独裁者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)東京版」大作だが一応複製。デカいガラス板になにやら描いてある。先の「花嫁」と「チョコレート磨砕器」その他。大きいもんで見応えがあり、レディメイドみたいなインパクトよりは普通にアート作品っぽい。それから例の「瓶乾燥器」がある。いや、彫刻作品として見れなくないところがミソですかね。あと手紙の作品があるが、そこの解説読んでくれ。そしてオリジナル「泉」の写真があって、レプリカがある……いや、ちょっと待てよ、なんか違うぞ。便器の形が写真と違うではないか。線が入ってないし、穴の数も違う。要するに印象がずいぶん違うのだ。レプリカとしてデュシャンが作ったのか? でもオリジナルと違うのをレプリカと言っていいのかね。これだと板橋区立美術館の、「泉」のオリジナルと同じ便器で用を足せるやつの方が面白いが。あー、あれ男子トイレだよね。しかも今改装中だよな。「秘めた音で」もレディメイド。板で挟んだ麻紐の筒の中に何か入ってて振ると音が出るとか。

次はローズ・セラヴィのコーナー。まあ自分の中に持ってるアニマ(女性人格)を意識して芸術作品上に持ってきたとか。いやそれよりここには、「『391』第12号」がある。例のモナリザに髭を描いて、何か卑猥なものを暗示させる文字(L.H.O.O.Q)を書いた。「ダダイズム」と呼ばれる芸術活動の一種とされる……が、まあ「言ったもん勝ち、やったもん勝ち」の一つだよね。ローズ・セラヴィとして女装した写真があるが、それ以上でも以下でもないと思う。この頃、チェスのプレーヤーとして活動してて、なんとプロ契約までしちゃってるんだって。その写真とか、壁掛け式のチェスの駒とか出ている。それから円盤に模様描いてぐるぐる回して楽しむヤツがある。「ロトレリーフ」と言うらしいが……何か小難しい解説があったようだが忘れた。それから自分の作品をまとめて持ち運べるトランクが展示。ま、これも有名ですな。「大ガラス」のミニチュアとかが入ってるんだぜ。あとはケースに雑誌などが置いてあって、解説が……ケースの向こうで視力弱くて見えません。単眼鏡忘れた(あっても面倒だから多分読まない)。

晩年デュシャンはほとんど活動を終えて何もしていないと思われていたが、実は密かに最後の大作を作っていた、という話。うむ、これは初めて聞く。「《遺作》欲望の女」コーナー。まずは晩年の写真がいろいろ。あと最後の作品の映像があって、それを先に見た方が分かりやすい。風格のあるドアの向こうを、二つの穴から覗くようにしている作品で。その作品たるや「意識高い系秘宝館」みたいなものです。まず「覗く」という行為のヤバさと、その向こうに期待通りというかなんというかのエロティックをベースにした作品を作っちゃったもんでな。それでもデュシャン、いや、だからこそデュシャン。最後まで気分は「L.H.O.O.Q」だぜっ。

そして「第2部」として日本美術とのコラボで一部屋。がしかし……「400年前のレディメイド」として手作り長次郎の茶碗とか、竹を切った伝利休の花入れとか出ている。曰くそこらにあるものに価値を見出すとかなんだが……ちょっと強引な印象を受けるぞ。レディメイドとは違くね? 他にも写楽の浮世絵とか出ていて、それはそれでいいんだけど、デュシャンが肖像が似ている必要はないと言ったとかなんだが……写楽ってむしろ「あまりに真を描かんとて」という、あ、まあ似顔絵か。でもなんかこれも違う感じがするなあ。他にも時間の進み方やオリジナルとコピー、書という芸術ということで、デュシャンのやり方と対比させているのだが、なんか最初でつまづいたんでイマイチテンションが上がらず。ただ、江戸浮世絵の遊び心と、デュシャンのやり方は似てる感じもするな。レディメイドでは浮世絵に「見立て絵」ってのがある。実際にある物を何かに見立てる、鈴木春信の「座敷八景」とか有名なんですけど、この方がレディメイドっぽくない? まあ絵だけどな。
なんでわざわざ日本美術との比較を持ってきたのか? もしかしてデュシャンだけだと客の入りが悪いんじゃねーかと思ったりしてたりしてたんじゃないかな、とか思ったりした。いや、でも国立博物館所蔵の名品が見れるということでは、非常にいいと思うぞ。

デュシャンの活動全般が分かって、日本美術名品のおまけがついて、お値段がなんと1200円と、この内容にしてはリーズナブルだお。「大報恩寺展」とセットならさらにお得だ。おすすめできる。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1915

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2018年10月 7日 (日)

カール・ラーション(損保ジャパン日本興亜美術館)

十九世紀から二十世紀あたりのスウェーデンの画家である。そんで「スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家」だそうです。近頃日本は女性差別が酷くて、北欧こそ理想だみたいなこと言ってるのが少なくないもんで、じゃあスウェーデンの暮らしってどんなんだ、とか思って行ったんだけど、考えてみりゃあ十九世紀じゃあ、あっちでもそう変わらんのですな。まあそれはあとで分かる。

スウェーデンの国民的画家だっつっても、こっちにゃなじみがないもんで、そのためか最初に画業の紹介。普通あとでやるもんだけど、最初に使ってた絵筆とかスモックとか出しちゃう。そのコーナーに絵は一つで「《冬至の生贄》のための男性モデル」なんかタイトルがスゲエが、国民のために王様が自ら生贄になったってイイ話だそうで。しかし裸体ですが、体の模様はタトゥーか? まあ悪くない絵ですよ。 

それから「絵画・前期」ってコーナー。パリに留学してアカデミック学んでたってさ。水彩に凝っていて、「モンクール風景」ってのがにじみを生かした作品。ちょっと暗いけどね。「野イバラの花」が普通にうまい。「あしたはクリスマス・イヴ」これはなかなか面白い。ドアの外でワクワクする子供達の絵で。ノーマン・ロックウェルみたいな温かいセンスに満ちていますな。ロックウェルよりも写実っぽいのも新鮮だぞ。「おやすみなさい」も暗い中に灯る光がいい感じだ。日常ではない、非日常も描けるじゃんと思った。

「絵画・後期」のコーナー。カーリンという女性と結婚して、パリを離れて祖国の「リッラ・ヒュットネース」という家に引っ込み、絵画は家族が中心になったりする。子供が8人だってお(一人は3ヶ月で亡くなったそうだが)。子沢山のまさに理想の家庭。「母と娘」では人物よりも、彫刻が施された壁とか、そういうセンスに満ちた家の様子を伺い知ることができる。絵として守りに入っているのかと思うとそうでもなく、「絵葉書を描くモデル」では絵葉書を描いているのが裸婦であって非日常感も捨ててないと見たじょ。「庭のモチーフ」も幻想絵画っぽいし、結構象徴派みたいなことができるんじゃないかと思ったりするのです。

それをさらに思ったのが次のコーナー「挿し絵の仕事」こういうのもちゃんとこなしていたのですが、実はここが結構イイ……というか私好みの象徴派的非日常世界。モノクロの絵画「『森の中の城』エコーの城」ちょっと神秘的な城の雰囲気が出てるであろう。「『エジプトの土地から来た異邦人』踊り」女性が踊っているのだが、結構なまめかしい感じがする。いいじゃん。「『出発』孤独なアシム」のシルエット風の人物。象徴派的ですな。「小川のほとりのエーランドとシンゴアッラ」もロマンティックな雰囲気。どれも「スウェーデンの家庭」じゃない(当たり前だ)が、家庭を描いた絵画ではできないことをこういうところで思いっきりやってる感じがする、というか、本来ラーションって人はこういう路線の方が得意なんじゃなかろうかと思う次第である。エヴァレット・ミレイみたいな感じでな。

「版画~家族の肖像」ここでは家族がモデル。全般的に手堅く温かく家族を描いているが、最初の自画像(非常に小さい)だけはムンクのような不安感いっぱいで描かれている。実はこれが実体で、明るい家族は幻想じゃないかって気もしてくるぞ。でも家族の絵はやはりよくできていて「チェシュティのお客様」って絵の女の子二人なんて万人ウケしそうですな。

「ジャポニズム」のコーナー。実はラーションは日本美術、特に浮世絵なんかに魅力を感じていて、そのエッセンスを取り入れた。ポスターにもなっている「アザレアの花」は手前に花を大きく描いたもので、日本の浮世絵の影響だそうだ……まあ広重ですね。やったぜ世界の広重。あと、所有していた国貞の浮世絵を2つ展示。で、ここまでが展示の前半。では後半は何か?

後半は「ラーション家の暮らしとリッラ・ヒュットネース」ということで、この家でいかに暮らしていたか……もっと言いますと、妻のカーリンが家で何をしていたか。そう、カーリンはこの家で使うテキスタイルのデザインなんかをやっていて、それをラーションが家族像を含めた絵画にして発信したもので、スウェーデンの理想家庭みたいになっていったのだ。がしかし、カーリンもかつて絵を描いていて、結婚を期にやめてしまったのです。それで家の中のことに集中した。このあたりが、男女平等の北欧でも、まだ19世紀的感覚なんだそうで、ラーションにしてもカーリンを家の中にいる天使のごとく崇めてはいたが、カーリン自身を独立したアーティストとは思っていたかったとのこと。うーん、しかしそうであるなら、今や21世紀なんだし展覧会のタイトルを「カール・ラーション&カーリン」ってな感じにした方がいいではなかろうか。
展示はリッラ・ヒュットネースの部屋構成から始まって、テーブルセットやら椅子やらカーリンがデザインした花台複製)やらの家具が展示される。絵画はパネル紹介だったりするもんで、本物はほとんどなし。ラーションが家を描いた画集が並んでいるが中は見えない。ここの主役はカーリンで、カーリンがデザインした「『ユール(クリスマス)』誌表紙」のチューリップの模様がイカす。テーブルクロスのデザインもよし。家紋風のテーブルクロス、アメリカンテイストなブランケットも面白い。いずれも複製だが。「クッション(ひまわり)」も四隅にひまわりがデザインされていていいですな。傑作としては「タペストリー(四大要素)」ちょっと抽象画風で意味を象徴するデザイン。このあたりはやはりアーティストと言ってもいいでしょう。

最後に椅子やテーブルなんかも置いてあるリッラヒュットネースの一角の再現があって「フォトスポット」になっている。みんなで展覧会を盛り上げよう、となっているが、中に入れないんだよなあ。椅子に座らせてくれりゃあ面白いのに。でも来てる人は結構写真撮ってましたな。

ラーション絵画がメインというより、夫妻の生活スタイルを含めたところを感じ取るとよいのでは。また、私的には、家庭の絵画では収まりきれないラーションを感じたのが面白かったねえ。
https://www.sjnk-museum.org/program/current/5469.html

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