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2018年10月 9日 (火)

マルセル・デュシャンと日本美術(東京国立博物館)

平成館でやるってんで、あのデカいところ全部でやるのかこりゃ大変だと思ったら、半分なんだな。もう半分は「大報恩寺」……うん、行かない。仏像興味ない。そんなバカなと思うかもしれないがないものはないんです。で、半分だから少ないかというとそうでもなく、ボリューム十分。解説も十分。日本美術とのコラボが一部屋で……もっとあるのかと思った。
デュシャンといえば意識高い系のアート好きがあれこれ言いたがる筆頭。こいつとロスコ好きは始末に負えねえよな。デュシャンをものすごく簡単に言うと「アートはやったもん勝ち」を最初にやったヤツだ(まあ、最初じゃないかもしれないが)。

一番最初にあるのが「自転車の車輪」で、レディメイドの代表作の一つ(一応レプリカ)。既にあるものを組み合わせて作品にしちゃうのがレディメイド。椅子の上に車輪をくっつけて、はいこれがアート作品じゃ。組み合わせるならまだましで、有名な「泉」は便器を横にして適当にサイン入れて、「泉」ってタイトル付けて、はい作品じゃ。さらにひどいのがあって、瓶を差して乾燥する器具を「瓶乾燥器」というそのままのタイトルで「作品」として「出しちゃう」。形が何となく面白いし、それっぽく見えるので、「あり」なんです。これらを「芸術とはいかなるものか」みたいな観点で小難しく語るアートの達人みたいなのが山のようにいるのだが、我々シモジモは面白がっていればよいと思います。で、「自転車の車輪」ですが、何か回したいですよね(意識低い系)。

それからはまあ年代順で、最初に写真(作品ではない)があって、若い頃描いた絵がある。「ブランヴィルの教会」は15歳。まずまず。「ブランヴィルの庭と礼拝堂」これも15歳だが、なんと印象派をバッチリキメているではないか。「芸術家の父親の肖像」23歳。これがまあ、ルオーかセザンヌかってぐらいの風格を持っている。このあたりでもう「ただものではない」感じが出てきているな。「デュムシェル博士の肖像」は彫りの深いってんですかね、顔が特徴。シャガールのちょっと不気味な人物に似てるかな。ここからさらにキュビズムに手を出し始めるが、明らかに独自性を出して迫ってくる。母と姉妹を描いた「ソナタ」はキュビズムだけど、ちょっとホワッとした感じで、ピカソやブラックのとはずいぶん違う。「ぼろぼろにちぎれたイヴォンヌとマグドレーヌ」これはパーツを適当にレイアウトしているが……シュールでイケるじゃん。1911年作品だって。シュールレアリズムが出る前のはずだがずいぶん先駆けてね? 「肖像(デュルシネア)」これも独自性の高いキュビズム。女性の描写にこだわりが見える。エロチックな要素にも興味を持っていたんで、対象を造形物としてぶっ壊しまくる、なんてことはしなかったようですね。このキュビズムはさらに発展。「階段を降りる裸体 No.2」いやもうキレッキレですな。何描いてあるんだか分からないぐらいなんだが、未来派的な運動の表現だよね。メカニックな印象もある……がしかしメカではなくてあくまで女性なんだって。その次のところにある「花嫁」というのも相当なシロモノで、花嫁の臓器(!)を表現したらしいんだけど、ほとんど超現実絵画みたいになっている。これでもう来るところまで来ちゃった、みたいな感じだ。

1912年、デュシャンは絵をやめてしまった。いよいよレディメイドが生まれてくる。「チョコレート磨砕器」なんて絵が一応あるが、これは大作「大ガラス」のもとである。「大ガラス」こと「彼女の独裁者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)東京版」大作だが一応複製。デカいガラス板になにやら描いてある。先の「花嫁」と「チョコレート磨砕器」その他。大きいもんで見応えがあり、レディメイドみたいなインパクトよりは普通にアート作品っぽい。それから例の「瓶乾燥器」がある。いや、彫刻作品として見れなくないところがミソですかね。あと手紙の作品があるが、そこの解説読んでくれ。そしてオリジナル「泉」の写真があって、レプリカがある……いや、ちょっと待てよ、なんか違うぞ。便器の形が写真と違うではないか。線が入ってないし、穴の数も違う。要するに印象がずいぶん違うのだ。レプリカとしてデュシャンが作ったのか? でもオリジナルと違うのをレプリカと言っていいのかね。これだと板橋区立美術館の、「泉」のオリジナルと同じ便器で用を足せるやつの方が面白いが。あー、あれ男子トイレだよね。しかも今改装中だよな。「秘めた音で」もレディメイド。板で挟んだ麻紐の筒の中に何か入ってて振ると音が出るとか。

次はローズ・セラヴィのコーナー。まあ自分の中に持ってるアニマ(女性人格)を意識して芸術作品上に持ってきたとか。いやそれよりここには、「『391』第12号」がある。例のモナリザに髭を描いて、何か卑猥なものを暗示させる文字(L.H.O.O.Q)を書いた。「ダダイズム」と呼ばれる芸術活動の一種とされる……が、まあ「言ったもん勝ち、やったもん勝ち」の一つだよね。ローズ・セラヴィとして女装した写真があるが、それ以上でも以下でもないと思う。この頃、チェスのプレーヤーとして活動してて、なんとプロ契約までしちゃってるんだって。その写真とか、壁掛け式のチェスの駒とか出ている。それから円盤に模様描いてぐるぐる回して楽しむヤツがある。「ロトレリーフ」と言うらしいが……何か小難しい解説があったようだが忘れた。それから自分の作品をまとめて持ち運べるトランクが展示。ま、これも有名ですな。「大ガラス」のミニチュアとかが入ってるんだぜ。あとはケースに雑誌などが置いてあって、解説が……ケースの向こうで視力弱くて見えません。単眼鏡忘れた(あっても面倒だから多分読まない)。

晩年デュシャンはほとんど活動を終えて何もしていないと思われていたが、実は密かに最後の大作を作っていた、という話。うむ、これは初めて聞く。「《遺作》欲望の女」コーナー。まずは晩年の写真がいろいろ。あと最後の作品の映像があって、それを先に見た方が分かりやすい。風格のあるドアの向こうを、二つの穴から覗くようにしている作品で。その作品たるや「意識高い系秘宝館」みたいなものです。まず「覗く」という行為のヤバさと、その向こうに期待通りというかなんというかのエロティックをベースにした作品を作っちゃったもんでな。それでもデュシャン、いや、だからこそデュシャン。最後まで気分は「L.H.O.O.Q」だぜっ。

そして「第2部」として日本美術とのコラボで一部屋。がしかし……「400年前のレディメイド」として手作り長次郎の茶碗とか、竹を切った伝利休の花入れとか出ている。曰くそこらにあるものに価値を見出すとかなんだが……ちょっと強引な印象を受けるぞ。レディメイドとは違くね? 他にも写楽の浮世絵とか出ていて、それはそれでいいんだけど、デュシャンが肖像が似ている必要はないと言ったとかなんだが……写楽ってむしろ「あまりに真を描かんとて」という、あ、まあ似顔絵か。でもなんかこれも違う感じがするなあ。他にも時間の進み方やオリジナルとコピー、書という芸術ということで、デュシャンのやり方と対比させているのだが、なんか最初でつまづいたんでイマイチテンションが上がらず。ただ、江戸浮世絵の遊び心と、デュシャンのやり方は似てる感じもするな。レディメイドでは浮世絵に「見立て絵」ってのがある。実際にある物を何かに見立てる、鈴木春信の「座敷八景」とか有名なんですけど、この方がレディメイドっぽくない? まあ絵だけどな。
なんでわざわざ日本美術との比較を持ってきたのか? もしかしてデュシャンだけだと客の入りが悪いんじゃねーかと思ったりしてたりしてたんじゃないかな、とか思ったりした。いや、でも国立博物館所蔵の名品が見れるということでは、非常にいいと思うぞ。

デュシャンの活動全般が分かって、日本美術名品のおまけがついて、お値段がなんと1200円と、この内容にしてはリーズナブルだお。「大報恩寺展」とセットならさらにお得だ。おすすめできる。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1915

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