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2018年11月 4日 (日)

「アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる1960-1990年代」(東京国立近代美術館)

近頃フェルメール展などもあって、アート読み解き厨の「絵を眺めているだけじゃ鑑賞したことになりません。ちゃんと描いてあることの意味を知りましょう」マウンティングがことさらウゼエ。全く知らんではさすがに見ても意味不明かもしれんが、その場の解説レベルで状況をちょこっと知ってりゃいーんだよ……がしかし、このアジアの近現代美術ってのがけっこう厄介でしてな。その国の社会情勢や現状に対するレスポンスとして作品が作られている場合が少なくない。で、そういうのは解説を読まないとそもそも何を意図してるんだかもサッパリ分からないのです。で、今回の企画もそういうものが集まっているだろうなあと思ったらやっぱり集まっていて、大量の解説が載ってる紙をくれる(しかも作品全部じゃないんだぜ)。字が小さいのでローガンには厳しい。鑑賞時間もまともに全部見てると、会社帰りにちょいと、では済まない。

最初にイントロダクション。社会の出来事に対する象徴的な作品を集めたとかで、もうハナっからストレートパンチを食らいますな。最初にある香港のエレン・パウ、天安門事件での首相の発言を茶化したやつ。「何もなしとげられない」のリフレイン。韓国のシン・ハクチョルの絵画は民主化運動がテーマらしいが、これはまあ赤い画面と人々が特徴的で見れば分かる感じ。首ないし。次にクラッカーでできたピンクの銃が積んである。インドネシのアFXハルソン「もしこのクラッカーが本物の銃だったらどうする?」という問いかけ。なんと答えを書けるノートが用意されている。みんなの答えも見れる。あまり見てないが、中には「通報する」なんてマジメな方もいらっしゃいます。オレの答え「ハロウィンの渋谷で配る」やっぱこれだネ! 渋谷ハロウィンの酷い大騒ぎのニュースがまだ記憶に新しい。鬼に金棒、キ○ガイに刃物、泥酔者に拳銃だべ。

イントロが終わって「構造を疑う」というコーナー。今までの美術という構造を疑うというような。「美術の境界」という小テーマから。ここには絵画もあるがパフォーマンス作品もあったりして、タイのアナヒン・ポーサヤーナン「(バンコクのにわとりに美術を説明する)展」ビデオ作品で文字通りのことをしている。動物とのおたわむれでは折元立身のパフォーマンスを思い出すが、片やナンセンス、片や一方的な愛の表現、という違いがあるかな。中国の大同大張。パフォーマンスやインスタレーションの計画を作家や批評家に送りまくる「メールアート」。おお、折元立身もメールアートやってたな。あと河原温にも起きた時間や「自分はまだ生きてる」、をはがきで送りまくるのがあった。
「再物質化」という小テーマ。自然物をなるべくそのまま、みたいな。韓国のイ・テンスクの石ころをひもでくくった作品。それから黒い線の入ったカーテンが下がっている。お、例の火薬の人かと思ったら違った。シンガポールのタン・ダウ。インクと大地と雨水の作品で、火薬の爆発じゃなくて、土の粒子なんだって。韓国のハ・ジョンヒョンはスプリングを使った抽象画。韓国の得意領域の表現。抽象画群は一度オペラシティでまとめて見たことがあるが、なかなかのものであるのよ。あと、おなじみの中西のゴミ卵もここに出ている。
「メディアとしての身体」という小コーナー。体を使ったパフォーマンスなど。在日韓国人の郭徳俊。「自画像」自分の顔をガラスに押しつけるパフォーマンス。ガラスに押しつけられて歪む顔が自分に対する抑圧的な構造を表現してるとかなんとかなんだけど、唇押しつけちゃったりして単にキメエパフォーマンスにしか見えん(ヘイトスピーチじゃないよ。これは誰がやってもキメエよ)。シンガポールのアマンダ・ヘンは顔に字を描くパフォーマンス。バイリンガルで育ってきたが、今ここではこっちにしろ、という強制で自分自身と乖離しちゃうことを表現、だそうで。台湾の張照堂の不気味写真。オノ・ヨーコのおなじみ「カット・ピース」の映像。韓国のイ・ゴニョン「乾パンを食べる」添え木や包帯を使って拘束していくが、それでも乾パンをどうにか食べる。一応政権からの抑圧の表現的な意味はあるらしいが、単にユーチューバーの「拘束されて乾パンを食べてみた」なんていうやってみたシリーズにも見えますな。

「アーティストと都市」のコーナー。ここも「資本主義批判」からハードに始まる。韓国のオ・ユン「マーケッティングⅠ:地獄図」はちょっとマンガ風地獄絵だけど、そこにもコーラとかマキシムとか、海外製品の波が来たってやつ。韓国のパク・プルトン「コーラ火炎瓶」なんて分かりやすいですな。先のタン・ダウのインスタレーション「彼らは犀を密猟し、角を切ってこのドリンクを作った」。漢方薬ドリンクを作るのに密漁。張り子の犀の周りにドリンクの瓶が並ぶ壮観なヤツ。これはパフォーマンスもやっていて、福岡でやった映像が流れる。パフォーマー(本人だよな)が日本語で「♪月が~でたで~た~」とか「ほって、ほって、またほって」とかやりながらのお気楽密漁シーン。密漁だろうがやるヤツはそんな調子さ。中国の王晋「氷」氷ブロックの中にアイテムを入れて壊して持っていかせる。消費社会の欲望が万里の長城風の壁をぶっ壊す様子。
「都市生活を攪乱する」ってことで、パフォーマーも都市の中へ。日本のゼロ次元のパフォーマンス映像……なんか疲れてきてちゃんと見てない。ムカデ競争みたいなのやってた。街の中でのお騒がせパフォーマンス。渋谷ハロウィンの巣窟の中にも、ああいうアートパフォーマーでもいれば面白いだろうが。いたのかな? いた感じはしないよなあ。あとは馬ニンジンみたいなパフォーマンス映像と、韓国のソン・ヌンギョンの新聞記事を切り抜いて建物平面図みたいにしたの……平面図じゃない? 検閲? それから中国の林一林がブロック塀を作って少しずつ移動させて車道を渡るパフォーマンス。全部見てたら面白いだろうなあ。時間がない。あとドキュメンタリー風の映像作品コーナーがあるが、一つが三十分以上あったり、このあたりはもう腰を据えて臨まないとあかん状態。

「新たな連帯」というコーナー。「アート・アクティヴィズムと社会運動」中村宏の絵画「基地」あり。解説は長いが絵だけでもなんかヤバさが分かる。タイ統一美術家戦線の一連の先品はソヴィエトの労働ポスター風。韓国のイム・オクサンの絵画「原野の炎」これも解説は長い(考えさせる)が、何も考えずにも見れる。水墨と火のラインがなかなか美しい。台湾の楊茂林の絵画が、うーん、これもポスターっぽいというか、でもなかなかの迫力でありまして。
「集団行動とアートの実験」主にアートグループの活動記録っぽいもの。
「ジェンダーと社会」主に女性問題がテーマのもの。ジュリー・ルーク「考えるヌード」遠目で目につくヌードの立体。うえへへへなんつって近づくと、結構傷ついている。ううむ、つまり……考えてくれということだ。女性問題といえば日本も酷いと言われるが、やっぱり儒教と家父長制の本場、韓国の方も相当厳しいようだ。韓国の女性アーティストがエグい。キム・インスンの大学の帽子をかぶった女が男の足を洗っている絵。ユン・ソンナムの「手は10本あるが」家事育児ワンオペで10本でも足りねえ。これは分かりやすいっつーか今の日本でもウケるかもしれん。
「歴史と新たな連帯を再考する」うーむ、なんかもう疲れて漫然と見てた。ウォン・ホイ・チョンの絵画「私には夢がある」が、なんとなく「伝わる」ものですかね。最後に香港のエレン・パウ「青」という天安門事件がテーマっぽいが、一見するときれいな映像でしめくくり。

いやー、全部まともに鑑賞していると半日はかかるでしょうなあ。あと最初に書いた通り、社会的な意味を汲み取るべきものも多々あり、心してのぞんでくれい。
http://www.momat.go.jp/am/exhibition/asia/

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