« 「アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる1960-1990年代」(東京国立近代美術館) | トップページ | カタストロフト美術の力(森美術館) »

2018年11月18日 (日)

笠井誠一展(練馬区立美術館)

この施設は割と近いんで、ほぼ毎回行ってるんですが、年間パスポートでもないですかねえ……
さて、ポスターを見た限りでは、セザンヌのパチモンかと思ったんですが、まあそういう部分もないではないが、独自の面白さがある。いや、結構面白い。

最初下の階からで展示は年代順。初期は暗い印象派みたいな絵を描いている。デッサンとは物の形を作る仕事、だそうで。最初の「札幌北一条風景」とか暗い。「風景」も暗いフォーヴ(野獣派ってやつです)みたい。「裸婦」も別にナイスバディというわけでもなく、「田園」でやっとちょっと主張っぽいものを感じるかな。「牛と人」は平面的で白が主体で、ちょっとシャガールの幻想画風なところもあるかな。しかしこの辺は総じて地味なもんで、この調子が続いたら鑑賞のテンションも落ちたままであった。

パリへ勉強に行ってシゴかれたそうです。ここからなんかエンジンがかかってきて、太い輪郭線が登場。デュフィっぽいのやらセザンヌっぽいのやらで、要はパリ風味になった感じですかね。「室内」は太い輪郭をバッチキメていて、平面的でもある。太い線を使わない「セーヌ河畔」なんてのもあり、これは手堅い印象派な感じ。でも年代見ると1964年ですって。もう現代美術の時代ですなあ。

階を上がって、帰国して愛知に住む。ちょっと変わった色の自画像。画面は明るくなって、物の形の面白さにこだわり始める。「西瓜とランプ」などの西瓜ものではカットした西瓜の面白さにとりつかれている感じ。いや実際こいつは面白い立体って感じだぞ。「静物(ウクレレのある静物)」はモランディの静物っぽいが、色がカラフル(ってほどでもないが)でモランディで塗り絵やってるみたい。モランディのストイックな画面に比べると、結構好きな色でキメる方が主体。画面はだんだん黄色く明るい様式ができ始めてくる。うむ、面白い。「ストーブとバイオリンがある室内」。静物が登場人物のごとき、室内が舞台のごとき、演劇的な感じもする。笠井劇場みたいな感じか。

「画風の確立」ということで、ここで多視点が出てくる。物を一方向から見ただけでなく、複数の視点を組み合わせて一つの物を表現。例えば「卓上静物」の鍋なんてな、蓋はやや上からのものを描き、側面は割と横から。それを組み合わせる。ちょっとケッタイな絵ができるが、それがまさに描きたかったことだ……って、これってセザンヌの静物そのままじゃないか。解説にセザンヌの名はなかったようだが。ただ、セザンヌの重厚さみたいなものはなく、割と明るく軽めではある。ここで全然違う物が思い浮かぶ。デ・キリコの室内や静物。キリコは「形而上絵画」と呼ぶところの超現実な風景を描いたが、笠井はむしろそれに近いようだ。もしキリコの形而上画を、笠井が日用品で描いたら……なんてところで見ても面白いであろう。「赤いポットとストーブのある室内」なんて、ストーブはもうストーブではなく、デフォルメされて形而上絵画を演出するオブジェみたいな役割になっている。モランディのようなストイックさは感じない。「シュガーポットと洋梨」なんてのも平面的な感じにして、洋梨が立体的だったり。独特の画風が冴えているじゃないか。

学校の先生もやっていた、画業に専念。「ギターと洋梨のある卓上静物」なんていう絵から大きなサイズの絵になっている。「リンゴとコーヒー茶碗のある静物」などはもう果物というより、立体。テーブルを描くと右の縁は画面に垂直、左の縁は斜め、というなんとなくこだわりが見える。
それから様式がキマった作品が続くも、一番最後の「室内」だけは急に写実的な立体となりちょっと驚きだ。最後に、実際に使った静物の実物が並んでいて、ビデオがあって(すまん見てない)終わり。

出だしは地味だが、やはり企画展やるだけあって、進化が面白く、アートの風味は十分だ。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201806301530346711

|

« 「アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる1960-1990年代」(東京国立近代美術館) | トップページ | カタストロフト美術の力(森美術館) »