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2019年1月 6日 (日)

ソフィ・カル ─ 限局性激痛(原美術館)

前のリー・キットの最終日に行き、このソフィ・カルの初日に行く。だからナニというもんでもないが、ついこないだ行ったばかりって感じの原美術館。
展示全体で一つの作品のようなもので、1階の第1部と2階の第2部に分かれる。第2部は前にどこかで(というか多分ここで)見た……いや、その一部だったかな。でも今回はこの作品の全体が見れるというわけだ。
自分の失恋をネタに作品を生み出す。いやー、いますよ詩人でも文章書きでもアーティストでもそういうお方が。曰く「人生全てネタ」そういう人に限ってちゃんと痛いネタが降ってくる。というか、ネタに貪欲であくまで自分中心なもんだから痛いネタになるような目にあってしまう、という感じもしないでもないです。

ソフィ・カルには恋人の彼氏がいたが、ソフィは日本に3ヶ月滞在できる奨学金を得た。恋人には行くな行ったら別れちゃうとか止められたが、結局行ってしまう。恋人を試す気もあったようななかったような。ともあれ、その間は会えない。日本であちこち訪問し、彼とはラブラブな感じの文通があったりもする。3ヶ月経ってインドで会えるはずがすっぽかされ、ホテルの電話で実は好きな人ができたなどと言われて、もはやそれまで。この酷いダメージから回復するべく、作品を手がける。

第一部は、失恋前3ヶ月間の記録。日本での写真が多い。あとになって中国とかロシアとか、そんなものも出てくる。日本では京都のどこそこなんかあったり、珍しいのか映画のポスターの写真なんかもある。ところどころ手紙の文面(和訳あり)が提示される……が、この段階で、どうもあまりうまくいってない危うい感じもないではない。ただ、それより重要なのは、全ての写真や手紙などの記録に、「DAYS TO UNHAPPINESS」という番号付きのスタンプがバーンと押されているのです。相当頭にきているというか、やりきれないというか、そういうものがヒシヒシ迫ってくる……というかなんていうかな、ボディブローを食らって(実際食らったことはないが)見てるとだんだん苦しくなってくる感じ。自分を捨てた相手との記録をスタズタに破いて捨てるんじゃなくて。あえてこうしてネチネチと(って言い方もナンだが)出すところがアーティストだ……相手はたまったもんじゃないが、相手もアーティストだったりするのでオッケーさ。

それで階段上がって第2部は、その別れの電話を食らったニューデリー(だよな)のホテルの一室がまず実物そっくりに再現されている。それでソフィは失恋後何をしたかというと、自分のこの一件を誰かに話し、相手の不幸な話を聞いて、一組に写真付きパネルで提示する。パネルが日本語なんだが、見たところ印刷とかでなくちゃんと書いてあるっぽい。一度軽く印刷して、その上からソフィ・カルが絵の具でなぞったのかな。自分の失恋のパートはホテルの部屋の写真と同じような文章がある。「私は○日前、恋人に捨てられた……」ってな出だしのヤツが何度も繰り返されるのだが、だんだんその何日前というのが増えてくる。つまり過去になってくるんですな。同時にその内容も具体的なものから、だんだん端折られてきて、最後の方では「ありふれた話」になり、文字の方も背景に溶けていく。こうして立ち直っていくのだ。90日かかっている。人から聞いた不幸話の方はいろいろで、別れた話や身内が死んだ話など、写真も添えられてる(話した人の写真ではない)。

女性はこの立ち直りのプロセスと手段にかなり共感できると思える。女は失恋しても、長く引きずらず前に進むリアリストだそうで。一方男性はこのような潔い立ち直りの手段は取れない気がする。男はどうもロマンティストで傷ついても奇跡を期待し空想に遊んだりするためどうにも未練がましかったりする……ってもちろん全員が全員そうじゃないだろうけど。

最初の部屋に収蔵品が出ていたり、おなじみ常設もちゃんとある。
http://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/382/

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