« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »

2019年5月30日 (木)

34周年展(豊島区立熊谷守一美術館)

実はここは近いもんだから割と毎年行ってたりするのだが、ブログに書かなかったりして。いや、でも書かないと悶々としちゃうんで書くんだけど、こないだの日曜に行ってたわけですよ。ここはいいですよ。小さいけど点数もそこそこあるし、雰囲気はいいし、1階でコーシーも飲めるし(実は飲んだことないが)。今回は熊谷守一オンリーの企画展だ。

1階の展示室は、平面的にして単純化された画風が確立されてからの、いわば定番揃い。「夕暮れ」は二重丸というシンプルさ。平面的な絵はどれも色がいい。特にオレンジは鮮やか。「アゲ葉蝶」の花のオレンジ。パンフレットにこの絵が使われているんだけど、本物は印刷よりはるかによい。ゴッホをはじめ印刷と本物が違う画家は少なくないが、この熊谷守一もぜひ本物を体験せよといいたくなーる。「曼珠沙華」これも鮮やかだがさすがに単純化させすぎじゃね? と思ったりして、でもボケーと見てると、あーこれが曼珠沙華の印象なんだよなあと思えてきたりする。「枯木」ううむ、これはどこがどう枯木なのかな。「せんのう」もオレンジがきれいですな。「自画像」単純化似顔の傑作。「白猫」にゃー。「岩間の富士」珍しく屏風です。シンプルです。「氏家梅林」ピンクです……って色だけ書いたってしょうがないけど、いや、やっぱこの色、色がいいんだよ。それにしても毎回見るのもあれば、初めて見るのもある。リストを見ると、なるほど他から借りてるのも多い。企画展だからがんばっているのだ。

蔵みたいな中を階段を上って2階へ。ここが画風確立前というか、いろいろチャレンジしてるところ。日本的に渋いフォーヴというか、まあヴラマンクみたいなのが多いかな。そんなラフな風景画もあれば、ここの定番は「某婦人像」。光の描写で、おっ、いるね、という感じで魅せる。「自画像」も単純化でなくよく似てる。「顔」はメチャ崩していてなんかすげえ。しかし今回のハイライトは3つの裸婦が並んでいるところかな「裸」「気坐裸」「裸婦」それぞれ時代が違い描き方が違う。「裸」は裸婦がラフな感じ、「気坐裸」は単純化させたもの、しかし最後の「裸婦」がすげえ。絵の具のチューブからそのまま出したヤツで描いてるんだって。つまり太い紐みたいなので描いてるのだ。うーん、斬新にして面白いんだけど、いいなあ、という感じじゃないよなあ。

さらに階段を上って3階へ。ここは書とか墨絵とかクレパスとか。油彩じゃないヤツ。書はまあヘタウマみたいで……でも近頃人気らしい。というか私は書を見てもいいのか悪いのかよく分からんのだ。墨絵の「大蛙」マジデカい。青い色を使った墨絵「夏」これいいね。シンプルな青い線で表現。「日輪」ピンクと白。これクレパスなんだね。そうだ前にクレパスだけの美術展を見たけど、なかなか侮りがたい画材なんだじぇ。クレパス「雨蛙」うまい。クレパス「文殊菩薩」すさまじい単純化。しかし確かに文殊菩薩だよこれは。墨絵「なまず/蝦蟇/狛犬」複数絵が1枚に。ちょこちょこって描いてるけど、なかなかだ。

通常は1、2階が熊谷守一常設で3階が貸しギャラリー。しかし○周年展では他から借りるなどで全館熊谷守一になるのだ。行ってない人も一度は行ってみようぜっ。
http://kumagai-morikazu.jp/

|

2019年5月21日 (火)

ルート・ブリュック 蝶の軌跡(東京ステーションギャラリー)

フィンランドのセラミックアーティストの個展だす。当初は2階3階全作品撮影可能だったそうだが、GWに結構人が押し掛けたようで、シャッター音だらけになって苦情が多数入ったため、3階を撮影不可としたそうな。シャッター音イヤイヤのオレからすれば、そもそもなんでそんな全作品撮影可などというバカな大盤振る舞いをしたのか気が知れねえが、思うに、そんなたくさん人が来るとは思ってなかったんじゃなかろうか。知名度もあるとは思えんしな。撮影についてだけじゃない。なぜか細い通路で映像を流していて、そこに人が溜まってしまって通りづらいのです。これも人数少ないと読んだところかと思うのです。しかし内容は大変いいんですよ。ここはいつだっていい着眼でいい企画やるから、とうとうパスポート買っちゃったよ。この先も全部行くと思う。

なもんで、最初の3階はシャッター音で気が散って(たかがシャッター音ごときで集中できなくなるの~? とかヌカしてる御仁もいるが、てめー基準でモノ考えるんじゃねーよ。ヘッドホンステレオのシャカシャカ音もそうだが、音量の問題じゃねーんだよ。気になる感覚は人それぞれなんだぞ)、ソシャクに時間がかかる、というかあんましてない。最初のところに遺された陶板(モザイク)で新しく作った「心のモザイク」という大作があるが、思えばこれ最後の方がよかったねえ。というのも晩年の作品に近いもんでね。最初は絵を描いて焼いたものが多くて、絵画に近い。でも質感が焼き物なわけです。やっぱり単なる絵よりも、建物とかの形状に切って彩色したヤツの方がいいね。家とか、教会とか、ノアの箱船もあるぞ。あとポスターになっているのは「ライオンに化けたロバ」というもので、文字通り動物。それから「鳥」という置物っぽいものや、「母子」という立体作品もおもしろい……いや、全部写真に撮っているヤツいるけどさ、陶の作品って、キネティックっていうのかな、鑑賞者が動くに連れキラキラする、そこも楽しからずやなんだがね。写真に撮って満足してどーする。それから……作品タイトルに、出品リスト番号が載ってねえ。作品のところにメモるには、タイトルを探さないといかん。面倒なんであまりメモってねえ。

階を降りて2階に。シャッター音が聞こえなくなり一気に環境がよくなったぜ! ……なに? 違いが分からない? なんでこの環境の差が分からんのだ! まあいい。蝶を描いた器(?)の作品多数。一つに一匹。なかなかリアルな感じでいいよ。作り方の簡単なアニメがある。2度焼いてるんですって。六角形のブロック状のものを積み上げた「ヘキサゴン」も面白い。それから初期にはなかった金色の作品が登場。ちょっと神秘的な、「ムー」に出てきそうな感じ。このあたりから絵ではなくて、抽象的な立体が増え始める。「レリーフ」なんていうシンプルなタイトルだったり。それから今度は黒い作品が出始めた。「泥炭地の湖」抽象っぽい。黒でも光沢の黒と艶消しの黒が入り乱れ、これが結構面白い。あと、横の方から見ると異星人の都市みたいじゃないかい。「木」は黒い陶タイルで木の形を作ったもの。黒といえばねえ、ラウル・デュフィの晩年、黒い船のあのインパクトを思い出すな。アーティストは晩年になると黒を使いたくなるのかねえ。あと、白だけのもある。小さい陶タイル……モザイクか、を組み合わせた抽象。もはや初期の絵本みたいな世界じゃなくてバリバリ現代アート。公共アートの映像があって、アーティスティックに終了。

うん新鮮だ。いい作品群だ。3階のシャッター音が気にならなければ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201904_rutbryk.html

|

2019年5月19日 (日)

印象派への旅 海運王の夢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

ウィリアム・バレルというスコットランド生まれの英国人のコレクションだす。写実から印象へという手堅い人気のテーマですな。

最初にいきなりゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」バレルとかかわりもあった画商ですって。うむ、原色の点描というか短線というか、その描きっぷりもなかなかいいじゃないか。いやそれより諸君、このゴッホ、なんと「照明が明るい」のだよ。ここんとこゴッホ展はことごとく照明が抑えられててチクショーメイ暗いじゃねえかとか思っていたが、これはちゃんと明るい。「あの日見たゴッホ」じゃなですか。ナイスだ。えー次、「身の回りの情景」というコーナー。フランソワ・ボンヴァンとかいう人「スピネットを弾く女性」ほう、後ろ向きで一人で、ちょっとハンマスホイ風だな。テオデュール・リボー「勉強熱心な使用人」もわっとした光に浮かぶのがいい感じで、ヤーコブ・マリス「クジャクの羽根持つ少女」ええー、もーちょっと成長してくれりゃあ萌える絵なんだがね、イマイチガキンチョだな(そんな視点で見てんのかよ)。この人「姉妹」とか「若き芸術家」という水彩も出ているが、いずれも子供ですな。カミーユ・コロー「耳飾り」人物とは珍しい。おおトップレス……ってほどでもないか。写実的。アンリ・ファンタン・ラトゥール「入浴する女性」、おお、巨匠だけど絵は小さい。

次は「静物」コーナーだお。クールベさん「アイリスとカーネーション」リアルか。暗い絵だな。ファンタン・ラトゥールの「春の花」これは写実っぽい。うん、普通にうまい絵だ。あと「桃」が2つ……しかしなんだな、ここまでほとんど小さい絵が多いな。三菱一号館なんかで見た方がいい感じのもんが多いのだが。ボンヴァン「狩りの獲物のある静物」でたぜ死んだウサギ。カワイソウ。♪ウサギ美味しかの山~ですな。ええとクールベさん「リンゴ、洋なし、オレンジ」、セザンヌ「倒れた果物かご」、ルノワール「静物-コーヒーカップとミカン」という小さいのが3つきれいに並んでいる。小さいながらそれぞれに画家の個性がちゃんと出ておる。ほう、もしかしてコレクターバレル氏の好みか? なるべく小さいところに個性が凝縮されてるのが欲しいとか。あるいはたまたまそういうのも持ってきているだけかな。

「戸外に目を向けて」ということで、「街中で」というコーナー。アーサー・メルヴィルのシミのような技法が個性的だ。うん、シミみたいだもんなあ。印象派的ではある。「グランヴィルの市場」なんて人物の顔が顔がそれでいいのか。そんで目玉のドガがある「リハーサル」うむ、なかなかいい絵ですよ。光の感じよしですよ。いやここまでの展示が小さいとか地味とかいうのは、これを引き立たせるだめじゃね? なんて思ったりしてな。なんかいろいろ説明も書いてあるんだけど、私は「怖い絵」のドガんとこ読んだら、あまり素直に見れなくなったお。セレブなキッズのバレエ教室とは違うんですなあ。ええそれから「郊外へ」というコーナーになり、アンリ・シダネル「雪」おお、このぶわっとした画面(……って書いたって分かんないよな)。この強力な個性いいじゃん。雪の町。暖炉のオレンジが見える窓一つ。ニクい演出ですな。前にシダネル展があって、まとめて見るとどうということはないと思ってしまったが、いろいろな絵の中でシダネル見るといいですな。それからマティス・マリス「蝶」女性像だが、顔ちょっと怖いね。アドルフ・モンティセリ「庭で遊ぶ子どもたち」ロココあたりの雅宴画(貴族が遊びほうけてる絵)の雰囲気で印象派をやったとか。はあ、なるほど。オノレ・ドーミエ「ヘラクレス」どう見てもおっさんだが。あとはどってことない絵が多いが。ジョルジュ・ミシェル「嵐雲」小さいながら上半分が雲でまずまずの雰囲気で。ドガがもう1枚「木につながれた馬」うむ暗いな。

そして「川から港、そして外洋へ」ってことで川辺からドービニーの「ガイヤール城」いい風景画だなあ……ってメモってあるがどんなんだったかな。おっとピサロがある「水浴の女」これも小さいのう。で、なんとここから最後まで撮影可能なコーナー。10点以上ある大サービス。やったー! ……バッキャロー俺はシャッター音がキライなんだ(クレームねじ込むほどではないが)。最近の潮流でSNSでの拡散を当てにされ、インスタ蠅ばかり優遇しやがる。しかも量があると片っ端から撮ってくだけのシレモノが現れるしな。そのうち静かに見たい組は喫煙者みたいに肩身が狭くなっちまうよな。で、ここにいい絵が2枚、クールベさん「マドモワゼル・オーブ。ドゥ・ラ・オルド」さすがクールベさん、目力のある人物像じゃん。しかし日傘が気になるな、傘の柄が円形の中心じゃなくないか? 半球形を斜めから見たんでずれている? いやー、なんかそうは、見えないんだがねえ。あとは最後のシダネル「月明かりの入り江」青い画面が実にいい雰囲気じゃねーか。なんでこれ撮影コーナーにあるんだよっ。

小品が多いが個性はちゃんと出ている。手堅く楽しめる。撮影もできるしな。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_burrell/

|

2019年5月12日 (日)

キスリング展(東京都庭園美術館)

全体でキスリングだけという、なかなか贅沢な感じなんだけど、土曜の朝一で行ったら結構すいてた。エコール・ド・パリの有名人だけど、生まれはポーランドだって。出品リストをもらったが、リストが展示順じゃないのでメモが面倒。最近よくあるのが、リストは年代順で、実際の展示はテーマごとにバラバラってやつでな。近頃の流行りかね。

最初のホールにはいると絵が2つ「肖像画」うむブロンドの表現がいいね。おでこにリアルなしわが……と思ったら絵の具のひびではないか。それから「花」なかなか大きな絵ですよ。いろんな花があるが得意のミモザは含まれていないな。最初の部屋に入り、ここにも「花」というタイトルの絵。これにはミモザが一部。うん、やっぱりいいだろキスリングのミモザ。「カーテンの前の花束えーと、「強コントラスト」ってメモってあるが……どんな絵だったかな。「牡丹」のメモは「フォーヴ風若描き」ですって(ありゃ覚えてねえ)。「赤い長椅子に横たわる裸婦」これのメモは「モディリアーニかマティスか」これも覚えてね……いや、たぶん見れば思い出す。なんでこう忘れているのかボケたか。そうそう、花とか横たわる裸婦とか、同じような画題の絵をいくつも描くもので、ここにあったものが、そのどれだか思い出せない&この辺にあったのはどうも初期の方でキスリングらしくなくて、あまり個性が感じられなくて印象が薄いんだな。「サン=トロペでの昼寝」これも「感じが違う」んだって。何の? 次の「ベル=ガズー(コレット・ド・ジュヴネル)」これは覚えているよ。キスリングらしい女性像だし、ポスターにもなってるしな。廊下を渡って次の部屋。ここにも「花」しかし、これは明らかに凄い。記憶に残る。絵の具を盛った凹凸で花を描く。すげえ立体感だ。しかも鮮やか。今回の全展示で一つ選ぶならコレだね。「ツーロン」風景画。近代風の船がある港。へーこういうのも描いてたんだ。「カサゴ」魚の絵。珍しい。へーこういうのも描いてたんだ。ちなみにこの部屋で客は俺一人。あと監視の人一人。

階段を上がって2階へ。2階のホールに「赤い長椅子の裸婦」それにしても尻のデカい裸婦ですな。この絵は影がポイントなんだって。そういえばベッドの後ろに大きな影が。それから部屋に入って、ここからなんとなく年代順。「水差しと果物のある静物」セザンヌ風かと思ったが、これは普通の静物っぽい。「ルシヨンの風景」キュビズム風。へーこういうのも描いてたんだ(こればっかし)。「青い花瓶のある静物」これもセザンヌ風だが……いや、これは普通の静物ではないぞ。思いっきりセザンヌ風味。セザンヌの、あのアンバランスでありながら全体ではまとまって見える妙な静物画をやろうとしているではないか。キスリングはここまでセザンヌのエッセンスを真似できたのかとしばし驚く。ピカソはここからキュビズム等のデフォルメの世界を生んでいったのだが、キスリングもエッセンスを吸収している。「ブルターニュの女」「女の肖像」と進んでだいぶおなじみの「キスリング風になってきた」……ってメモってあるがまた忘却してるな。「座る若い裸婦」「座る裸婦」お、カメラ目線ではありませんな。左の方見てる。キスリングの絵はだいたいそうか。部屋進んで「緑色のスカートの女」これはオランダの衣装。「ル・ベック氏の息子」半ズボン男の子。いずれも手堅い肖像。

新館に移動。まだ肖像画が続く。「ジプシーの女」ほほー、こういうエキゾチックなのを描いてもやっぱりキスリングですな。ここにも「花」こまこましたやつはいいですな。またここにも「長椅子の裸婦」そうですね、ここにあるのは、乳白色にしたら藤田嗣治みたいな感じになるやつ。ちなみに同時代の藤田とは仲良し。「漁師」背景が色だけの肖像画が多いところ、これは風景の中の男。ちょっと珍しい感じ。「ミモザの花束」出ました得意のミモザ。でもこれはちょっと小さいかな(小さくもないのだが)。なもんで、あまり「おおっ」とはならない。「ブルターニュの女」……そうか同じタイトルのが前にあったんだ。ここにあるのはいいですよ。キスリングらしさ全開で。目の感じもいかにもだ。ラスト近く「果物のある静物」木のテーブルへの写り込みがおもしろい。

ミモザの大型のがほしかったが、「花」のいいやつもあるし、長椅子の裸婦も普通の肖像もあり、これだけ見れりゃ十分ではなかろうか。
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190420-0707_kisling.html

|

2019年5月 8日 (水)

クリムト展(東京都美術館)

かつての激混み若冲展で、いつ行っても長蛇の列だったが、GW最終日だけは比較的少なかった。そう、長期連休の最終日は狙い目なのである。なので、行ってきたよ混んでそうだから。そして案の定、入り口で待つこともなく、中もそんな混んでなかった。
しかし、奇妙なことが起きてしまった。なんと、メモを取った出品リストを紛失……っていうか、家の中で行方不明に。なんで? あんな大きなものを? いや、あり得ないでしょう。なぜだ? どこを探してもない。神隠しにでもあったみたいだ。

なもんで、記憶とチラシなどが頼りだ。入ったら、そう、まず修業時代あたりで、そうだ写真があったな。うん、どうでもいい感じ。そして油彩の「ヘレーネ・クリムトの肖像」ええ、なかなかきれいですよ。横向きで普通に描かれています。胸がなかなかあるようですな(そんなところ見てるのかよ)。それから合作で、金属板を……なんだっけ、彫金だっけ、浮き彫りみたいにしたやつが並んでいる。また、学校では思いっきりアカデミックな絵を描いていたりする。そうそう、男性ヌードがあったんだけど、フルチン全開のポーズでは、ありゃあモデルもこっぱずかしいよなあ……って、そんなこと考えてないか。それから習作とか下絵とかが続いて、ティツィアーノを模写したのがあったな。うまいけど模写だからねえ……って、なんかぜんぜんテンションが上がらないんですけど。この調子で大丈夫か? 私生活のコーナーがあって、クリムトは独身だったがなんと子供が14人! ……って、あかんでしょそれ。出しっぱなしじゃないですか。愛人の肖像とかあったかな。でもそんな注目すべきものはなかった。
それからウィーンにもジャポニズムのブームがあったそうで、クリムトも日本美術をヒントに作品を作ったりする。「おんな友達(姉妹達)」が縦長の浮世絵風だ。「赤子(ゆりかご)」は錦絵風の色合いの衣装? 布団? まあそのなかの一番上に赤ちゃんがいる。目立たないが。色合い悪くない。うむ、やっとエンジンがかかってきた感じだぞ。

階を上がって、「分離派」の活動へ。そこで一気に目玉二つ。「ユディトⅠ」と「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」、金箔を使った上に、装飾的。「ユディトⅠ」は首を手にして恍惚の表情。怪しく魅せる傑作だ。「ヌーダ・ヴェリタス」は、これも装飾的背景がいい。手に持っているのはペロペロキャンディーじゃなくて鏡だと(キャンディーなんか持たねえよ)。しかしこの2点を見ると、それまでのに比べていかにズガッと画期的かが分かりますなあ。やっぱずげえよクリムト。それから「ベートーヴェン・フリーズ」という部屋の壁一面の35mの巨大壁画作品……の模写。模写なんだけどちゃんと金箔も使っているし、本物と印象はほとんど変わらんだろう。見応えあるじゃん。芸術の神ミューズの衣装がちょっと浮世絵風。それから「分離派展」チラシとかがあり、次は風景だったかな。「アッター湖畔のカンマー城Ⅲ」。印象派風で点描も使っているが、新印象主義の分析的点描のインテリっぽいイヤらしさはないですな。「丘の見える庭の風景」では、独特な花が画面を埋め尽くす。

それからまた階を上がって肖像のコーナー。「オイゲニア・プリマフェージの肖像」衣装がカラフルでありながらクリムト的カラフルさだ。そして最後の円環のコーナーで目玉の一つ「女の三世代」やっぱり注目してしまうのは老婆の裸体ですな。衰えも容赦なく描いてしまっている。手を見ると血管が浮き出ている。そういえば、他の人物画でも、手の血管がうっすら描いてある感じなのだが。なかな写実的なのだ。これでなおかつ装飾的要素を失わないんだからさすがクリムトではないか。よく見ると輪郭がうっすら緑で、これも普通でない印象のポイントって感じ。それから鉛筆の素描みたいなのがあったが、薄くてじぇんじぇん見えない。そんで最後の絵は「家族」。黒い布(服か?)に包まれて、顔だけ見える3人。暗示的。

結構習作や他人作ので薄まっている感はあるが、それでもクリムトの傑作がいくつも見れるってことでは行きでしょう。
https://klimt2019.jp/

|

2019年5月 4日 (土)

ジョゼフ・コーネル(DIC川村記念美術館)

時は今から約100年後、地球から0.6光年の位置に謎の天体が発見された。観測されたその姿から、その天体は「ヤヨイ」と呼ばれた。そして有人探査船が向かう。その宇宙船の名は「コーネル」。そしてその天体の衝撃の正体とは……ってなSFを書いてここで読めるんですけど、原稿用紙にして数百枚を読むほど暇な人もおらぬよ。ただ、草間彌生を特別なアーティストとして認識している私にとって、彼女の元恋人であるジョゼフ・コーネルをまとめて見る機会は、大いに待ちこがれていた次第です。特に「コーネルの箱」と呼ばれる一連の作品、これがお目当て。

この美術館に行くのは2年ぶり2回目。入ると、最初にコレクション展を見ることになる。何がよかったかな。前も多分見てるがね。キスリングの「姉妹」いいね。シャガールの「ダヴィデ王の夢」こりゃ大作だぞ。レンブラントの「広つば帽を被った男」これ自画像じゃないんだな(前も同じこと書いてると思うが)。あとこれは初めてかな。ジョージ・シーガルの「ガートルード(ダブル・ポートレイト)」家の壁とテラス……ベランダ(?)ごと作ってあるじゃん。そうそうこの部屋はポップアートが集まっていて、ウェッセルマンや、ウォーホルもある。ラウシェンバーグの「深掘り井戸の噴出」も大作。前はこの部屋日本美術だったかな。それからマグリットの「冒険の衣服」と再会。この絵は好きですよ。マグリットの裸婦ってあんましない……よな。エルンストのドアを使った「入る、出る」もなかなかだ。それからロスコルームへ。ん? 照明が色付きじゃん。本来の色じゃないじゃん。なんで? ……と前も全く同じことを思っていて、前の記録を見たら、絵の具がデリケートでこれ以上明るくできない、そうです。そうか、画家の意図じゃないんだな。ステラとかあるデカい部屋でオレしか客がいない。監視員が二人。ド赤字じゃん。でも別にいいんです税金じゃないし。そもそも、ここ客が多いんだけど、みんな無料の庭の方に行ってしまってな、美術館はそう混んでないのですよ。企画もマニアックだしな。すげえなDIC。金があってうらやましい。

いよいよ企画展。ジョゼフ・コーネルだ。箱だけじゃない。コラージュもやってるし、映画も撮ってるんだって。初期のコラージュは、エルンストのコラージュ作品の影響を受けていて、古い書籍の絵を切り抜いて作ってた。ずらっと並んでます。モノクロです。「無題」なんてのが多いです。エルンストはバキバキのシュールレアリストなんで、意外なものを組み合わせる衝撃をよくやったそうです。「デペイズマン」って手法だったかな。コーネルはそんなに意外な組み合わせじゃなくて、割と違和感の少ないもので不思議な画面を作る。例えは悪いがエルンストが覚醒剤ならコーネルはコカインみたいなもんですかね……って例えが悪すぎだろ(自己ツッコミは虚しいな)。さてさて、コーネルにゃお気に入りの女性がいて(草間の前に)。ロシアのバレエダンサーのトマノヴァである。コラージュ作品を捧げたりしているし、トマノヴァからも手紙もらったりして。「踊るタマラ・トマノヴァのコラージュ」これがポスターにもなっている。それからコーネルは雑誌の表紙のコラージュで活躍し、会社勤めをしなくてよくなったんだって。さすがの才能ですな。その雑誌「ヴュー」とか「ダンス・インデックス」なんぞが出ている。確かにコラージュだ。

そしていよいよ箱のコーナー。うおおおおっ各地からかき集めて十数個も並んでいるではないか。偉い。凄い。よくやった。鼻血ものだぜ。何がいいか? 全部いいんだが。まあ例えば、昔の建物とかで、壁が傷んでいるけど非常に風格があるってのがあるでしょ。あれを箱の内側に封じ込めるということをしている。壁とか床(?)とかが、腐食していたり剥がれそうになっていたり(運搬大丈夫なのか?)、繊細にして風格があり見て沸き上がるノスタルジイよ。床から古い釘が出ているとかもニクい演出。あと可動部がある(展示品に触れないから動かせないが)。上の方にシャフトが2本走っていて、その上に球体が乗っている。転がる。あるいはシャフトにリングが付いている。動かせる。楽しそう。もっと凝った奴は「ピアノ」という内装に楽譜を使っていたり、楽譜の小箱があったりのもんなのだが、なんとオルゴールを積んでいる。箱の後ろにネジがあって回せる。オルゴールの音は、ヘッドホンで聴けるよ。私の好みは「カシオペア」床の痛み具合がイイ。アンティークだ。壁の星のデザイン、レールと球体、背面に全展図(背面も見ろよ)素晴らしいですな。詩情ですな。「鳥たちの天空航法」も崩れた壁での演出がイケる。「ホテル」のシリーズでは、顔のついた太陽さん、そう、この顔。ちょっと濃いツラ。ニコニコ太陽じゃない。芸術作品の太陽はこうでなくちゃねという顔。この顔のピンバッチがあったんで買っちゃったよ。「無題(ラ・ベラ[パルミジャニーノ])」はパルミジャニーノの絵(印刷物)を使っているが、それにしても壁にゃひびが入っていて、ポロッといっちゃいそうなのが実に危うい。しかし、これがコーネルの箱の世界だ。堪能した。先日没後十年を迎えた清志郎じゃないが「ご機嫌だぜベイビー!」。

後半のコラージュ。モノクロからカラーになった。ポップアートっぽいのもあるかな。まあ、こういうコラージュになると、先日庭園美術館で見た岡上淑子なんぞもいい勝負してるから、コーネルの独壇場って感じでもない。それから交友関係のコーナーがあって、エルンストとの交友とか……おい、なんで草間彌生との関係について一言も書かれていないんだっ! 結構有名な話だと思うがね。こりゃあナニか裏事情がありそうだぞ。コーネルサイドにとっちゃあまり草間に触れたくないとか? まあ元恋人だったとはいえ、ホームレスみたいとかマザコンだったとか、電話攻撃がひどいとか散々な言われようだしなあ。あるいは先のトマノヴァを目立たせたいので、草間に触れたらトマノヴァものを貸さないとスミソニアンがゴネたとか。いやいやいやそんなこともないよな。まあいいや。よくないが。それから映画コーナーがあって少し見たけど、特に驚異的というもんでもなかった。全部見たわけじゃないけどね。

外に出て庭も散策。広いな。手入れも行き届いて噴水もある。芝生の広場にゃ、キッチンカーが出ていた。ショップ、レストランもあって、レストランは満席のようで人が結構待っていた。佐倉駅から往復無料送迎バス。さすがDIC、金が……まあいいや。

これだけ箱が集まることは、まずないと思います。あの閉じこめられた完成度の高い世界を、いくつも目にできる機会は今しかない!
http://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition/

|

2019年5月 2日 (木)

バンクシー作品らしきネズミの絵(東京都庁)

港区の防潮扉の一部で見つかったバンクシーらしき絵である。この騒動がなかなか面白いことになっていて、小池知事が一緒に写真を撮り、その後扉は取り外して保管して、現在5月8日まで都庁で展示されている。
意識高い系のアート好きが、あれはバンクシーを冒涜してるとか、無効化してるとか、アートをよく知らないで並んでいるのは愚民の群だとか、なんでバンクシーはよくて、普通のグラフィティアートは消したり逮捕したりするんだよとか、それを含めてバンクシーなんだよとか、まあ百人いりゃあ百通り言いたいことが出てくるが、それを含めてバンクシーで……なに? あれがバンクシーじゃなかったら? ふふん、それでもこの騒動そのものがバンクシーの名によって起こっているから、これもバンクシー作品の一部になっちゃうんだなぁ……ってなこと言ってるときりがありませんな。

この騒動に「乗る」ために都庁に行ってみた。ツイッターとかでよく見る案内の紙を見る。これもなんとなく作品みたい。「バンクシー作品らしきネズミの絵」そう、あくまで「らしき」。それが権力の中枢の建物の中で客を呼び込んでいて、実際、客も押しかけていて並んで見ることになる。「グラフィティアート(アートレベルのストリートの落書き)」なんだから、現場からここに持ってきたら絵が死んでしまう……とは私は思わん。バンクシーはこれまでも騒動を起こしていて、有名なのは知ってると思うが、絵画がオークションで落札の瞬間に仕掛けられたシュレッダーが絵を半分刻んでしまった。現場は騒然となったが、その作品はさらに価値が上がってしまったのだ。ただのグラフィティアーティストではない。なもんで、バンクシーの絵は現場を離れた瞬間に別の価値を持って動き始める。コンセプト・アート(こんなヘンなことやったらアートっぽいだろ)の位置になるのだ。これは普通のグラフィティ・アーティストには無理。

Dscf4002 Dscf4005

並んでいると、何となく有名っぽいから来ている人が多いようで、ほぼ全員スマホなんかのカメラを準備していて、誘導する職員も写真を撮りに来ているものとして誘導し、「詰めて並ぶと早く写真が撮れますよー」なんて言ってる。全員まとめて「この愚民どもがぁっ!」と言いたい人もいるかもしれない。あるいは「小池の人気取りに乗せられやがって」と苦虫を噛み潰している人もいるかもしれん。でも私思うに、芸術家は常に反権力でイキっていないといけないって誰が決めたんだい? いや、反権力は結構だけどさ、それをイキって押しつけて、その行為が「アートを分かっているヤツ」ってことになるなら、それ権力そのものじゃん。バンクシーがオチョクるとしたら、よく分からんで来ている善良な市民ではなく、権力者みたいに偉そうに反権力こそ芸術とか言ってる玄人じゃなかろうかね。そうなると、この展示は実に痛快ではないか。ついでにバンクシーから小池にサンキューレターが送られ(それも思いっきりベタなヤツ)、真に受けた小池が満面の笑みで自慢でもしたら完璧である。ハナモチならない意識高い系がこぞって「バンクシーには失望した」と嘆く様を見てみたいねえ。まあそうはならんだろうけど。

そんなわけで、私もミーハーっぽく写真を撮った。絵そのものは、型紙を使ってスプレーで吹いたものなので、特にどうというものではない。ネズミは普通にかわいいところはあるが。スプレーの使いかたがうまいとか、そういうもんでもないし。展示は美術作品らしくなく通路に置かれていて、一応説明のパネルはあるが、バンクシーがどんなアーティストかとか専門的なことは書いてない。確定していないからかな。

私が都知事だったらどうするか? うん、現場にあった時にアーティストに消させる。一応落書き禁止という決まりなのでね。かといってバンクシーらしきものをただ消すのももったいないし、やっぱり権力者は価値が分からねえとかバカにされるのもイヤなので、「バンクシーらしき絵を消す」というパフォーマンスを誰か他のアーティストにやってもらいます。Chim↑Pomあたりやってくれないかな。もちろん「権力の犬」と書かれたTシャツを着用して。その様子は記録され、東京都現代美術館のコレクションにして常設展で流そうぜっ。

しかし素朴な疑問として、なぜ都の美術館じゃなくて、都庁に展示してあるんだろうか? これも思うに、美術館側が突っぱねたんじゃなかろうか? まだバンクシーと決まったわけではないし、そもそも現場にあるべきグラフィティを外して持ってきて展示するなんて、そんなみっともないことできねえよ、というところであろうか。
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/04/19/09.html

|

2019年5月 1日 (水)

百年の編み手たち(東京都現代美術館)

長いこと閉館していたが、この度リニューアルオープン。アクセスが悪いんだからカジノにでもしちゃえよという陰口(誰が言ってたんだ? ……オレだ)をよそに堂々の再開。日本の、特に東京にある美術館は狭いと思っていたが、ここはデカい。いや、無駄にデカい。クソ暑い日でも、ガラガラの常設展は冷房ガンガンで、それってなんか税金もったいねーよなあ(別に気にせん人もいるだろうけど)。そんなわけでこのデカい施設、先々客が来る企画やるのかね。前はジブリとかディズニーとかやってたけどさ。
この「百年の編み手たち」は企画展示室3フロア全部使用の企画です。出品リストがないから、適当なメモでいくぞと。

3階からスタート、1914年から始まる。最初に有島生馬の「鬼」。次の部屋にロダンのスフィンクス女と、岸田劉生がいくつか。おや、岸田ってゴヤの影響受けてる? って感じのものも。河瀬通勢って人。次の部屋、版画でおなじみ恩知孝四郎、ヴィクトル・パリモフ「手術」なんかヤバい。機関誌「マヴォ」。部屋を移動。牧野虎雄の草木の絵。中原實、人物、壁一面に並ぶ……しかし高さがあるよなここの壁。中原は抽象もできる人で「乾坤」はなかなかイケる(オレ好み)抽象画じゃん。次の部屋、おお吉田博。風景版画。帆船だ。損保ジャパンで見たな。あん時は混んでたな。版画雑誌いろいろ。次の部屋、桂ゆき、オノサトトシノブ。次の細長い部屋に、藤巻義夫の隅田川両岸絵巻。長い、全部展示、壮観だぞ。近代の両岸なんで、鉄橋とか電柱とかあるんだぜ。あとは都市版画とか。次の部屋も中原實、うーん、この人知らなかったな。なかなかシュール的表現と日本風と使えてイイじゃないか。それから鶴岡政男「重い手」手が人物。シュール的傑作。岡本太郎もあるよ。

3階終わって2階に少し。

1階、中村宏のルポ絵画、中村宏好きだけどな。一つ目女子高生みたいな妖しいヤツのがいいな。朝倉摂いろいろで「1963」という機械みたいなのがいい。人物も描くけど。次の部屋にも桂ゆきがいくつか。ほほう、注目してますな。「馬」がいい。写実の新聞で馬。あと「宇宙」おっと先日アウトサイド・ジャパンで見た「ゆびふし」に似てるぞ。有機的なものが集積した円形。次の部屋からアンフォルメルで、ちょっと苦手になってきた。白髪なんとかとか。次の部屋、光り物。多田美波の(鏡みたいな)ピカピカ立体。電動のヤツもあるぞ。これキネティックじゃん。次、横尾忠則ポスター(好みじゃないが)、ウォーホルのマリリン。柏原えつとむの、「方法のモンロー」とかいうもの。次の部屋、河原温の日付と、オノ・ヨーコのこれも活字っぽい字で単語が書いてあるだけのもの、日付ではなく指示だったりする。通路に出ると田中千鶴子の卵が脱皮するようなもの、地下1階の吹き抜けが見える。磯部行久の何か環境もの。横尾の油彩。

地下1階へ。白川昌生……赤いな。おっと杉本博司、自然のジオラマを自然風に撮ったヤツだ。舟越桂の人物彫刻。会田誠の空の絵だ。福田美蘭……おお。嫌いじゃないんだけどなあ。全部何かしらのパロディなんだよなあ。森村泰昌、マネの少年の真似。パンツダウン。次の部屋、珍しく村上隆の手作り風絵画。ヤノベケンジのデカいヤツ。奈良美智のおなじみのもの。毛利悠子の電子制御インスタレーション。おっと出た。加藤泉、相変わらず不気味人物だなあ。これがカワイイって人もいるようだけど。名和晃平のガラスビーズ鹿。Chim↑Pomが国会前にカラスを呼ぶパフォーマンス映像。普通にカッコイイ。風間サチコのデカい木版。311の指差し作業員、そう、ここでもう現代だ。大きな吹き抜けに来た。泉太郎のインスタレーションがなかなか面白い。狭いところを這っていく。ぬいぐるみが顔にペイントしてくる。会田誠の屏風2つ。日韓女の子対決、セーラー服対チマチョゴリの。梅津庸一の知・感・情のパロディ(っていうか仮設移動ですと)。最後に写真いろいろ。100年が終わった。

昼にレストランにも入ろうかと思ったら混んでいる。サンドイッチ屋があるのでそっちに行く。サンドイッチはともかく飲み物がそこそこお高い。まあ、そうでもしないと利益出ないと思うが。

コレクション展「ただいま/はじめまして」も行ったが既に力つき何もメモっていない。コレクション展は小さいパンフレットがあって、それに写真付きで全部解説が出ている。今時の人がほとんど。ここのシンボル、リキテンスタインの「ヘア・リボンの少女」も出ている。

まともに見ていると一日がかりだぞ……というか一日楽しめるのだ。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/weavers-of-worlds/

|

« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »