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2019年6月23日 (日)

クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime(国立新美術館)

実はよく知らんアーティストであった。この企画の広告だけ見ていると、割とこじゃれたインスタレーションでもあるのかと思って現地に乗り込むと……うむっ、そうか思い出したぞ。こいつは原美術館にあったヤバいヤツじゃないか。私としては、この企画は予備知識を何も入れずにいきなり見た方がいいと思う。あるテーマに沿った、全体が一つの作品ともいえる。いや、こいつは一種のテーマパークだ。あと音が重要な役割と果たしている。以下はネタバレだ。

 


入ると映像作品の部屋があり……というかその前から生理的にキビシイ音が聞こえるぞ。吐いてんじゃん。タイトルとしては「咳をする男」だけど激しく咳しながら吐いてる。しかも結構痛い格好。しばらく続くと終わって「なめる男」の映像作品。文字通りだけど、咳がアレならなめる方だって推して知るべしみたいな感じ。この2つは初期の作品のようだが、ここでもうすっかりダークな気分になり、この先に何かただならぬブツがある期待をしてしまう。少し大きな部屋に続き、写真作品などがある。ここは割と普通……なんだけど先の咳の音と、別んとこの心臓の音がするんで、そう落ち着くもんじゃないよ。小部屋を覗ける窓がある。そこは「影」というモビールっぽい影絵が部屋中に拡大。ドクロとか。このあたりで何やら「死」がテーマじゃなねえかと薄々分かってくる。心臓の音はまた一つの部屋で文字通り「心臓音」って作品。心臓音に合わせて明るさが変わる。壁ののれん状のところに子供の顔が映し出され、向こうから何か出てくるのかと思ったらそうではなく、そこを通って我らが向こうに行くのだ。すると、影絵の死神が飛んでいる。作品名は「影(天使)」だがね。死神じゃん。隣の大きな部屋に入る。電飾に照らされた子供や大人の作品多数。ホロコーストの犠牲者の写真だったかと思うが、電飾だけでなく、写真付き資料箱を大量に使った作品もある。あと、咳や心臓の音もまだ聞こえてるんだな。それにしても要するに死者だらけで、少々ムカついてくる。なんでかって? 人には一生の長さとそれぞれに一生のドラマがあるんだぞ。こんな量産品みてえに、人一人を作品の一部として使ってどうするよ。お前にとって人の命は作品の一部でしかないのかい。と、かようなイライラにかまわず、隣の大部屋には「モニュメント」と名付けられる、死者の写真も使っているが、遠目には電飾が目立つもんで、そこそこきれいめに見える作品群が並ぶ。ここで風鈴のごとき音が壁の向こうからする。壁に隙間があって向こうも見えるが床のティッシュみたいなのしか見えん。

この大きな部屋を出て、また小部屋に顔写真と電飾。ううううむ。その向こうに通路。左右を見る。死神どもの影絵。その向こうに……な、なんだあれは? あの黒い大きな山は何だ? この辺で先のイライラは消し飛んで、何か本格的にヤバい空間……じゃあボキャブラリー貧困だな。そう、ここは冥界だ。冥界に入ってきたと察知。ボルタンスキー、死者を軽く扱っているわけではなかった。巨大な冥界を築かんとして死者達を使っているのだ。おおおあの山こそは冥界の山だ。作品名「ぼた山」。大量の黒い服でできている。その周りにスピーカー付きの黒い服。スピーカーからは死者達への質問が流れる。「一瞬でしたか?」とか。日本語もあるよ。それから巨大な映像作品「アニミタス(白)」風鈴の音はここからだ。そして天井を見よ。ここにも無数の死者達。さらに、なにかこの世の物ではない咆哮が聞こえる。それが次の映像作品。「ミステリオス」広告の金属オブジェはこれ……なんだけど映像作品だ。でも音を出す。クジラとコミュニケーションを取るための音だって言うけどさ、ここにあるともう冥界のBGMで決まりだ。その映像の向こう「来世」という電飾が待つ。

じゃあその向こうは明るい作品になるのかというとそうでもなく、一日ずつ電気が消えるヤツとか、天井からの揺れる電球に従って金の海が反射するヤツとか、また死んだとかしか思えない子供達の写真とか。出口に近く心臓音が復活。そして最後に「到着」のARRIVEEの電飾を最後に冥界を抜け現世に戻ってくる。うむ、なかなか深い旅ではないか。ほとんど「死」のテーマパークだ。

ぼた山付近は撮影可能コーナーでもある、が、この空間、この会場すべてが一つの作品のようなもの。写真撮って満足だったら意味はない。体感してなんぼだ。
https://boltanski2019.exhibit.jp/

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