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2019年7月 5日 (金)

メスキータ(東京ステーションギャラリー)

前回のブリュック展で全館撮影可能にしてしまいGWで混雑してシャッター音だらけの会場にクレームが多数発生し、結果半分撮影禁止にした東京ステーションギャラリー。今回は最後の自動ドアの向こうだけが撮影可能エリアだ。そう、自動ドアがあるからそうすればいいと思っていたところなんで、ナイス会場。それいいんだよ。写真でSNS拡散に期待するのもいいが、基本は鑑賞だぞ。しゃべるなとまでは言いませんがお静かに願いますよ。
メスキータはオランダのアーティストで美術学校の先生で教え子の一人がエッシャー。ユダヤ人だったので70歳にしてナチスに捕まりアウシュヴィッツで亡くなったが、教え子達が作品を必死に守って今回の展示に至る。白黒の木版が多い。

最初はメスキータ紹介ということで、自画像とか。ここからもう木版メイン「髭に手をやる自画像」なんてニーチェかと思ったぜ。ガイコツと一緒の「メメント・モリ」なんてのもある。高齢だなと思ったが58歳ですって。あとは一人息子のヤープを描いた版画……ったって大人じゃん。なかなか成人した子供を描く人は少ないと思うが。

それから人々、ということで、文字通り人物もの。日本の浮世絵やアール・デコなんかの影響があるんだって。裸婦とか裸男いろいろ。これがだね、白黒木版なんだがね、横線だけでできていたりする。凹凸を表すのに前方に出て明るいところは太い線、奥の暗い方は細い線って感じで表現している。これがメスキータの特徴だが、横線だけでできている裸体ってのもちょっとキモいですな。版画だけでなく水彩なんぞもあるが、そんなに強い個性はない。日本の近代洋画みたいな感じ。「横たわる裸婦」みたいなエッチングもある。「ユリ」は裸婦も使った白黒木版だが、やっぱりこの木版の方が表現にキレがある(キレがあるって表現も抽象的だが)。かような版画を見ていくとだんだんキモいのにも慣れてきて、「うつむく裸婦」あたりになるとだいぶ普通に見れる。「エクスタシー」という作品があって、ちょっと妖しいが普通の裸婦像である。しかしこれはなんとなくルー・リードの名曲「エクスタシー」が似合うな(って誰が知ってるんだ?)。「帽子の女」は輪郭を使わす線の陰影だけで表現したなかなかの傑作。「歌う女」はアール・デコ風というのか、装飾的というのかシンメトリーでいいですな。

階段を下りて、自然のコーナー。動物もあるが植物がよいな。「サボテン」小さい作品だがこの幾何学的な面白さによく気づいた。「セダム」は絹に印刷した花だが洗練されたデザインがいいね。「アーティチョーク」は例の線の太さで表現する手法。少しあとの方に、背景デザインが謎な「アヤメ」とか、これは見事にして多分エッシャーにも影響したであろう幾何学模様のような自然模様「パイナップル」これイイネ。動物もいろいろでチラシにもなっている「ワシミミズク」の体の模様、「死せる鳩」は首吊られているが、こりゃキリストか……メスキータはユダヤ人だがユダヤ教だよな。「シマウマ」はそもそもそのまま白黒版画じゃないかってんで、やらないとかエッシャーに言ってたらしいが、結局やってたのにビックリだったそうだ。あと、部屋の中央には建築系の雑誌の表紙の仕事。

今度は空想のコーナー。無意識のドローイングだとかで、シュールレアリズムのオートマティズム(自動で描く)の先駆けとか何とか描いてはあるが、まあ無意識というか、絵画というよりなんかシュールマンガみたいな感じ。タイトルに「ファンタジー」が付く。マンガ風の人物が何かよく分からないことをやっている絵がほとんどで、ここで何か読み解くという物でもなさそうだ。「泣く人々」なんか分かりやすいかな。あと、ちょっと不気味ってことではゾンネンシュターンなんかを思い出す。エッシャーよりずいぶん右脳的だ。そんな空想ものの連作などもあったりする。それで最後の自動ドアの向こうに撮影可のコーナー。本物の作品ではなく大型パネルで自撮りでインスタ映えするぞ。よかったな。

全体見るとやはりモノクロ版画の印象が強い。まあ広告通りというか。期待は外さん。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201906_mesquita.html

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